27

 古賀奈々子は桐山の注意を自分へとひき付けるために銃を撃った。もちろん桐山には当たらなかったのだが、桐山の攻撃は亮から自分へと移った。奈々子は考えた。草場くんは逃げ切っただろうか? それは分からなかったが、一つだけは分かったことはあった。

おそらく自分は逃げ切らないだろう。それでもうやることは決めていた。

 桐山は相変わらずこちらに向けて銃を撃ち続けた。撃ち続けながらだんだんと距離も縮めていた。

 奈々子は横の木へとどうしても移りたかった。自分のデイパックがそこにあったのだ。桐山の銃声は収まることがなかった。さっき見えたのだ。彼は二丁拳銃だった。片方の弾が尽きたらもう片方を撃ちながら片手で弾を詰め替えていたのだ。それでもすさまじいスピードであり、片手でも本物の兵士が両手でやるのより速かったかもしれない。

 これ以上間合いを詰められるのは避けたかった。すべての計画が駄目になる。それで思い切って飛び出した。

 ぱん、という音も同時に響いていた。それは奈々子の動きを予想していたかのように飛び出したのとほとんど同時に響いたのであった。

 そしてそれは奈々子に命中していた。目的が右手の木だったため左半身を桐山の方に晒した状態になり、左腕、肩に近い部分を貫いて、脇に食い込んだ。

 だが奈々子は倒れなかった。踏ん張った。自分の口の中が血でいっぱいになるのが分かったが、そんなことどうでもよかった。銃弾が貫通した左腕の痛みはあまり感じなかった。ただ鉛弾が食い込んでいる脇が恐るべき痛みを放っていた。

 奈々子はとにかく自分のデイパックにたどり着くことができた。右手一本を使ってジッパーをこじ開けると、それだけでもいっそう脇の痛みが倍増した。目的は一つだった。この銃の弾が詰まった箱。すぐに見つかった、一番上に置いていたのだった。自分に感謝した。

 木の陰からちらりと桐山の方を見やった。瞬間に、ぱん、と銃声がなった。すぐに顔を引っ込めた。奈々子はほんの少しでもいいから時間を稼ぐために狙いもせず、銃だけを木の陰から出し、撃った。

 そのときであった。丘の左手から声が響いてきた。

「逃げろー!」亮の声だった。

 奈々子はそれで亮がいる方向だけ確認できた。銃を思いっきりそちらへとめがけて投げた。次に弾箱を取り上げ投げた。届いたかはわからなかったが叫んだ。

「それを持って逃げてー!」

 そう彼女の決めていたこととは、亮に銃と弾を託し、自分が犠牲になることだったのだ。もちろん死ぬのは怖いが、他人を見殺しにできるほどできちゃいない、かといって銃を殺人者に渡すわけにはいかない。そうなると選べる選択肢は一つだった。

 一段落ついた。後は――彼をひきつけておく――

 奈々子は木の陰から亮の声がした方向とは逆方向に飛び出した。またもや同時に銃声が響いた、今度はわき腹に、思い切り殴られたような衝撃が跳ねた。

 奈々子はうめいてバランスを崩しかけたが、またしても倒れなかった。背の高い木立の間に走りこみ、緩い傾斜面を、上る方へ向かって走った。また、ぱんぱん、という音がして、今度は右腕が、意志とは無関係に跳ね上がった。肘のすぐ上に弾が当たったのだとわかった。

 それでも奈々子は走った。こっちにきなさい。あたしについてくるのよ。

 またぱんぱん、という音がした。今度は当たらなかった。いや、当たったのかも、知れなかった。もう分からなかった。ただ、追ってきているんだな、と思った。そうよ、これで少なくとも草場くんが逃げる時間ができる。

 ぱんぱんという音が聴こえた、だがこれが最後だった。その直後、セーラー服の左胸の部分が破け飛んだかと思うと、奈々子は倒れた。心臓を打ち抜かれたのだった。即死だった。

 

 一方亮は転げ落ちた傾斜の上に向かって叫んだ後、自分が転げ落ちた跡をすべるように銃と弾箱がすべり落ちてくるのが分かった。皮肉にも自分はサポーターを着けていたおかげで、かすり傷以外怪我はなかったようだった。すぐにその銃と弾箱に向かって走り、それを手にした。上の方から声が聞こえた。

「それを持って逃げてー!」奈々子の声だった。

 亮は躊躇した。逃げることもできたが、彼女を見殺しにすることなど、できるわけがない。亮は傾斜を上ろうとした、思ったより急だった。なかなか上れなかった。上では相変わらず銃声が響いていたがどんどん遠ざかっていくのがわかった。

「くそ、急げ!」心だけが焦って傾斜の中ほどまで来たところで、再び脚がずずずっと滑って、再び落ちていった。

 休む間もなく傾斜に挑んだ。今度はてこずりはしたが、何とか上までたどり着くことができた。だが――

 そこにはもう誰もいなかった。銃声も止んでいた。間に合わなかった――

 だが悲しみにくれる暇はなかった。桐山はすぐにこちらに戻ってくるだろう。急いでこの場から離れなければ彼女の行為が無になってしまう。

 亮は上ってきた傾斜をすべり降り、そのままの勢いで走りだした。

 走りながら涙が流れ出した。古賀奈々子の日に焼けた健康的な顔が蘇った。銃と弾箱を握った両手に自然と力がこもった。

「カタキはとる。桐山・・・・絶対に許さない」

[残り31人]




前章へ 目次 次章へ