47 開け放された戸口から差し込む陽の光が、家主がいなくなってもなお生活感の抜けていない部屋に明暗の落差をつくっている。キッチンのガスコンロの上には、カップ麺でも作ろうとしたのだろうか、やかんがかけてあった。もっとも中の液体はすでの温度を失っているのだが。 そんな中、三村信史(男子十七番)はふと目に入った冷蔵庫へと進んだ。『幅を取らなく許容量タップリ!』という文句で有名の最新型だった。こんな田舎でも最新型が使われていることに少々驚いた。 バカにしすぎか? とりあえず開けてみると、じわっ、とひんやりした空気が流れ出してきた。電気は止められているはずだ、それなのにまだ冷房を維持しているということは、島の住人が追い出されたのはごく最近のことのようだ、俺たちがここに連れてこられる1,2日前くらいだろうか。 まてよ、ただ電気が止められたのが最近というだけで、ずっと前から誰もいなかったのかもしれない。 それで野菜室を開いてみた。同様にひんやりした空気を感じた。中にはキャベツ、ニンジンなどの野菜が入っている。やや元気がなかったが、総合的に見ればまだまだおいしく食べることはできそうだった。 古くはない、ということはやはり最近急きょ人々は追い出されたと考えられるだろう。 まあそんなことはどうでもよかったのだが(少なくとも食料に心配はしなくてもよさそうだ)電気が最近まで通っていたのはありがたかった。おかげでアレをやるチャンスがでてきた、とは言っても電気がずっと前に止められていたとしてもやることはできるのだが、それはそれでやっかいなだけの話だが。 あとはアレを行うための道具を見つけるだけだった。そのためにほとんどが禁止エリアに含まれているにもかかわらず幸いに逃れることができた集落に家々を探索しているのだ。一歩間違えれば首輪が吹き飛ぶ可能性もあるのだが、信史には絶対にそんなヘマはしないという自信はあった。地図とコンパスを駆使して、正確な距離を測りだすことなど、天才三村信史にとって難しいことではなかったのだから。 二階建てのこの家はほとんど調べ尽くしたのだが、ここでも目的の品は見つからなかった。分担して探している弘樹と合わせれば当に十軒以上は回ったはずなのだが・・・・・、一つもないとはどういうことだ。 信史にとってソレは体の一部も同然であったし、少なくとも一日三時間以上は使っていた。そのような彼にとってはソレがない生活など考えられなかったし、考えたくもなかった。それほど今の状況は不可解なもの以外何でもなかったのだった。 信史はいつもソレを使う前に準備運動として行うように、両手をグー、パーと数回繰り返した。これを行うと行わないとでは指の動きのキレが変わってくる。特にハッキングをかけるときなどはスピードが命であり、手をほぐしておく必要があった。 信史は愛用のパワーブックVP5000を思い出した。最先端をゆく小型ノートパソコンで国内総売上トップ1、他の追随を許さない高性能でその名は世界中にとどろいている。それは購入時においてもすばらしい性能を持ち合わせているのだが、信史はさらに自分の持つ知識を尽くして、改良に改良を重ね、自分オリジナルのパソコンへと作り変えていた。 信史たちが探しているソレとはパソコンのことであったのだ。できれば持ち運べるノートパソコンがいいのだが今の段階ではそんなことは言っていられないようだ。 信史はこの家に見切りをつけ、他の家へと向かうためにキッチンを出ようとしたとき、自分が始めこの家に侵入した部屋の方から音がした。窓が開けられる音の後、トン、という床に降り立つ音。人が入ってきた音だ。おそらく弘樹だろうと想像はついたが、一応肩に吊るしたイングラム・サブ・マシンガンに手を掛けた。 そのまま忍び足でその部屋の方へと向かった。 途中、極力小さく、それでも聞こえるような声(映画館で母親が子供に注意をするような言い方だった)がその部屋から届いてきた。 思ったとおり杉村弘樹の声だった。 再び「三村、どこだ」という声がした。 分担してパソコンを探している杉村が自分を呼んでいるということは見つけることができたのかもしれない。自然に胸が高鳴るのを抑えながら信史はここだ、とだけ答えその部屋へと入った。 (残り19人)
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