32 古賀弘(男子十一番)は夜になって行動を開始し始めた。明るいうちは銃声があちこちから飛び交っていたし、あまり動かない方が懸命だと思ったのだ。それに自分の武器は相川真一朗から奪った日本刀だ。昼も夜もその命中力には関係がない。それなら相手(特に銃器を持った相手だ)にとっては不利な夜に動いた方がいいに決まってるだろう。今からが俺の時間帯だ。とりあえず見つけたやつを片っ端から殺してやる。 弘は今や人を殺すということに対し少しの躊躇もなかった。それは彼自身がすでに一人殺してしまったという理由もあったがそれだけではなかった。彼は気づいたのだ。何をかというと、誰かを殺すということは、その人物の支給武器を奪うことができるということを。それはつまり今後の戦いを有利にし、なおかつ自分が生き残るための可能性が増えるということなのだ。弘はこんなところで死にたくなかったし、もちろん死ぬつもりもなかった。 弘はまだ陽が高いうちに相川真一朗を殺したところから東へと移動していたので、今いる場所は分校から南東に当たる、エリアでいうとH=6にいた。昼間にはここから、南東(地図によると集落があるらしい)より物凄い爆発音が轟いた。もうそこは禁止エリアとなってしまったから、確かめようもないがあれは何だったのだろうか?もしあれが誰かの武器かなにかのせいだとしたら、さすがにあんな反則的な武器を持ったやつとは出会いたくなかった。 だが弘にはそれはないだろうという確信はあった。あれほどすごい爆音を立てといて同じ場所にとどまるバカはいないだろう。つまりどこか遠くへ移動しているはずだ、この付近にとどまっているはずがない。俺とそいつが出会うことは万に一つもないってことだ。こういうときは裏を読んで行動するに限る。 確かに弘の考えはまんざら間違っているともいえないが、実際のところその爆発を起こした張本人はすでに死んでいたから意味がないっていったらそれまでになるかもしれない。だがせっかく弘の練りに練った行動だ。あまりバカにするのもかわいそうだから、なにも言うまい。 弘はそれで極力物音を立てないようにと慎重に足を動かし、そのまま東の端まで行ってみることにした。それでも、もし誰も見つけられないようだったら、海岸に沿って北へでも行ってみよう。 それで東へと移動を開始した弘であったが思ったより簡単に彼のもくろみは達成されたのだった。二十分くらい脚を進めたところだろうか、前方には藪みたいな場所が広がっていた。そこには人がちょうど一人隠れる事ができそうな茂みがあった。そしてその茂みの植物の葉の隙間から懐中電灯の光らしきものが洩れていたのだった。まったく無用心にもほどがあった。ここにいます、殺してください、とでもいわんとしているようだ。それとも暗所恐怖症なのか? 昼間(昼には懐中電灯など使わないが)、もしくは屋内で光がもれないように使うのならともかく夜の暗闇の中で、野外であんなあからさまに懐中電灯を使うバカがよく今まで生きてこれたなとさえ思った。だがそのおかげで俺は簡単に見つけることができたのだが。その点には感謝しなければな。 それで弘は右手の日本刀を握る手に力を込めた。ゆっくり一歩一歩そこへと近づいた。もちろん自分がやってのけたように何か罠が仕掛けてあるかもしれないと考え、日本刀は顔の前に立てるように構えていた。茂みまで目と鼻の先にまで近づいていたが、罠は何も仕掛けられてはいなかった。茂みにすっかり覆われたその場所は光が洩れている以外はそこに誰がいるのかまでは確認できなかった。だが弘には誰であろうと関係なかった。このまま一気に茂みに入り込んで日本刀を振りかざす。それで終わりだ。この日本刀の切れ味は実証済みだ。かすっただけでもすぱっ、とやってくれるだろう。一振りで殺せなくても致命傷を与えることは簡単だ。 ここまで接近すれば、相手がどんな武器を持っていたとしても俺の方が早く攻撃できるだろう。後一歩で飛び込める射程距離だ、それでお前には死んでもらう。そう考えるだけで顔に笑みが浮かんだ。危うく声まで洩れそうになったがこらえた。・・・・・・・大丈夫だ。全く気づかれた様子はなかった。相変わらず光が洩れていた。 弘は顔の前に立てるように構えていた日本刀を一度両手で持ち直した。それからゆっくりと再び右手一本で持ち直し、頭上で刃を寝かせるようにして構えた。 それから一秒と経たないうちに弘は相手を真っ二つにする覚悟で思いっきり日本刀を振りかざしながら茂みの中に飛び込んでいた。刀の刃が茂みの植物を刈っていくのがわかった。そして最後には人体にまでたどり着くのを期待していた。 刃の動きが止まった、地面にまで達したのだ。だがそこに人を切ったという感じはなかった。ただあったのは地面に突き刺さったという感触だけだった。 人はいなかったのだ。弘の目に入ったもとといえば、地面の上に無造作に転がった懐中電灯のみだった。 「なっ――」声が洩れた。おとりだ、しまった―― その瞬間後方からグィーンという機械的な音が響きだした。弘はすぐに顔だけを振り向かせた――そこには学生服をきた人影がすぐそこに迫ってきていた。弘はそれが誰かを確認する前にその人物が両手で持ったその機械的な音の原因のものに目がいった。チェーンソーだった。刃が鋭く回転しているのが月明かりでもはっきりと分かった。そしてそれが自分に向けて振り下ろされるのがスローモーションのようにゆっくりと目に映った。人間死に面した時は時間の流れがゆっくりに見えるとよく言うが、それだったのかもしれない。だがそのおかげで弘は今すべきことを咄嗟に考えることができたのだった。 地面に突き刺さった日本刀から手を放し、足腰の力だけで前方に水泳で飛び込むように飛んだ。間一髪、チェーンソーの餌食にはならずにすんだ。空を切ったチェーンソーは勢いあまって地面に突き刺さったまま立っている日本刀の刃へと命中した。金属同士の擦れるような音が響いたが、チェーンソーを振り下ろした力と、そのチェーンソー自体の刃の回転の力がミックスした反動で日本刀は地面からすっ、と抜けてちょうど弘が飛んでいた手前まで転がってきた。 弘はそれを見逃さなかった。日本刀を手に取ってすぐに立ち上がった。相手はすぐに次の攻撃には移ってこなかった。それもそうだ、チェーンソーなんか振り回しながら、素早く動くことなんかできるはずもないだろう。今の一撃で俺を仕留めるべきだったのだ。刀も自分から俺の方へと戻ってきてくれた。運も俺を味方している、この勝負俺の勝ちだ。 弘は体勢を立て直し今度はその人物の顔を見据えた。はっきりとその人物の顔を見て取れた。岩下優(男子四番)だった。前からにきび顔のやつだったが、今は一層ひどくなっているように見えた。見ているこっちが嫌になってくるほどだ。 そうこう思っているうちに優の脚が動き出した。だんだんと近づいてきた。優の表情がはっきりと見て取れた。 ――目がいってる・・・・、それはもうやる気とかやる気ではないとか、そんな状態ではなかった。精神的に耐えられなくなったやつの目だった。だがおとりとか、ふざけた作戦を使ったくらいだ、脳はしっかりしているのかもしれない。とにかく油断さえしなければ、武器では完全に俺の方が有利だ。負けることはない。 とにかく動きで相手の隙を付くのが一番だろう。それで弘も脚を動かした。ただし前ではなくて横に。 優もその動きに合わせて横を向いた。だがその動きに切れというものは一切なかった。 思ったとおりだ、動きは鈍い。一気に回り込んで一刀両断だ。弘はそのまま走り出し相手の後方へと回りこみ、そして優へと向かって飛びかかった。それは一瞬の出来事だった。刀を振り下ろそうとしたが、優の頭上には太めの木の枝がかかっていた。 それは狙いだったのか、ただの偶然だったのかはわからなかったが、とにかく気づいた。両手で刀を持ち直し強引に横へと引いた。それはテニスのバックハンドのような姿勢であった。そのときには優は完全に振り返り、チェーンソーがその後からついてくるようになって見えてきたのだが、弘にはやれるという自信があった。その前にお前のその胴体をぶった切る。 それは狙い通りだった。優が構える前に、その優の脇腹辺りから日本刀が食い込んでいく感触が手に伝わってきた。それはなんとも気色の悪い感覚だったがすぐに止まった。真っ二つにする予定だったが、相川真一朗の血糊のせいで少し切れ味が悪くなっていたのかの知れない、体を縦断する背骨あたりで止まったのだ。血がだらだらと流れだした。生ぬるい血が刀の刃を通って弘の手に伝わってきた。 ぎょっ、として弘はその手を放した。そうすると支えを失った優の体がゆっくりとバランスを崩して倒れていった。その間も優の両手にしっかり握られたチェーンソーは回り続けていたのだが、先にそのチェーンソーが地面に落ちた。その上にかぶさるように優の頭が落ちた。 優はすでに絶命していたのだけれど、相手が生きていようが、死んでいようがそれは見るに耐えられない光景だった。相変わらずチェーンソーは死んだ優の手にぎっしりと握られたままで、自分の頭をそれで切りつけ始めた。頭がぶるぶると揺らしながら、皮を引き剥がし、肉を切り裂いて、骨を砕く音さえ響いてきた。チェーンソーの刃が右頬の辺りから左目の通る形で左側頭部に抜けた。ぱっくりと顔の斜め半分が切り離された。 あとにはグィーンという機械的な音だけが響いていた。 弘は少しその光景にあっけにとられていたが、すぐに我に返った。銃声ほどではないにせよ、チェーンソーの音は静まり返った夜の闇に響き渡ったはずだ。こうしてはいられない。すぐにここからは立ち去った方がいいだろう。それで優の武器チェーンソーを見やった。やっぱりいらない、それは相変わらず優の手にしっかり握られていたし、何よりも全体に優の血や肉片が付着していた。あんな光景を見た後だ、そんなものには触りたいとも思わなかった。それに同じ斬系の武器ならこの日本刀で十分だ。わざわざ荷物を増やす必要もないだろう。だがやらなければならないことはあった。 それで弘は優のデイパックを探した。それは近くの木陰に隠すように置いてあった。おそらく懐中電灯をおとりにして優はその木陰に隠れていたのだろう。隠れるのには十分といえるような場所ではなかったが、懐中電灯の光に目がいくので、問題はないということだろう。そう、俺もまったく気づかなかったように。人間の心理を利用した作戦か・・・、なかなか勉強させてもらったぜ。 それでデイパックから水の入ったペットボトルを取り出した。二本あるうち一本は封も切ってなかった。ほう、大事に飲んでいるじゃないか、俺なんかもうほとんど残ってないのに。 そのペットボトルを自分のデイパックにしまうと弘はすぐにその場を離れた。 [残り25人]
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