4 教壇の長髪の男は、にこにこしながら言葉を続けた。 「はいはいはい、それじゃ、説明しまーす。まず、私が皆さんの新しい担任です。サカモチキンパツといいます」 サカモチと名乗った男は、黒板に向き直ると、白墨で大きく縦に坂持金発″と自分の名前を書いた。ふざけた名前だ。それとも、状況からすると偽名なのだろうか? 前のほうで女子委員長の金星智美が立ち上がって「どういうことなんですか? じゃあ荻野先生はどうなるんですか?」と立て続けに質問の声を上げた。みんなの視線が智美に集中した。長い髪を後ろでひとつにまとめて、きれいな若奥さんみたいな智美は、やや張り詰めた表情だったが、それでもしっかりした口調だった。 智美は続けた。「わたしは因幡くんと先生を呼びに行く途中だったんです。ねえ、因幡くん。それなのに・・・・・・」 智美はそのときすべてを思い出した。確か二年C組教室に近づいたとき、中に人の気配がした。それも少数ではなく大勢の気配が。そこで智美と誠は全校集会があっているということが、少なくとも勘違いであったという安堵感のもとで中を覗いた。そこで見たものが迷彩色の服を着て、肩からライフルらしきものをぶら下げ、どこか生気を抜かれたように、ぐったりと俯いて座っている連中だったのだ。 その中の一人がこちらの気配に気づき、顔を上げた。そのまま立ち上がったかと思うと、右手をポケットの中に差し入れながら近づいてきた。浮いているかのように、すうっと近づいてきた。わけが分からず、立ち尽くしていた智美と誠の口元にポケットから出てきた右手が伸びてきた。一瞬のことだったがその手には、ガーゼらしきものが握られているのが見えた。それからの記憶はなかった。 そのまま智美は席に座り込んでいた。 それが引き金になって、ほぼ全員がてんでに喚き始めた。 「ねえ、あなたも眠ってた?」 「今何時だ、おい?」 「みんな眠ってたの?」 「なにもんだあのおっさん」 「ううん、あたし何も憶えていない」 「いやよ一体何なの、あたし怖い」 宮崎欣治は坂持が黙って聞いているのを確認してから、静かに周りを見回した。何も喋っていない人間がほかにも何人か、いた。 まず目に入ったのが自分の少し前の方にあたる草場亮だった。背を椅子に預け、何かを考え込むような感じで、じっと坂持を見ていた。 それと金子隆平(男子六番)だ。彼は腕を組んだまま前を見据えていた。その後ろの席の相川真一朗は山部昭栄と話していた。 それに――反対側には福島妙子がずっと自分の机の上を見つめていた。まあ、こちらはいつものことだけれど。その後ろの平田亜由美はいつもとは違う表情(ちなみに欣治のみが知っている、あの表情だ)のまま、なんだかかすかにけだるそうだが、その表情で坂持を見つめていた。その亜由美に後ろから中尾由美絵(女子十三番)が話しかけようとしていた。 中西恵(スリのプロだ)の方はというといつもはめったに喋ったりしないのだが、めずらしく今はとなりの男、前原尚継と話していた。 それから、一番後ろの列を陣取る不良グループの四人の姿が見えた。秋山洋二と古賀龍時は何事かと話しているようだったが、後の二人黒木久信と前田友里は静かな視線でどこか遠くを見ているようだった。薬だ、薬をやっているに違いない、と欣治は思った。 「はいはいはい静かにしなさーい」坂持は手を何度かぱんぱんと叩き、注意をひきつけた。ざわめきは急速に静まった。「じゃあ説明しまーす。みんなにここに集まってもらったのはほかでもありませーん」 そして言った。「今日は、皆さんにちょっと殺し合いをしてもらいまーす」 今度はざわめきは起こらなかった。全員の動きがスチル写真に捉えられたかのようにとまった。 亮は心の中で思った。やっぱりなと。 亮は知っていたのだ、それは約半年前のことになるが、偶然入った古本屋で一冊の本を見つけた。その本の題名はバトルロワイヤル″、ついさっきもそれを読んでいた。その本の作者は確か――七原秋也という人だったと思う。事実をもとに再び同じようなことが起こらないように書かれたものだった。今じゃもう絶版になっているらしいのだが。それで初めて昔BR法″というものが存在していたのだと知った。親にも尋ねてみたのだけど始めは相手にされなかったが、しつこく訊くうちにいやいやながら白状してくれた。ただこうも言った。「もう済んだことだ、忘れろ」と。 その本の内容と状況は違えど、まったく同じだった。 坂持は相変わらずにこにこしながら続けた。「皆さんは、今年復活したプログラム″対象クラスに選ばれました」 知っていたものがいたらしい、誰かが、うっとうめいた。
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