『熊本・大分喧嘩上等〜1999・4月バカ〜』
(前編)




4月某日早朝。
「朝から来て貰ったのは他でもない。お前に頼みたい事がある」
「──真っ平御免だ。断らせて頂く」

間髪入れずに返ってきた拒絶の言葉に、芝村勝吏はぴくりと眉を動 かした。片手で髪をかき上げると、腰に手を当てた姿勢で、伏目がちに こちらを見返してくる変異体(イレギュラー)を一瞥する。

気持ちよく寝ていた所を、多目的結晶で叩き起こされた舞は、はっき り言って不機嫌であった。
戦闘かと思い飛び起きてみると、学兵用宿舎の玄関ホールで、更紗 が恐縮しながら待ち構えていたのである。
迎えに来たのが彼女でなければ、舞は早々に二度寝を決め込むつも りでいたが、子供じみた我儘で更紗の手を煩わせるのも気が引けた ので、大人しくついていく事にしたら、この有様である。
従兄の注文がロクでもない事は、今までの経験で嫌というほど熟知し ている。
舞は、最低限の挨拶だけ交わすと、さっさと退散するつもりでいた。

「待て。話だけでも聞いていけ」

早々に背を向ける従妹を呼び止めると、勝吏は話を続ける。
「…ある地区で、少女と猫が取り残されそうになっている…そうなる 予定だ」
『猫』という単語に、舞の肩がぴくりと反応した。取りあえず歩みを 止めると、首だけ勝吏の方を向いて続きを促す。
「お前は秘密裏に、その少女と猫を救出する任務に当たってもらう 事になる。…場所は以下の通りだ」
勝吏から渡されたメモに目を通すと、舞はその形の良い眉を不審気に 顰めた。
「ここに現れる敵は半端ではない。スキュラは覚悟しておけ。…何か 質問はあるか」
「ある。何故夜中にならぬと、その少女と猫は現れんのだ」
ピン、とメモを弾き返すと、舞は今度は身体ごと振り向いて、正面か ら勝吏を軽く睨んだ。
「……何だと?」
「この戦区は今現在、ウチの小隊が暴れまくっている所だ」

先の水俣戦区での戦闘(詳細は『熊本波乱万丈〜1999・3月彼岸前〜』参 照の事)以降、5121小隊は目覚ましいほどの活躍を見せて いた。
初代司令の善行忠孝が関東に帰還後、2代目司令官として就任した 速水厚志は、まるで人が変わったように激戦区への転戦を繰り返し ていた。
挙げ句の果てには、最大の難所とまで呼ばれている『阿蘇特別戦 区』に腰を落ち着け、自分も含めた小隊のメンバーたちは、激闘に 明け暮れた日々を送っているのである。

「この戦区に移って早や10日あまり。その内、出撃で幻獣どもを血 祭りにあげたのが7日。ここの事は、嫌というほど知り尽くしてい る。そのような場所に、都合よく猫と少女がいてたまるか!」
寝起きの不機嫌さも手伝ってか、舞のヘイゼルの瞳は攻撃的な色を 帯びていた。
いつになく鋭い眼光を受け止めると、勝吏は僅かに声色を変える。
「考えてもみろ。誰もいない戦場で、そなたの士魂号だけが遠慮な く戦いまくることが出来るのだぞ。いわば独壇場だ。やりがいがあ るとは思わぬか?」
「思わぬ。それに、『独壇場』は前回もうやった」
にべもなく返すと、今度こそ舞は勝吏と更紗に背を向ける。
「──とにかく。私の返事はノーだ。他の誰かを当たるのだな」
勢い良くドアを開けて、舞は憤然と去っていった。

「…よろしいのですか?」
椅子に腰掛けて憮然とする勝吏を横目に、更紗が小声で尋ねる。
「構わぬ。あやつが受けぬのなら、別の者に頼むまでだ」
「お心当たりはあるのですか?」
「…あやつの乗る士魂号が、複座型な事を忘れたか?」
「………何気に姑息ですね」
ククク、と喉の奥で忍び笑いをする勝吏を前に、更紗は彼女にして は珍しく、自分の感情も露に深々と息を吐いた。


「準竜師から降下作戦の命を受けた」

昼休み。屋上で弁当をつついていた舞の元へ、来須が悪夢にも等 しい言葉の爆弾を投げ付けてきた。
ぐわらがっしゃーん、と椅子代わりの空ケースから音を立てて引 っくり返った舞は、どうにか死守した弁当箱の蓋を閉じると、
「そんなモン、受けるなたわけ!何が楽しくて、あやつの酔狂に 私が付き合わねばならぬのだ!」
「…口元に飯粒を付けたヤツに、酔狂などと言われたくないぞ」
「今朝、私がきっぱりとあの『ぬらりひょん』に断ったというの に……そなたが受けたら、結局私も行かなくてはならぬという事 ではないか……」
雲ひとつない空の下、突如襲った頭痛に、その端正な顔を苦渋に 歪めた。

速水が2代目司令官に就任した後、来須と舞は士魂号3番機のコ ンビを組む事になった。
遺伝子情報をはじめとする、全てのパイロット相性がグンバツと されていた速水と舞が、別々の部署になった事で、一時は複座型 の極端な性能の低下が心配されていたが、新しく舞の相棒とな った来須は、驚くほどの順応性で、複座型のパイロットとして申 し分のない働きをしているのである。
また、舞も来須の能力を高く評価しているので、互いの戦闘に関 する相性は、良好と言っても過言ではなかった。
だが。

「…来須。そなたの戦闘に対する純粋すぎるまでの姿勢は、ある 意味『連中』にとってはいいカモだぞ」
頬についたご飯粒を口に放り込むと、舞は渋面のまま自分の従者 を見上げる。
「…俺も聞きたい。敵に背を見せる事のないお前が、何故今回の 作戦を拒もうとした?」
「それは……」
来須の質問に、舞は僅かに顔を背けると、低い声で語った。
「今回我らが受けた作戦は、危険すぎるものだ。救出とは名ば かりの、極限な戦場でも生き残れるかを試すだけの……」
「……」
「ただでさえわが小隊は、激戦区で戦い続けている。友軍もい ない、支援もない。戦うだけで精一杯だというのに、この上ま だそのような茶番に付き合わなければならぬのか?…卑怯者と 呼びたければ呼べ。それでも私は、そなたにムダに生命を散ら すような真似はして欲しくない……」
舞は眉を寄せると、来須から完全に顔を背けた。
来須は、暫し無言で舞の様子を眺めていたが、
「──本当の所はどうなんだ?」
不気味なほど穏やかな声で尋ねてみると、芝村の姫君は顔を上 げながら、うんざりとした表情で片手を振った。

「…降下作戦は『固定装備』なのだ。釘バットを使えぬような戦 闘など、やっても何の面白みもな……はっ!?」

次の瞬間。来須の拳から青白い光が放たれ、舞を屋上の屋根ごと 吹っ飛ばしていた。


────しばらくお待ち下さい。


「…守護者が被守護者に『精霊手』ぶっ放すなんざ、本当に前例 がないであろうな」
崩れかけた屋根を上って、舞が戻ってきた。夥しいほどの流血を しながら、それでも口元に余裕の笑みを浮かべているのは、流石 イレギュラーといった所か。
「誰よりも戦争を舐めているのは、お前の方だ」
「……随分な言い草だな」
来須の言葉に片眉を上げると、舞はツカツカと彼の前まで歩み寄 った。
眼前に迫った剛毅な視線に、来須は帽子の影で目を瞬かせる。
「そなただって、嬉しそうに釘バットを操っているではないか。 知っているぞ。私がプログラム入力をしている傍らで、そなた がヘッドセットの下で笑っていたのを」
「……!」
舞の指摘に、来須は反射的に口元を隠す。その反応に、舞は面白 そうにヘイゼルの瞳を細めると、更に来須に詰め寄った。
「…水俣で私とアベックアーチを上げた時の、あの感覚が忘れら れぬのであろう?」
「ち、違う…」
「──では、何故そのようにうろたえている?」
喉の奥で笑いながら、舞は来須の耳元で低く囁いた。
「あの時。3番機で『1本足打法』をかましたそなたの姿は、誰 よりも戦いを楽しんでいるように思えたぞ……」
耳たぶにかかる息に、来須は反射的にびくりと身体を震わせる。
「アレを用いた時の、他のものとは比べ物にならぬ(爽)快感…」
身体の自由を絡め取るような舞のベルベットヴォイスに、来須 は仄かに頬を染めた。
「……一度、あの味を覚えてしまったら」
「やめろ……」
「もう他のモノなど、物足りなくて堪らないであろうな……」
「…っ…ぁ…」
来須は舞から顔を背けると、狂おしそうに息を吐いた。だが、舞 は追随の手を緩めない。
「……そなたの身体は求めているのだろう?認めてしまえ…アレ が欲しいいと (作者註:これは「お笑い部門」のSSです)
「…俺…は…」
切れ切れに息を吐きながら、頬を染めた来須が舞から逃れようと 視線を動かすと。

「……あ、気にしないで続けて続けて」
「我々は空気のようなものです。どうぞご心配なく」


いつの間にか、妖しい事この上ない濡れ場(?)を演じていたふ たりの前に、原と若宮が立っていた。
隊長不在の今でも、どうやら『奥様戦隊』の活動は続いているら しい。デジカメを構える原に、舞はニッコリ笑ってVサインをする。
「……訂正する。舞、お前は戦争を舐めているのではない。…人 生そのものを舐めているのだ!」
我に返った来須が再び放った青白い光は、ひらりとかわした舞と 原をよそに、若宮を巻き込みながら、豪快に屋上の反対側の屋根 を抉った。


「……ねぇ。舞に来須先輩。ちょっとふたりとも、そこに並んで くれる?」


半壊したプレハブ屋上の階段から、マシンガン(勿論、模擬弾な どと生易しいものは装備されていない)を構えた速水司令が、ニ ッコリと青筋まじりの笑顔を向けてきたのは、それから数分後の 事であった。


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