29 わずかにみじろぎした後、井上和美(女子二番)は、目を開いた。午後四時を回っていた。島の南の方から爆発音が聞こえてから、たっぷり二時間近くが経過していたといっていい。 和美はぼんやりと視線をさまよわせてから、傍らに人がいるのに気づいた。宮崎欣治(男子十八番)だった。 欣治は膝立ちの姿勢で体をちょっと浮かせ、和美の額に置いていた濡れたハンカチを取ってやった。もはやそのハンカチには熱はこもっていなかった。熱はすでに下がっていた。心の中、欣治はほっと息をついた。よかった、ほんとによかった。 「宮崎くん?」幾分まだぼんやりした声で、和美がその欣治を呼んだ。「――わたし、どうして、ここに?」 それで欣治は彼女と出会った経緯をかいつまんで話した。 「――ありがと、でもごめん、わたし、全然覚えてないの・・・・」 和美は言い、ゆっくりと体を起こした。欣治は慌てて手を伸ばし、和美の体を支えてやった。和美の顔が何かひどく暗かったのでとりあえず言った。 「覚えていなくて当然だよ。凄い熱だったんだぜ、あれでここまで一人で歩いてきたなんてすごいよ。ほんとは、絶対安静でほかほかの布団で寝てなくちゃいけなかったんだ。それなのに、こんな・・・・」 それで励ますつもりが和美の顔はさらに暗くなったように見えた。 「続いているのね・・・・・」 欣治はしまった、という気もしたが言うことにした。 「ああ、俺はまだ井上さん以外誰とも会っていないけど、確かにこのくそゲームは続いている」欣治はときどき響いてくる銃声や、ついさっきの爆発音のことも話そうかと思ったが、やめた。病み上がりの和美にそんな話はよくないと思ったのだ。 そこでしばしの沈黙が落ちたが、和美が切り出した。 「――今、何時?」 「四時過ぎだよ」 「放送は・・・・・誰か・・死んで・・た?」和美は遠慮がちそうに聞いてきた。欣治は少し迷ったが、いつかはわかることだし、隠すのはやめて話すことにした。欣治は地図と一緒に置いていた名簿を開いて、目を走らせた。 「相川、因幡、尾畑。それに福島さん、それと転校生の江藤と藤吉」 もちろんその後も銃声や爆発音が鳴り響いていたから、これ以上死んでいるのは確実だろう。だがやはり先ほど同様そこまでは話さなかった。見たわけじゃなかったし、話すのが怖かったのだ、それはみんな一日経てば冷静になるだろうという自分の考えを見事に打ち砕いたから。 「ありがとう――」和美が言った。 「え?」欣治にはその意味がわからなかったのだが、和美が付け加えた。 「わたし――宮崎くんが助けてくれてなかったら、きっと放送で名前呼ばれてた」 「何言ってんだよ、俺は当然のことをしただけだよ、それにほら井上さんって、なんていうかな、守ってあげたいって感じがするから」なんだか恥ずかしいようなことを言っているような気がしたが、続けた。 「とにかく今が無事ならそれでいい、それにこの先も俺が守るから。とりあえず禁止エリアの心配もしなくていいから今はしっかり体を休めてて」一気にまくしたてた。なんだか饒舌になっている気がした。和美が目を覚ましてくれてうれしかったのかもしれない。 「ありがとう――」和美がいった。今度ありがとう″は何に対してだったのか、はっきりとわかった。 それで欣治はあるクラスメイトのことを考えた。平田亜由美だった。彼女は無事だろうか――、会いたかった。それともう一人、欣治が絶対の信頼を持っている人物―― 「草場――、お前どこにいるんだ――」 [残り29人]
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