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| 「オ〜〜イ越前、来たぞ」 門から見渡せる広い庭には、初春を匂わせる緑がチラホラ覗かせ始め、何処はとなく沈丁花の香りが漂い、春の訪れを告げていた。 「相変わらず、デケェーなぁ」 自転車に跨がったまま、門から覗く庭を見渡した。 簡素な住宅街の中でもリョーマの家は完全に日本屋敷の建築をほこっているし、門から玄関までは石畳が敷き詰められている日本建築になっている。庭は庭園と呼べそうな程に広いし、父親が寺の住職代理をしている事もあって、家のすぐ裏は寺が在り、寺の境内の片隅にはテニスコートまで整備されている。 リョーマには、確かにテニス三昧の環境が提供されていた。資質と環境というのは大切で、資質があってもそれに見合う環境が提供されなければ、生来持ち合わせている資質は伸びない。その点でも、リョーマは恵まれた環境なのだろう。尤も、それが選択してきた道であればの話しだれど。 「桃先輩」 西高東低、完全冬型快晴の3月3日日曜日。ガラリと開かれた二階の窓から覗く顔は、叫ばれて今起きた顔をしていた。 「オイ越前、お前なぁ〜〜」 自転車に跨がったまま桃城は、予想していたのだろうリョーマの姿に苦笑する。 白地に鮮やかなブルーの色彩で描かれている魚のパジャマを着たリョーマが、寝癖も露に寝ぼけ眼を擦り擦り、門の前に立つ桃城を見下ろす。そんな無防備な姿に、桃城は益々苦笑を深めた。 「桃先輩、上がって来ません?」 小さい欠伸を一つすると、リョーマは門の前、自転車から降りる事のない桃城に声を掛けた。 「パス、今上がっちまったら、お前の事だから、結局行かないってゴネるだろ」 今日の目的は、元々昨日のリョーマの台詞から始まっている。『桃の節句』クラスの女子が話していた言葉の意味が判らずに、リョーマは昨日の練習終了後、桃城に尋ねたのだ。 『ねぇ先輩、桃の節句って、何?』 『オチビちゃんは、『桃の節句』の『桃』の部分が、ひっかかったんだよねぇ』 図星だ。 クラスの女子の会話に興味など持たず、授業終了後の短い休み時間、机に突っ伏し居眠りを決め込んでいたリョーマの耳に、突然飛び込んで来た言葉だった。 『明日は雛祭り、桃のお節句よね。何処か行く?』 『ウチ来ない?雛祭りしようよ』 『ウン、行く行く』 突然耳に飛び込んできた『桃の節句』の言葉。 菊丸と不二に意味深に笑われたように、リョーマは『桃の節句』の『桃』の部分に、引っ掛かりを感じたのだ。それが何故かと愚問する者は居なかった。リョーマにとって『桃』と言うのは先輩の桃城の事しか思い付かない。そんな事は、今更誰の眼にも明らかだったからだ。それこそ愚問というものだ。 『えっ…越前君……?』 ガバッと机から顔をあげ、会話していた女子を凝視すると、視線に気付いた女子は、何事かと狼狽と動揺を現しリョーマを窺い見た。けれどリョーマはその言葉の意味を女子に訊く事はなく、半瞬だけ女子を凝視すると、再び机に突っ伏した。 『ねぇ桃先輩、桃の節句って何?』 『アメリカじゃ、雛祭りなんてねぇか』 そして今日、リョーマは妹の在る桃城の家に、雛人形を見に行く事になった。 『桃先輩、明日はウチまで迎えに来てくれるの?』 『もぉ下僕とでも何とでも言ってくれ』 そして今に至っている。 桃城はわざわざ自分の家に雛人形を見に来る後輩をこうして迎えに来ているのだから、周囲から『アッシー』だの『下僕』だの言われても、反駁の一つもできない自覚の一つや二つ、持ち合わせていた。 所詮自分がしたくして世話をやき、手を出した後輩だ。 生来の性格なのか、アメリカで培われてきた性格なのか、リョーマは個人主義の能力主義で、団体行動が苦手だった。それが時折周囲と摩擦と軋轢を生みはしたが、入学から1年も経てば、彼のクールな個人主義に悪意はない事も判っているし、自分にも周囲にも無頓着な性格も理解され、今ではほどなきを得て周囲と適度なコミュニケーションが成されていた。 けれど勝ち気で負けん気の強いリョーマが、無自覚な無防備さを見せる相手は極限られて、桃城の前でだけは、歳相応の表情を覗かせる事を知っているのは、やはり極少数の人間に限られる。 「待ってるから、早く支度して来いよ」 仕方ねぇ奴、苦笑すると、 「うぃ〜〜す」 窓を閉めると、手早くパジャマを脱ぎ捨て、ベッド脇のくくり付けのクローゼットから適当な服を引っ張りだした。 「オイ少年、お前も良い根性してんな」 「何?」 階段を降りると、其処には意味深に笑う父親が待っていた。ニヤリと笑う笑みに、半瞬嫌そうに眉を顰め、けれどリョーマは相変わらずの無表情で父親の笑みを黙殺した。 「先輩迎えに来させるか普通?」 昔から体育会系は上下関係が厳しい事で有名だ。それは今とて大差ないだろうと南次郎は思う。けれど自分の息子と、その先輩というのは、可笑しい関係だと思わずにはいられない。 何を好き好んで毎朝毎晩、後輩の送り迎えをしているのか? 甚だ疑問の残る所だった。 社会に出てしまえば大した意味を持たない1年の差は、けれどこの年齢だからこそ意味を持つ事を、南次郎は経験で理解している。 年齢に不釣り合いなテニスの技術。それだけでも周囲からやっかみの対象になる筈で、得て加えて息子の個人主義な性格は、周囲との摩擦に拍車を掛けるだろうと予想していた。けれどリョーマを取り巻く環境は、南次郎が危惧していたものとは大凡、良い意味で外れていた。流石自分に『世界を目指せ』と背を押してくれた竜崎スミレが顧問をしているテニス部だと、内心苦笑する。 「先輩だけど、先輩じゃないから」 父親の感慨など素知らぬ顔で、リョーマはシレッと口を開く。 「彼氏か?」 酷薄な口端でニヤリと笑う。 「当たらずしも遠からず」 「否定しねぇんだな」 リョーマのシレッとした台詞に、父親の南次郎はクツクツと喉の奥で潜んだ笑いを漏らす。 周囲にも自分にも無関心で、無頓着なリョーマが、どんな意味でも人に感心を寄せるのは珍しい傾向だった。どんな意味でも他に眼を向ける事は、悪い事ではないだろう。 「肯定もしないよ」 「まぁさしずめ、アレだな」 いつの間にかリョーマの足下に戯れ付く愛猫カルピンを見下ろし、南次郎はクツクツと笑った。 「ねこじゃらし」 「………どっちが?」 「愚問だな」 「バカ親父」 ボソリと毒づいた。 足下に戯れる愛猫と自分を交互に見詰め、次にニヤリと笑う父親を見れば、台詞の意味など考えなくても判る。 とどのつまり、自分がネコだと言いたいんだろう。ねこじゃらしに戯れ付くネコの如く、桃城に懐いている。そう言いたいんだろう。人の性格を犬とネコに分けるなら、自分の性格がネコだという自覚は有るリョーマだった。 「当たらずも遠からず、だろ?」 「桃先輩なんて、下僕に決まってるじゃん」 「お前みたいな小生意気な後輩持って、彼も大変だな」 「アア、でもアレかな?」 足下に愛猫を纏わりつ付かせたまま洗面所へと向けた足が、思い付いたようにピタリと止まり、父親を振り返る。振り返り、 「ネコの所有意識って言うのは、当たってるかもね」 酷薄に笑った。 「………おっかねぇな〜〜」 酷薄に笑う笑み。試合の最中垣間見る、息子の鋭利な眼差しと、研ぎ澄まされた冷ややかさ。熱くなればなるだけ、リョーマは試合最中は凛然とした気配を滲ませる。その気配は日常に垣間見る事は極稀だったが、今はその笑みと酷似する酷薄なモノが滲んでいた。 「オイ息子、今日はこれから俺達も出掛けて留守だからな。悪さするんじゃねぇぞ」 洗面所に消える薄く華奢な背に、ニヤニヤと笑った南次郎が声を掛ければ、 「まだまだだね」 振り向く事なくリョーマは笑う。 「ネコの所有意識ねぇ」 一人残された南次郎が、やはり意味深に笑っていた。 「まったくお前は、時間指定したのお前だろうが」 「だから桃先輩が目覚ましなんでしょ」 「お前なぁ〜〜」 「大丈夫、先輩だって思ってますから。桃城部長って言われるのは、嫌でしょ?」 甚だいい根性だろうリョーマは、登下校の時同様、桃城の運転する自転車の後ろに乗って、あろう事か朝食のトーストを頬張っている。それさえいつもの登校風景だから、もう桃城は小言も言う気力も失せていた。 誰の眼から見ても、そんな上下関係は不思議に映っていたが、今では周囲もそんな二人に慣れていた。所詮人間は慣れの動物なのだろう。だからこそ不二や英二の3−6コンビに『アッシー』とか言われてしまうのだ。それさえ自覚のある桃城だから、何も今更なのだろうし、溺れている自覚の一つや二つ、有るのだろう。 「ヘイヘイ、光栄ですよ」 「拗ねないで下さいよ」 「誰が拗ねるか」 「桃先輩、ちょっと止まって」 「あんだ?」 グイッと肩を引かれ、桃城はブレーキを掛けた。 「ちょっと待ってて」 「オイ、お前何処行くんだ」 自転車が止まった瞬間には、ヒラリと後ろから飛び下り、もう駆け出していた。自分より二回りは小柄な背が駆けて行く先には 「本気かよ……」 花屋が在った。 英二あたりの声が、幻聴となって聞こえて来る気がした。 『愛されてるねぇ桃。オチビちゃん、桃の節句と桃を引っ掛けたんだよ』 「愛されてる、ねぇ……」 駆けて行く薄い背を眺め、独語を漏らす。 愛されているのかと問われれば、とてもYESと肯定は出来ない、微妙な自分達の関係だった。 『好きとか、愛してるとか、メンドウでしょ?』 『しつこいの鬱陶しいし』 『でもまぁ桃先輩なら、いいけどね』 「面倒で鬱陶しいとか言われるとねぇ」 考えてしまわない訳ではない。それでも、懐いてくるし、キスもセックスも拒まれた事は一度もない。寧ろこっちがモラルを心配してしまう程だ。 中学一年生で、去年まではランドセルをしょっていた小学生に、『別にセックスなんて大した事ないし』とか何でもない事のように簡単に言われてしまえば、桃城としてはリョーマのアメリカでの生活が忍ばれてしまう。一体どういう生活を送っていたんだ?ついつい要らぬ心配をしては、リョーマに呆れられている桃城は、けれどリョーマのモラルなど、何一つ言える立場ではないのだ。 『別にアメリカはランドセルなんてないけど』 『だからソレは言葉の文だよ』 『?』 『ア〜〜だからそんな簡単にセックスなんて言うな』 『手ぇ出してきたのそっちのくせに、する事してて言葉に出すなって、日本ってやっぱ変な国っスね』 『ダ〜〜アメリカは児童ポルノや性教育には日本以上に煩せぇくせに、どうしてそうお前は……・』 『桃先輩モラル有るフリしても仕方ないじゃん。どう綺麗に言ったって、する事してるんだし』 『お前なぁ〜〜クールになるなよクールに』 『だったら、どうしたいってんスか?』 煩いッスよ、憮然としたリョーマの端整な顔を、今でも覚えている。 『それとも抱きたくない?』 そう言われれば、反駁は何一つできない桃城だった。 『まだまだだね』 薄い笑み。瞬く眼差しの深さ。挑発的な笑みを浮かべて笑う綺麗な貌。 「とても愛されてるは言えねぇなぁ」 好きとは言われた。けれど好きと言う言葉は曖昧すぎた。 友達として、先輩後輩として。気が合うと言うより、きっとウマが合うのだろう自分達の関係は、未々微妙なものばかりで、判らない。 「まぁ、それも悪くはねぇけどな」 周囲にも、自分自身の事にも無関心な後輩が、それでもこうして懐いてくるのだから、当然悪い気はしないし、多分彼の周りに在る誰よりも、好かれてはいるだろう。 「何ニヤ付いてるんスか?」 不気味っッスよ?そんな言葉が言外に滲んでいる。 数分で、リョーマは花屋から戻って来た。小作りな面差しが、怪訝に下から桃城を見上げている。その手には、数本の桃の花。 「ハイ桃先輩」 「お前なぁ、男に花贈って何が楽しいよ」 新たの苛めか?桃城はついつい眼前の小さい面を覗けば、 「いいじゃないっスか。桃の花抱えた桃先輩。絵にはならないけどね」 「お前なぁ」 「妹さんに」 「それくらい俺も気遣え」 「だから今日、お楽しみとっといてあげたでしょ」 「………」 リョーマの言うお楽しみの意味を考えると、ついつい後ろ向きになってしまう桃城は、常識的なのだろう。たとえ部長の手塚に『青学のクワセ者』と言われてしまっていたとしてもだ。 「大丈夫、俺の家夜まで誰も在ないから、雛人形、見せてくれるお礼」 「お礼ねぇ…」 「不服そうっスね」 嫌なら無理になんて言いませんよ、挑発的に笑う。 「なんかお前には絶対口では勝てない気ぃするな」 「口だけ?」 「やっぱお前、俺を先輩だって思ってねぇな」 悪戯気に笑うリョーマに、桃城はガクリと肩を落した。 「思ってますよ。取り敢えず、俺達付き合ってるし」 「付き合ってる、ね。面倒で鬱陶しいんじゃないのか?」 乗れよと後ろを示し、大凡重力抵抗を感じさせない軽い仕草で背後に飛び乗ったリョーマを確認してから、桃城はゆっくりと自転車を漕ぎ出した。自転車の籠には、桃の花が揺れている。 「『俺のモン』とか言わないから」 「所有意識ね」 お前相手にそりゃ無謀だろ?桃城は肩を揺らして笑った。 「俺は、違うけどね」 「あん?」 小声で呟かれた声に、桃城は怪訝に背後を振り返る。 「前見て、安全運転」 ホラホラと、前を指し示す白くて細い指。けれど細い腕には骨格に沿い、綺麗な筋肉が付いている事を桃城は知っている。 「何だよ?」 「何が?」 「今何か言ったろ?」 「別に、聞こえなきゃいいっスよ」 自分でも持て余す感情には違いないから、余裕なんて有るようで何処にもない。何の余裕もなく構う感情は苦手だった。それでも時折意識の表層を苛立たせる感情を持て余す。それさえ苛立ちを募らせる。そのくせ冷静に思考を修正できてしまうあたり、リョーマのテニスにもその性格は多大に影響しているだろう。 相手の狙いを読み取り、更に裏をかくようなテニスをする。負けん気が強くて勝ち気で、けれど試合は何処までもその性格を反映して冷静だ。試合経験が豊富な事も当然影響しているのだろう。 こなしてきた試合回数なら、きっと青学テニス部の誰より場数をこなしているだろう。 リョーマが全米テニス大会Jr部門、4年連続優勝者だと言う事実を知ったのは、青学テニス部員でも、極最近の事だった。 アメリカテニス界が、リョーマと言う存在を手放したがらなかった事も、事実の一つだ。まして父親はプロテニス界を震撼とさせ、一挙に頂点を上り詰め、突然引退してしまったサムライ越前南次郎だから尚更だ。 リョーマが日本に戻ってきたのは昨年の中学入学時で、その時点でアメリカJr部門4年連続優勝と言う事は、8歳の時から優勝し続けていると言う事で、確かにテニスの申し子と呼ばれても何も不思議ではないだろうし、テニスの王子様と呼ばれても何の疑問にも上らない。現実的にそう呼ばれてしまっても何の疑問も不思議でもないテニス技術とルックスを、リョーマは誇っている。 そのリョーマをしてバケモノと言わせる手塚や不二は、確かにかなりの意味でバケモノなのだろう。自分が三番目のバケモノだと言う意識は、けれどリョーマに自覚は皆無だ。 「何だよ、気になるな」 「桃先輩、ネコの所有意識って知ってる?」 「なんだ?ネコぉ?俺んちはペット飼ってねぇからなぁ」 「まぁ桃先輩、犬だし」 期待してないけどね、リョーマは小さく肩を竦めた。 「なんだそりゃ?」 「犬とネコ」 「アア、犬型の性格かネコ型かってやつか。だったらお前はとことんネコだな。気紛れで気分やで」 「それは菊丸先輩でしょ」 「エージ先輩は、そりゃネコだよなぁ」 プレーもネコだし、そう笑う。 あんなアクロバティックなテニスは、真似は出来ない。重力抵抗を無視している菊丸のプレイを真似出来る者など、そうそう居ないだろう。尤も、世の中には重力の抵抗を受けていないような身軽な者も存在する事はする。氷帝学園にも、そういった選手は存在していた。実際彼と対戦した桃城は、感心するより先に呆れた程だ。 「ってお前な、話逸らすなよ」 リョーマが巧みに話しの筋を逸らしている事に気付かない桃城ではなかった。 「だから別に意味ないって」 「嘘言っちゃいけねぇな」 「嘘じゃないっスよ」 隠している事は有るけれど。 「まっ、お前が言いたくねぇなら、無理に訊きゃしねぇけどな」 相手が相手だ。言いたくないと決め込んだら、口を割る筈はない。無理に訊いても答えは返されない。だったら訊くだけ無駄だった。興味本位と好奇心で、相手の意思を無視する事に意味はない事を、桃城はちゃんと理解している。いるから、無理にリョーマから言葉の意味を聞き出す事はなかった。 「桃先輩って、そういうとことこ、腹立つ」 「お前なぁ〜〜」 我が儘、桃城は呆れた。 「ホラよ」 桃城の家は、今回が初めての訪問ではなかったら、彼の母親もリョーマを見知っていて、明るい声で出迎えた。 父親が公務員をしている桃城の家で、彼の父親の姿を見た事はない。公務員と一口に言っても桃城の父親は警視庁勤務の公務員。それも刑事でなく、捜査一課の管理官職に付いているから、帰宅回数は極端に少ない。その家庭を支えている母親は、いつも明るい。 「お邪魔します」 「いらっしゃい」 細面の美人。その笑みは、桃城と似ている。 「母さんコレ。越前から」 「まぁありがとう。早速活けなきゃ」 息子から渡された桃の花。笑顔で受け取ると、花瓶花瓶と、奥へと消えて行く。 「越前、こっちこっち」 玄関からリビングへと続く廊下。 いつもは玄関から二階の桃城の部屋へと向ってしまうので、リビングに入った事はないかもしれないと、フト気付いたリョーマだった。 「ホレ」 扉を開け促されたリビングは洋間だ。その室内に、不釣り合いな七段飾りの日本人形が有った。明るい日差しが入り込むリビングに飾られた七段飾り。 「和洋折衷になっちまってるけどな。コレが雛人形」 赤い毛氈にズラリと並んでする人形達に、流石のリョーマも眼を丸くする。 「スゴイ」 素直な感嘆が口を付く。 「だろ?」 「初めて見た」 金の屏風にきらびやかな小道具。 「でも……」 ちょっと薄気味悪い…そんな感想も内心で漏れた。 薄い笑み。作り物のの笑い。そのくせ今にも動き出しそうな姿。薄い笑みの向こうに、何を見ているのかと思える人形達。 明るい洋間のリビングより、塵が光に照らされ舞う空間にこそ似合いそうな、仄かな明かりの中にこそ似合いそうな日本人形達。薄い忍び笑いに細めれた眼差しが、薄気味悪い。 「ウチのチビなんて、ちっこい時は、怖いって泣いたぜ」 一揃えに揃った酷薄な笑み。白い面。精巧な小道具。今にも動き出しそうな人形達は、確かに幼い子供には怖い事もあるのかもしれない。 「桃先輩、雛人形って女の子のお祭りなの?」 「そうだぜ。男は端午の節句。5月5日」 「フ〜〜ン」 「お前端午の節句は知ってるよな」 「アレっスよね。鯉幟とか立てるやつ」 「そうソレ。子供の日」 「越前君。お昼食べてきなさいね。散らし寿作ったのよ。和食好きだったわよね?」 ホラ、綺麗よ、桃の花を綺麗に活けた花瓶を持って、リビングへと現れた母親に、リョーマは薄い笑みを造って頭を下げた。 「ったくお前は」 桃城の母親に、リョーマはえらく気に入られていた。 『越前っ越前って、そりゃ武ったらうるそいのよ』 初めて訪れた日。明るい笑みで、持て成された。 『どんな子なのかと思ったけれど、こんな可愛い子だなんて』 可愛いに強調される部分が、微妙に違う気はしたけれど、明るい雰囲気を造っている彼の母親を、リョーマは嫌いではなかった。 「処世術学べったの、誰でしたっけ?」 「お前なぁ、知らねぇぞ」 「?」 「お気に入りだからなお前」 「なんスか?」 「お前、母さんのお気に入り。今日だって家に呼んだったら、そりゃ喜んでよ」 「何で?」 「可愛いから、だろ?」 ニヤリと笑うと、リョーマは憮然となった。 可愛いと言う言葉は、言われ慣れているが、当然男として慣れる事はない。 端整な容姿に小柄な姿態。それでいて勝ち気で小生意気な性格ときたら、可愛いと言われるのは当然だったが、リョーマに自覚はない。 「まぁお前はさ、外見可愛いからな」 「殴られたい?」 「事実の一つだぜ」 「嬉しくない」 「性格はもっと可愛いけどな」 生意気で負けん気強くて、先輩を先輩とも思ってなくって。勝ち気で挑発的に対戦者を視るくせに、テニスのプレイは冷静で。構い倒したくなる衝動で挑発される。 「そりゃどうも」 憮然としたまま、リョーマは桃城の後頭部をベシンとはたいた。 「するか先輩に対して」 「可愛い性格なんでしょ?可愛い後輩だし」 「お前なぁ〜〜〜」 「桃先輩って、菊丸先輩や不二先輩が言うよに、M」 「………」 「桃先輩ってさ、本気で俺の事怒ったりしないね」 「?なんだよ急に」 「別に。そう思っただけ」 「怒ってほしいか?」 「甘やかしすぎとか思わない?」 それだけでも桃城は人が良いのだと思えた。 我が儘な自分に苦笑を深めるだけで、端然としている。だからこそ、腹が立つ。 「思わねぇけど、言われはしたな」 「フ〜〜ン、過去形ネ」 「人間慣れの動物だからな」 確かに最初こそ、同級生の荒井達には言われた事は有った。小生意気なルーキー。 それだけでも、周囲のやっかみは相当だった。それでなくても荒井はリョーマに悪意を持って悪戯を仕掛け、逆に徹底して仕返しされた。そのルーキーを、桃城を筆頭にレギュラーが気にいっている事も、周囲は面白くなかったに違ない。けれどだからこそ、彼等はレギュラーになれない事も、桃城もリョーマも気付いていた。 青学テニス部は伊達に全国区なわけではなかった。テニスにかけるプライドの高さが、彼等を全国区にしている。だからこそレギャラーは練習を惜しまない。そして技術も精神力も高めて行く。部活という中途半端な領域にとどまっているわけではなかった。プロになるとかそういう方向性のものではないけれど、テニスに関してはプロ意識をプレイに望んでいる。だからこそ、リョーマの存在は歓迎された。良い意味での起爆剤だったからだ。その意味に気付かない彼等は、だから中途半端なままなのだ。そんな事は、入学した当初のリョーマにも、すぐに気付いた事だった。 そして桃城は、部長の手塚に『くわせ者』と断言されている程だから、ただ後輩を構い倒している訳ではない事を、極限られた人間は知っていた。最終的には甘やかす事のない男だ。 最初こそ周囲と摩擦を生むリョーマの性格も手伝って、構っていたのは確かだ。桃城自身、その負けん気の強さと、そのくせ冷静に運ぶテニスのプレイを気に入った。先輩風を吹かす事なく、極単純にリョーマを構った。どれ程構い倒し溺れてみえても、桃城は溺れきらない理性的な部分がしっり残されている。それこそ手塚をして『青学一のくわせ者』といわせる部分だ。明るい笑みの背後には、鷹揚と無関心が同義語に横たわっている。それがリョーマには気に入らない部分である事を、桃城は知らない。 「本当、くわせ者……」 ボソリと呟いたリョーマの呟きは、桃城には届かない。 今日の事も、昨日帰宅途中立ち寄ったワァーストフード店で、桜乃や朋香の誘いを受けたとしても、何一つ怒る事はないだろう。甘やかさないという事は、そういう事だ。必ず選択を強いて来る。同級生との交流は必要な事だと以前言われた。もし自分が彼女達の誘いを受けても、笑うだけだっただろう。最終的には甘やかしてはくれない人間だと知っている。 むしろ所有意識を剥き出しにしてくる人間の方が、感情は読みやすい。けれど桃城は違う。どれ程構い倒されても、最後の最後は必ず選択を強いられる。自分達が今こうして在る関係同様に。 「さぁて、どうだ?雛人形、判ったか?」 雛人形を見入ったように視ているリョーマに声を掛ける。 「でもどうしてコレがお祝いなんスか?」 「さぁなぁ、俺も起源なんて知らねぇけどな」 「桃先輩、それじゃ意味ないっスよ」 「お前なぁ、少しは自分で調べてみろ」 見上げてくるリョーマに、桃城は呆れて笑った。 【コメント】 ハハハ、桃の父が警察官ってのは、もう秋月の趣味で〜〜す。ファンブックに公務員とだけ書いてあったんで、心置きなく警察官にしちまいました。ノンキャリで階級警視、一課管理官(爆笑)乾先輩の父親も公務員って事で、なんかアノ人の父って、司法でも警察じゃなくて、裁判所って感じだな…。ってまたそう言う話しかよ自分ッッ! 今回エッチシーンに辿り付きませでした。次回でこの話は終了。でもなんかテニスでの方向性は判った気がする…。リョーマさんのアメリカテニス界のゴタゴタって感じ〜〜? | |||||||||
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