誰か、後ろのほうで、苦しそうなうめき声が上がり、嘔吐物が床にぶちまけられるしめった音が続いた。やがて匂いも届いてきた。

「いいかー、これから行われるプログラムにはちょっと実験として転校生を用意してありまーす。みんなクローンって知ってるかー。クローン牛とかよく聞くよなー、そこで政府はクローン人間っていうのも作ってみましたー。みんな知らないだろうがな。もちろん公にはされていませーん」

 そう言うと再び戸口に向かって、呼びかけた。

「おーい、入ってきていいぞ」

 引き戸が開いた。これで三回目になる。一体今度はなにが出でくるんだ。

 そこから次々とちょうど自分たちと同じくらいと思われる、こちらも学生服を着た(ただ自分たちのそれとは違っているのだが)連中がぞろぞろと入ってきた。男、女ともに五人ずついて、計十人だ。そうして教壇の上に並んだ。

「えー、今日からこのクラスに転校することになった人たちでーす。軽く紹介するからなー」

 そういうと一番端に立っていた人物の肩に手を置いた。

「えーと彼が杉村弘樹(男子十三番)くんです、彼は拳法ができまーす。次、三村信史(男子十七番)くん、頭がきれまーす、ちなみに運動能力も抜群でーす。じゃ次、この一見変わったオールバック、これこそ彼のトレードマーク、桐山和雄(男子八番)くん、ザッツ・パーフェクト、彼に勝てるかな?」

 そこまでで坂持は少し間を置いた。楽しそうに一度全員を振り返った。

「はい、続けまーす。こちらが川田章吾(男子六番)です。とにかく何でもできまーす。男子最後が七原秋也(男子十五番)くんでーす。彼も運動能力抜群でーす。はーい、男子は以上です」

 そこで亮ははっと思った。知ってる、こいつらみんな知っている、たしかに本に出ていた、みんな死んでいるはずだ、だからクローンなんだ、それは分かる、だが七原秋也――彼は、生き延びたはずだ。だからこそ亮自身も彼の書いた本を持っている。クローンっていうのは、その本人の遺伝子が必要ではないのか? 逃げた者の遺伝子をどこで手に入れたって言うんだ? 捕まったとでもいうのか?

 亮が考え込んでいる間、紹介は続いていた。

 江藤恵(女子四番)、内海幸枝(女子三番)の説明は終わっていた。

「彼女は藤吉文世(女子十七番)さんでーす。ちょっと前のプログラムのとき、ゲーム開始前に死んでしまったので、再挑戦させまーす。続いて、千草貴子(女子十二番)さんです、どうだー、美人だろう? プライドが高いから、へたなこというと怒らせるだけだぞ。はい最後、相馬光子(女子八番)さん、こちらはうーん、美人というよりかわいいだろ、先生も襲っちゃいたい気分になるからなー。これで以上でーす」

 おかしい七原秋也がいるなら、中川典子がいるはずではないのか? 本では七原秋也は中川典子と一緒に逃げたはずだった。ということはどういうことになるのか?

 しばらく考えたが分からなかった。

 そこで亮はすっと手を上に挙げた。坂持はそれに気づきこちらを見た。そして言った。

「はい? なんですか? えー、確か草場くんだったかな」

「はい。質問いいですか?」

「どうぞ」

「クローンっていうのはその本人に遺伝子が必要って訊くんですが、本当ですか?」

「よく知っていますね、その通りです」坂持は感心したように答えた。

「じゃあ、その人たち全員は本人の遺伝子から生まれたのですか?」

「そうですよ」

「七原くんもですか?」亮は率直に訊くことにした。

 坂持は少し考えるようなそぶりを見せたが、とにかく答えた。

「きみは知っているようですねえ。いいでしょう、ちなみに彼だけは本人の遺伝子ではありません。なんていうんですかねー、うーん、わかるかな、人の遺伝子というものはその人の両親から受け継がれるんです。よって本人のものがなくても両親の遺伝子が揃っていれば問題ないってことになるのです。しかしその場合はまったく同じクローンを作ることは不可能ってことになりますけどお」

 それだけ訊いて亮は納得したように席についた。

 今度は、クラスの天才、古賀奈々子が手を挙げていた。坂持は少し顔を渋めたが、やれやれというように、いった。

「先生、早く進めたいんだけどなあ、はい、君」今度は名前で指さなかった。奈々子のことは覚えてないのだろうか?

「その人たちは、なんでこんなことに協力するのですか? クローン人間だって、人格、心は持っているはずです」

 坂持は弱ったなという顔をした。

「ははは、痛いところをつくなあ、君は。みんなオウム真理教って知ってるかあ。あれでよくテレビでも放送されてたから知ってるだろう、洗脳ってやつを。洗脳ってあんまり難しいもんじゃなくてなあ。うん。ちなみにこいつらはみんな洗脳されている、生まれてから今の今まですっと、先生がいうのもおかしいけど、つまり政府の犬だな、見てろよお」

 そういうと一番近くにいた杉村弘樹の頬を平手で思いっきりはたいた。しかし弘樹はただ、顔を少し歪めただけですぐにもとの無表情に戻った。

「まあ、こんな感じだ。先生たち政府の人間にはまず逆らわないぞお。しかし君たちは政府の人間じゃありませーん、容赦しないぞー」

 奈々子は小さく声を上げた。

「なんてひどい」

 それが聞こえたのだろう坂持が言った。

「ひどいなー、うーん確かにひどい、君たちを容赦なく殺そうとするんだからな」

 教室内には、荻野の死体から発せられてるらしい血なまぐさい匂いと嘔吐物の匂いとが混ざり合い、すさまじい匂いが充満していた。

[残り40人]






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