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 杉村弘樹(男子13番)は、ある家で見つけたパソコンに向かって黙々となにかの作業に励んでいる三村信史(男子17番)の背中を眺めていた。現在の場所は島の南東、集落地帯から少し外れた所、200メートルほど南に下がるとそこはもう禁止エリアに指定された場所だった。

 信史いわく「禁止エリアに近いほど人に遭遇する確立は低いからここで作業を始めよう」とのことだった。弘樹にはそれが本心だったのか、もしくはすぐにパソコンを立ち上げたいだけのことだったのか分からなかったが、反論などなかった。自分のような体力バカとちがって三村という男が行うことにはいつも期待させられるからだ。

 

いつもクールに的確な判断を下すその男が、殺し合いというゲームからかけ離れたパソコンを探そうなどと言い出したときには驚いた。いや正確にはパソコンを探そうとは言っていなかった、なぜか三村はパソコンをいう言葉を口に出しては言わなかったのだ。ただ紙切れに、

“今からパソコンを探す、これが俺たちのライフラインだ。パソコンという単語は絶対に口に出してはいけない。出してしまえばすべては終わる”

とだけを書いていた。

 

 すでに1時間くらいは経っただろう、相変わらず三村は休むことなくパソコンに向き合っていた。一体何をしているのか見当もつかなかった。

一応弘樹自身もパソコンを触ったことはあり、かつてインターネットというものをやったことはあった。政府関係の情報のみのページにしか繋がらなく、まったく面白くもないという話を三村にしたときは「それはこのクソ施設の陰謀さ」と訳の分からないことを言った後「本当はもっといいもんだから嫌わないでやってくれ」と言われた。その分野に関する知識ゼロの自分は何のことだかまったくわからなかった。

 弘樹はいったん周りを見回して安全を確認すると、三村の座り込んでいる場所へと近づいていった。途中にペンと地図を取り出し、地図の裏に少々の皮肉を込めて文字を書き込んだ。

“インターネットでもやっているのか?”

一応パソコンに関する話題だから口に出すのは避けたほうがよいという自分なりの判断だった。隣に立っても気づく様子のない彼に、すこし苛立ちながらも中腰になり紙を顔前に出した。突然視界を遮られたことに眉をひそめたが、目はしっかりと文字を追っていた。

 三村はそれを見て、苦笑いした。すると作業を止めて弘樹と同じようにペンと地図を取り出し、なにやら書き込み始めた。

 その間弘樹はパソコンの画面を見た。真っ黒な画面の中意味不明なアルファベットや数字、記号が羅列されていた。それだけでもインターネットではないと想像できた。

 すぐに信史が書き終えた。

 “インターネットというのはな、基本的に電話線を通してやるものなんだ、見てみろこのパソコンにそんなものついているか?ということではずれ。でもいい線いってるぞ”

続けて信史はなにやら書き込み始めた。

 “これから書くことが大切なことだ。いいか俺たちは盗聴されている。この首輪にマイクがついている。だから今からいうことは絶対に守れ。1、パソコン関連に話は俺が何かいうまでは触れるな。2、だんまりで怪しまれないように関係ない話を時々すること。3、周りの警戒を怠らないこと”

 それで三村が口だけを動かして“分かったか”、と聞いてきたので弘樹は親指と人差し指で丸を作ってオーケーサインを出した。

盗聴されてるという事実には驚いた。このゲームが始まって以来、反政府文句を何度か言っていたのだ。今考えるだけで寒気が襲った。

気を取り直し今度は弘樹が書き込んだ。

 “何をするつもりか、教えてくれ”

 “さっきお前がいったインターネットがキーだ。俺は住宅中の電話やら置き忘れられた携帯電話やらを片っ端から試してみた。結果はどれも繋がらなかった。本来ならここで終わるはずだったんだが幸運にもこんな島にもカーナビを乗せた車を発見した。カーナビは衛星と繋がっている、もちろん政府の連中もそこまで手は回らないだろう。電話を止めるにはこの島だけで済むが、衛星を止めると国中に支障がでるからな”

 機械音痴の弘樹にはそれが何を意味するのかわからなかった。

 “さてここからが本題だ。俺がやろうとしていることは、その衛星をハッキング、つまり乗っ取るということだ。それを使えば分校のパソコンをめちゃくちゃにできる。その上、驚くなよ、政府のパソコンさえ乗っ取れる。そうすれば俺たちは晴れて自由の身だ、この首輪だって外せるし、体の爆弾さえな”

 弘樹は体が火照るのを感じた、まったくすごい、すご過ぎる。三村に対する尊敬とさらに畏怖さえ感じてしまった、俺はなんてやつと一緒にいるのだろう。生まれて初めて未来というものを見た気さえした。確かに彼は自室に自分のパソコンを隠し持っていたし、それ関連の雑誌もたくさんあった。でもそれだけでできる業ではない。やっぱり天才だった。

 信史は親指を立ててパソコンを指し、弘樹に画面を見るように促した。

今回は声をだして言った、「まだ50%といったところだ、まだまだ敵は多い気を引き締めていこうぜ」

途端に信史の指が動き出すとそれにともない、すごい速さで画面上に文字の羅列が作られていった。

信史の顔に並ぶように感心して画面に見入っていると、ちょうど二人の間、少し上から別の顔が出てきた。反射的に顔が真っ先にそちらに動こうとした瞬間、その人物が言った。「動かないでね、こっちにもマシンガンあるから」

相馬光子(女子8番)だった。

 密接した状態で背中にマシンガンを向けられているのが、中途半端に斜めを向いたままで硬直した視界の端に捉えることができた。

「なーにやってんのかなぁ?」マシンガンを突きつけたまま、さらにパソコンの画面を覗き込もうとした光子の髪がさらっと下の二人にかかった。

 光子が余計なことを口に出すことを恐れた信史は先に言った。

「その地図を見てくれ」

相馬が余計なこと言う前にこの作戦に乗ってくるのを期待するしかなかった。もし相馬に殺されればもちろんそこまで、しかし生き延びても、こちらの動きが分校の坂持に知られても終わりなのだから。

「地図くらい持ってるしー。そんなことよりこれはなーにって聞いてるのよ。さすがの三村くんもこんな状況でおかしかなっちゃたのかなぁ」

 すごくまずかった。もし相馬はパソコンという言葉を口に出すことだけは絶対に避けなければならなかった。

 ・・・・・・仕方がない。信史は両手を置いているパソコンのキーを一つ叩いた。途端に先ほどの画面は消えてなくなり代わりに、真っ白の紙が画面上に表示された。ちょうど画面を覗き込んでいた相馬もそれには気づいたらしいが、信史のタイピングの早さの方が、相馬の口が開くのよりも早かった。そこに先ほど弘樹とやりとりした内容をできるだけ完結に書き込んだ。

「へー」何をやっているのか理解した様子だった。

それで光子は弘樹からショットガン、信史の近くに置いてあったマシンガン、最後に二人の地図という順番で取った。その後二人と距離をおき、地図の裏に目を通した。

「どうやら嘘じゃないみたいね」

「一つ聞いてもいーい?」

「ああ」信史が答えた。

「もしあたしも仲間にしてっていったらどうする?」

「それは今俺たちが選べる状況じゃないだろ」

「ふふふ、それもそうね。でも真剣よ。あたしだって自由になって世界を飛びたいのよね」

「おい!!」信史はすぐに光子の言葉を注意した。仲間にしてと言いながら、盗聴により少しでも疑われそうなことを平然という相馬の思考が信じられなかった。

「いいか、絶対にルールは守れよ、じゃないと死ぬぞ」

「ほーい」光子は分かってないのか、ふざけているのか気の抜けた返事を返した。すると二人から奪ったショットガンとマシンガンを投げ返した。「これがあたしの忠誠の証。大事に使いなさいね」あたかも自分の物かのように言った。

 二人がそれを拾うと、再び光子は言った。

「すごい、二人マシンガンに一人がショットガン。最強じゃない」

「でもな、生き残れるのは一人だから最終的にはお前らみんな敵になること忘れんなよ」信史はなんとか危機を回避した安堵の笑顔を浮かべ、首輪のマイクを指差しながらやや声を強めていった。

そして再び地図に書いた。

“まったくお前のせいでまたゼロからやらなくてはいけなくなっちまったぜ、ったくバッテリーも無限じゃねえんだぜ”

「よろしく、相馬さん」弘樹は明るく言ったが信史の心の中には、本当に大丈夫なのかというもやが立ち込めていた。

【残り16人】




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