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 草場亮(男子九番)は禁止エリアから逃れるために北へと移動していたのであったが、さきほど自分のいる場所からすぐ北(亮が向かおうとしていた方向だ)から突然銃声が数回鳴り響いたことで、動けずにその場に立ち止まっていた。

 とにかく武器らしい武器がない以上誰かと遭遇すること危険極まりない。その上、相手が銃を持っているなら、それこそなすすべさえなく殺されるだろう。とにかくそれだけは避けたかった。

 亮は思った。このゲームにはどれくらいの数の銃が出回っているのだろうか? 少なくとももう計五回の銃声は聞いているから、5丁はあるのだろうか? それともある一人の殺人者が島中を歩き回っていて片っ端から殺して回っているのだろうか?

 ――いや、それはないだろう・・・・銃声はきれいに島の東西南北から聞こえている、一人でそんなに動き回るのは、体力的に無理があるだろう。考えたくはないが、やっぱり銃声のした数分の殺人者がいると考えた方が妥当かもしれない。

 それで亮はとにかく今やらなければならないことを考えることにした。このまま北に向かうべきなのか、それとも引き返して南に向かうべきか。北はまだ殺人者が近くにのこっているだろう、南は銃声がして少し時間が経っている分、もうそこには誰もいないということもある、あくまでもその殺人者がそこから立ち去っている場合の話になるが。これこそ四面楚歌の状態とでもいうのだろうか。

 そのときの亮には思いもよらなかっただろう。そこで考え込み立ち止まっている間にも、北での銃撃戦を制した桐山和雄がちょうど亮のいる方面、南へ向けて南下し始めたことなど――。桐山にとって禁止エリアから動き出す人間はいいカモであった。そこへ行けば、自分が探さずとも勝手に誰かが姿を現すだろうと。

 考えは決まった。引き返すべきだろう。再び同じ道を通ることには気が引けたが、すでに通ったということは、そこは新たに通る場所より安全だろうということで自分を納得させた。だが、そのとき――

 突然のがさがさという音で林に緊張が走った。亮はぎょっとして――息を殺し、そっと木の陰に身を隠した。こちらの姿が気づかれているのかどうかは分からなかったが、そのままの状態を保ったまま、動かなかった。下手に逃げようとすると逆に危険だ。こういうときこそ冷静に対処すべきだった。そうとは分かっていても命に関わること、やはり恐ろしかった。

 がさがさという音はだんだんと近づいてきた。

 その姿は林の木々の間からぬっと現れた。亮は身を潜めたままであったのでその姿を確認はできなかったのだが。

その人物は声を上げた。

「誰かいるんでしょう? 大丈夫よ、出てきて」

 亮はそれを訊いてその声の正体をいろいろと頭の中で考えたのだが、誰なのかわからなかった。とにかくこちらの存在がばれている以上、黙っていても仕方がないと思い、言った。

「そこにいるのは誰だ」あくまでも姿は木の陰に隠したままだった。

「草場くん? あたしよ、古賀よ、・・・古賀奈々子。大丈夫、あたし、あなたとやり合うつもりはないから」あちらは亮とは違い、声だけでこちらの正体がわかったようだった。古賀という名が出てきたとき、亮には古賀沙紀のことが浮かんだのだが、すぐ後に出てきた奈々子という言葉で、自分の考えが間違っていたとすぐにわかった。

 古賀奈々子(女子七番)はクラスでもダントツの頭の良さで(だから声を訊いたとたんその正体もわかったのだろう。恐るべし記憶力だ)、水泳部のレギュラーということもあり、亮にとっては何だが近づき難い人物であった。俺、普通の子がいいんだよな、うん。

 亮は一応訊いてみた。

「それ、信用しても・・いい・・のか?」

「もちろんよ。草場くん、一緒に逃げる方法考えましょう」その声はこんな状況にも負けないようなはつらつとした喋り方だった。その言葉に嘘はないだろう。自分と、天才古賀奈々子が組めば本当に脱出できるかもしれないとさえ思えてきた。

 それでそっと木の陰から姿を出した、まず目に入ったものが右手に握られた銃(S&WM59)だった。銃口はこちらを向いてはいなかった、というよりただ持っているだけと言ってもよかったのだが、さっと元の木の陰に戻った。言った。

「ごめん、信用しないわけじゃないけど、銃だけは地面に置いてもらえるかな?」

 ちょっと失礼な気もしたが、やるべきことはやるべきだった。死んでしまったら元も子もなくなる。

 奈々子は思った以上に簡単に従ってくれた。足元に銃を置くとそのまま少し下がった。

「いいわよ」

 その言葉で亮は再び木の陰から姿を出した。それを見て確信し、再び言った。

「ごめん。信用するよ、銃を拾っていいよ」それで奈々子はゆっくりと銃に近づくとそれを拾い上げた。

「古賀さんの支給武器は銃なんだ、いいなあ。俺なんてこれだよ」そう言いながら、自分の両肘、膝に身に付けてあったサポーターをちらりと見やった。

「ふふふ、でもそんなに悪くもないかもよ、だってほら」今度は奈々子が自分の膝を見やった。亮はそれで始めて気づいた。奈々子の右膝に擦り傷ができており、そこには血が滲んでいた。「もしそれがあったらこんなにはならなかっただろうし」

 それで二人は笑った。

 なんだか張り詰めていた神経が一気に和らいだみたいだった。奈々子がこんなに話しやすい子だとは思わなかった。俺って人を見る目がないのかなあ?

 だがそのときには奈々子の顔は真剣な表情に戻っていた。それにつられるように亮も真剣な表情になった。

 奈々子が切り出した。

「草場くん・・・このゲームのこと詳しく知ってたみたいだけど、そうなの?」

 彼女には何も隠す必要はないだろう。とりあえず話しておいて損はないと思い、話すことにした。

「ああ、とにかくかいつまんで言うけど、このゲームは坂持が言ったように、俺たちが生まれる前に施行されていたんだ。だけど、まあ、このゲームが今まで中止される原因となる事件が起こった。俺たちのクラスに転校してきたやつらがやったプログラムのときに・・・、川田章吾っていただろう、彼がこの首輪をばらす方法を知ってたんだよ」そういうと自分の首に巻かれている首輪に手を触れた。

「はっきり言ってこのゲームはこの首輪さえなければいくらだって逃げる方法はあるんだ。この首輪さえなければゲームは成り立たない。だけど、もうこれを分解などできないだろう。分解する方法なんて誰も知らないし、そもそも存在しないかもしれない。これをつかさどるコンピュータをどうにかしない限りは外すことはできないだろう。恐らく俺の予想ではこの首輪の改良のために何十年もプログラムは行われていなかったのだと思うし、もう欠点など存在しないだろうよ」

 それまで一気に喋って亮は言葉を止めた。奈々子は真剣に聞いていた。続けた。

「それとあの転校生たちのことなんだけど、もし性格まで同じとしたら、桐山和雄と相馬光子は気を付けなければいけない。あとの連中は本来は善人だったけど、あの二人は本物の悪だから。――けどこれはあてにはならないかな、政府に洗脳されてるなら恐らくみんな悪人と考えていいだろうから」

「詳しいのね、何でそんなこと知ってるの?」自分が喋り続けたため久しぶりに奈々子の声を訊いたような気がしたが、構わず言った。

「本だよ。さっき言ったようにプログラムから逃れた人物というのが、このゲームにも参加している七原秋也ともう一人は中川典子という女の子だった」

 奈々子はそれで口を挟んだ。

「だからあの、みんながクローン技術によって誕生したって訊いたとき、七原って人のこと聞いていたのね」

「そう、その七原秋也が島を脱出した後、その悲劇を実話のもと書いた本があって、俺はそれを偶然に手に入れたってわけ。今は絶版になっていて発行部数も少なかったらしく、世の中にはほとんど出回ってないみたいだけど。まあこんなところかな」

 奈々子は少し考え込んでいた。

「どうしたの?」亮が訊くと、奈々子が言い出した。

「一つわからないことがあるの、今の話だと、川田って人が首輪の分解方法を知っていたのよね? なのになんで当の本人が逃げてないの?」

「桐山さ・・・、桐山は完全にゲームに乗っていた。その桐山との対決のとき、川田は桐山からひどい怪我を負わされ、結果的にはそれが原因で川田は死んだ・・・」

 奈々子の顔は少し曇っていた。あからさまにこのゲームから逃れる術がないといったことがこたえたのかもしれない。それとも彼女の性格から考えて、過去のプログラムの犠牲者のことを思って哀れんだのか。

 しかしこのゲームでは哀れむという感情なんて持っていたらそれこそ精神がおかしくなるかもしれない。

「古賀さん!」亮は呼びかけた。奈々子ははっと我に返った。

「な、何?」なんだか奈々子の目には涙が浮かんでいるようだった。やはり哀れんでいたのか。とりあえず言った。

「これからのことなんだけど。俺としては南に向かう方がいいと思うんだ。北はさっき銃声が響いたばかりだし」そう言って、奈々子の反応を窺おうと顔を向けたときにはもう奈々子の目から涙は引いていた。切り替えが早い子だなと思った。

 奈々子が何かを言おうと口を開きかけたそのとき――

 ぱんぱん、という音が自分たちめがけて響いてきた。同時に砂埃が舞い、視界が狭まっていた。

 くっ、さっきのやつが南下してきたんだ。亮はすばやく横に走った。後ろに後退するより、横に逃げる方が絶対に効果的だと思ったのだった。

 ぱん、再び銃声が鳴り響いた。自分の手前にあった木の皮が大きく弾け飛んだ。それは木に命を助けられたと言ってもよかった。横に逃げたというのに正確に狙われている。かなり銃に慣れたやつだ。そのまま走りながら銃声の方をちらりと見やった。――桐山だった。

 最悪だ――

 ぱん、銃声が響いた。今度はこちらには銃弾は飛んでこなかった。それは古賀奈々子が桐山に放ったものだったのだ。

 桐山は体を晒した状態で撃っていたのだが、その奈々子の一撃で木の陰に身を潜めた。

 亮はすかさず身を低くし少し太めの木のところで立ち止まろうと脚を踏ん張った。

 その瞬間、ふいに、足元の感じが変わった。

 亮は今いるのが丘の林の中であって、今自分が向かった方角は急な傾斜になっていたことを思い出した。

 ――落ちる!

 そう思ったときには亮は潅木に覆われた傾斜を転げ落ちていた。視界の中、澄んだ空と木々の緑がぐるぐる回った。

 ものすごい距離を落ちたような気がしたが、実際にはほんの三、四メートル程度だったかもしれない。どん、と全身に衝撃がきて、体の動きが止まった。

 もはや上の様子を窺うことはできなかく、銃声だけが響いてきた。

 彼女はまだ生きている・・・・それで亮は精一杯の声で叫んだ。

「逃げろー!」

[残り32人]





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