41 今から数時間前に、マシンガンらしき音が島中に響いた。それ以来、島はほとんど何の物音もせず、静か過ぎるせいで、逆に耳鳴りさえ引き起こすほどであっただろう。しかしそんな中、葉っぱの擦れるような音が辺り一面に響いていた。草場亮(男子九番)は右手の銃(S&WM59)を握り締め、特に周囲を警戒することもなく、脚を進めていた。もちろん昼間と違って鳥の鳴き声、風で葉が擦れる音、それらが全くない今、彼が立てるこの音は恐らく、島に響く唯一の物音だったかもしれなかった(他にも移動している人物はいたかもしれないが、こんなに音を立ててはいなかっただろうし)。 彼の心はもはや生き残るための、行動をとる、というより古賀奈々子の仇をとる、というように変化していたのだ。そのためには命など少しも惜しくはなかった。ゲームなんてもうどうでもよかった。今も昔もそうだ、あいつさえいなければ助かったかもしれない人間は大勢いたのだ、やつをこのまま見逃すことなんてしてはいけない、少なくともあいつだけは、生かしておくわけにはいかないのだ。それにプラスしてゲームに乗っているやつは誰であろうと、容赦しないということも決めていた。もちろんその最終目標として桐山がいる。だが今のままではやつには勝てないことぐらい十分に承知していた。 それで先ほどそのマシンガンの音が響いた方向に向けて脚を進めていたのだが前方に神社らしき建物が見えていた。マシンガンくらいないとあいつとは張り合うことはできないと思い、そのマシンガンを奪おうとしての行動だった。 亮は神社の敷地に入る前に一度だけ周りを見渡した。誰の気配もないようだった。もっとも今自分がここに来るときに立てた草の擦れる音を訊いて隠れたのかもしれないが、それ以前に音など聞こえなくてもどこかに身を潜めるのは、当たり前のことだろう。 そう、隠れているのかも知れない、それはわかっていた。だが一度だけ周囲を見渡しただけで、すぐにその敷地へと入った。不思議と少しも恐怖心などなかった。復讐心でいっぱいだからなのだろうか、それとも桐山との戦闘により銃弾を浴びた(木のおかげで当たらなかったが)せいで、感覚が麻痺しているのだろうか。 そういった恐怖心はまったくなかったが、それにしてもかなり朽ち果てた神社だった、おかげで身震いがした。雑誌社の人が見たら、心霊スポットとして取り上げることができるかもしれない。しかし亮は特にこういう場所が嫌いではなかったので、身震い以外は何も感じていなかった。夜中に一人で墓場によく行ったりしていたし、全く問題なかった。今の亮の心には怖いものなど存在しなかった。誰が来ても負ける気などしなかった。不思議とそういう感覚がしていた。実際そういうわけはないのだが、彼の精神は少しずつ、この殺人ゲームの取り込まれていっていたといえるかもしれない。もちろん当の本人はそんなこと気づいていなかったが――、それがこのゲームの恐ろしいところと言えるのだろう。 亮は一直線に境内へと向かっていた。誰かいるならそこしかない、いないとすればもうこの場を立ち去ったのだろう、結構時間が経ってしまっているし。 境内の扉は大きく開かれていた。それを見ただけでもう誰もいないと想像することができた。だが一応中を確かめることにした。 ――屋内は木の壁が砕け散ってそこら中に破片が散らばっていた。やはり誰もいなかった、だが死体もなかった。おかしい、床、壁一面に穴が開いているところを見ると、これはマシンガンの弾の跡だろう。つまりここでやり合ったはずだ、銃弾の穴が扉から反対の方の壁に開いているということは、マシンガンを持った誰かが、先に中にいた誰かを襲撃したということになるだろう。逃げ場はなかったはずだ、それなのに死体がないときている。マシンガン相手にこの状況から逃げ出すなんて可能なのか、襲われた誰かというのがそれこそ桐山ではなかったのか。いや、それはない、そうだとしたら逆にマシンガンを持った誰かが死体としてあるだろう。 もう考えても仕方がないことだろう、この状況からわかることといったら、マシンガンのやつがヘタクソだったということくらいだ。だから逃げられた、そう結論付けた。 亮はすぐにその場に見切りをつけることにした。境内に上がる階段のところで一旦立ち止まり、時計に目を落とした。二時近かった。いつもならば完全に寝てる時間だった、もっとも受験勉強なんてしてもせいぜい一時半には寝てしまう。そうしないと翌日の朝の課外の授業がしんどくてたまんないからだ。 そういえば先ほどから緊張感がなくなっていたことに改めて気づいた。脳が眠りつつあるのかも知れない。 そう思うと一気にダルさが襲ってきた。今日はこれ以上動き回りたくなかった。とにかく眠りたい。いや、もうここで寝よう。だがあからさまに姿を晒しておくのは今の彼の頭でもまずいだろうということは、分かった。 周りを見回した、隠れるのにはよさそうな場所は見つかるが、眠るには十分安全とはいえなかった。ふう、とため息が洩れた。座り込んだ。そのまま大きく伸びをし、体を後ろへ倒した、―――ちょうどそこに真っ暗な(周りも暗いのだが、それ以上に暗い)空間が広がっていた。この境内は少し地面から高い位置に建てられていたのだ、材木で持ち上げられた境内の下の隙間が広がったのだ。十分な広さの床下だった。そこは体の大きい亮でも簡単に入り込むことは可能だろう。 ここしかないと思った。普通こんなところに誰かがいるとは思わないだろう。いやそれ以前にそんなところに目がいかないだろう。とにかく今夜の寝床は決まった、それで十分だった。 それで亮は比較的入り込みやすそうなところを探した。それは建物の右側に当たる部分で見つかった。箒やら塵取りやらを押し込めるような作りになっており、その分簡単に入り込むことができそうだった。入り込む前に一応変な生き物がいないかどうか確認しようと思って、懐中電灯を取り出した。境内に下を照らすだけなので光を周りに洩れることもないだろうと踏んだのだった。さもなければ、そんなバカなことはしない。 右手には銃を握っていたので、その反対側の左手で懐中電灯を取り出して、その腕をなるべく光が洩れないように床下へと差し込み、それからスイッチを入れた。入れた瞬間ぱっ、と懐中電灯を向けた部分が露わになった。日頃から陽が当たらないせいか、どんより湿ったような感じのする地面だった。自分の嫌いな蜘蛛の巣などはなかった。比較的きれいだといえるかもしれない。 亮は光を更に奥へと向けた。床下はしっかりした造りになっており、上の古い境内を支えるには十分すぎるほど、角材が縦横へと張り巡らされていた。その多くの角材が電灯の光に照らされできた陰の部分を何かが動いたような気がした。猫か何かが住処としているのだろうか? それでその辺りを照らしてみた。その辺りは広い空間ができていた、ただ手前にある角材が邪魔になり、うまく光を当てることができなかった。しかし照らすことができる範囲では猫など存在しなかった。ましてや人間など隠れてもいなかった。おそらく光を動かしたときに陰が同時に動いたことで、何かが動いたと錯覚したのだろう。 住処としては十分だった。現在の上の境内の荒れようからいったら、こちらの方が快適かもしれない。もちろん広さとかは別としてだが。 亮は銃をズボンへと押し込み、四つん這いになると、頭から中へと入り込んだ。 入口こそ少々窮屈だったが、角材があるところさえやり過ごせば、立つことはできないが、四つん這い(まるで子供に頼まれて馬をやってあげているようだったが)で方向転換などは、軽くやってのけれた。さらに奥へと進んだ。思ったとおり地面はひんやりしていた。真夜中とはいえ、蒸し暑い時期だったのですごく気持ちがよかった。これこそベストスポットだった。ちょうど建物の中央辺りに到着したところで止まり、亮は光を消した。デイパックを顔の方へと移した。それから体を反転させ、仰向けになると、頭上に移したデイパックを枕代わりとしてそれに頭を乗せながら手足を伸ばした。うん、十分な広さだ。 すぐに眠気が襲ってきた。目覚ましもない今、一人で眠ってしまうのは朝六時の放送を聞き逃す恐れもあったのだが、彼はそんなこと考える余裕もなく、すぐに意識がなくなった。 [残り22人]
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