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『皆さんこんにちはー』

 坂持声だった。拡声器がどこにあるのかはわからないが、金属的な歪みは別にしてはっきり聞こえた。多分――あの分校のみならず、少なくとも島の数ヶ所かに拡声器が備え付けてあるに違いなかった。

『担任の坂持でーす。正午になりましたー。みんな元気にやってるかあ?』

 宮崎欣治はその声を聞いて顔を歪める以前に、その坂持の明るい口調に唖然とした。

『それじゃこれまでに死んだ友達の名前から言うからなー。男子からです。まず男子一番、相川真一朗くん』

 それで、欣治の頬がぐっとこわばった。死人が出ていたのだ。これまでに銃声らしき音が数回響き渡ったのを訊いていたのだが、実際に死体を見ていたわけではなかった。とても昨日までクラスメイト同士であったみんなが、殺しあっているとは信じがたかったのだ。

 真一朗の顔が欣治の頭をよぎった。ともにすごした時間、ともに争ったスポーツ(あいつ、ほんとに手加減せずに挑んできたっけ)、いろんなことが一気に蘇ってきた。

 しかし、そうした思考も、それから後に累々と積み上げられた死者の名前に呑み込まれてしまった。

『続いて、三番、因幡誠くん、五番尾畑修二くん。えーそれから、女子でーす。四番、江藤恵さん、十六番、福島妙子さん、十七番、藤吉文世さん――』

 もちろんその名前の羅列は、時間切れ″が多少とも遠のいたことを意味していたが、欣治はそんなことにはまったく思い及ばなかった。めまいがしそうになっていた。みんな死んでしまったのだ、そしてもちろん、同じ数だけの殺人者がいるはずだった。そう――それこそ、名前を呼ばれた者たちが自殺したのでもない限り。

 そこまでで、欣治は疑問に思ったこともあった。江藤恵と藤吉文世のことだった。欣治の考えでは転校生十人は、ほかのクラスメイトがみんないなくなったとしても(そうはならないことを願っているが)、生き残っているだろうと思ったのだ。そして自分は彼らといずれやりあうことになるだろうとも――。

 しかしもうこの時点で二人も死んでいる。誰がやったのかはわからない、だがそれは欣治にとっては都合がいいことであった。

『――まずまずのペースだぞー。先生うれしいなあ。それじゃ次に禁止エリアについてでーす。今からエリアと時間を言いまーす。地図を出してチェックしろよー』

 死者の多さにショックも受けていたし、坂持の口調にもむかつきはしたが、欣治はとにかく地図を取り出した。

『まず、今から一時間後。一時な。一時にJ=2エリアでーす。一時までにはJ=2を出ることー。わかったかー?』

J=2は、島の南端やや西側に当たっていた。

『次、三時間後。三時から、F=1』

 F=1は、島の西岸だった。

『次、五時間後。五時から、H=8』

 H=8は、島の東岸にある集落がほとんど大方含まれていた。

『以上です。じゃ、がんばろうなー、次の放送は午後六時です』

 最後にそれだけ言って、坂持の放送はぷつっと切れた。

 坂持が告げた禁止エリアは、当座欣治たちのいるところとは関係がなかった。禁止エリアはランダムで選ばれると坂持が言っていたがとにかく、その点だけは感謝したかった。

 それは今ここにいるのは、自分たちであって、自分だけではなかったからである。

 欣治は相変わらず熱が下がらず、苦しみ続けている井上和美の方を見やった。少し前よりは、かなり楽になっているようだったが、それでも油断はできない状態は続いていたのだ。欣治は再び思った、禁止エリアに選ばれなかったのは本当に幸運だったと。というのは自分一人で移動するなら、何とかなるかもしれないが、今の彼女を連れて動き回るというのは、二つの危険があった。それは、もし誰かに襲われたとき彼女をおぶった状態だと自分も逃げ切る自信はなかったし、何より彼女自身の熱を悪化させることになるだろう。

 とりあえず、少なくとも午後六時まではここにいることができるのだ。

考えても仕方がないことに、いらぬ労力を使うのは止めよう。それで欣治は地図と一緒に入っていたクラス名簿を取り出した。悪趣味だが、情報は確認しておかねばならない。ペンを取り出し、今放送された名前の上に線を引いた。

 とりあえず井上和美が、意識を取り戻すまではここは動けなかった。彼女の看護が今は第一にやるべきことだと思い、その彼女の額に乗っていたハンカチを取ると、ペットボトルの口に運んだ。

 そのハンカチにこもった熱は心なしか、かなり下がっていたように思えた。

[残り34人]




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