42 山部昭栄(男子二十番)は慎重にかつ素早く茂みの間を移動していた。とにかく一刻でも早くこの辺りから離れる必要があったのだ。そう一刻でも早く、さもないと・・・・・殺される。 現在彼がいる場所は7=Gではあったが限りなく7=H寄りへと近づいていた。そう彼はさっきまで神社にいたのであった。もちろん神社と言っても、大木の上でもなければ、その周辺の茂みでもない。彼がいたのは今現在は亮の寝床となっている境内の下であった。そもそも昭栄は七原秋也や相馬光子、川田章吾はもちろんのこと、草場亮よりもずっと前にそこにいた。はっきり言うと、このゲームが始まって分校から出た後、一時期はここから少し南東にある集落の一軒屋に隠れていたのだが、人が集まりそうだったのですぐにその神社に移ったのであった。しかし予想と反してそこにも人が集まってきた。ずっと床下に隠れていたので誰が来たのかはわからなかったが、境内やそこへ上がるための段へと脚を乗せると床が軋むので、人が来たことくらいは軽くわかったのであった。 自分の聞き逃しがなければ、合計で四人来たと思う。二人目が来たところで、頭上でぱらららら、という音が響いたときには驚いた。ひょっとすると、床を撃ち破って自分へと弾丸が向かってくるかと思ったが、幸運にもそれはなかった。ただ壁かどこかが弾ける音はしていた。しかしその三人目まではなんら自分に危害はなかった。床下になど目もくれなかったからだ。まあそれを見込んでそこに隠れていたのだが――。 だがそうは甘くはなかった。四人目の人物が来て、そいつもすぐに立ち去るかとおもわれた。だってそこにやって来るようなやつは銃声を聞きつけて来たとしか考えられない。そういうやつは十中八九殺人者だろう。そうだとしたら、そこにもう誰もいないとなるとすぐに立ち去るのが普通の考えだと見ておかしくはない。 そこに誰もいないというのは、死体しかないという意味でもあったが、昭栄はあそこには死体もないということはわかっていた。マシンガンのやつはその相手を仕留め損ねたのである。もっともそいつは仕留めたと思っているだろうが。彼自身も最初はそう思っていたが、三人目の誰かが来たときにわかったのだ。簡単に言えば、その三人目が入って行って、出るときは二人分の足音がした。それは、中にいたやつが生きていたということになるだろう。話し声が聞こえたらもっとよかったのだが、さすがに大声で話すバカはいないだろう。足音意外には何も聞こえなかった。 ただこういうことでもうそこには誰もいなかったのだ。それなのに最後に来たやつは、すぐにそこを離れようとはせず、床下を調べ始めやがったのだ。かなり用心深いやつだ。そこに誰かが隠れていないか調べ出したのだ。さすがにそのときばかりは緊張せずにはいられなかった。すぐに荷物を背負うと、その殺人者が覗き込んでいる反対方向へとすすんだ。素早く、音を立てないように。彼自身そういった動きには定評があった。顔もさることながら、腕も長く猿≠ニ言われることも少なくはなかったし。とにかく一瞬、やばいという瞬間もあったがそこを気づかれずに脱出することができた。すぐに忍び足でそこから東に向かい、今ここに至ったのであった。 百パーセント安全という場所がない今、いくら神社から離れようと安心はできなかった。ついさっき訪れてきたやつもそうなのだが、それよりもその前に来たやつらもどんな行動を取っているかわからないのだ。もしかするとまだこの辺りで彷徨っている可能性もあるだろうし、他のクラスメイトもどこでどんな罠を仕掛けているかもわからない。下手に動き回る危険性は自分の頭でも理解できた。武器もなければ、それなりの武術の能力も持ち合わせていない、自殺行為に他ならないのだ。でもあそこにあのままいても確実に殺されていたことは間違いない。ただ一つ自分に味方してくれていることといったら、それは今が夜ということだけだった。鉢合わせにならない限り、そうそう見つかることない。 昭栄にとって動き回ることはそれほど嫌なことでもなかった。そりゃあ危険は伴うが、ほぼ一日中狭いところに籠もっていたのだ、体が水を得た魚のように活き活きとしていたのだった。歩くのにこんなに気持ちよさを感じるなんて今までなかったし、状況が状況でなかったら、いっそこのままどこまでも歩いて行ったかも知れなかった。 そんな感覚さえあったが、昭栄はこの辺りで手ごろな隠れ場所を探そうと思った。やはり命あってのものだ。ほんとうならもっと遠くまで行きたかったが、動き回るのは避けたほうがよいという結論に達した。 とりあえず人が通りそうな場所から外れ、少し切り立った斜面を上へと上がった。そこは根付きがよく頑丈そうな葉で覆われた植物が茂っていて、脚を突っ込んだとたん、皮膚が傷ついた。ちりっ、とした痛みで顔を歪ませたが、それには構わないことにして反対側の脚も進めた。茂みは腰ぐらいの背丈があり、足元を完全に覆い隠していたので、慎重に歩を進めた。途中何度も足をとられかけたが、幸いにも転ぶことはなかった。ただ数箇所切り傷ができたということは見なくても想像できた。斜面を登りきったところで右手が開けた。そこには今上った斜面の遥か下、自分たちが出発した分校が見えた。距離にしてはそれなりにあるだろう、禁止エリアに引っかかる心配はないことはわかった。 その分校に一室から光が洩れていた。あいつらも寝ずに作業でもしているのだろうか?だとしてもどうせ交代制だろう、俺たちに比べれば楽なもんだ。 昭栄はそこからしばらく分校を眺めた後、ここで夜を明かすことに決めた。荷物を置き、腰を下ろそうとした――そのとき、ぱらら、と地面に何かが落ちる音がした。銃声などではない、小石が降り注いだような音だった。それは分校とは反対の方向からした。かなり近かった。昭栄は中腰のまま動かず、息を殺して様子を見た。かさかさ、とかすかな音がした音しばらくして、再びぱらら、と小石が落ちる音。 神社での記憶が蘇った。確か三人目の誰かが使っていた方法だ。前方に誰かいないかを確かめながら進んでいるのだろう。その石の落ちる音がこちらに向かってきているということは確実にその人物もこちらへ向かってきているということだ。だが昭栄は思った。果たしてその石を投げる方法が有効的な方法なのだろうか? 現に今俺は相手に気づかれていないのに、俺は相手がいると思われる場所がわかっている。これは奇襲できるのではないのか? 武器はなかったのだが、今腰を下ろそうとしたところには石が落ちていた。大きさも手ごろだし、思いっきり殴りつければかなりのダメージは与えることはできるだろう。そして相手がひるんだ隙に武器を奪うことはできないだろうか? これはチャンスだ、神様が俺に与えてくれた最初で最後のチャンスかもしれない。ここ武器を奪えなかったらこの先もほかの殺人者になす術もなく殺されるに違いない。 それで意を決した。昭栄は中腰姿勢だったのをゆっくり下ろすと、茂みに体を隠した、それから石に手をかけ両手で握りしめた。 昭栄が茂みに完全に体を隠して、経つこと八分くらい。ゆっくりとその人物が見えてきた。美しい女の子だった。切れ長の目のラインはややきついけれど、それはむしろきゅっとほどよくとがったあごや引き締まった口元、すっきりした花梁のラインと相まって、貴族的に見える。メッシュの入った茶色の長い髪は一見アンバランスかもしれないが、それは左耳に二つ、右耳に一つのピアス、左手の中指と薬指にはめたデザインリング、両手首計五つのブレスレット、それに外国のコインを加工したペンダントといったアクセサリー同様、その美しさを引き立てていたと言っていい。昭栄は見たことのあるその女の子の名前が、すぐには出てこなかった。転校生だったからだ。人の名前をすぐ覚える方ではない彼だったが、とても美しいその子のことは覚えていたはずだったのに。だが冷静に思い出そうとしたらすぐに思い出した。そうだ、千草、千草貴子だ。
その間も貴子はゆっくりと近づいてきていた。このまま来るだろう。けどただ殺すにはもったいない、武器を奪ってどうしてやろうかと思っていた瞬間のことだった。
予想に反し貴子の動きがぴたりと止まった。そしてその貴子の顔は昭栄が上がってきた方とは逆の方向をじっと見据えていた。昭栄もそれにつられるように、顔をそちらに動かした。
貴子が知らせてくれなければ(実際のところ貴子は知らせたつもりなど微塵もないのだろうが)分からないくらい、闇に紛れてはいたが、そちらの方向には確かに人影らしきものがあった。だがその顔を見て取ることは全くできなかった。
貴子はいつの間にか中腰姿勢になっていたが、顔は相変わらずそちらを見据えていた。
数分が経ち、かすかではあったがその人影が動いている音が届いてきた。どうやらその人影は貴子の存在には気づいていないらしかった、ましては自分に気づいているはずもない。
今自分は千草貴子を狙い、その千草貴子はその影を狙い(狙っているのかは分からないが、そうとしか考えられない。だって政府の犬じゃんか)、自分は誰からも狙われていない、最高のポジションだった。
それで昭栄はとりあえず様子を見ることにした。
昭栄は貴子に注意を払いつつ、その近づいてくる影に目を凝らしていた。
全体像がぼんやり浮かんできた。どうやら男らしかった。だが顔の方は判別するにはまだ距離があった。
千草に目を向けた。すぐにでもその影に襲いかかるのかと思っていたが、武器らしいものも持っていないし、デイパックから取り出す様子もなかった。自分と同じく武器を持っていないのかもしれない。だとすると俺の計画自体が意味をなさなくなる。
再び新たな訪問者へと目を戻した。途端その人物の顔がはっきりと確認することができた。その瞬間、昭栄の顔には笑みがこぼれた。前原尚継(男子十六番)だった。いつも遊ぶというほどでもないが、仲はクラス内では上位に入るほどよかった。顔と同時に確認できたのだが、その尚継の右の手には、銃らしき物も見て取れていた。
尚継なら自分を信じてくれるだろう。その尚継が銃を持っているのなら、それ以上の喜びはない。この先の安全が約束されたようなものだ。
それで昭栄の心は完全に決まった。千草に関することだ。いくら尚継が銃を持っているとはいえ、千草のことは気づいていない。不意打ちを食らってしまえば、やられてしまうだろう。そうしたら銃は千草のものになってしまうだろうし、転校生に銃といったら、鬼に金棒になってしまう、だがそれ以上に昭栄は友達をこれ以上失いたくはなかった。すでに一番の親友の森田康輔(通称、森しゃん)を失っていたし(それを知った後、二時間は涙が止まらなかった)、再び同じ思いをしたくはなかったのだ。
二人でかかれば、いくら転校生とはいえ、怖くはないはずだ。
昭栄は怖さはあったが意を決し、飛び出るためのタイミングを計った。少々貴子に飛び掛るには距離がありすぎたが、尚継が現れた以上、千草が自分に向かって近づいてくることがなくなったので仕方がないことであった。自分がしくじって逃げられても、尚継と合流できればそれでいいとさえ思った。
尚継と貴子との間隔がたっぷり五メートルほどになったとき、昭栄はガサッ、という草木の擦れる音と共に飛び出した。同時に声を上げた。
「前原! 気をつけろ! 敵が・・・・」
ぱん、言い終わらないうちに昭栄の耳に銃声が響いた。すべてを言いたかったが、自然と声が止まっていた。少し遅れて、思い出したかのように脇腹に激痛が走り出した。
昭栄は立ち止まった体勢で視線を、突然飛び出してきた昭栄に目を丸くしていた貴子から、尚継へと移した。
尚継もまた怯えたような顔で昭栄を見つめ返していた。すっと上げられた銃口からはうっすらと煙が立ち龍時っていた。昭栄の目と尚継の目がかち合うと、尚継は二、三歩後退り、急に来たのと同じ方向へ、走り出した、というより逃げ出した。
その間ほんの十秒足らずだったのだが、すべてを理解するのには十分だった。自分は撃たれたのだ、前原尚継に、つまり友達に――。
脇腹の肉をえぐるように食い込んだ銃弾は昭栄の状態をさらに悪化させた。少し動いただけで、より一層の激痛が走ったのだ。体を支えておくこともできなくなり、倒れこんだ。それと同時に今後起こることが脳裏に浮かんだ。殺される、千草に、確実に。
痛み、死への恐怖、それとも信頼する友達に撃たれたこと、どうしてかは分からなかった。だが涙が溢れ出した。地面とにらめっこする形で脇腹を押さえてうずくまった昭栄の目から、次から次へ涙がこぼれていた。
時間が永遠に思えた。痛みで時間の感覚が狂ってしまったのだろうか。貴子の自分への攻撃はすぐにでも始まるはずなのに、こんなに長く感じられるとは、――今ならプロ野球選手の剛速球でも止まって見えるのではないだろうか?
だが痛みは絶えず続いていた。時間が止まっているように遅いのに、痛みは止まらないんだな。
はあ、はあ、と荒くなる呼吸の中、昭栄は力を振り絞って顔を上げた。それだけで、再び一層の激痛が走ったが、とにかく上げた。
――だれもいなかった。千草貴子はいなかった。別に時間が長く感じられたのではなかったのだ。だが、何故だ、逃げたのか? いやそれは考え難かった。銃を持った尚継が逃げた以上この場には、その銃で撃たれた自分しかいない、逃げる必要があったとは思えなかった。ひょっとしたらわざわざ手を下す必要もないと考えたのかもしれない。放っておいてもいずれ死ぬと――。
どうでもよかった。意味のないことだ。その通り自分はいずれ死ぬだろうし。
それで昭栄は再び顔をがくっと垂れると、倒れこんだ姿勢のまま痛みと格闘を始めた。
(残り22人)
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