「さーてそれじゃ一人ずつ、えー、二分間隔で、教室を出てもらいまーす。廊下にある戸口を出ると、外に出られます。廊下でうろうろしてる人は撃ち殺しまーす。最初に出発するのは、そうだなー、出席番号順一番からでいいなー。男女、男女ね。わかったかー?」

 そのとき、転校生の桐山和雄(男子八番)が声をあげた。冷静なしかし、少し冷たい感じの、りんと響く声だった。「いつ始まるのかな、このゲームは?」

 みんなが教壇の横に立っていた桐山を見た(ほかの転校生は見なかった。相変わらず遠くを見ているようだった)。

 坂持が笑んで答えた。

「ここを出たらすぐだよ。だから、とりあえずみんな、身を隠して作戦を練った方がいいかもしれないな、今ちょうど夜だし」

 それを訊いて、腕時計をしていたもの数人が自分の時計を見つめた。それで始めて現在の時刻を知ったらしかった。AM2:36だった。

 そして坂持は教壇の真ん中へと移動した。両手を教壇の引き出しに突っ込んでなにやらノートらしきものを取り出した。それを広げると、一度そのページ全体を見回して、それから言った。

「男子一番、相川真一朗くん」

 クラス名簿らしかった。

 真一朗は自分の名が呼ばれたが、それが何を意味するのか分からなくて、ただ黙っていた。

 今度は教室の隅にいた迷彩服の男の一人が怒鳴るように言った。

「早くしろ!」

 それで真一朗はびくっとし、なにをやるのかを、理解したらしかった。ばっと立ち上がり、戸口のほうに進み出た。そこで今自分を怒鳴りつけた男に、デイパックを渡された。真一朗は廊下でうろうろしている人は撃ち殺しまーす″という坂持の言葉を鮮明に覚えていた。一度もみんなを振り返ることもなく、教室の戸口を抜け、廊下へ出た。そこから全速力で外への戸口へと走った。

「じゃあ、二分のインターバルを置きます。次、女子一番伊那泉さんなー」

 その調子で、点呼とスタートが容赦なく、延々と続き始めた。

 ただ、転校生で、出席番号にしたら、一番初めの内海幸枝(女子三番)、長い髪をきっちり二本の三つ編みにしていた子は、デイパックを受け取り教室を出て行くとき坂持をじっと見ていた。みんなにはそう見えたと思う。

しかし、比較的席が前方で幸枝の顔をほぼ正面から覗くことができた本田雪子(女子十八番)には、それは睨んでいるようにも見えた。心の中で思った、政府の犬じゃなかったの?と。同時にある喜びが彼女にはこみ上げていた。というのは、彼女は転校生の一人に恋心を抱いていたからである。小学生の頃から、人目惚れというと自分の専売特許とおもっていた、おまけにそれは常に実ってきた。今回もそれは不可能なんかじゃない。政府の犬なんて坂持の口車だったんだわ。あの人たちにも感情はある。洗脳なんてものに負けるわけない、少なくともあの人だけは・・・・・・。

 まばらになった教室になかで宮崎欣治はじっと自分の番を待っていた。ほとんどの人間が恐怖の中で怯えながら、教室を走って出て行った。

 その中で中西恵(あのスリだ)は名前が呼ばれると、二列ほど横で、少し前方の席である平田亜由美の席の横を通って、前に出た。その二人がすれ違う瞬間、恵は亜由美になにか紙切れのようなものを渡した。亜由美はすっとそれを何気にさりげなくポケットの中にしまったようだった。

それを見たのは欣治だけかもしれなかった。少なくとも坂持が気づいた様子はなかった。もちろんほかのみんなも(といってもほとんど出発してしまったんだけど)。もちろんそれはその動作がすごくさりげなかったのもあるかもしれない。だがそれ以上に、あの二人の関連性が学校の中、つまりみんなが知っている中では、まったくなかったということもあるだろう。

藤吉文世(女子十七番)の名が呼ばれた。つぎは欣治の番だった。一度室内を見回した。一番後ろの席には前田友里(女子十九番)がいた。ほかの不良グループはすでに出発している。相変わらず彼女は前を見据え、片脚を椅子の上に立て、腿くらいまでがひだスカートから覗けていた。

 欣治は思った。坂持が言った言葉、あのほかのみんなはやる気になっているぞー″だ。そして、恐らくは、その不良グループ四人は、クラスの連中が真っ先に疑った者たちであったのかも、知れないと。つまりそいつらはワル″だから。自分が生き残るためにほかの連中を殺すなんて何でもない――。

「男子十八番、宮崎欣治くん」自分の名が呼ばれた。

 欣治は席を立ち上がり、デイパックを受け取ると残り少なくなった、室内をもう一度だけ振り返った。森田康輔と目が合った。欣治はこくっとうなずくと康輔も同じようにうなずいた。教室の戸口を出る前にその戸口の前の席の村山茜(女子二十番)が目に入った。目がはれていた。泣いていたのかもしれない。欣治は戸口を出る前に顔は前を向いたまま、小さく茜だけに聞こえるくらいの大きさで「大丈夫だ」といった。茜は顔を持ち上げかけたが、そのときにはもう欣治の姿はそこにはなかった。

[残り40人]








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