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 平田亜由美(女子十五番)と中西恵(女子十四番)は南の山からさらに南下して、南端の海岸へとたどり着こうとしていた。少し先の海岸線は向かって右、西に向かって湾曲しており、そのカーブの途中に、ごつごつした岩が山のほうから東へ突き出して、海の中に没していた。恐竜だか怪獣だかが背中だけ出して埋まっているようだった。岩の高さはかなりあり、その向こうは見えなかった。

 亜由美がここへ来たのには理由があったのだった。それはもうすぐ日も暮れ始める時間だし、海を背にして隠れておけば見張るべき方向は比較的狭まるだろう。夜に全方向に注意をめぐらし続けるなんて、神経がもたないし、愚か者のやることだ。特に疲れがたまり始めたこういうときに体や脳を休ませて置かないと、大事なときに体は動かないし、命に関わる判断ミスもしかねないのだ。ありがたいことに、あの江藤恵とかいう女のデイパックの中には赤外線付きメガネ(夜中でもよく見えるというメガネである)がはいっていたし、視界は狭まるものの夜の見張りでは、使えそうだ。もう一人の藤吉文世のデイパックには釣竿が入っていたが、こちらは無視して置いてきた。そしてあたしたちは二人いる。交代で見張りをすれば、十分寝ることもできるだろう。朝になって体が回復したら、一気に行動開始ってわけ。

 さきほど恵にもそのことは、話しておいた。もちろん反対するわけはなかった。恵も疲れているはずだったし、あたしの言うことに反対したためしもなかったから。

 亜由美は辺りを見回してから海岸の岩肌へと走った。後ろからは恵もついてきていた。きつい傾斜を示す岩にとりつき、登り始めた。岩は陽に照らされ生温かく、なめらかな感触だった。

 岩の上まで上がると、岩の幅はわずかに三メートルばかりで、さらに向こうには、まだ砂浜が広がっているのがわかった。亜由美は岩の向こうに降りようと脚を踏み出しかけた。

 ――見た。岩から降りた砂浜の上、二つのデイパックが無造作に置かれているのを。

誰かいる、恐らくあたしたちのことに気づいてどこかに隠れたってことね、ふーん、それならデイパックも隠すべきだったわね、まさに頭隠して尻隠さず″じゃない。

こんなミス犯すのは、うちのクラスメイトの誰かだろう。それも殺し合いなど全く無縁の普通の子ね。警戒するまでもないだろう。

だが一応手ごろな岩の陰に隠れることにした。恵を見やった。恵はというとかなり真剣に構えているようだった。まったく、そんなに真剣になる必要はないのよ、といいたかったが言わなかった、何事にも真剣なのは悪いことではないし。ただ亜由美は思った。彼女は格闘の方はなかなかのものを持っているんだけど、状況判断がまだまだなのよね。

とりあえず隠れている誰かに対して声をかけることにした。

「誰かいるの?」

 ―――。

それに対する返事はなかったが、海岸端にある大きめの岩の陰でがさがさと音がした。

「大丈夫よ、あたしよ。平田よ、一緒にいるのは中西さん」さん″付けで呼んだのは、他のクラスメイトたちは自分と恵の仲を知らなかったからだった。

 相変わらずがさがさと音が続き、少し間があったが、返事が返ってきた。

「亜由美に中西さん? そうなの?」亜由美はその声ですぐに誰だかわかった。田中直美(女子十番)だろう。だがデイパックは二つあった。もう一人いるはずだ。だがそれには気づいていないふりをして言った。あくまでもあたしも普通の女の子を演じなきゃね。それと相手が直美とわかり、亜由美は銃を仕舞った。もちろん恵にもそうするように促した。

「直美なの? そうよ、あたしたちずっと二人でいたの。大丈夫よ、直美も一緒にいましょう」

 それで直美が岩陰から出てきた。その後ろからもう一人が直美に続いて出てきたのだが、驚いた。男だったのだ。その男はというのは立石厚(男子十四番)だった。直美のセーラーは急いで着たように少し乱れたところがあり、厚のシャツも自分ではきちんと着たつもりなのだろうが、横がズボンからはみ出していた。

 はーん、そういうこと、やるわね、あなたたち、ほんっとこんな状況でよくやるわね。あたしたちに気づいて隠れたと思っていたのに、もともと隠れててそんなことやってたなんて。あきれたもんね。それで無造作に置かれたままになっていたデイパックも説明がつくってわけね。

 だがそれにはふれないことにした。

「あっ、立石くんも一緒だっんだ。よかったあ、女の子だけじゃ不安だったんだ」

亜由美はできるだけ、女の子らしく振舞ったが、目はその二人が武器らしいものを持っていないかを観察していた。まあ、あれの最中に武器なんか持っているわけないとは思ったが、一応それだけは確認しておかないとね。

それで厚が気をよくしたように言った。

「平田さんも中西さんもここにいれば安心だよ、隠れ家としてもってこいだし、誰が来ても俺が追い返してやるから」

亜由美はそれを訊いて再びあきれた。隠れ家なんて表現がなんとも幼稚だったし、なにより追い返すというのが、このゲームに不釣合いだと思ったのだった。追い返すとかいう次元の問題じゃないのよ、これは、まったく。

とにかくこの二人は邪魔ね。どうやって片付けようかしら、銃が使えないのはいたいわね。――何でって? そんなの決まってるじゃない。銃なんて使ったら、音で他の連中にこの場所がばれるじゃないの。そんなことしたらまた他の場所に移らなくちゃならないし。あたしは今日はここで休みたいの、わかった?

とりあえず恵のほうはあたしに合わせてくれてるし、このままちょっと様子でも見ようかしら。それで亜由美は訊いた。

「ねえ、直美。あたしたちはほら、出席番号も近いし偶然分校の近くで会ったんだけど、直美と立石くんって番号けっこう離れてるよね。どこで出会ったの?」

 それで直美は少し思い出し笑いをしたようだったが、すぐに言った。

「実はね、これがほんとに笑えるのよね」

出た! いつもおちゃらけた感じですぐに笑い話をしたがる、この子の性格。まあ、たまには面白いんだけど、ほとんどは耳に毒なのよね。そう思う間にも直美の話は続いていた。

「それでね、前田さんから逃げて、南の海岸沿いを走ってたの。そこで今度はアツとばったりと出会ったときは二人とも、怖くて逃げようとしたんだけど――」

 はっ? アツだってあんたたち見せ付けてくれるじゃない。一回(それとも何回もか)やっただけで。いつもは立石くんとしか呼んだことなかったくせに。ばっかじゃない、そんなだから男はすぐにつけあがるのよねえ。

「アツがお前の武器は何だって聞いてきたの。それであたしの支給武器はカッパだったから、そういったら、アツが言い返してきたの、俺は傘だ″だって。おかしいでしょ、雨具コンビなのよ、あたしたちって。それで意気投合して今まで一緒にいたってわけ」直美はとてもおかしそうに笑いながらそう言った。

 またしても面白くない話だった。だが我慢して言った。

「ほんと? 二人とも雨具持ってるなら雨が降っても大丈夫ってこと? いいな」口ではそういったが、心底相手が武器を持っていないことがわかり、銃なしでも簡単に殺せるという確信が沸いていた。

そうと決まれば膳は急げってことね。そこで亜由美は恵に近づいた。亜由美は恵にわかるように腕を背中に回し、なにやらサインを送った。それはまったくプロ野球選手がやるような感じだったのだが、二人の二人だけしか知らないサインだったもういいわ、やってしまいましょう″という感じの意味だった、絡んでくる男どもにうんざりしたときには、いつもこれで決着をつけていた。

「立石くん。ちょっと向こうに武器になりそうなものが落ちてたから、それを取りに行きましょう。さすがにカッパと傘じゃ安心できないし」

 これで二人を離すことができるだろう。この子たち、あたしたちの武器のことなんて何も聞かないし、十分な理由になると思った。

「ほんと! よし、取りに行こう。平田さん案内してくれ」亜由美は思った。馬鹿みたいにシナリオ通りね。 

 亜由美はシナリオを完成させるためにもう一言付け加えた。

「中西さんと直美はここで待ってて」これは恵へ向けての伝言だった。亜由美と恵の間ではこれは、あなたにその子はまかせたわ″だったのだ。

 とりあえず亜由美は先に立って進んだ。なるべく離れた方がよかったのだが、それはやめといた。辺りに誰がいるかわからない。二十メートルほど離れたところにちょうどいい感じの岩があり、そこの陰だと向こうからは完全に死角になっていた。

 そこに着くと亜由美は立ち止まった。振り返ると、後ろから厚が現れた。

「どこ? 武器になるものって?」厚は辺りを見回して言った。

 亜由美はもはや何も答えなかった。それで不思議に思ったのか、厚は亜由美の方を振り向こうとした。

 そこにちょうど亜由美の拳がクロスカウンターで鼻の頭あたりにヒットした。厚はその反動で岩の方に体がぶつかり、うっ、と呻いたが即座にその腹部に蹴りを入れた。完全に厚の体が崩れ落ちた。これで鼻の骨とアバラ何本かは折れたはずだ、声を上げるのもつらいでしょう。このまま一気に楽にしてあげる。

 亜由美は近くに木片が落ちているのを見つけた。あーら、あるじゃない、武器になりそうなものが。

 その木片を拾い上げると、腹部を両手で押さえて苦しんでいる厚(鼻よりお腹?やっぱりあたしの蹴りは、天下一品ね)に歩み寄り、頭に向けフルスイングした。

 がっ、とその木片の先が厚の顔の真ん中をとらえた。折れた鼻の軟骨が砕け、何本かの歯をもぎ取って顎骨が陥没する感じが亜由美の手に伝わった。

 亜由美はすかさず、今度はその額の辺りに向けて木片を振り下ろした。ぼこっ、と厚の額がへこんだ。目が半分飛び出し、両手がぎゅっと拳の形に握り締められた。もう一発、今度はもう一度鼻の上辺りを狙った。

 その一撃で、ぶしゅっ、と厚の鼻腔から血がしぶいた。

 亜由美は木片を下ろした。厚は顔全体を血に染め、既に絶命していた。歪んだ鼻の穴同様、耳の穴からも、太い血の筋がしたたっていた。

 その死体を見下ろして呟いた。

「後悔はないでしょ。死ぬ前にやれたんだから」

 それでもといた場所に戻り始めた。

 戻ると、田中直美の死体が横たわっていた。こちらも見るも無惨なやられ方をしていた。石でも使ったのだろうか? 立石厚と相変わらぬくらい顔がぐしゃぐしゃになっていた。それを見て亜由美が言った。

「それ、海に流しててくれる。あなたも、そんなのと一緒に一晩過ごしたくはないでしょ」

[残り27人]





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