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『はーい死んだ人は以上でーす』

 坂持の明朗な声が続いていた。午後六時の放送だった。

 新しく死亡リストに並んだのは、古賀龍時、立石厚、森田康輔、女子は古賀奈々子、田中直美、谷口香織、前田友里だった。

『続いて夜の禁止エリアと時間を言いまーす。はいメモしなさーい』

 坂持の声は続いていた。

『まず7時からJ=5です。それから9時からH=3.11時からD=8でーす。わかったかー?』

 J=5は島の南東岸、H=3は南の山の山頂付近、D=8は北の山の山頂南東側にあたる斜面だった。

『みんな、友達が死んでつらいかもしれないかも知れないけど、元気出さなきゃだめだぞ。若い翼がくよくよしてたら大空を飛べませーん。じゃまたなー』

 相変わらず能天気なセリフを吐き散らして、坂持の放送″はぶつっと切れた。

 前原尚継(男子十六番)はそれを聞いてため息をついた。ゲーム開始早々眠ってしまい、幸運にも無傷で目を覚ましたことで、みんながどうにかしてここから脱出してしまった、いやそもそもそのゲーム自体が何かの間違いではないかとさえ思った自分がなんとも愚かだったと改めて実感することになった。

 あのとき尚継はみんなが自分ひとりを置いて脱出したという不安の下で、とりあえず誰かを見つけようと、分校の近くの林から北に向かっていた。だがすぐに彼の心配を一掃する音が鳴り響いたのだった。東の方から銃声がしたのだ。それはかなりの距離があるようだったし、それほど驚きはしなかったのだが。だがそれで自分の不安(自分を置いて、みんなが脱出したかもしれないという不安だ)がかき消された。もちろんこのゲームのことについては、自分が知っている限り何も異変は起こってなかったし(それは俺が寝てたからだけど)、自分も危険な目にあってもいなかったから、まだ半信半疑のところもなかったわけではなかったのだが。しかしその後何度も銃声、おまけに爆音までしたことにより今は確信に変わっていた。これは現実に行われている殺し合いゲームだと。

 その確信のせいで尚継は動くことさえままならなくなっていた。怖くて脚がすくんでしまうのだった。銃という武器があるにも関わらず、その存在すらも忘れてもいた。ただどこかに隠れて外との関わりを断ちたかった。できれば音も聞こえないようなところがよかったがそんな場所は存在しないだろうし、なによりそれを探すために動き回ることなんてとてもできない。それで偶然に近くにあった倉庫らしき建物(亮がゲーム開始直後に隠れた場所だ)に忍び込んだ。そこは裏のドアが開いていた(当然だった、亮はそこから出たのだったから)のだが、尚継はドアが開いたままになっていることなど特に不審に思うことなく、中に入って奥のほうで縮こまっていた。

 尚継は震えながらも、自分にできることを考えようとした、――だが唯一思いついた考えというのが、最後まで隠れぬくということだった。誰とも会いたいとも思わなかった。例え会ったとしてもとても信用できそうにないし、相手も自分を信用しないだろう。だがそれがあるからこのゲームは成り立っているのかもしれない・・・・。

くそっ、尚継は悪態をついた。なんでこんなことになったんだ。大体なら今頃家に帰って夕方のニュースでも見ている時間だろうに・・・・、泣きたくなってきた、だが涙は出なかった。涙が出るより、怖いという感情の方が強かったのだろう。

そのとき突然、ぱららららららら、と近くで鳴り響いた。

尚継は突然のことで、心臓が飛び出るほど驚いたが、すぐにそれがマシンガンか何かの音だとはわかった。それでいっそう恐怖心がこみ上げてきた。

再び、ぱらららららら、今度は先ほどよりもかなり近づいたようだった。誰かが誰かを追っているのだろうか? こちらに近づいてきているということは、最悪の場合、その逃亡者がこの建物の中に入ってくるかもしれない、そしたらもちろんマシンガンの誰かも入ってくることは間違いない。でもここで外に出て逃げのるのは危険すぎるのではないか? もうマシンガンの誰かはすぐそこまで来ている。見つかったら、俺まで殺されるだろう。やはり運良くやり過ごせることを願うしかない。

 

本田雪子(女子十八番)は林の木々の間を縫うように走り続けた。何なの一体、彼は! こちらの気配が気づかれたと思ったら、いきなり撃ってきた。もちろん今はその彼(黒木久信であったのだが)、から逃げるために走っているのだ。

だが逃げながらも、雪子は彼の様子は少しおかしいことに気づいていた。

というのは黒木久信はあたしを追ってきてはいるけど、何やら脚がふらついているみたいだったし、それにマシンガンの弾が全くあたしにかすりもしない方向に飛んで行っている。だからこそこんなことを考える余裕があるのだけど・・・・。遠めに見えたのだが、彼は右腕に傷を負っているようだった。その傷がひどく、めまいか何かで、走力が上がらないのだろうか? だとしてもマシンガンの弾道はどうなるのだろうか、彼は左肩から吊ったマシンガンを左手で持ち脇に抱えるようにしていた。利き腕ではないにしろ十分狙いをつけることは可能ではないのか? 今の弾道はまるで目をつぶって撃ってるみたいだった。

どんどん差は開いている。とりあえずこのまま逃げ切れるだろうとは思っていた。そのとき前方に倉庫らしきものが見えてきた。一瞬そこに隠れ入ろうかどうか迷った、だが止めた。どうせこのまま逃げ切れるんだからそんなところに入るほうが危険だろう、差を縮められることになる。隠れてやり過ごすよりは、逃げ切った方がいいに決まっている。

それでそのまま倉庫の前を走り抜けた。

 

黒木久信(男子十番)は突然現れた人影を追いかけながらポケットからあるものを取り出した。ぎりぎりの状態になるまで我慢して大事に使ってきたそれだったが、とうとうこれで最後になってしまった。

それとはクスリのことであった。久信の場合は同じ麻薬中毒症の前田友里とは違い、いつもポケットに忍ばせてあったのだった。それは久信の場合は友里よりもかなり進行した麻薬中毒症であって(それもそうである。久信が友里にクスリを始めさせたくらいだから)、常にのんでないと、すぐに幻覚が見えてくるほどだったのだ。そして今こうして走っている間にも、もうほとんど幻覚が見え始めていた、それでもマシンガンだけは連射していたのだったが。だけどもう限界と感じたところで残り一つのクスリを口に入れた。

しかし今の彼にとって本当に問題だったのはその麻薬中毒などではなかったのであった。彼の体温はいまや井上和美がそうだったように四十度近くあったのだ。ただその熱の原因はまったく違っていたのだが。和美の場合は風邪のための熱であったが、久信においては右腕の傷がすべての元となっていた、つまり久信は感染症にかかっていたのだ。それもそのはずである。矢が貫通したという大怪我にもかかわらず、そのまま治療もせず山の中を歩き回っていたのだ、大量の雑菌が入って当たり前だった。

もちろん久信自身はそんなことは知る由もなかった。ただ水を飲んでも飲んでも喉が渇き、すでに自分のペットボトルは空と化していた。とにかく誰かから水を奪い取りたかったのだ、殺し合いとかはもう二の次になっていた。

 だが追いかけていたはずの本田雪子の姿はもはや見えなくなっていた。それどころか視界がぼやけて周りの景色すら認識の域を超えていた。

「くそ、なんなんだこれは?」久信はもはや訳が分からず叫んだ。ただ自分の声だけが林の中に呼応した。とにかく水だ、それさえ手に入れればどうにかなる。気力を振り絞って雪子の逃げた方向に進んだ。

 すぐに久信の目には倉庫らしき建物が飛び込んできた。そして久信は雪子がそこに逃げ込んだという推測が浮かんだのだった。

「水をよこせ――」自然に声が洩れた。声を出す度に喉が焼け付いた感触を感じた。体が燃えているようだった。久信にはドアを探すという余裕もなかったため、最初に目に入った窓へ向けて、マシンガンを乱射した。

 ぱらららららら、という音とともに、窓ガラスが砕け散る音が響いた。

 撃ち終わったときには窓枠もなくなり、周りの壁に大量の弾痕のみが残っていた。

 久信はすかさず中に入ろうとして窓に近づいたそのとき――

 がさがさ、と建物の横の木の間から人影が現れた。その人影はポンプ式ショットガン(銃床を切り詰めたレミントンM31RSだった)を手にして、久信に狙いを定めたまま少し脚を進め、そして言った。

「先ほどからの銃声はお前か? 誰かを殺ったのか?」それは落ち着いた感じの低い声だった。さらにもう一言付け加えられた。

「お前はやる気なのか?」

久信にとってやる気とかやる気じゃない、とかそんなことはどうでもよかったのは言うまでもないのだが、声を出すことはしなかった。それでその人物は続けた。

「やる気じゃないんなら、武器を地面に置け!」

 久信は心の中で思った。何なんだこいつ、誰に向かって口聞いている? 久信は怒りで意識が正常に戻ってきたようだった。いままで俺にこんな口の聞き方するやつなんてほとんどいなかった。隣町の不良のリーダーは確かこんな生意気な口をきいたな。だがそいつはすぐに病院行きにしてやった。それにしてもこいつは一体誰だ? しばし考えたがすぐに思い出した。こいつは確か転校生の――名前は・・・・・そうだ杉村弘樹(男子十三番)だったな。俺のこと知れないのは仕方ないが、こういうやつには思い知らせてやらないとな。

 そんなことを考えているうちに、弘樹が言った。

「どっちなんだ? やる気なら容赦はしない。」

 それで久信は思った。何言ってんだ、こいつは? 俺がやる気じゃないなら、どうだって言うんだ、おまえら転校生は俺たちを容赦なく殺そうとするんじゃなかったのか? まあそんなことは、どうでもいい。必要なのはこいつに俺に対しての口の聞き方ってのを教えてやることだけだ。

だが今の状況はちょっと不利なのは言うまでもなかった。あいつは俺に銃口をポイントしてやがる。一方の俺はというと完全にマシンガンを下ろして銃口は下に向けている。

 ここは一つ、あいつに合わせて様子を見た方がいいだろう。そこで隙を見て木陰にでも隠れて撃つ。撃ちあいになったら、どう考えても俺のマシンガンの方が有利だ。

 それで久信はあくまでも自分が不利にならないような文句を考えて言った。

「俺がやる気ではないにしろ、武器を置くことはできない。お前の喋り方だとお前自身はやる気はないようだが、俺がそれを、はいそうですかと、簡単に信じれると思ったのか。俺が武器を置いて無防備になったところを、撃たれるかもしれないだろ」喉が焼け付くように痛んだが、続けた。こちらは心底疑問に思ったことだった。

「それにお前たちは、坂持がいったように容赦なく俺たちを殺すんじゃなかったのか。今やっている行動はあの言葉と矛盾してるぞ。洗脳が解けたのか?」

 それに関してはすぐに弘樹が返してきた。

「そのことは後で説明する。とりあえずお前がやる気ではないのならそれでいい。俺はただ銃声がしたので駆けつけてきただけだから」それで弘樹はショットガンを下ろして言った。「俺はお前を信用する、だからお前も俺を信用してくれ」

 久信は弘樹の言っていることに少し動揺を憶えた、ただし弘樹の言葉遣いにだけは反発せずにはいられなかったのだが。こいつを信用してもいいのではないか、とさえ思ってきた。

だがある考えはふっと浮かんだ。

 ――そうだ、たしかに俺がこいつと組んだとしたら、水を分けてくれるかもしれない。だがそれじゃ十分な量ではないだろう、たかが知れている。こいつにも水が必要なのだから・・・・、でも殺して奪ってしまえばすべての水は俺のものになる。それですべての歯車が狂いだしたようだった。一瞬信じようと思ったことが、すべて吹き飛んでしまっていた。やはり殺さなければならない。

 やつはショットガンを下ろしている。今がチャンスだ、これを逃す手はなかった。久信は左手をぴくっと動かした。そして一気にマシンガンを持ち上げ弘樹に向かって乱射し始めた。

 だが久信の指がぴくっ、と動いたときにもう弘樹には何が起こるのか予測済みだった。マシンガンから弾が発射される前にはもう後ろの林の木々の中に逃げ込んでいた。

 ぱららららららら、久信は構わず弘樹が入り込んだ林に向けて撃った。短銃ならいざ知らず、これはマシンガンだ。あいつがどこに逃げ込もうと撃ち続ければ当たる可能性はあるだろう。

 そのまま撃ち続けたが、突然ヒュー、という音をたてて何かが一直線に自分向かってきた。久信の視野には入ってこなかったが、音からして多分後ろから飛んできているのだと想像が付いた。それで久信は身を倒し地面にうつ伏せになった。そうすればやりすごせると思ったのだ。ヒュー、という音が自分の頭上を通過したのがわかった。それで顔を上げた、それの正体が分かった、ロケット花火だった。くそっ、馬鹿にしやがって、一体誰だ? だがそれは確かめられそうになかった。その間に木々の間から出てきた杉村弘樹が、初めそうしていたようにショットガンをぴったり久信に向けて立っていた。ただ先ほどよりも今の方がうつ伏せに寝ている分だけ状況は悪かったが。

「それがお前の答えか。わかった、じゃあ俺はお前を殺さなきゃならない。それが他のやつためだ」弘樹は真剣な表情で言った。恐らくその言葉に嘘はないだろう。このままだと、俺はこいつに撃たれる。

 そのとき、後ろから誰かが現れる音がした。久信は顔だけを動かしてそちらを見た。そこにいたのは、三村信史(男子十七番)だった。指でロケット花火の端を持ち、くるくると回しながら言った。

「まったく、杉村、おまえ甘すぎるぞ。一人で大丈夫なんていうから、任せたのにな。結局俺が手を貸すことになっちまったじゃねえか」

「ああ、悪い。俺が甘かった。とにかく助かった、ありがとうな」弘樹が言った。

 久信は完全に頭にきていた。くそっ、こいつらなめてるのか。二対一とは上等じゃねえか。俺は十対一のケンカでさえ勝ってきた男だ、こんなになめられるなんて生まれて初めてだ。

 もはや久信は死に対する恐れなどなくなっていた。弘樹と信史の二人をぶち殺すことしか頭になくなっていた。もちろん形勢不利なんてこともどうでもよくなっていた。そしてこれまでのケンカでも、その局面における死をも恐れぬ行動こそが、久信の百戦錬磨の不良伝説を作ってきたのだった。

 久信は一瞬のうちに考えていた。ケンカの鉄則として頭をつぶせばそのケンカは勝ちなのだ。頭とは一番強いやつ。それは今も同じ、この場合はショットガンを持っている杉村の方が頭と考えるべきだろう。まあ銃器を持っているやつを倒してしまえばあとはどうってことはない。それで狙いは弘樹に決まった。

 久信はマシンガンを構えようとした、その瞬間弘樹のショットガンを持つ手が動くのも見逃さなかった。咄嗟にうつ伏せに寝込んだ体を左へと回転させマシンガンの引き金を引いた。

 ぱらららららら、という音が響いたが、ズドーンというショットガンの重い音も響いた。もちろん身を回転させてその場から離れていたので、そのショットガンの弾の餌食のなることはなかったが、それは弘樹にとっても同じ事だった。寝込んだ状態でおまけに回転しながら左手一本で撃ったのでいくら一分間に千発撃つ事が可能なイングラム・サブ・マシンガンの能力をもってしてもかすりもしなかった。まあ弘樹自身もその素早い動きで回避していたのだが。

 だが久信としてもあれで決着がつくとは思ってもいなかった。本当の勝負はこれからということは了解済みだった。この先は俺が有利なことは目に見えている。今のは立ち上がるための時間稼ぎだ。さすがに一発の威力だとショットガンの方が数段上かもしれないがそれは当たっての話だ。おまけにポンプ形なので、一発撃つと次の弾を装弾するには、一旦ポンプを引かなければならない。時間がかかるはずだ。それに引き換えこちらはその必要はない。銃弾のシャワーを引き金を引くだけでお見舞いする事ができるのだ。

 すぐさま久信は立ち上がっていた。病人とはいえない動きだった。いやそれ以前にかなりの運動神経のよさだった。もし彼が不良という立場でなかったなら、ものすごいスポーツマンになっていたかもしれない。

 久信は引き金を引こうとした、がその前にマシンガンを持つ手に衝撃が走った。それと同時にマシンガンは宙を舞った。弘樹は一発撃った後にもうショットガンには頼らずそれを投げ捨てて、一気に間合いを詰め、体術勝負に挑んできていたのだった。

 なっ、なんでこいつショットガンで撃ってこない! まさに久信の計画は崩れ去っていた。こんなこと予想もしていなかったのだ。それはそうである、誰が銃器という武器を捨ててまで素手で戦おうとする?

 まずい、相手は二人だ。俺が杉村とやり合っている間に、三村に俺のマシンガンを奪われる可能性もある。そう考えてマシンガンへと目をやろうとしたのだが、できなかった。杉村の攻撃が休む間もなく襲ってきたのだ。だが久信はそれを難なくかわした。それで久信はもはや武器に構っている余裕はなくなっていた。

 だが百戦錬磨の久信にとってはタイマンの勝負だったら負ける気はしなかった。こうなったらやってやろうじゃねえか、杉村か、確か拳法やってるとか言ってたな。拳法対ケンカ屋、どっちが強いか知らしめてやるぜ。

 弘樹の蹴りが飛んできた。上段蹴りと見せかけて、直前で下段へと向きが変わった。久信の腿の下辺りに衝撃が走った。だがそもそも久信は避けようなんて思ってもいなかった。避けたりしてたら、その後隙ができる、それならそもそも避けない方がいいのだ。だが受けはやるがな。それが俺の戦法だ。

 弘樹が再び動いた。右足を直線的に繰り出しながら身体のねじりで半円を描き、久信の頭部めがけて後ろ回し蹴りをはなった。弘樹は完璧に捉えたと思ったかもしれない、だが久信は弘樹の繰り出した上段狙いの回し蹴りのふくらはぎの部分を左腕で受けていた。久信はそのまま、今弘樹の身体を唯一支えてる軸足に蹴りをあびせた。腰の力で踵を押し出すように蹴った。弘樹はそれでバランスを崩して倒れた。久信はそこを狙って背中に蹴りを浴びせた。弘樹はうっ、と呻き身体ごと転がって距離をとった。それで三村の声が聞こえた。

「おい、大丈夫か、杉村。俺も手伝った方がいいんじゃないか?」

「いや、問題ない。少し彼を甘く見すぎていたようだ。まさかそんな状態でこんなに強いなんてな」久信は弘樹のその言葉ですべて思い出したように身体中がぐっと重くなった。そういえば俺は熱はあるし、右腕は使えない状態だった。すっかり忘れてたぜ。くそっ、余計なこと言いやがって・・・・・・。

 弘樹は起き上がろうとしたが、久信は素早く間合いを詰めて再び蹴りをみまおうとした。しかし弘樹は蹴りを受ける寸前に、仰向けの体勢から背筋を利用して上半身を跳ね上げて立ち上がった。久信の蹴りは、弘樹の顔面に当たる間一髪で空をきった。

 弘樹は体勢を立て直し身構えていた。久信はぼんやり立ち尽くしていた。目がうつろになってきた。右腕はだらんとぶら下がっている。早急に決めないと持ちそうにないと感じた。こいつらは二人でかかってこようとしないし、杉村一人に集中するべきだろう。一気に攻める。

 久信は動いた。弘樹にすっ、と歩みよって左足にローキックを浴びせた。が、蹴りが命中する寸前に弘樹は踵を外側にずらして衝撃を和らげた。久信の蹴りはインパクトはしたが十分ではなかった。弘樹はそのまま右方向へ回転し、カニばさみの要領で久信の両足をはさみ、身体をねじった。こうなると、久信はうつ伏せに倒れるしかなかった。だが身体が地面に激突した瞬間気づいた。杉村の脚は俺の脚とからみついて離れないということに。つまりやつはすぐに攻撃に移ることはできないっていうことだった。

 久信は右足の踵と太ももの裏側で弘樹の左足をしっかり挟み、左腕一本の力で身体を左に回転させた。弘樹もバランスを失った。弘樹が倒れると同時に久信は立ち上がった。弘樹の反応も早かった。すでに上半身が起き上がっていた。数メートルの距離があった。久信はためらわなかった。左足を進めて身体を右にむけ、飛び上がった。空中で身体をひねりながら踵を内から外へ繰り出した。それはきれいな後ろ回し蹴りだった。弘樹はそれはかわすことができなかった。久信の踵が見事に頬に命中した。弘樹ははじけとび、転がった。

 決まった・・・・・。それですぐに後ろを振り返った。相手はもう一人いるのだ。目に入ったときにはもう三村信史は構えていた。が、それは解かれた。久信にはわけが分からなかったが、三村の目線が自分の後方に向けられているのに気づいた。

まさか!

久信はすぐさま弘樹の倒れた方に目を向けた。立ち上がっていた。

「うそ・・・だろ・・・。完全に決まったじゃねえか・・・・?」久信の口から言葉が洩れた。

 最高の一撃が決まっても仕留められなかったことでもはや、素手での勝負はあきらめた。前方にはちょうど弘樹が投げ捨てたレミントン・ショットガンが転がっていた。

 恐らく仕留められはしなかったが、かなり利いているはずだ。マシンガンほどの命中力ではないにしろ、前のように簡単にかわすことはできないだろう。走った。ショットガンを拾い上げ杉村めがけて構えた。

 ぱらららららら、という音が響いたと思ったら自分の身体が大きく前方に飛んだ。即死だった。何十発という弾が一瞬にして、すべて久信の身体に入り込んだのだ。

 三村信史はマシンガンを下ろして言った。

「悪いな。フェアじゃないのは分かってるが、杉村を殺させるわけにはいかない」それから久信へと近づいた。「ほんと、お前はすごいやつだ。そんな怪我で杉村をあそこまで追い詰めたんだからな、お前がやる気じゃなかったのなら頼りになったんだがな」信史は心底思ったことを口に出した。それから弘樹へと歩み寄り言った。「分かっただろ? これはおまえが思ってるほど生ぬるいもんじゃないんだ、生きるか死ぬかの殺し合いなんだからな、相手に同情心を持ってたら死ぬ事になる」

 弘樹は口に溜まった血を吐き出して答えた。「ああ、俺が甘かった。でも俺は最後まで俺の信念を通したいと思う」

「だろうな、おまえって昔から頑固なところがあるからな」信史は苦笑いを浮かべていった。

 弘樹は久信の脇に落ちているショットガンを拾うと言った。

「早くこの場から立ち去ろう。派手にやりすぎた。誰かが来るのは時間の問題だ。」それを引き取るように信史が続けた。

「そして銃声を聞きつけてやってくるようなやつはスター級のやつにきまっているしな」それで二人はその場を後にした。もちろんマシンガンは信史が持ち去った。

 

 尚継は倉庫の中で震え続けていた。外からは人の争っている音がしていたが必死で耳を押さえ、聞こえないようにしていた。

 そしていつのまにか音は止んでいた。もういやだ。こんなの、尚継は裏口から抜け出し走った。外はもう真っ暗だった。がむしゃらに走り続けた。

それは彼が分校から出発したときとまるっきり同じ眺めだった。

[残り26人]






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