43

 雲に覆われた夜空から一変、月明かりが大地を照らし夜目が利くようになった今となっては昼も夜も大して変わりはなかった。内海幸枝(女子3番)は素早く後方を振り返り、耳を澄ませた。

 大丈夫・・・・、人の気配はない。

 もう何度ともなく同じことを繰り返してきた。すでにうんざりと飽きていたが、注意を怠るべきではなかったのだ。

 幸枝はというと、つい先ほどまでG=3のエリア(南の山の山頂の上のエリアだ)に身を潜めていた。だがそこは3時から禁止エリアに指定されていたので動かざるをえなかった。最初はどちらの方向へ向かおうかと思ったが、その考えていた時に銃声が東の方から響いてきた。それで東は止めることにした。もっとも南はすでに禁止エリアになっていたし、残りは西か北しかなかった。西はすぐ海岸に面していて今後の行動に支障が出そうだった、そこで北へと向かう事にしたのだ。このまま北へと進めば、大通りに出るはずだが、まだ見えてこなかった。慎重に行動しすぎているために思うように進んでいないんだろうか? 

 再び20歩ほど脚を進めて耳を澄ませた。そして再び歩き出す。

 そのとき幸枝はふいに立ち止まった。腕を持ち上げ時計に月明かりをかざすと、2時半を回るところだった。あと約30分で3時だ。時間はある、このまま慎重に進む事をあらためて肝に命じた。

 

 10分ほど歩き続け前方にようやく道らしいものが見えてきた。幅30メートルくらいあるだろう。歩道もきちんと一段高くなっており、その歩道には緑の葉をいっぱいに茂らせた潅木がみっしりと植え込まれていた。こんなに広い道が必要なのだろうか。車の数と道の幅がつりあってないように思えた。税金が余っているのか、それとも賄賂かなにかを土建企業から受けた市長が見返りとして・・・・・・・、意味のないことを考えすぎだ。あたしは今そんなことを考えてる場合じゃない。とりあえず目的地に到着はできた。後は身を潜めれそうな場所を探さなければならないと思ったが、今一度耳を澄ませた。

・・・・・・・、小さい音だけれど確かに物音が聞こえた気がした。

幸枝はじっと静止したまま、その音へと集中した。

・・・・聞こえた。しかもだんだん大きくなってきた。ということはこちらへと近づいてきていることを意味しているのだろう。

 それで幸枝はすぐに木陰へと身を隠した。だが同時にその音の様子が変なのにも気づいた。無用心にも足音、というより草の擦れる音を少しも気にしていないような感じで歩いているようだ。よっぽど自信がある人じゃないとできない技(技と呼べるのか)だ。しかしおかしいのはそれではなかった。足音と同時に得体の知れない音も発しているのだ。まるでしゃくりをしながら息を吸ったり吐いたりするような・・・・・・ああ、そうだ、子供が泣いているときのあれだ。実際泣いているのかもしれない。

 幸枝は身を隠した状態のまま、その声の正体が現れるのを待った。ゆっくりと音が近づいて来る、すぐそこまで来ているだろうが、まだ姿は見えなかった。

 その時頭の中にある考えが浮かんだ。もし現れる人物が相馬光子もしくは男子だったら桐山和雄、川田章吾だったとしたら、こんなところにただ身を隠しているだけでは危険ではないのか、ということだった。

 それは政府の施設での戦闘シミュレーションの授業のことだった。この授業だけは男女が入り混じったものであり、レーザーガンと特殊コートを羽織って施設の裏山でサバイバルゲームを行っていた。それは決して危険なものではなく、むしろアミューズメントパークのアトラクションそのものだった。ほとんどの生徒にウケもよく、わたし自身も楽しみの一つの授業ではあった。しかし楽しくはあったが最後まで残ったことはなかったのも事実だった。その原因は桐山和雄と川田章吾の存在だったのだ。これまで何十回ものゲームはその二人の独壇場だった。わたしの記憶が正しいなら確か・・・・桐山くんの方が多く、優勝を取っていたと思う。

 だけど忘れてはならないのが光子の存在だった。彼女は女子の中ではずば抜けて、好成績を収めていた。優勝はとったことはないが、前の二人の男子さえいなければ光子の優勝もあったはずだった。もちろん三村くんや杉村くんもいたし、それは確実とはいかないけれど。

 それでも光子が優勝する確率は相当高いだろうと、幸枝は思っていた。光子には女性にとっては最大の武器であるあの美貌があるのだ。光子に迫られてそれを拒んだ男子なんて見たことがなかった(桐山くんと川田くんを除いてだが。彼らには感情がないように思えた)。それは彼女自身が窮地に陥ったときに最大限に発揮される、色気を使って相手を仲間に引き込むのが彼女のやり方だった、そしてその後平気で裏切るのだ。

 そしてその三人にはある共通点があった。あの人たちには一種の野生のカンみたいなものがあったのだ。どこに隠れていてもすぐに見つかる、まるで全てを見透かしているようだった(実際のところ、彼らは隠れるのに好都合な場所を見つけては調べていただけなのだった)。

 彼らの近くにいること自体がゲームオーバーを意味していたのだ。

今回はゲームではない。本物の殺し合いだ。このためにあれは行われていたのだ、と今更ながら気づいた。逃げた方がいいのではないか・・・・・彼らだったら・・・わたしは・・・・・・。

 いや、違うだろう。あの人達がこんな泣き声(幸枝は足音と共に聞こえてくる音を泣き声と結論付けていた)をあげるはずがないのだ。このまま様子を見たほうがよいに決まってる。

 あれこれ考えているうちに幸枝の目には、人影が歩道の横の草の茂った砂利道から確実に自分の方に(この進路からいくと西の海岸へ向かっている)近づいてきているのが見えてきた。顔ははっきりと月明かりの下に確認できたが彼女にはその人物の名前など知る由もなかった。分かったのはただ太った男の子で、身長は165センチほどであろう、やはり思った通り泣いていた。

 ――どうしようか。このままやり過ごそうかとも考えた。そうすれば確実にやり過ごす事はできるだろう。

 幸枝は躊躇した後、ゆっくりと木陰から姿を出した。相手はまったくこちらに意識を向けることなく、やや足元に視線を向けたまま時折学生服の袖で流れ落ちる涙を拭いつつ、まっすぐ道路と平行するかたちで進んでいた。

 内海幸枝は正義感の強い女の子であった。人が困っているときにそのまま見ぬ振りをすることなんて絶対にできない人間であったのだ。その正義感とともに責任感も人一倍あり、委員長なんてなかった施設でも、それに似た役割は十分に果たしていたほどだった。しかしこんな状況でそんなことは言ってられないとは、頭では理解できていた。だがやはり習慣をそう簡単に崩すことは難しく、崩したくもなかった。

 その男が自分を通り過ぎようとした時、幸枝はできる限り相手を刺激しないように穏やかに声を上げた。

「――待って」

 その途端男の顔がびくっ、と震えすぐにこちらに視線を向けようとした。幸枝はその前に両腕を顔の横に掲げていた。

 男が振り向いたときに再び言った。

「――大丈夫よ。ほら何も持っていないわ」

 男がそれをどう捉えたのかは分からないが、とりあえず逃げようとも、攻撃してこようともしなかった。幸枝はそれを信用してくれたのだと捉え、続けた。

「どうして泣いてるの? なにかあったの?」

 相手は相変わらず時折しゃくりをあげ泣き続けており、何も答えなかった。ただじっとこちらを見つめていた。

「落ち着いて深呼吸して・・・・・・、音を立てながら動き回るのは危険よ。とりあえず、こっちにきて座りましょう」

 幸枝は自分から率先して先ほどいた木陰へと向かい、相手に見えるように腰を下ろした、こちらが無防備なのを示せば来てくれるだろうと考えたのだ。

予想は的中した。男はこちらに向かって来て、自分とは少し離れたところに腰を下ろしたのだった。相変わらず泣いてはいるようだったが、声は抑えようと努力しているようだった。それで幸枝はすかさず言った。「どうして泣いてるの?」それはまるで母親が子供を諭すような口調だった。

 ―――、相手は何も答えなかった。

 言ってしまった後に、幸枝は質問がまずかったと後悔した。彼女にとって男の子が泣くところを見るのは初めてだった。今まで男の子は泣かないものという固定概念さえもあった。その男の子が泣いているんだから、とてつもなく辛いこと、もしくは恐ろしいことがあったに違いないのだ。それを思い出させるような質問を自分はしてしまったのだ。

 改めて言った。

「ごめんなさい、余計なこと聞いちゃったね」

 ―――、それで一時の沈黙が落ちた。静かな夜だった。どうやら男の子はすでに泣き止んでいるらしかった。再び言った。

「名前・・・・・なんていうの? わたしは内海幸枝・・・・」言うべきかどうかまよったけれど言う事にした。「坂持先生がいったこと、あれうそだからね。わたしは進んで人を殺したりなんかしないから」

 それで相手が身を動かした。体育座りに姿勢から両足を少し広げて、その間に顔を埋めたのが分かった。じっと地面とにらめっこするような感じでぼそっ、と呟き声が聴こえた。

「・・・・・・してしまったんだ・・・・」

「え?」幸枝はよく聞こえなかったのでそう言った。

 それで男はもっとはっきりと呟いた。

「殺してしまったんだ・・・・、友達を・・・・・」

 一瞬耳を疑った。だが殺してしまった、と確かにそういった。全く予期してなかった答えが返ってきたのに驚いたのもあるが、こんな人に良さそうな子が光子や桐山くんたちと同じことをやってのけたということが信じられなかったのだ。

 だけど幸枝はすぐに悟った。もし彼が本当に人を殺めてしまったとしてもそれは、何か事情があったのではないかと。さもないとこんな風に後悔の念に駆られるはずはないだろう。考え事をしているうちに再び聴こえてきた。

「無意識だったんだ。急にテルが飛び出してきて、びっくりして無意識のうちに銃を撃っていたんだ。自分でもなにがあったのか本当に分からなくて・・・・分からないんだ。どうしてなんだよ! あんなに突然でてくるから!」震えるような口調で一気に捲くし立てられたその言葉で、幸枝は全てを理解できた。テルというのが彼の友達なのだろう。突然現れたその子にびっくりして撃ってしまったってことなのだ。

 気持ちは十分に分かった。自分も急にだれかが出てきたら同じことをする可能性は大いにある。

「仕方なかったのよ。そうしなかったらあなた殺されていたのよ。いくら相手が友達とはいえ、自分を守るためだったんだから」

 すぐに言葉が返ってきた。「違うんだ! テルは俺を殺そうとしたんじゃないんだ。テルは俺を守ろうとして飛び出してきたんだ」

 それで幸枝に思考回路が再び迷宮の中に浸された。

「どういうこと?」それだけ言った。

「テルは俺が進んでいた先に敵が待ち伏せていたのを見て、俺を助けようと飛び出し単だと思う。それに驚いた俺が・・・・・・」続けた。「その後、怖くなってその場から逃げ出してここに・・・・」

 幸枝にはその説明でも十分ことの成り行きは整理できたのだけれど、一つだけ腑に落ちない点があった。ここまで話してくれたし、遠慮する必要もないと思い訊いてみる事にした。

 だがまずさっきの続きで名前を聞くことにした。

「ねえ、名前教えてくれるかな」

「前原、前原尚継」声つきも穏やかになりかなり落ち着いてきた口調だった。人に話したことで気分が楽になったのかもしれない。

「前原くん、一つ訊いてもいいかな。あなたが言ったことはわかったんだけど、あなたを待ち伏せしていた敵はどうなったの?」

「分からない。気が動転しててすぐにそこから逃げ出したから、―――だけどそれは女の子だった。髪が長く、うちの生徒じゃなかったし、内海さんと同じ転校生の誰かだと思うけど」

 幸枝は考えた。女の転校生はわたしを含めて五人だ。気の毒にも江藤恵と藤吉文世はすでに亡くなっているから残りは、光子か貴子だ。運悪く両方とも髪は長い。もっと手掛かりが欲しい。訊いてみた。

「覚えてることなんでもいいから教えて。目つきとか、ほらきつめの顔か、優しそうな顔とか、髪の毛の色でもなんでもいいの」

 それで尚継は少し黙って考えている様子だった。幸枝は体を尚継の側へと近づけ、すぐ横に移動した。その直後、尚継が喋りだした。

「そういえば髪の毛にメッシュみたいなものがあったような気がする」

幸枝は思わず叫びそうになる衝動に駆られたが、必死に押さえ込んだ。「貴子だわ」考えて見ればそれは当然のことだった。もしそれが光子だったら、彼は今ここにいることはなかったはずなのだ。貴子は少し性格がきついところはあるが、悪人ではないことは幸枝がよく知っていた。貴子のその性格がゆえにとっつきにくく思われれてるといった話はよく耳にするが、幸枝にとってはそれは彼女の長所として捕らえ、決して人にごまをすったりしないし、自分の考えにプライドを持ち、最高の友達だった。とくにこんなゲームにおいて彼女こそ最大のパートナーになりうる人物であることは間違いないのだ。前原くんの話のよると少し前に聞こえてきた単発の銃声が彼のそれだろう。それからもうかなりの時間が経ってしまっている。貴子はまだ近くにいるだろうか? その可能性は低いことぐらいは容易に想像できる。だがやっと掴むことができた彼女の手掛かりだ。ほとんどない可能性にも賭けてみてもいいのではないか? もちろんそこへ向かうことは危険極まりないがそれでもやはり貴子に会いたかった。そう思うともう気持ちを抑えきれなくなってきた。わたしは貴子に会わなければならない。会っていままで色々あったことを思う存分笑って話したい。それをわたしの人生の思い出として締めくくりたい。

そう、幸枝もまた自分が生きてここから出ることができるとは思っていなかったのであった。それは自分優勝できる可能性はないという理由もあるが、やはり体の埋め込まれた爆弾のことがあるからだった。もしわたし達転校生の中から優勝者が出ても、極秘にその爆弾を使って殺されることぐらい目に見えていた。そんな危険人物を生かし続けるほど政府は間抜けではないはずだ。

幸枝は立ち上がった。突然で驚いたのか、尚継はびくっ、として幸枝の顔を見上げた。

幸枝の思いはこうだった。自分は危険を犯してでも貴子がいたところまで行ってみる。もちろん一人でだ。そこにはテルって子の死体が転がっているだろう、そんなところに再び彼を連れていくことなどできないし、彼自体嫌がるだろう。もし貴子がいなくてもできる限り辺りを探し回るつもりだ。手掛かりが無になってしまう前に、急ぐ必要があった。それで口を開いた。

「ごめん、前原くん。わたし行かなくちゃいかない。どうしても貴子に会いたいの・・・・。前原くんはここで夜が明けるまでじっとしてて、ここは見通しがいいし隠れる場所もあるから。いい、絶対に動いちゃだめよ」

 予想もしなかった言葉に少し戸惑いながらも今度は尚継が言った。「え、戻ってくる・・・・・んだよね・・・・・」

 幸枝はゆっくり首を横に振った。それから踵を返し、一歩踏み出そうとした瞬間、

「待って!」背中に声が浴びせられた。

 顔だけを尚継の方に振り向かせると、尚継はデイパックを何やら探っていた。そして手がそれから抜かれると、その手には銃が握られていた。

「これ、使って。俺もうこんなもの使わない」尚継がそういってその銃の銃把を幸枝へと差し出した。幸枝は体全体を振り向かせ、尚継へと近づいた。右手を銃へと伸ばした。

 尚継は銃を持った反対の手で再びデイパックを探り、弾箱を探そうとしていた。

 だが尚継の差し出した腕が自分の方に押し返される感じがし、顔をデイパックからそちらへと向けた。

 幸枝の手が銃を包むようにして、尚継の方へゆっくり押していたのだった。

「わたしは大丈夫だから。それは前原くんが使いなさい。でもね、これだけは覚えておいて。それは人を殺めることに使わないこと、ただ自分を守ることだけに使う」

 それだけ言うと幸枝は尚継の呆然とした顔に向かって微笑んだ。その笑顔は尚継にとってこの上なく美しく、優しい笑顔だった。心臓が一気に高鳴りだしたような感じがした。

 幸枝はすぐに再び踵を返し、走りだした。音も立てなく、流れるように美しい走りだと思った。

 尚継はその幸枝の背中を唖然と見つめていたが、やがて見えなくなった。だがしばらくその方向から目を離すことができなく見つめ続けていた。ただ聞こえるのは自分の高鳴なった心臓の音だけだった。

(残り22人)





前章へ 目次 次章へ