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| 邂逅の光景 act2 回帰する痛み |
小柄な姿態から繰り出されるとは思えぬ鋭いショット。綺麗なフォームが哀しい程、鮮やかな残像を映し出して行く。壊れて尚、追いつけない綺麗なフォーム。崩れてしまえばと不意に思う。もうラクになっていいと願う。けれど、どれ程壊れてしまっても、崩れない強さが、やはり綺麗なのかもしれない。そう思えば、救われないと、桃城は自嘲する。 自分も、リョーマも、見守る周囲も何もかも。立ち尽くす儚く脆い足場。踏み締め立ち尽くして尚実感がない不安定なソレ。 リョーマはあれから何事もなかったかのように、英二相手に、与えられた練習メニューをこなしている。英二も、何事もなかったかのように、淡々とした笑顔を湛え相手をしている。 気遣わしげな視線を感じてはいても、リョーマがソレをそうと意識する事はない。彼は何も知らないのだから、何も覚えてはいないのだから、当然だろう。自己が佇む位置の不安定さなど何一つ。彼にとっては何一つ変らない日常が、彼の悲しみを無視して繰り広げられている。その程度の事で、記憶に何一つ残りはしない。 いつだってそうだった。 何も映さない双瞳が、桃城により自己を修復されるリョーマは、前後の文脈を綺麗に無視する形で時間を擦り抜けて行く。 補完される事は何一つないのに、一時的な修復だけを施されて行く。自分の立つ位置に戻りながら、その位置に疑問を感じない不安定さは常に付き纏う。削り出され細くなって行く切っ先の上に立つ、強度など何一つ存在しない不安定さが、砕け散る一瞬の映像を垣間見せるから、誰の胸をも不安にさせる。 足許の固定されない強度一つない脆さ。その哀れさや儚さ。そう言った、彼の身の裡から殺ぎ落とされていくナニかが、見えない部分でゆっくり彼自身を蝕んでいく光景だけが、生々しく判る事だった。そのくせに、いつか砕けて行く水晶のような綺麗な脆さが在る。それが紙一重的な刹那だからこそ、薄くなっていくナニかが綺麗に映る。脆く壊れて行く儚さじみて、綺麗な程哀しい。 壊れて行く心。躯が壊れていかないのが不思議な程だ。 もっとも、彼にとってはそういった行動自体が記憶に残らない部分での、意識の外での事でしかないから、寝て起きて、授業を受け、テニスをして。そういった日常の時間が全てで、身の裡から、削り出されて行くものがあるのだとは、知る筈もない。 だから、こうして英二とラリーする前の事は何一つ覚えてはいなくても、不思議ではなかった。周囲がどれ程気遣わしげな悲しみを向けてたとしても、その意味など、推し量れる筈もなかった。 |
「休憩ッ!」 端然とした部長の手塚の声が、コートに響く。 その声に、テニス部員の面々は練習メニューを中断し、休息に入って行く。 夏の緑の眩しい季節は、放課後数時間を費やし漸く暮れつつあった。各校の偵察隊も一人二人と減って行き、今はコート周辺に他校の生徒の姿はなく、いつの間にか、千石と神尾の姿も消えていた。取り敢えず、リョーマが戻ってきた事によって、安心したのだろう。 彼等は青学テニス部の抱える事情を、よく心得ていた。 手塚の声に一斉に練習が中断される。その様を見れば、いかに手塚が部長として、部を統率しているか窺える。 コートの外に在る水道に駆けて行く者。ペットボトルに口を付ける者。様々な形で休息タイムに入っている中。桃城は気遣わしげな視線をリョーマに投げ掛けている。決して近寄る事はない。ただ、視ている。気付かれない程度の視線と労りで。 だからリョーマの不安定な状態にいち早く気付いたのは、桃城だった。 「越前ッッ!」 意識するより早く、気付けば駆け出していた。声は後から付いて行く。 ダラリと力の抜けきった腕から滑り落ちて行くペットボトルが、足許に小さい音を立て転がって行く。流れて行く液体が、土に染み込んで行く様は、まるで鈍い染みのようだ。 傾く小さい躯。フワリと落ちる白い帽子。 整備されたコートに叩き付けられる小柄な躯を想像しては、心臓が鷲掴みにされ、腕が限界まで差し伸ばされた。 桃城の声に、周囲の誰もがリョーマの状態に気付いた。どれ程離れた場所に立っていても、桃城は常にリョーマを視界にとどめている。リョーマの相手をしていた英二より誰よりも。 どれ程離れた位置に立とうとも、リョーマの状態を誰より素早く見抜いて駆け付け支えるのは、いつだって桃城だった。 手塚の声が、耳に異様に大きく響いて聞こえ、一瞬にして緊張感が躯から抜け落ちて行く。振り上げたラケットに当たるボールは、けれど受け止められる事なくコロコロコートを転がり、それを視線で追いながら、リョーマは額の汗を拭った。 暑い…。 当然だ。今の季節。長袖のレギュラージャージを、リョーマは決して脱ごうとはしないのだから。その暑さの中。ラリーを続けて入れば、脱水の一つや二つ、起こすだろう。 足許が不安定で、躯が水分を欲しているのが判る。ベンチに置いてきたペットボトルを飲もうかと、脚が意識するより早くベンチへと向かう。躯というよりも、細胞の一つ一つが、水分を欲しているのが奇妙に判る。枯渇しているのだ。 視界が定まらない。グラグラ揺れていて、焦点がぼやける感じがした。歩いている実感が乏しい。それでも脚は交互に動いて目的地まで歩いている。端から見れば、きっと何でもない様子に映るだろう。 テニスバックからタオルを取り出し汗を拭い、リョーマはボトルに口を付けた。土に水が染み込むように、急速に水分が細胞に染み渡る感じがした。二口、三口スポーツ飲料水を飲んで、ホッと深い吐息を吐いた。 ボンヤリとした視界は相変らずで、視界に映る全てが無機質に映る。確かに映っているのに、映ってはいない不可思議な感触は、映像をフィルターを通して見ている気分だ。 視えるけれど、意識して瞳に映して認識するという作業が、今のリョーマには欠落している。ただ光景の一部として、周囲のものを瞳に映しているにすぎない。視界に映る緑も、人も。溶け込む光景の一部、光景を構成する、額縁の部品にすぎない。 何故、と思う。 何故、自分はこうして立っているのだろう?何事もなかったかのように、立っている事ができるのだろう?喪失してしまったと言うのに……。大切な、たった一つ。たった一人。 綺麗に包み隠す事には長けていた。向けられる優しさと、隠されている笑みの向こうの想いに気付かないフリをして、その優しさに包まれる安堵に、時間はこうして一定の方向に流れていくのだと、疑っていなかった過去。 突然断ち切られ、喪失してしまった大切な人。彼の人が喪失して、心が壊れる程泣いたと思うのに、それでも自分は結局こうしてテニスをしている。誰が死んでも何一つ変わりはしないのだと、所詮他人の死は他人のものでしかないと言う現実を突き付けられて。もう何事もなかったかのように、日常に溶けている。心なんて、何一つ修復されてはいないと思うのに。 何故、自分は平気なのだろう? アノ瞬間には、心が潰れてしまったと思ったのに、日常なんて何一つ変りはない。そうして、きっと忘れて行くのだろうか?どれ程の願いも届かない淵に追いやられて、しまうのだろうか? 優しくなどなかった。気付かないフリばかりして、向けられる優しさを独占して。応えなかったくせに、自分に向けられる想いが失われる事など考えもしなかった傲慢な思考。日々は続いて行くと、疑う事も知らなかった無知さ。 視界を染める鮮やかな赤。アスファルトに流れる汚物のような赤い液体。 いつだって、思考と想起は其処で中断され、綺麗に切断される。現実的な明確さは欠いて行くくせに、切断面が視えるかのような明瞭さは、一体何だと言うのだろうか? 肉に乗る血と腐臭。想起は急速に境界線を欠き、見えると思う切断面は不明瞭になり、思考も視界も奪われて行く。 揺れる視界。定まらぬ思考。欠けて行く視界に、夕日が映る。 アノ日と変らぬ綺麗な夕日。赤い、血の色と同じ、一日の終焉を知らせる、鮮やかな残り火を連想させる綺麗な光。 どうして…。 自分は平然と、テニスを続けているのだろう?日常を生きているのだろう? 泣いて泣いて、心なんてとっくに壊れたしまうと思う程泣いたと思うのに、実際壊れてくれる事もなくて。 誰がどれ程失われてしまっても、所詮それは他人の死だ。 どれ程焦がれて泣いても、そんなものがどれ程流れて細胞を溶かした所で、失われてしまった人は二度と還らない。自分を傷付け血を流してみせた所で、引き換えれるものなど、何一つないのと同じだ。 気分が悪い。歪んでいく視界に、思考は何一つ纏まらない。判っている事は、自分は彼の人が喪失してしまった今でも、こうしてテニスをしている事。何もなかったかのように日常を生きているという、単純な事、それだけだ。単純すぎて笑ってしま程、単純な事実の一つが転がっているだけだ。 「越前ッッ!」 遠くに聞こえる声。悲痛なナニかを滲ませ叫ばれる声。 傾く視界に映る夕日。駆け寄って来る人影が映る。 『あんたじゃない……』 欲しい腕は、欲しい言葉は、何一つ違う。良く知る見知らぬ他人。大切な人の居場所を巣喰う見知らぬ他人。 「桃先輩……」 急速に、力が抜け落ちて行く。 応えられなかった。いつだって時間は未来へと続いて行くのだと、バカみたいに信じて、結局大切な言葉一つ語る事はできなかった。 綺麗に隠されている笑みの優しさ。大切に、大切にされていた事など、知っていたのに。柔らかい静かな笑みに気付かないフリをして、応える切っ掛けを永久に絶たれてしまった。 優しくなんて、なかった。大切にされていて尚、甘える事しかできなくて。 足許に転がるペットボトル。流れて行く液体が、土に染み込み、鈍い染みを形成する。 想起される恐怖の淵。永久に、繰り返される再現と環状。 「越前ッッ!」 急速に、耳にはっきりと落ちて来る声。 「違……う……」 似ているけれど絶対に違う。認められる筈はない。 奪われていく居場所、大切な人の。 忘れないで、いないと、自分だけは。誰が忘れても、アノ優しい想いをくれた人を。 応える事はできなかったからせめて。忘れないで、いないと。自分が忘れてしまったら、もう二度と彼とは逢えない。どれ程胸を潰す悲しみばかりが押し寄せたとしても。 覚えて、いないと……。 ちゃんと…ちゃんと…覚えてないと。悲しみも恐怖も取り残されて尚。 「…桃…先…輩………」 覚えているから、忘れないから。 忘れない事と覚えている事は、似ているようで違う。記憶される事実を正確に忘れず、覚えていられる事は、実際は皆無だ。ソレは主体に都合のいいものへと変質して行くばかりだ。 恐ろしい記憶の淵でしか、逢えなくても。 痛みがもう二度と失えない絆なのだと、漠然と意識する。 回帰される痛みこそ、救いなのだと、判った気がした。 「越前ッッ!」 叩き付けられる寸前で、差し出した腕に、重さの感じられない薄く細い姿態が引っ掛かる。受け止めて、桃城は長く深い安堵の溜め息を吐き出した。 「オチビちゃん」 「越前」 英二や堀尾達が、慌てて駆け寄って、リョーマを受け止めた桃城の周囲に集まった。 ゆっくりと、桃城が片膝をコートに付け、リョーマの姿態を抱き直す。 リョーマには一回り以上大きいレギュラージャージ。長袖のソレを、リョーマは決して手放さない。どれ程の暑さの中でも、脱ぐ事なく練習をしている。そんな事をすれば、具合が悪くなって当然だ。 「越前……」 血の気の失せた綺麗な貌。蟀谷と末端に脂汗が浮き、冷えている。苦しげに交睫している長い睫毛が、白い瞼に色濃い翳りを落としている。 痛々しい程、薄い姿態には体重が感じられない。 一見すれば、躯は機能しているだろう。けれど、心が壊れて躯が無事な事はないのだと、改めて桃城は悟った。 苦しげに呟やかれた声。ソッとソッと、節の在る長い指先が、乱れた前髪を梳いてやり、ジャージをゆっくりと脱がせた。 「保健室に、寝かせてきます」 「桃城、ついててやれ」 「俺は…無理っすよ」 手塚の台詞に、桃城は歪んだ苦笑で応えた。 覚醒して、一番に見るのが自分では、リョーマは納得しないだろう。 「でも、多分桃がついてるのが、一番いいよ」 副部長の大石が、柔らかい声で桃の肩を叩いた。 「無理ですよ。こいつの神経、逆撫でるだけです」 ボロボロの躯と心を、漸く保っているのだ。覚醒して一番最初に視る顔が自分では、余りに哀れだ。 否定されている事が哀しいのでも、辛いのでもない。自分の存在が否定されているのなら、消える事など簡単な事だ。それがリョーマにとって一番の最善策なら、遠ざかる距離が代償でも構わない。未練などない。そんな簡単な代償で取り繕えるのなら、幾らでもいい。消えてやる事など、簡単な事だ。 「それでもだよ。桃じゃなきゃ」 片膝を付いて、小作りな顔を覗き込みながら、不二は口を開いた。 こうまでして、恐怖を手放す事なく、頑なに守っているのだ。 『ヤダッ!桃先輩ッッ!桃先輩ッッ!』 気が触れたように、叩き続けた硝子の扉。皮膚が傷付き血が流れても。ただ無心に叩き続けていた。骨が砕けても、きっと叩き続けていただろう。 骨が砕けてテニスができなくなっても。アノ時のリョーマに、そんな計算ができる筈もない。 『桃先輩ッッッ!』 血に濡れた嗚咽と叫び。痛々しい程の慟哭。 「彼をどんな意味でも呼び戻せるのは、桃だけなんだからさ」 願いも祈りも遠いものだと知っている。 ただ願いが伝わるとしたら、補完もされない修復過程で、なお抉り出されていくリョーマの心の一部が、常に回帰する桃城以外には届かないものだ。 「忘れる事なんて本当は簡単な筈なのに、彼を見ていると、必死に忘れまいってしてるように見えるね」 精神の救済作用は、今のリョーマには遠いものだ。むしろ忘れてしまう恐怖の方が、恐ろしいのかもしれない。 ラクになる筈の事が、きっとリョーマには苦痛で恐怖で、恐ろしい事なのかもしれないと、漠然と思った。 「忘れる方がラクなのに、彼も随分頑固だよね」 血の気を失った綺麗な面差し。たった一人を今でも無心に求めている。 「桃、早く連れてって上げなよ」 気遣わしげに、英二が声を掛ける。困ったような桃城の顔が、助けを求めるように英二を窺った。 「嫌だよ」 「……英二先輩」 「代わってやってもいいけどさ。オチビちゃんは、結局桃だけだし」 泣かれるの、辛いんだよね、英二は肩を竦めた。 「桃城、お前の義務だと思え」 酷な事を言っている自覚はある。けれど、どれ程の悲鳴を上げ泣いても、リョーマは桃城の言葉にしか反応はしない。呼び戻すと言う意味は、そういう意味で作業だ。 補完されない修復作業。酷な事だと、判っている。誰にとっても、救い一つにもならない。 桃城は、肩を竦めて自嘲とも苦笑とも付かない歪な笑みを刻み付けると、驚く程重さを感じさせない軽い躯を抱き上げた。 コトンと、擬音が聞こえた気がした。小さい頭が、肩に凭れる。ダラリと伸びた腕。一切の力が入っていないはずの人間を抱き上げれば重い筈のソレは、恐ろしい程軽い。内側に、在る筈の中身が詰まっていないかのように、軽くて薄い、抜け殻…。 以前は、こうして抱き上げる事などなかった。具合が悪そうな局面に立ち会っても、けれどリョーマは支えられる事なく、自分の脚で、歩いていた。 強きで勝ち気で、決して曇る事のなかった双眸の強さ。 リョーマを何より綺麗だと実感させるその薄い蒼みを帯びた双眸。けれど今は閉ざされ、開かれてもなお硝子の脆さを映す光。砕け散る一瞬を連想させる、脆い蒼。 保健室のベッドに横たえた小さい躯。適度に空調の効いた室内。薄いタオルケットを掛け、かつて自分のものだったレギュラージャージを上から掛けてやる。アノ時取り上げられたラケットは、今はリョーマのテニスバックに入っている。一時も手放す事のないソレ。取り上げたら、破壊されるだろう脆さ。 ベッドサイドに椅子を引き寄せ、ドサリと腰掛ける。 瀟洒な白皙の貌を、素直に綺麗だと思う。思えば、情後以外で、彼が無防備に自分に寝姿を曝した事は一度もないと気付いた。 「忘れろよ、俺の事なんて」 サラリと、乱れる前髪を梳き上げて、慣れた仕草が瀟洒な輪郭を辿って行く。 「忘れていいんだからな…」 誰にとってだって、忘却は精神の救済作用だ。一番手っ取り早く、心がラクになれる作業の一つにすぎない筈だ。風化させる事なんて、とても簡単な事の筈だ。 「簡単な事、だろ?」 とても単純な内界での取引作業だと言うのに、何を頑なに拒んでいるのか?桃城には判らなかった。 梳く髪からゆっくり瀟洒な輪郭を辿って指先が落ちる。 力の抜けきっている細い腕を掬い上げると、自分より小さく細い指先を包むように握り締め、願い祈りを捧げ、告解する信者のように、額付く。 「笑っていてくれよ…」 頼むから……。 苦しげに紡ぎ出される言葉を、けれど聞く者は存在しない。 校医は用事があると職員室に行っている。他の生徒は誰も保健室を利用してはいない。二人だけが、取り残されていた。 救いは、誰にとってもの救いは、何処に在るのだろう? 癒される事のない救済。補完されない修復など、決して癒しでも救いでもない。 遠のく祈りと願い。 無駄な事をしているのだろうか?埒もない、繰り言をだろうか?考えてみても判らなかった。 命程度で済むのなら、幾ら差し出しても構わないと思うのに、現実は明確にソレが無駄だと突き付けてくる。 回帰なのだと、不二は言った。けれどいつだってリョーマが回帰していく場所は、痛みと恐怖の淵に思えた。 「ダレか……」 それこそ繰り言のように繰り返す。バカみたいに、繰り返した。 この願いの名前を何と呼べばいいのか?桃城には判らない。ただひたすら祈る事しかできない願い。 救い出して優しくしてやってほしい。誰でもいいのだから。大切に…大切にしてくれたなら。そのテニスの才を惜しみ無く伸ばし、大切にしてくれるのなら誰だって構わない。 リョーマの身の裡からゆっくり削り出されて行くものが、いつか削り出し殺ぎ落と部分もなくなって、細くなった切っ先が、折れてしまう前に。脆弱な強さが在る内に。 包み込んだ掌中から、ゆっくりと手を放し立ち上がる。 誰もが付いていてやれと言ったけれど、付いていない方がいいだろう。そう判断する。戻ったら校庭を走らされるだろうか?半瞬考え、苦笑する。 「早く忘れろ」 呟くと、サラリと愛しげに髪を梳く。リョーマに背を向ける一瞬。窓の外の夕暮れに視線が移った。 暮れ始めた太陽が、綺麗に地平線に消えかかっている夏の夕暮れ時。 思い出すのは、アノ日のリョーマの血に濡れた悲鳴だった |