7 「それじゃルールを説明しまーす」 坂持は快活な声で言った。 「ルールは簡単でーす。お互い、殺しあってくれればいいだけです。反則はありませーん。そして――」坂持はにこっと笑みを広げた。「最後に生き残ったひとだけは家に帰れまーす。言うの忘れていたが、ここは君たちの地元の麻峰市じゃありませーん。ちなみにこの教室もきみたちのいつもの教室じゃないぞー。どこかは言えません。とにかく島でーす。眠ってる間に移動させました」 再びざわめきが起こると思ったが、誰一人として声を上げなかった。本物の死体を見たことで、みんなこれが現実だということを悟ったのだろう。 「君たちはひどいルールと思うかも知れませーん。しかし、思いがけないことが起こるのが人生です。アクシデントに対応するには、まず自分をしっかり持つこと。今回はその、練習だと思ってくださーい。それから、男女平等ですから、男女のハンデもありませーん。でも女の子の人たちにうれしいおしらせでーす。これまでのプログラムの実施結果を見ると、実に、優勝者の四七パーセントは女子でーす。彼も人なり、我も人なり。恐れることはありませーん」 坂持が支持し、迷彩服の男たちが廊下から黒のナイロン地の、大ぶりなデイパックを教室内に運び入れ始めた。すぐにそれは山ずみになった。なかには、何か棒状のものが入っているのか、斜めに突っ張っているものもあった。 「さて、一人ずつここを出てもらうんですがー、それぞれ出発する前にこの荷物を渡しまーす。中には多少の食料と飲料水、武器が入っていまーす。えー、さっきも言ったように、君たちはもともと能力が違いまーす、ですから、これで、少し、不確定要素、えー、少し難しいかなあ、どっちに転ぶかわからない要素を増やすわけでーす。ただし誰にどれを配るかは決めてませーん。上から順番に配って渡しまーす。それから、この島の地図と時計も入っていまーす。島の住人には出ていてもらっていまーす。誰もいませーん。それで」 坂持は黒板に向き直ってチョークを握り、丸みを帯びたひし形をざっと大きく書いた。右上に上向きの矢印とNの字を書き入れ、ひし形の中ほど右よりに×印を書いた。チョークを黒板に当てたまま、顔だけを振り向かせた。 「いいかー、ここはこの島の分校です。この図を島とすると、分校はここ、わかったか?」坂持は×印をチョークの先でとんとんと叩いた。「先生ここにずっといるからな。みんなが頑張るの、見守ってるからな」 坂持はさらに、島を示すひし形の回り、ちょうど東西南北に散らばる形に、丸を四つ書き入れた。 「船です。海に逃げた人を射殺する大事な役目です」 今度は、島の上に縦横に平行線が何本も引かれた。島を示すひし形はなんだか、焼き網みたいになった。坂持はその焼き網の目の中に、左上からA=1、A=2、・・・・・という記号を順に書き入れた。次の列はB=1、B=2、・・・・・・という具合だった。 「これはざっとした地図ですけど、荷物の中にある地図はこういう感じでーす」坂持はチョークを置き、ぱんぱんと手を払った。 「さて、いいですかあ、ここを出たら、どこへ行っても構いません。けど、午前、午後零時と六時に、全島放送をします。一日四回な。そこで、この地図に従って、何時からこのエリアは危ないぞ、って先生が知らせます。地図をよく見て、磁石で地形と照らし合わせて、速やかにそのエリアから出てください。なんでかというとー」 坂持はみんなの顔を見渡した。 「はい、それは、みなさんのつけている首輪です」 それで何人かが始めてその首輪の存在に気づいたようだった。 「それはぁ、わが国のハイテク技術を駆使してつくられたものです。完全防水、耐ショックで絶対外れません。それに無理に外そうとすると――」坂持はちょっと息を吸った。「爆発するぞ」 首輪をいじっていた何人かが慌てて手を離した。 坂持はにやっと笑って続けた。 「その首輪は、君たちの心臓の電流パルスをモニターして、生きているか、死んでいるか、この分校にあるコンピュータまで電波で知らせてくれるようになっています。同時に君たちが島のどこにいるかもわかるようになっていまーす。はいそれでさっきの地図です」 坂持は右腕を後ろへ伸ばして黒板の地図を指した。 「先生がこのエリアは危ないぞーというエリアは、同じコンピュータがランダムに選んだエリアです。それで、時間が過ぎても残っている人がいたら、ああ、もう死んだ人は関係ないぞ、生きている人が残ってたら、コンピュータが自動認識して、君たちのその首輪に逆に電波を送りまーす。そうすると――」 その先は言われずともわかった。 「その首輪は爆発しまーす」 よく出来たゲームだった。一箇所に隠れていても、禁止エリアとなると動かざるを得なくなる。動いたらそれだけ人と遭遇する機会もふえるのだ。 「あーそうそう、禁止エリアは一度選ばれると解除されませーん。わかるなー、動けるエリアはどんどん狭まりまーす。そういうことでーす」 誰も何も言わなかったが、事情は了解されたようだった。 「どこにいても電波は届きます。穴掘って隠れてもです。家の中に隠れるのは自由ですが電話は使えませーん、もちろん、電気、ガスも止めてありまーす。はい、それと最初は禁止エリアはありませんが、この分校があるエリアだけは例外でーす。全員が出発した二十分後に禁止エリアになりまーす。だからまずここから離れてください。いいですかあ。はい、それでえ、放送では、それまでの六時間で死んだ人の名前も読み上げます。原則、放送は六時間ごとですが、最後の一人になったら、その人に放送で連絡します。あーそれと、もう一つ。タイムリミットがあります。いいですかあ、タイムリミットです。プログラムではほとんどの人が死にますが、二十四時間にわたって死んだ人が誰もいなかったら、それで時間切れでーす。三日間のうち初日にそうなったら、一日でみんな死ぬことになりまーす。優勝者はありませーん」 そこまで一気に喋った坂持はそこで黙った。それで教室には沈黙が落ちた。相変わらず荻野先生の血の匂いが濃厚に漂っていたが、みんなまだ茫然としているように見えた。怯えてはいるけれど、うまく飲み込めないのだ、自分たちがこれから殺人ゲームに投げ込まれるという事態が。 坂持がその雰囲気を察したように、ぱんぱんと手を叩いた。 「はーい、ややこしい説明はそこまでです。これからもっと大事なことを言うぞ。先生からのアドバイスです。クラスメイトを殺すなんて無茶苦茶だと思うかもしれません。しかし忘れないようになー、ほかのみんなはやる気になっているぞー」 相変わらず、誰も何も言わなかったのだが、ただ、このとき、ある変化が起こったのは、誰が見ても一目瞭然だった。 誰からともなく周囲に目を配り、互いが互いの青ざめた顔に視線を走らせたのだ。そして、そうしたものが皆、誰かと視線が合うと、あわてて顔を坂持のほうに戻した。わずか数秒のうちにして、全員の顔が怯えた表情から、引き攣った、疑心暗鬼に満ちた表情になったのであった。それでもなお落ち着いて見えたのは、転校生全員と平田亜由美、黒木久信やその他数人だった。 まさに坂持の思うつぼであった。 「殺し合いをする、やらなきゃやられる、だぞー、忘れるなー」
|