5 「そんなばかな」 椅子をがたがたんと鳴らして立ち上がり、うわずった声を上げたので、欣治は顔をそちら――古賀沙紀(女子六番)の姿が見えた――の後ろの席に向けた。男子委員長の因幡誠だった。彼もどういった経緯で知っていたのかはわからないが、このプログラムについて知っていたようだった。顔はほとんど青を通り過ぎて灰色に近かった。 誠は言い出した。 「う、うそだ。プログラムは、ずっ、ずっと前に廃止されたと父さんが言ってた。それなのに、な、なんで――」 誠の声は震えていて、いつもは活舌よく喋るのだが、今はつまりまくっていた。 坂持という男は苦笑いして首を振った。長い髪が揺れた。 「あのね、君は因幡くんだったね」 なんだか粘つくような口調だった。 「君のお父さんがどういっていたのかは知らないが、別に廃止されたわけじゃないんだよ。ただちょっと手違いがあって見直す準備期間が必要があったということなんだよ。その点を勘違いしてもらっちゃ先生、困るなー。いいですかーほかにも知ってる人はいるかもしれませんがー、これは法律です。それと親のいうことをそのまま受け止めちゃいけませーん」 坂持はよりいっそうにこにこしながら続けた。 「朝にはニュースで君たちのことが流れまーす。もちろん、プログラムは秘密の実験ですから、終了するまで詳しいことは発表されませーん。えーと、けど、お父さん、お母さんには連絡済でーす」 まだみんな、どこか茫然とした表情をしていた。 「何だー、まだ信じられないのか君たちはー」 坂持は困ったなというように、頭をかいた。それから、入口のほうに向けておもむろに呼びかけた。 「おまえたちは入ってきてくれー」 呼びかけに答えて、再び入口の引き戸ががらっと開き、三人の男がとかどかと入ってきた。三人とも迷彩模様の戦闘服にコンバットブーツ、鉄製のヘルメットを身に付けていた。肩にはアサルトライフルを吊り、腰のベルト、ホルスターには自動拳銃の銃把が見える。その後ろから、見慣れたやせ細った男が俯いたまま、入ってきた。それはまさしく担任の荻野先生だった。何人かがいっせいに声を上げた。「荻野先生!」 荻野は顔を少し持ち上げた。目は真っ赤にはれており、今もなお涙が流れているようだった。今にも血が流れそうなほど、下唇をかみ締めていた。 荻野は自分の足元をじっ凝視しながら、言った。 「みんなごめんな・・・・俺が・・・俺がふがいないばかりに。」 それから続けた。今度は顔を持ち上げて全員をしっかり見据えるようにして言った。その口調は幾分怒っているように力強かった。 「乗るんじゃないぞ、絶対に! 最後のお願いだ! いいか、力をあわせて――」 ばん。という爆竹のような音とともに荻野先生の声が途絶えた。荻野の頭ががくんとおれまがり、同時に赤い液体と脳みそと思われる白っぽいゼリーみたいなものが飛び出した。全員がそれが何なのか理解するのにしばらくかかった。 ただその横で今入ってきた男のうち一人の銃口から煙が上がっていた。 「きゃああああああああ」 最前列の女の子が叫び、すぐに何人かが唱和した。 床にどがっと倒れた荻野の下には赤い液体がすごい勢いで広がっていた。目は大きく見開かれたままで、なにか恐ろしいものをみたような顔だった。倒れたときにやったのだろうか、右腕はおかしな曲がり方をしていた。 それを見て再び悲鳴の第二波が起こった。今度は、さっきよりも凄まかった。 「はいはいはい、静かに静かに。静かにしなさーい。全くおまえたちは」 坂持が手をぱんぱんと叩いたが、女子生徒たちの金切り声は収まらなかった。 それで、三人の迷彩服の男たちが銃をぐっと握り締めた。 亮はそれを見ていた。大体分かっていた。今までのところは、本と同じようなことが続いている。ということは自分は何が起こるか予想することは不可能ではないということなのだ。それで亮はとっさに立ち上がり声を張り上げて叫んだ。 「黙れ! 静かにするんだー、みんな! 死ぬぞ! 死にたくないなら今すぐ黙れ!」 全員がそれで亮のほうを向いて黙った。死ぬぞ″という言葉が効果を発揮したのだ。 亮は男たちを指差した、その先には銃を構えた男たちの姿があった。それを見て取ったものは、ごくんとのどをならし、席についた。 男の一人が再び荻野の体に近づいた。智美は気づいた、その男は自分にガーゼを押し付けてきた男だと。荻野の頭が上を向くように自分の顔の高さまで持ち上げた。いくら荻野が痩せているとはいえすごい腕力だ。 そのまま荻野の頭へ二度、引き金を絞った。荻野の頭が今度はきれいに吹き飛んだ。脳や 骨の破片が、高速弾のエネルギーと一緒に霧状になり、最前列の生徒たちの顔や胸に降りかかった。 銃声の反響が収まると、荻野にはもう、頭がほとんど残っていなかった。 男が教壇の脇に荻野を投げ出すと、完全に室内は静まり返っていた。
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