37 川田章吾(男子七番)はいったん木陰で足を止め、回りの様子を窺った。見える範囲では人の気配はなかった。まあ当然といえば当然だが、このゲームで姿を晒してじっとしているなんてとんだ自殺行為に過ぎない。よっぽど自信があるやつなら別だが・・・・・。 川田は右手に銃(Cz・M75)を握り、誰がいてもすぐに臨戦態勢になれる構えをとった。 川田がこのように慎重になっているのは、今いる場所が先ほどのマシンガンの音が響いた場所に来ていたからであった。そういう場所に敢えて来るのは危険であった。それはマシンガンなんて、このゲーム一大当たりの武器を持っているやつがまだ残っているかもしれないし、そのマシンガンなんて武器に引き付けられて、それを奪いにくるもっと気違いなやつも来るかも知れないのだ。 だが自分も同じくこの場所に来ている、これを言うと言い訳にしか聞こえないかも知れないが、それはただ偶然この近くにいたからだ。それ以上でも以下でもない。 川田は足元の小石をいくつか拾い上げると、それらを前方へと投げた。 ―――。 反応はなかった。これは川田が危険そうな場所を通るときに、前方に誰かいないかを確認する方法であった。石を投げ込んだ先に誰かいるとしたら、反応が現れるという古典的な戦法だ。ここまでくるのにすでに、同じようなことを数え切れないほどやってきていた。 反応がないのを見て取ると、一気に掃除道具でも入れているらしい、境内の横にある小さな小屋へと走った。再び立ち止まり、回りを確認した。その後すぐに小石を拾い上げたが、ここでは使わなかった。拾い上げたかと思うと、間髪を入れずに、境内の扉へと走った。扉の脇で急停止し、銃を持っている方の手とは反対側の左手(小石を一杯に握った手だ)の腕の関節から先の部分だけを扉から出し、思いっきり小石を中へと投げ込んだ。 境内の中に小石が散らばる音が響いた。川田は扉から少し離れて見守ったが、それ以外に人が動いた音も、声も、一番予想された銃声すらもしなかった。 それで誰もいないとは思ったのだが、一応扉からゆっくりと首から上だけを、そっと出し中を覗き込んだ。そこにはさっきのマシンガンの餌食になったと思われる、人間の姿のみが転がっていた。部屋全体を見回したが、隠れるようなところはなく、誰もいなかった。それで中へと歩を進めた。ただ一直線に、もはや肉塊となっているに違いないものに向かって。 川田がそれに近づくに連れて、その人物の顔が見て取れた。 「七原!」咄嗟に叫んだ。 秋也の学生服の腹部にはいくつもの穴が開いており、かなりの数の銃弾を浴びたらしかった。川田は秋也の体を見下ろし、異変を感じた。 ――血が出ていない・・・・。 その体に手を伸ばした。学生服の下、ごわごわした厚めのチョッキを着込んでいた。 すべてを悟った川田は苦笑いした。 だがやはりぐずぐずしてる暇はなかった。誰が来るかわかったものじゃないのだ。川田は肩からかけたデイパックを床へと置き、中から水を取り出した。蓋を開けると、秋也の顔の上で、ペットボトルの口を下へ向けた。 水が勢いよく秋也の顔へと落ちた。川田はほぼ一杯だったボトルの水を惜し気もなく、まるまるかけ続けた。 水が無くなろうとした瞬間、秋也が「うっ」と声を上げた、続けてその顔に降りかかる水を一気に飲み込んだらしく、「ごほっ、ごほつ」と咳き込み始めた。 それで川田はボトルを引っ込めた。秋也は相変わらず咳き込みながらも、川田の顔を見て、目を見開いていた。 「か、かわ、だ?」秋也が呟くように言ったので、川田はすかさず言い返した。「見りゃ分かるだろ、それとも銃弾浴びすぎて頭おかしくなっちまったか?」 「けど、どうしてお前が・・・・?」 秋也が訊こうとすると、川田が真剣な顔になった。 「いいから、立て。立てるだろ? 状況が状況だ、今すぐここから離れるぞ! 話はそれからだ、俺について来い、七原。いいな」 秋也はあっけにとられた様子だったが、了解はしたようだった。顔を小さく縦に振った。川田が立ち上がり、自分と秋也の分のデイパックを肩に掛けた。 秋也も立ち上がろうと腹筋に力を込めた、その瞬間激痛は体に響いた。「うっ」と声が洩れた。川田が振り返り言った。「多分肋骨にでもヒビが入ってるんだろう、問題ない、このゲームじゃ、軽傷の部類だ。そのうち慣れる」 秋也は我慢して立ち上がった。前方の川田はすでに走り出していた。秋也もその後を追って、走り出した。 [残り23人]
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