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七原秋也と川田章吾は神社を出た後、南へと向かった。秋也は川田がなぜ自分を助けてくれたのかという疑問が頭の中を占めていたのだが、とりあえず前を進む川田を追った。

そして手前にきれいに舗装された大通りが見えてきたところで、突然、あの胸くそ悪い声が響き渡った。それで川田はいったん周囲を見回し、近くにあった木陰へと体を向け、秋也を振り返ると、ついてこい、というようなジェスチャーをした。そこへ着くと、もう一度周りを見回し、安全を確かめたのか、腰を降ろした。秋也も痛む胸をかばうような感じでそれに見習った。まず腕時計を確かめた。十二時を二十秒回っていた。

『みなさーん、こんばんは。もう寝た人はいないよなあ、聞き逃すとあとで困るぞおー。』

 もはや何が行われるか熟知している二人は無意識のうちに地図に手を伸ばしていた。坂持の放送は続いた。『それじゃあ、まず死んだ人からでーす。まずだんしぃ、えーとな、二番、秋山洋二くん、四番、岩下優くん、十番、黒木久信くん、以上三人、はい次女子でーす。一番、伊那泉さん、十三番、中尾由美絵さん、以上二名、計五人でーす。まずまずのペースだな、この調子でがんばれよお』

 それを訊いて秋也は顔を歪め、呟いた、「どんどん減ってるな」それを訊いた川田はただ、「そうだな」とだけ言った。

『じゃあ禁止エリアを言うぞー、地図の用意しろー』秋也はすでに用意した地図を覗き込んだ。すでに禁止エリアになっている場所は、バツ印でチェックしてあった。これまではそんなに影響がなかったが、これが増えていき、最終的の訪れるであろうほとんどのエリアがバツ印で埋められた地図を想像してぞっとした。

『一時からー、F=7、三時からは、G=3、五時からが、C=3でーす。禁止エリアにいる人は早く出てぇ、ゆっくり休めよー、そして明日に備えましょう』

 それで放送は切れると思った秋也だったが、坂持は再び喋りだした。

『あー、忘れるところだった。そういえばこの島には熊が出まーす。先生も知らなかったんだけどぉ、皆さんのお友達の一人が熊にたべられちゃいましたぁ。かわいそうになあ。まあこれも不確定要素の一つとしてここまま放置しまーす。つまりー、皆さんの敵に熊も増えたってわけでーす、野宿は気をつけろよー。それだけでーす』それでぷつっ、と放送は切れた。

「な、ばかにしやがって」秋也は言った。川田にも同意を求めるように顔をそちらに向けた。しかし川田は、少し笑みを浮かべただけで何も言わなかった。

 川田が何も言わないので秋也は言った。「何も思わないのかよ、ただでさえ危険なのに、その上熊だぞ」

 秋也が強く言ったので、川田も口を開いた。「まあな、だが政府の連中も怖いんだろうよ。熊を退治するってことは、分校から出なきゃいけないってことだ。そうなるとやつらも命の保障はなくなるしな」

 川田が政府の連中の味方をするようなことをいうので、秋也は戸惑い言葉が詰まった。

川田が続けた。「まあ、俺たちがその熊と出会ったとしても、俺にはこれがある」そういいながら、川田がズボンとベルトに差し込んだ、拳銃を取り出して秋也に見せた。

「気をつけてさえいれば、熊なんてどうってことないさ」

銃を目の前にかざされ秋也は驚いたが、言った。「おまえの支給武器、銃だったのか、当たりじゃないか」しかし川田はすぐに首を振った。日頃から桐山についで、何を考えているか分からなかった川田だったが、自分を助けてくれたという事実のより、少なくとも川田がこのゲームには乗っていないと思っていた。それなのに今川田が手にしている銃が支給武器ではないとすると――、頭の中にある考えが浮かんだ。秋也は一気に体が硬直していくのが分かった。言うべきなのか迷ったが、口にした。「おまえ――、誰か殺して奪ったのか!?」声が少し上ずっていた。川田はゆっくりと顔を縦に振った。

川田の口が再び開いた。「だがな、それは必要悪ってやつだ。自分が生きるための、最小限の悪だ。言い訳みたいに聞こえるかも知れないがそれが俺の言い分だ。おまえみたいに一直線のやつには、わからないかもしれないが、人は生きるためには、絶えず誰かを傷つけているって話は聞いた事あるか。事実その通りなのだが、それが形になって表れるかどうか、それはまあ時と場合によるが、大げさに言うと、俺が人を殺したっていう事実が、そのもっとも形となって現れた例だと思っている」

秋也はすぐに返した。「確かに俺たちは生きることで常に誰かを傷つけているかもしれない。人間は生きるために動物を殺しその肉を食べたり、住む場所を得るために木を切り倒したり、人間の存在自体が悪と言えるかもしれない。けど――」次々のいろんなことが浮かんできた。そのまま言おうかと思ったが、止めた。川田は川田の考え方がある。俺の考え方を押し付けること自体間違った考え方なのだ。そんなことをやるのは封建制時代か、もしくは――政府の連中ぐらいだ。しかしこれだけは言うことにした。「――やっぱり人を殺すなんてことは認められない。悪は悪でしかないはずだ、必要な悪なんて元々悪とは呼べないんだ」

川田は笑みを浮かべて、地面の落とした視線を秋也の方に向けると、言った。「お前らしいな」

秋也は訳がわからなかった。「ちょっと待てよ、確かに俺はそんな川田に助けられたよ。それに状況が状況だ、これ以上おまえを否定するつもりはない。だけど、今の〝お前らしい〟って何だよ? 俺たち同じ施設で育ったけど、話したことだってなかったじゃないか。なんで俺のことをそんなに知ってるような話し方をするんだ?」

川田は視線を秋也から今度は夜空へと向け、喋りだした。「知ってるんだよ、それもとてもよく知ってる。別にお前だけじゃない、俺は他のやつのこともよく知っている、例外のやつもいるがな。――ゲームが始まる前の分校の教室でのことを思い出してみろ。七原、お前のことを訊いたやつがいただろう、覚えているか?」

秋也は頷いた。

「そいつも、知ってたんだろうな。かっこつけていうなら、俺たちの出生の秘密っていうのかな、まあ、それをな。俺たちってけっこう有名人なんだぜ」

「何だよ、出生の秘密って! 生まれてすぐ親に捨てられた人間が、政府に引き取られて、将来、政府の軍隊に入れられるために今まで特別教育されてきた。ただそれだけじゃないのか!?」

 秋也の言葉に川田は首を横に振った。「いや、そうじゃないんだ。それなら何でお前のことだけを訊く必要があったんだ。お前は特別な人間なんだよ、いや正確に言うと俺たち施設の人間全員が特別なのかもしれない。だけど、その中でもお前は特別なんだ。本当はお前はここにいるべきではない人間なのだからな」

 秋也の頭の中はわけがわからず、混乱し出していた。「言っていることが分からないぞ。一体何が言いたいんだ!」

 川田はポケットに手を入れた、なにやらごそごそとした後、小さな箱を取り出した。煙草だった。更にもう片方のポケットに手を入れ、今度はライターを取り出した。それらは川田が秋也と合流する前、因幡誠を殺した後に見つけた商店からくすねた物だった。箱から一本の煙草を抜き出し、火を点けた。一口煙を吸い込み、吐いた。

「言ってもいいが、覚悟はできているんだろうな。ショックを受けるかも知れないぞ。いや、それ以前に今までのお前を否定すらするかもしれない。初めに言っておくが、聞かなくてもお前の人生には影響はない」

 川田はそう言ったが、そこまで言われてはい、そうですか、聞きません、など言えるはずもなかった。それにどうせ長くても俺の命はあと二日だ。すべてを知ってしまい、ショックを受けたとして、生きる活力を失おうとも大差はないだろう。「覚悟はできている、すべてを話してくれ、川田」

 川田は煙を吐き出しながら「本当だな」とだけ言った。

 川田がどこか遠くを見つめるように、喋り始めた。

[残り22人]




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