52

草場亮(男子9番)はあまりの暑さに耐え切れず、木陰の下で昇りかけた太陽光線を避けてデイパックからペットボトルを取り出すと、一口だけ飲んだ。昨日のみで支給分の1本はすでになくなっていた。異常気象による熱波により、思った以上に水の減りが早く、残り一本がなくなる前に、水を確保する必要があり、当初の目標が水探しになりそうだった。分かっていたことだが、水道は政府により止められており、唯一見つけた井戸では蛙が数匹あお向け状態で死んでいた。恐らく毒でもいれられていたのだろう、確かめることもなくその場を後にしてきた。

 額から流れ落ちて目に入ろうとする汗に反射的に腕が額へと動きふき取ろうとしたのだが、腕の方も汗でびっしょりであまり効果がなかった。

「ぁっつい」吐き出す空気のみで作られたような声が漏れた。たまらずペットボトルを再び口へと運んだあと確認するとすでに水位はボトルの半分ほどまで減っていた。

 ほんとうにまずいな。これじゃ自滅しかねない・・・・・、奪い取るしかないのだろうか・・・・・、殺しあって奪い取るしかないのか・・・・・??

 そんな思いが心中に駆け巡り、ただでさえ火照っている体中の温度がさらに上昇した気がした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿か、そんなこと今更考えてどうなる。お前は水の為に人殺しをするのか?生きることがそんなに大事なことなのか?生きてどうする?幸せになれるのか?いやそもそもお前は人の命を管理できるほど偉い奴なのか?人殺しなんてするなら自分が死んだらどうだ。いいか、あきらめるな。

 はっとし我に返った。今確実に意識が飛んでいた。無意識にもこのプログラムの乗ることを拒否した自分が誇らしかった。あきらめるな・・・・・か。そうだな。

 ぐずぶる膝を両手で支え体を起こした。いったん休むと再スタートがきついのはマラソンと同じようだった。でも今度はあきらめない。最後まであがいてみせる。見ていてくれ、古賀さん、君にもらった命大事にする。結果はどうあれ自分で思った道を進むよ。無駄死にだけはしない。

 

 警戒重視で数分間歩いたところで、前方50メートルかそこらでかすかに人の声が聞こえた。悲鳴とも驚きとも取れるような声。でも確実に聞いたことのある声だった。太めで、こもったような声、間違いなく前原尚継(男子16番)の声だった。すぐにでも駆けつけたい衝動にかられたが、物陰に隠れながら足音を立てぬようにゆっくり前進した。「く、くるなっ!!」小声だが今度ははっきりと聞こえた。その後すぐ、ぱんっ、という銃声が響いた。もはや躊躇してはいられなかった。前原がこのゲームにのっていようがのっていまいが、かつては仲のよい友達だった男なのだ、そのままこの場から去ることなんてできなかった。

 デイパックを肩から落とし、銃のみを握り締めたまま駆け出した。疲れと暑さのために速度こそあがらなかったが、それでもすぐに目の前にその光景が飛びこんできた。尻餅をついてへたれこんでいる前原尚継とその少し手前で血を流して倒れこんでいる生き物。確かに生き物だった、ただしそれは人間の姿とは程遠かった。

「・・・・・・前原・・・・・」呟いた。

それで初めて尚継は草場亮に気づいたらしく、こちらを向いた彼の強張ったままの顔がさらに強張るのが見えた。しかし尻餅をついた状態で急に動けなかったらしく、ただこちらを怯えた顔で見るのみだった。

 それで亮はすぐに言った。

「大丈夫だ!俺は敵じゃない!誰かに襲われたわけではないんだな!大丈夫なんだな!」

尚継の持っている銃口からは白煙が昇っており、先ほどの銃声は彼のものだと容易に推測できた。尚継がまだ自分の味方と決まったわけではなく、危険であったが亮は自分の銃をベルトに差し込んだ。ただ万が一前原尚継が自分に銃を向けるようなことがあればすぐ逃げることができるように足元には力を込めていたのだが。

少しの間があり、尚継の手元から銃が地面に落ちた。そしてボソっと呟いた、

「殺めるためではなく、守るため」そしてゆっくり頷いた。

 亮は何のことを言っているのかわからなかったが、敵意はないと見て、尚継の手前に横たわる生き物に目を移した。さっきは犬もしくは狼かと思ったが、よく見ると小熊だった。

 なるほどすべて読めてきた。昨日の放送で坂持が言ってた、“この島には熊が出まーす、皆さんのお友達の一人が熊にたべられちゃいましたぁ”、とかなんとか。それで普段から気が小さい尚継は驚き、発砲したのだろう。

「前原、もう一度言うが俺のこと信用してくれるな」尚継を見ていった。ぱんぱんだった顔が今はすこし痩せたようで別人にも見えた。

 尚継はただ頷き、同意を示した後「草場は俺を信用するのか?」と聴いてきた。

「でないとさっき撃ってるだろ」と苦笑いを含めて言った。「さあ早くこの場を離れるぞ、銃声を聞きつけたやつがくるかもしれない、ひょっとしたら親熊の方がさきかもな、とにかく急ごう」

 

 草場亮と前原尚継はその後10分ほどその場所から移動して、手ごろな場所に身を潜めていた。幸いにも誰とも出くわさなかった。銃声も争う音も聞こえてこないところを見ると、誰もさっきの場所には来なかったのかもしれない。殺し屋同士が鉢合わせになってくれれば一番よかったのだが。

 さきほどから少し風が吹いてきて日陰にいる間はかなり暑さを紛らわすことが出来るようになってきた、その一方で風が吹くたびに擦れる草々の音に神経質にもなった。

「でも本当に無事でよかったな」亮は言った。本当のところ前原はすぐにやられるタイプだと思っていた。昔のバスケ部レギュラー時代の根性は今でも健在か。もう少し痩せれば当時の面影も蘇ってくるだろうな、とか思ったがもちろんこんな状況で本人を前にして口には出せなかった。

「運がよかっただけさ」尚継の表情にも少しは元気が戻ってきたようだった。

「俺なんてしょっぱなから桐山に襲われて・・・・・」先を言うべきか迷ったが、どうしても言っておきたく続けた、「古賀さん、奈々子さんのほうだけど、彼女が助けてくれてどうにか無事だった。彼女はそのときに・・・・・・」

さらに続けた「俺な、そのとき古賀さんの仇を取りたくて桐山を探し回ったんだぜ、ばかだろう。そういうときに限って誰とも会わなくて今ここに無事いるし。もし誰かにあってたら死んでいただろうな。冷静さなんてまったくなかったからな。結局人にあったのはそのときが最初で最後、俺も運がよかったのかもしれないな。そっちは誰とも会わなかったのか?」

「合った」急にしゅんとした口調になった尚継に、亮は意を察して言った。

「無理には聞かないから言いたくなければ言わなくてもいいぞ」

「いや、聞いてほしい」それから尚継は話し出した。

 

一連の話はこうだった、千草貴子と山部昭栄に出会ったこと、そして山部昭栄を撃ったこと、その後内海幸枝とも出会ったこと、内海幸枝が千草貴子にどうしても合いたいと言っていたこと。その後その二人と山部昭栄は死んでしまったこと。さらにその後の行動。

尚継の話の中で亮は二つの希望を得ることができた。一つはこの先少し進めば、池があり飲み水を確保することが可能ということ(毒の心配はないようだった。失礼だが尚継がすでに飲んで毒見済み)。

もう一つは内海幸枝に関する話だった、さっき尚継に出会ったとき「殺めるためではなく、守るため」と言っていたのはこの出来事を意味していたのだろう。殺すためじゃなくて、守るために使いなさい、か・・・・・いい事言う。(43話参照)事故だったとはいえ、クラスメイトを撃ってしまった辛さは計り知れなかったと思う。そんな中彼女の存在が前原の支えとなっていたのだろう。前原が正気を保てているのはすべて彼女のお陰のようだった。でも今度はその内海が死んでしまった、今どんな思いなんだろうか・・・・。

それにしても分校での話は嘘だったのか?洗脳されているとか言っていたが、前原の話が本当なら自分が知っている過去に存在した内海がそのまま現在にいたようだった。桐山は確かにそのままで今も昔も殺人鬼だったが・・・・。

どうなんだ。もしそうだとすると、当初の敵は桐山和雄と相馬光子のみとなるのか?

川田章吾もしくは三村信史は昔のように何か脱出する手立てを考えることが可能なのか?杉村弘樹、七原秋也は信頼できるのか?

・・・・・・・会って確認する必要がある。結果はどうであれこのままだと生き残れるのは一名だけだ。自分には今目の前にいる前原尚継やどこかに身を広めているだろう他のクラスメイトを殺すことなんて出来そうにもなかった。可能性を信じてみよう、それでだめならあきらめもつく。

 

しばらく考えた後、亮は言った「真っ暗だった未来見えてきた。すまん前原、俺行くわ」

「えっ!どこに?」突然のことで意味がわからないといった感じで尚継は言った。

「脱出の可能性ってやつを探してくる、貴重な情報サンキュー」

「俺は、俺はどうするんだ?」

「これは賭けだから、俺一人で行く。あ、それと相馬と桐山には気をつけろ。もし他のみんなにあったら、希望はあるかもしれない、とだけ伝えてくれ。よろしくな」

尚継は亮の突然の行動にあっけにとられ何をいっていいのかわからないまま、すでに飛び出していった亮の背中を見つめていた。

「・・・・・また一人か」


                                                      
【残り16人】
前章へ 目次 次章へ