熊本波乱万丈〜1999・3月彼岸前〜
(前編)



「俺だ」
「私だ。我が従兄殿」
夕暮れ迫る放課後の小隊長室。陳情ギリギリの時間を見計らって、舞は 通信機の前に腰掛けると、自分の従兄で上官でもある芝村勝吏準竜 師に連絡を取った。
「……以上の陳情を頼む。発言力は以下の通りだ」
「───いいだろう。妥当な陳情だ…直ぐに手配をする」
準竜師の返事に舞は小さく頷く。やがて、通信機がぷつりと音を立てて 切れると、視線を動かして小隊メンバー表の「取得技能一覧表」を見た。

「……ふふふふ」

ある人物の技能表に取得済みの記号が付いた「戦車」技能の箇所を改めて 確認すると、舞は忍び笑いを漏らす。

「クククク……はははは………」

椅子から立ち上がると、片手で顔を覆うようにする。だが、その不気味な 笑い声は止まらない。

「ハーッハッハッハッハ!」

……まるで、何処かのネジが1本外れてしまったかのように 「三段笑い」をかます芝村の姫君を、 善行と加藤のふたりは、小隊長室のドアからおそるおそる覗っていた。



翌日。
小隊長室の掲示板に、次のような辞令が張り出されていた。

 配置換え  次の者を以下の部署に変更する。
 芝村 舞   スカウト
 来須銀河   3番機パイロット


大股に歩を進めていた来須は、舞の姿を見つけると、ヅカヅカと靴音を鳴ら せてプレハブ校舎の壁際に追い詰めた。
「…どういう事なのか、説明してもらおうか」
「何をだ」
「とぼけるな」
壁を背にしたまま飄々と答える舞に、来須は柳眉を逆立てると、先程掲示板 から剥ぎ取ってきた辞令を(註:剥がしちゃいけません) 舞の目の前に突き出した。
「……そのような辞令が出たのならば、従わなくてはならぬな」
「───陳情したのはお前だろう!」
怒りに声を震わせながら、来須は舞の上着に手を掛けた。
「…ノー!来須クン、殺しはイケマセーン!」
ただならぬふたりの様子を見つけたヨーコが、慌てて来須を止めにかかった。
後ろから羽交い絞めにすると、どうにか義弟の動きを封じ込む。
「……守護者が被守護者を『ねっくはんぎんぐつりー』 でくびり上げるなど、前代未聞だぞ」
わざとらしく咳き込みながら、舞は横目で来須を睨んだ。
「…原因を作ったのは誰だと思っている」
「まあ、私の話を聞け」
未だ怒りの冷めやらぬ来須に向き直ると、舞は腕を組んで真面目な表情を 作った。
「私は、別にそなたの職を奪おうとした訳ではない。私は、自分の戦い方 を士魂号の中だけではなくて、この身をもって試してみたいと思ったのだ。 戦車などに乗っていると、どうしてもそれに頼りきってしまう怠慢な自分 が顔を出して、つい単調な戦術ばかりを繰り返している時がある」
真摯なヘイゼルの瞳に見つめられて、来須は少し怒りを静めた。帽子を被 り直すと、黙って舞の声に耳を傾ける。
「そのように考えていた矢先、そなたが戦車技能を獲得した。若宮は未修 得だったし、そなたには申し訳ないと思ったが、部署を交換する形で、士魂 号以外で幻獣との戦い方を身に付けようと思ったのだ。勿論、一度だけだ。 一度出撃したら、きちんとそなたと私の部署を元に戻す」
「…約束できるか」
「──誓って。芝村に二言はない」
鷹揚に頷いた舞に、漸く来須は気を落ち着けた。小さく息を吐くと、壁に ついていた手を放して舞から背を向ける。
だがその時、

「あー!芝村さん、こんなトコにおったんかー?」

書類を片手に、事務官の加藤がやって来た。加藤の声に、舞は僅かに表情 を強張らせる。
「あ、加藤サーン。おはようゴザイマース」
「おはようさん。芝村さん、この間注文しと ったスカウト用の武尊と、準竜師はんに頼んどった釘バットのレストア。 無事に終わってさっき届いたから、取りに来てやー」
加藤の言葉に、来須は弾かれたように振り返った。帽子の影に隠れた青い 瞳の不穏な輝きを察知した舞は、踵を返すとその場を離れようとする。
「───待て」
だが、来須の長いリーチが舞の襟首を捕まえた。自分の目の前まで来させる と、極力平静な声で尋ねる。
「お前…確か以前、けったいな武器を芝村から取り寄せていたな」
「…そういえば、そんな事もあったな」
「まさか、それだけの為に……」
再び沸きあがってきた怒りに、来須は力任せに舞の身体を揺さぶった。
「…よ、良い機会ではないか。そなたも、士魂号での戦いを経験する事が 出来るぞ」
がくがくと身体を激しく前後させながら、舞は来須に弁明する。
「それに、スカウトの場合は耐久力がなくなればそれまでだが、士魂号なら耐 久力も高いし、爆破されても脱出すれば歩兵として戦う事が出来る訳だし…」
ぴたりと動きを止めた来須に、舞が指を立ててニッコリと笑う。

「───良かったわね、ぎんちゃん。1回泣けるわよ♪」
「黙れ」

振り絞るように来須が口を開いた直後、鈍い拳の音がプレハブに響いた。



5121小隊に出撃の命令が来たのは、それから3日後の夜であった。
スカウト用のウォードレス「武尊」を身に纏った舞は、相棒が入れ替わって 些か不安そうな若宮をよそに、武器である「超硬度釘バット」を嬉しそう に手入れしていた。
「…芝村さん。悪い事は申しません。レールガンに乗っていきませんか」
半分諦めも混じっていたが、それでも若宮は控え目に提案する。
「何を言う。それでは、思い切り戦えないではないか。何もスキュラ&ミノ タウロスご一行様が控える阿蘇特別戦区でもあるまいし。今回の敵など、こ いつで充分だ」
「それでもですね……」
「何だ」
「いないんですよ」
「何がだ」
「───友軍が一機も」
心底嫌そうに、若宮はげっそりと答えた。

「はーい、こちら熊本水俣戦区。ゴブリンからミノタウロスまで、バラエ ティにとんだ幻獣の気配がぎゅんぎゅんしまぁ〜す♪」

指揮車のスピーカーから、殆どヤケクソじみた瀬戸口の声がした。
「瀬戸口くん。真面目にやって下さい」
厳しい顔で、善行が瀬戸口に注意する。瀬戸口はマイクのスイッチをオフ にすると、
「ふざけたくもなるさ!何なんだよ、今回の戦闘!友軍は一機もいないわ、 支援要請は断られるわ、俺たちに『死ね』って言ってるようなもんじゃね ーかよ!?」
計器をバンと叩きながら声を荒げる瀬戸口に、善行は胃を押さえながら返 事をした。
「…私も、まさかこんな事になるだなんて、思ってもみませんでしたよ。 スキュラがいないのがせめてもの救いですが……ああ、東原さん。すみま せんが、そこの救急箱から胃腸薬を出してくれますか」
「はーい」
ののみから胃腸薬を受け取りながら、善行は大きなため息を吐く。

戦況は決して劣勢な訳ではない。だが、何故だか今回に限って友軍は他の 地区に出払ってしまい、曲射砲支援も航空支援も駄目出しをされた。
業を煮やして上官である芝村準竜師に通信を入れたが、「今回ならそな たたちだけで充分だ」と、根拠のない太鼓判を押されてしまった。
そうは言っても小隊の戦力は士魂号3機にスカウト2人、それに自分の 指揮車だけである。一体これだけの戦力で、20体近くの幻獣を相手にど うしろというのか。

『善行。そなたは心配をしすぎだ』
その時。指揮車の通信機に、準竜師の直通回線が入ってきた。
「じ…準竜師!」
薬を飲む手を止めて、善行は慌てて通信機に手を伸ばす。
『二度は言わん。今回の戦闘は、必ず勝てる。しかも余裕だ』
「───し、しかしですねぇ…」
『何の為に、我が従妹があの武器を取り寄せたと思う?』
いつもの調子で手を組みながら、準竜師は不敵な笑みを浮かべる。

『アレを手にしたあいつは無敵だ』
確信に満ちた表情で、準竜師は低く呟いた。善行たちの返事も待た ずに通信が切れる。
「……身内の贔屓も程々にして欲しいものですねぇ」
コクリとミネラルウォーターを飲むと、善行は憮然とした顔で頬杖を つく。その時、

『わーっ!何やってんですかーっ!?』

受信機に、若宮の慌てふためいた声が轟いた。


舞は、ウォードレスの後腰に装備していた手榴弾を取り出すと、左手で 釘バットを構えながら(作者註:当サイトの芝村さんは左利きです)、前方 にたむろしている小型幻獣の集団に狙いを定めた。

「止めて下さい!そんな釘バットで手榴弾打ったりしたら、どーなると思 ってんですかーっ!」

もはや今の若宮にとっては、20余りの幻獣たちよりも、目の前の芝村の姫君 の方が脅威以外の何物でもなかった。
若宮の抗議を無視すると、舞はトスバッティングの要領で釘バットを振り かぶる。うああ、と若宮が声を上げるのも束の間、バットに無数に取り付け られた釘のひとつが、器用に手榴弾の安全装置を外した。
そのまま弧を描きながら、幻獣の集団へ吸い込まれていく。
爆音と共に、幻獣たちが苦悶の叫びを上げた。
「行くぞ。友軍もいない、支援もない。いわばここは我らの独壇場だ!」
躍動感に満ちたヘイゼルの瞳を輝かせながら、舞は幻獣のたむろする戦場へ と歩き始めた。舞の気配に気付いたゴブリンが、敵意に満ちた声を上げると、 自分に攻撃を加えた人間に牙を向こうと足を踏み出す。
だが。
釘バットを片手に背負いながら、こちらに悠然と歩を進める舞に、ゴブリン はぴたりと動きを止めた。禍々しいほどに鈍く輝いた赤い目玉が、彼女の鋭 い眼光に完全に迫力負けしている。

「……バカな…幻獣が怯えているだと?」

目の前の光景に、若宮は呆然と呟いた。長い軍隊生活の中で、幻獣が人間に 恐れをなしているなどと、初めて見るものであった。
───それ以前に、幻獣をビビらせる人間というのも、貴重どころか奇特な 存在であるのだが。
背中を向けて逃げ出そうとするゴブリンの脳天に、舞の釘バットが炸裂した。

「…たわけが。恐れをなして逃げるくらいなら、はじめから挑発的な態度を 取るでないわーっ!」

「ヒイィーッツ!」


……幻獣に口があったとしたら、きっとこのような悲鳴を上げていたであろう。
否、それ以前にこんな恐ろしい釘バットを持った人間と戦おうと思う前に、 降伏を申し出たかも知れない。
「…ゴブリン・ゴブリンリーダー・ナーガ。立て続けに釘バットにやられまし たぁ。強いです、芝村機。幻獣以上に危険なオーラがぎゅんぎゅんしま ぁ〜す♪」
「うわぁ〜い。たかちゃん、まいちゃん絶好調だねぇ♪」
もはや自軍の誘導もそこそこに、戦闘の実況係と化した瀬戸口とののみは、指揮 車から緊張感のない声を張り上げる。
「───ふたりとも。きちんと戦況を報告しなさい」
胃腸薬を飲み終えた善行は、ミネラルウォーターのボトルを置くと、小さく息を 吸い込む。

「あれは正式には バット葬というのですよ」

理不尽すぎる芝村の上官と部下の振る舞いに、ついに善行は開き直ったようで あった。


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