34

 島の北よりの東側、エリアでいうとB=9のところに当たる。そこは目立った建物は何もなく、周りが十分に見渡せるほどの草原が広がっていた。そんな中月明かりの下二つの影がたたずんでいた。昼間だったらその二人はかっこうの標的になっていたに違いなかったが、今は月明かりがあるといっても比較的薄雲がかかっていたため、敵がかなり近くまで近づかなければ気づかれることはないだろう、それはこの遮蔽物がないこの環境、敵が近づけば逆にこちらが先に気づくことができるということだった。夜ならではの隠れ家だった。

 だがここにいる二人はそこまで考えていたわけではなかったのかもしれない。それを証明するように二人は何か言い合っているようだった。音を立てるなど自殺行為になるのだとわかっているにもかかわらず・・・・・。

「仕方がなかったのよ、そんなに気にしないで!」いつもは人を説得するように強みもあり、また優しさを含んだ声の持ち主、女子委員長の金星智美(女子6番)の声だった。しかし今の彼女の声にはそんなものは一切含まれてはいなく、その一言は張り詰めた緊張の下、震えた感じで他にどう言えばいいのか分からなく出てきた言葉のようであった。

「他人事だからそんな事言えるんだ! 見てみろ、この手を、真っ赤に染まって・・・!」

そう言って智美に両手を掲げて見せたのは、金子隆平(男子5番)だった。

「血は付いてないわ! きちんと洗い流したじゃない!」智美は確認するまでもなくそう返した。

実際彼の手にはそんなものは全く付いてはいなかった。だがそのときの彼の目には降りかかった赤い血が体中に付着しているようにみえていた。

時は遡る。まだ陽も高かったときにこの二人は合流していた。恐らく女子の中ではもっとも信頼の置ける人物であろう金星智美。それと坂持の言葉を借りて桐山和雄がザッツ・パーフェクトとするなら、この金子隆平は麻峰高校三年B組の中でのザッツ・パーフェクトといえるかもしれない、ただその性格はまったく異なるかもしれないが。いわば桐山が悪とすれば、隆平は善だろうか。それほどみんなに頼られることも多かったし、先生からも信頼されていた。そんな隆平と智美が出会って互いに疑うということもなかった。そしてそのまま共に行動してきてそこには何の障害もなかったはずだった。ただある出来事が起こるまでは・・・・。

約一時間前にそれは起こったのだった。隆平と智美は南から北上しながら二人であれこれと脱出する方法がないかを考えていた。このゲームのルールからするとこの島から脱出するには生き残るしかなかったのだが、もちろん二人はそんな方法を取るつもりはなかった。そうなると生き残るのは一人だけということになるし、それなら二人で行動するということすらなかったはずであったし。

とにかくいろいろ考えた。だがどれも自分自身の頭で考えているうちは良さそうだが、相手に打ち明けるたびに必ず欠陥がでてくる、二人ともそれの繰り返しだった。

その間なんだかんだと頭をフル回転させながらも、北に向かって脚だけは動かしていた。しかしそれがいけなかったのかもしれない。周囲に対する注意力が散漫になっていたのだった。気づいたときには、草原に出てしまっていて、おまけに前方約五十メートル辺りの草地から人影がじっとこちらを見ていた。その人影は全身を月明かりにさらしていたので隆平と智美はすぐにその人物が誰なのかを悟った。少しがっちりした体系の男、秋山洋二(男子二番)だった。それで隆平は顔を歪めた。智美にとってはどうだか分からないが、隆平にとっては洋二はとても信用できる人物ではなかったのであったのだ。それは洋二が不良グループに属しているということもあったのだが、それ以外にもっと深刻な理由があったのだった。

隆平と洋二は小学校から同じだった、といっても特に仲が良いというほどでもなかったのだが、しかしその分、奴については他のクラスメイトよりも知っているつもりだった。そう、あれは小学校の時、クラスが同じときがあった。秋山は誰だったか名前は忘れたが、とても仲が良かった友達がいたようだった。それは中途半端な仲のよさじゃなかった、どこへ行くにも一緒、何をするにも同じ、まあそんなところだっただろう(何せ昔のことでよく覚えていない)。そのことは別に小学生だったし、そんなに気味悪がることでもなかった。

だがある日突然、秋山の友達がいじめられた時があった。理由は本当に馬鹿げたことからであった。確か学校で大便をしたとかなんとか・・・。本当に馬鹿げていた。それはそれであったのだが、いじめられ始めたかと思うとその瞬間から秋山の奴は、いままでずっと友達だよ、とか言っていたその子に対して口を訊かなくなっていた。挙げ句には他のいじめっ子に加担さえしだしたのだ。もちろん元親友にはわからないようだったが(しかしその子には洋二がいじめに加担していたということはわかっていた)。

まあ小学生というのはすぐに気が変わるものであって、すぐにそのいじめは熱を引いていった。そうなると秋山は再びその子に話しかけていた。もちろんすべてを知っていた彼が、秋山をかつてのように親友として受け入れることができたはずはなく、それ以来彼らが話しているところすら見たことはなかった。秋山はその裏切りによって恐らく人生最大となっていただろう親友を失ったのだった。

これがまず俺の知っている秋山の姿の一つであった。

そして中学生の時、グループで分類するなら秋山が不良という領域に足を踏み入れ始めた頃だった。そのときの秋山はまだそんなに悪いって言うイメージもなかったのだが、不良連中と一緒に行動していた。今でいうと黒木久信という不良のカリスマみたいなやつもいなかったし、秋山はそのグループの中の連中とも対等に付き合っていたようだった(もちろん高校に入って黒木久信が現れて以来、秋山は不良の仲間のなかでもコバンザメのような存在になっていた)。それが災いしたのかもしれない。隣の中学の生徒と小競り合いがあったとき、うちの中学男子生徒数人がケリをつけに抗争を行うという状況になった。近くの公園でそれは行われる予定なのだったのだが、あいにく先生たちに見つかって中止ということにはなったが・・・・、しかし問題はそのことではなかった。血の気の多い生徒と、もちろん不良といわれていたようなやつらは全員そこに現れたのだったが、ただ一人秋山だけはいなかったのだった。

隆平自身はそこに行ったわけではなかったのだが、バレーの練習の後、校庭で生徒指導の先生に叱られていた集団を目撃したのだった。そこには確かに秋山洋二の姿はなかった。見落としたわけはなかった、あいつの体系は少し太り気味でごつい顔をしているのですぐにわかるはずだ。逃げたのだ。恐らく翌日みんなにそのことで問い詰められたりもしていただろう。しかし得意の嘘であれこれと言いくるめたのかもしれない。その後もとくに変わることなくやつは学校生活を送っていた。だが隆平はそれ以来絶対にやつを信用することはないだろうと決めていたのだった。

そんな秋山洋二が今こうして自分の目の前に立っている。普通のときでさえ信用できないやつなのに、状況が状況だ、やつを信用することなど1パーセントもないだろう。例えやつがなんと言ってきてもだ。もし智美が信じようとしても俺はやつを絶対否定する。

洋二はそのままじっとこちらを見つめていた。どういうつもりなのかはわからない。自分たちは秋山に気づくのが遅かった分だけ警戒して隠れるということもできなかったが、あいつは俺たちよりも先に気づいていたはずだった。それなのにこうして全身を晒したまま突っ立っている。襲い掛かってくるつもりなのか? 自問自答してみたが、それならば俺たちが気づく前に不意打ちを仕掛けてきたはずだ。それに先ほどからやつの全身に注意を巡らしてはいたのだが、武器らしきものは見当たらなかった。もちろん隠し持っているという可能性もあるが・・・・・・。

やる気はないが、俺たち二人の様子を見ているのか? あいつも俺がやつを観察しているのと同様に、こちらを観察しているのか? だったら俺はお前が俺を信用したとしても俺はお前を信用しないぞ、さっさとどこかへ行ってくれ。時間の無駄だ。他のやつならともかく、お前だけは絶対に共に行動したくない。っていうか行動させない。

じっくり一分くらい見つめ合っていたが、洋二の方が口を開いた。それは隆平にとってはまったく予測してなかった言葉でもあった。

「許してくれ――」今にも消え入りそうな凄く弱々しい声だった。

 隆平は訳がわからず、ずっと黙ったままだった智美に顔を向けた。彼女は誰とでも友好的に付き合っていたのだが、うちのクラスの不良グループに関しては別だった。前に一度、前田友里にリーダーぶっていることが気に入らなかったらしく、ひどい目にあったという噂があったが、智美が不良連中に対してはなんだかいつも避けていたようだったので、もしかすると本当の話だったかもしれない。不良グループの一人である秋山洋二が現れたせいだろう、まったく無口になっていた彼女だったが、その智美にとってもその言葉が意外だったのだろう、驚いたように見開かれた目が隆平の目とかち合った。

 それで智美が何かを言ってくれるだろうと期待したが、あいにく彼女の口からは何も出てこなかった。隆平自身も何を言うべきかわからなかった。だってそうだろう、いきなり許してくれなんて言われても、誰だって戸惑ってしまう。

 だがそんなことをしているうちにしゃか、と洋二が脚を進めたらしい音が聞こえてきた。二人は咄嗟に洋二の方に顔を戻した。洋二は動き出していた、こちらへと向かってゆっくりと歩き出していたのだ。その足取りは重くまるで囚人がされるように、両足に錘をつけられているかのようだった。

「近寄るんじゃない! 止まれ、止まるんだ!」隆平は手に持っていた支給武器の包丁を両手で握り顔の前に掲げ怒鳴った。

 しかし洋二は構わず近づいてきた。その口から再びぞっとさせられるような言葉が発せられた。

「それで俺を殺してくれ――」

「なっ?」今度は殺してくれだと! 何のつもりなんだ?

だが秋山のその言葉で隆平は怖くなって包丁をいったん下げかけた。人を殺すことなどできるはずがなかった。――そのとき隆平の頭にある光が通り抜けたような感じがした。すべてを悟ったのだった。そうだった、こいつに騙されるところだった。こいつの専売特許は裏切りだったのだ。こちらを油断させて近づいたところで一気に本性を現すつもりなのだ。こんなやり方でくるとは、俺まで騙されるところだった。疲れと緊張感で頭の働きが鈍りかけているな。

 とにかくやつの作戦はわかった。動揺することはない、冷静に対処するんだ。それで下ろしかけていた包丁を再び顔の高さまで上げた。どうだ、それ以上近づいたら首筋あたりに刃先が食い込むぞ。早く本性を見せたらどうだ、気持ち悪いんだよ、おまえ!

 それでそれ以上近づくのを止めると思った隆平だったが、予想を反して洋二の脚は止まらなかった。このままだと本当にやつの首筋に包丁が突き刺さってしまう。たまらず隆平は包丁を下げた。だがその下げた包丁を持つ手の手首にごつごつとした手ががっちりと掴みかかってきた。秋山の手だった。

 しまった、やはり作戦だったのか。近づいて俺の武器を奪うつもりだったのか、悔やんだ。それで取られないように必死でもがこうとした隆平だったが、様子がおかしいことにも気づいた。それは奪おうとしているというより、やつ自身に向かって刃を突き立てようとしているようだった。なっ、こいつ本気だったのか? だがどっちにしたってそんなことごめんだ、死にたきゃ勝手に死ねばいい、何で俺が殺さなきゃならないのだ。だがその小競り合いは思ったよりしんどかった。洋二は自分の体に向かって刃を突き立てようとして、俺はというとそれを自分の方に引いてそうはさせないようにしている、ただ力任せに引くと包丁が自分の体に刺さってしまう可能性すらあったのだ。

 秋山の力は想像以上に強かった。体格がいい分力も強かった。その力を他のことに注いでいたら俺もおまえを見る目が変わっていたかもしれないな、とか思ってしまった。今はそんな場合じゃないっていうのにだ。自分を一喝した。

 横目に智美に姿が写った。どうやら隙をみて手を貸そうとしているようだ。もちろん人手が足りていたわけじゃなかったので手を貸してほしかったのだが、それはできなかった。こんなに不規則な力が包丁にかかっているんだ。その矛先がどこにむかうかはわからない。下手に近づいたら危ないのだ。それで隆平は叫んだ。

「近づくな! 離れていろ! 周りに誰もいないかを見張っててくれ!」

 智美の方を見る余裕はなかったので彼女がそれに従ったかどうかは分からなかったが、その後も彼女が手を出したりしなかったので従ったと考えて良いだろう。今の隆平にとっては智美に言ったことの方が問題だったのだ。秋山に関しては少なくとも自分の命の危険性というのはあんまり感じていなかった。いって見れば、生徒の自殺を引き止める教師ってところだったから。それよりこんな状態で周りから銃か何かで狙われるという方がもっと危険だった。今自分たちの状態はまったくの無防備だと言って良かったから――。

 必死にもがきあった隆平だったが、とにかく秋山のことはこのままではラチがあかないと思った。いっそ殺してしまいたいという感情にもなった。それがこのゲームのルールなんだし、罪になることもないだろう。前からいけ好かないやつだったし・・・・・。それで腕の力が一気に抜けた。均等に保たれていた力の片方が消え去り、包丁がぐん、と秋山の腹部目がけて走った。――が寸前のところで止まった。隆平が再び腕に力を加えたのだった。

 危なかった! 俺は何てことしてるんだ。罪にはならないにしろ、殺人の手助けなんかしてたまるか! 一人でも殺したらもう後には戻れなくなってしまう。坂持の思うつぼになんかしてたまるか!

 膠着状態が続いた。いっそ蹴りでも見舞えば包丁から手を放してくれるだろうとも考えたが、できそうになかった。他の行動を起こしたら、腕の力が弱まってしまいそうだったのだ。もちろん頭突きも無理だ。やはり智美に手伝ってもらうしか無さそうだった。危険だがしょうがない、俺が包丁を何とか固定しておく隙に彼女の支給武器であったスタンガンで後ろから気絶させる、スタンガンじゃ死なないだろう。これしかないと思った。これ以上長引けば、ここにいる全員に危険が及ぶともかぎらなかったし。

 意を決して智美へと声をかけようとした瞬間、逆に智美の方から声が上がった。

「きゃああああ」

!?

 しまった! 隆平は誰か殺人者が現れた、と思った。意識とは全く関係なしに顔が智美の方へと動いていた。智美は自分の左手少し後方にいた。しかしそこに智美の他に誰の姿は見当たらなかった。ただ隆平が見たものといえば、智美が彼女の足元を見つめているということのみだった。何なのかわからず隆平も彼女の足元に目線を落とした、そこには月明かりに照らされてかろうじて見てとれるほどの大き目の黒い物体があった。隆平にはそのときはまだそれが何なのかはわからなかった。

 それはほんの数秒のことだった。しかしその行動は自分の包丁を持つ力を弱め洋二が自分自身の腹部に運ぶのには十分な時間だった。

 初め、ビニールを突き破るような少し手ごたえのある感触があったかと思うと、すぐにそれを突き破った。包丁が秋山の腹に食い込んだのだとわかった。なんともいえない感触だった。人を刺す感触など普通は経験しないものだ。それを今経験した。頭が真っ白になったが、手だけは無意識のうちに放していた。だが手には秋山の血がべっとりとついていることは確認するまでもなくわかった。声が出なかった。ただ脚だけが一歩、二歩と後ろへと下がった。

 包丁の刃の半分くらいが腹に食い込んでいた。洋二はそれをしばし見つめていた。血だけが包丁へつたって柄からだらだらと流れ抱いていた。ここでようやく洋二の表情が驚愕の表情へと変わった。

「あ―――」何かを言おうとしたのだろうか、口からも血が流れ出し、声にはならなかった。隆平は放心状態でそれを眺めていた。洋二は倒れなかった、倒れなかった代わりに踵を返し、北に向かって歩き出そうとしていた。――歩き出した。その足つきは今にも倒れそうだったが。

 どさっ、という音と響いた。案の定洋二が倒れたのだった。見事にうつ伏せに倒れた。隆平は後姿しか見えなかったが、恐らくは腹に刺さっていた包丁はそれで一層深く刺さったに違いなかった。それでも洋二は立ちあがった。

そのまま歩いて行き、やがて見えなくなった。

隆平の頭は今起こったことを正確に理解できなかった。ただ一つ秋山の腹に包丁が刺さったことだけは理解できたのだが・・・・・。

そのまま放心状態で智美のいる場所へと歩いた、今彼女は座り込んで顔を両手で覆っていた。秋山の想像を絶する行動を見てそうなったのか、さっきの悲鳴のとき見たもののせいなのかはわからなかったが、とりあえず智美がさっきいた場所に向かって進んだ。すぐにその黒い物体の正体がわかった。セーラーから伸びた二本の手と脚、人間だった。ただその人物の顔は腫れ上がり、通常の倍ぐらいに膨張した舌が、だらっと口の中央から下へこぼれていた。首には絞められた跡がはっきりと残っていた。見るも無惨な顔になっていたが、誰なのかは確認することができた。中尾由美絵(女子十三番)だった。

秋山がやったのだろう、断定はできないが・・・・。あんなバカ力で締められちゃひとたまりもなかったにちがいない。それでわかった、やつは中尾さんを殺した後、怖くなって気でも狂ったのではなかったのか? もともと不良という立場ではあったけれど勇気とか全くなかったやつだったし。しかし自分も人のことは言えなかった。自分の手にべったりとついた血の感触が伝わることで自分が今人を刺した場面がはっきりと蘇ってきた。未来のバレー界を背負って立つこの俺が人殺しだと! オリンピック全日本バレーのエース金子隆平選手、人を殺した経験ももろともせず全日本を優勝に導くってか、くそっ、くそっ、クソっー・・・・・! いろいろなことが頭に浮かんでは消えた。おまけにそのすべては悪いことばかりであった。

「ははははは――」隆平は笑いがこみ上げてきた。頭が真っ白になっていた。血に染まった手がさっきよりも、心なしかべとべとしてきたような気がして、背筋がぞっとした。無意識のうちに両手を学生ズボンへともっていき拭っていた。

「ははははは――」これまで保っていた冷静さが一気に崩れていくのがわかった。もはや後戻りはできない、人を刺してしまったのだ。いくら相手が気に入らないやつで自分の方に過失があったわけではなかったにしろ、昨日までのクラスメイトを刺してしまったのだ。秋山の真っ青になった顔、今自分の足元に横たわったまま死んでいる中尾由美絵の死神でも見たような顔、その二つの顔がぐるぐると頭の中で回り始めていた。

「あ―あ――」唇が震えて声さえまともに出なくなっていた。

 代わりに智美がいつのも委員長らしさ、とまではいかないが少しは冷静さを取り戻し、隆平の異変に気づき無理してでも何かをすべきだと思ったのか、隆平に声をかけたのだった。

仕方がなかったのよ、気にしないで、と。

 

そんなこんなで隆平は智美の言葉に今や反発しかできなくなってきた。実際の当事者は自分であって彼女ではないんだ。第三者の立場だったらそりゃあ、何とでもいえるだろう。まさにいまの彼女がそうだ。これこそは実際やりあった自分にしかわからないのだ。

人を殺すってのはこんなに自分の精神をおかしくするのか? 秋山は中尾さんを殺した後、今俺が陥っているような状況にはまってしまい、あんな風になってしまっていたのだろうか。俺もあんな風になってしまうのか? 自分のやったことの重さに耐えられず、死という道を選んでしまうのか?

 ―――いや! 違う、俺は秋山なんかとは違うのだ。終わってしまったことなんかで悩んでいても何も始まらない。それなら今起こった出来事を逆に今後の参考にしてしまうべきではないのではないのか。そもそも女の子だから戦わせない、俺にまかせろって考え方がすべての間違いだったのだ。坂持だって言ってたじゃないか、このプログラムのほぼ半数の優勝者が女の子だって。いや、それだけじゃない。相手がやる気になっているなら(秋山の場合はやる気とかそんなのじゃなかったが)、こちらも容赦すべきじゃないのだ。それがみんなのためなのだ。下手な同情心から自分自身が殺されてしまったとしたら、それはそれで自分が愚かだったというまでだろう、だがその後そいつは他のまともなみんなを殺しまわることだって大いにありうるのだ。今回は俺がその危険人物を排除しただけ、そう考えるべきなのだ。つまりこんな状況下において一般常識で物事を考えること自体が愚かなんだ。少なくとも今回の件でそのことだけは、学ぶことができたといえる。

「金子くん、水よ、血がついているならこれで洗い流して!」隆平の頭の中がいろいろとフル回転していた間にも、智美は気遣うようなことをいろいろと言ってくれていたようだった。もっとも全く聞こえてなかったが・・・・・。

 智美が差し出したペットボトルを受け取った隆平は今ではもうかなり冷静さが戻っていた。彼女がこれを差し出してくれたのは、さっき血がついているなどと智美を罵倒したからだろう。そのときも彼女はついてないって言っていたが、こうやって見てみると本当についてなかった。

 それが認識できるということ自体、理性が正常に戻ってきているというわけか、とにかく一刻でもはやく冷静にならなければ、危険だ。秋山の件は事故だ。それにまだあいつは死んでいない、俺はまだ人殺しにはなっていない。

 そう考えると気分が楽になってきた。よしこの調子だ。俺にはまだやらねばならないことが残っている。秋山のようなやつをこれ以上出さないためにも、早くみんなを集めなければならない。そしてこのゲームから脱出を図る。むろん脱出方法はまだ考えてはいないのだが。それはこの先いい考えが浮かぶだろう。いまは仲間を増やすことの方が重要だ。一人でいること自体このゲームでは危険なのだ。それは殺し合いとかそういう云々じゃなくて、自分自身に負けてしまう。そう、秋山のように・・・・。俺ももし一人だったら今ごろおかしくなっていただろう。

 とりあえず智美にもう大丈夫だということを伝えておいた方がいいと思った。

「事故だったんだ。金星さんの言うとおり事故だったんだよ。大丈夫だ、もう気にしてない。たださっきの一件で騒ぎすぎたのは事実だ。早くここから離れた方がいいかもしれない」

 そう言うと智美は少し安心したような顔をしたが、やはりまだ顔は引き攣っていた。さっきは自分を励まそうとしてくれたが、智美自身もかなりショックを受けていたのだろう。どんな時にも他人のことを第一に考える彼女を見て思った、やっぱり君は皆が認める委員長だよ、だが声には出さなかった。

 無駄話をしてる時間も惜しく思い、隆平はすぐに由美絵の死体がある方に再び目を向けた。目的のものはすぐに見つかった。由美絵の体が転がっている場所、やや頭側三メートルほどの場所にそれは転がっていた。デイパックだ。その少し右手にさらにもうひとつ。由美絵と洋二のデイパックだ。どちらがどちらのものかは分からないが、そんなことはどうでもいい。とりあえず水だけは自分たちのデイパックに移しておきたかったのだ。新しい武器もあればそれに越したことはないが。

 それで智美と手分けをして、デイパックに手を掛けた。隆平が手を掛けた方のデイパックには一本丸々のペットボトルと、支給武器らしい短刀が入っていた。包丁がなくなった今新たな武器が手に入ってラッキーだった。

 一方智美が手をつけた方は、ペットボトルが一つだけ残っていたがそれもほとんど、中身は残っていなかったらしい。だがほとんどカラのペットボトルも持っていくことにした。井戸かなにかあれば、そこで水を汲んで入れておくことも可能だと踏んだのだった。ハリセンも入っていたが、もちろんそんな物には用はなかった。

 やることをやった後、二人は洋二が歩いて行った北への道は避けて、東の島の内陸部へと進むことにした。危険は高そうだったが、早くみんなと合流したかったのだ。

[残り23人]







前章へ 目次 次章へ