| オマケ其の2 |
「母さんはさ、もし明日世界が終わるって言われたら、どうする?」 「なぁに?リョーマ突然」 久し振りに家族団欒の夕食の席で、リョーマが告げた科白に、母親は箸を止め、息子の顔をマジマジと眺めた。リョーマの突然の科白に、南次郎も箸を止め、けれど母親とは違って意味深な笑みを刻み付け、息子を眺めている。 「別に、この前先輩に訊かれてさ」 別段、母親に訊く必要もない女性雑誌の記事の筈だ。けれどこの母親なら何と答えるのか、珍しくも、リョーマは興味を煽られていた。同時に、不二が何故自分にそんな質問をしたのか、判った気がした。 「それでお前は、何て答えたんだよ」 「別にいいだろ、そんなのはどうだって」 ニヤついた意味深な笑みを投げてくる父親に、リョーマは憮然と答えると、母親に視線を向ける。 「アラ、良くないわよ。母さん聴きたいわ」 「母さん、判って言ってるだろ」 「判ってても、本人の口から聴きたいって事は、あるじゃない、色々」 何一つの想いも、言葉に出さなきゃ伝わらないものだと判ってはいるが、今はそういう類いのものではないだろうと、リョーマは母親の無邪気な笑顔に、訊く相手を間違えたと、深々溜め息を吐き出した。 企業の中間管理職をしている母親は、キャリアウーマンとの噂は高いが、リョーマにしてみれば、家での母親しか知らないから、その噂をとても肯定する気にはなれなかった。飄々とした曲者と父親と、生涯を共にしようと想い、行動する女性だ。性格は、父親を凌駕する飄々さなのだ、実際の所では。それでも、こうして笑う笑みは、時には少女じみた無邪気さと破天荒さを秘めているから、タチが悪い。 「どうせお前の事だから、彼氏を迎えに行って、テニスして。その後はお楽しみってでも答えたんだろ」 「………判ってるんなら、いちいち訊くなよ親父」 「普通は、迎えにきてって言うもんだと思うけど。南次郎君の子供よね、迎えに行っちゃうんだもの」 他人事のように笑う母親に、リョーマは更に脱力する。 母親である以上。リョーマにも母親の遺伝子は受け継がれていると言うのに、まったく他人様の科白だ。それでなくても、母親の、到底タチが良いとは思えぬ原子レベルのものを受け継いで、選ぶ好みの相手まで同じかと、脱力している程だ。 曰く、飄々とした曲者が好み。そういう事になる。 「こいつの辞書に、守るなんて言葉はないからな」 クツクツ笑う南次郎に、リョーマは益々憮然となる。 「だったら親父は、どうするって?」 「俺か?俺は変らないだろ」 「フーン、変らないねぇ」 今度はリョーマが笑う番だった。 「母さんにコソコソ隠れて、水着姿の頭悪そうな女の写真眺めて、楽しむんだ〜〜」 「この莫迦息子」 愛妻に、バレてはない筈はない事など、南次郎とて百も承知だ。それでも、本人を前に断言されては、後々何かと困る事態が持ち上がってしまう。 「南次郎君は昔からそうだったもの。別に今更よ」 「昔から?」 スケベだったのかと、リョーマは呆れて父親に視線を向ければ、南次郎は乾いた笑みを浮かべ、視線を避けている。 「本気じゃないから、ホイホイ声掛けてたわよ。それでも、莫迦な娘には声掛けなかった辺り、ちゃんと計算して声掛けてたわね」 「……オイオイ……」 今更古傷を持ち出すなと、南次郎が些か焦った調子で声を掛ける。けれどそんな事を気にしていたら、企業の中間管理職など、勤まらない。 「まぁ桃城君も、似たようなもんでしょ?」 「……………」 どうしてこうも簡単に見透かすのだろうか?この母親は。 原子レベルで受け継ぐものは多大に有るが、到底血が繋がっているとは思えない。 けれどやはり受け継いでいるものは相当タチちが悪いと、思わずにはいられないリョーマだった。結局、好みは同じと言う事なのだろうかと思えば、悲しくなってしまう。 「そうね、もし明日世界が終わるなら」 「終わるなら?」 「お弁当持って、ピクニックに行こうかしら」 「………」 母親の明るい声に、リョーマも南次郎も、深い溜め息を吐き出した。 父親を凌駕する母親の性格を、未々自分は把握していなかったらしいと、思わずにはいられないリョーマだった。 「仕事行っても、明日世界が終わる時なんて、誰も仕事こないだろうし。だったら、夫婦水入らず、仲良くピクニックでも楽しむしかないじゃない」 音が響きそうな莞爾とした笑みに、母親の偉大さを思い知る気分だった。 「素敵だと思わない?最後も好きな人とちゃんと一緒にいられたら、それはそれで、悪い人生だとは思えないもの」 所詮自分も、この遺伝子を受け継いでいるのだろう。 明日世界が終わるとしたら、自分も桃城の元に辿り着く事しか考えなかったのだから。 「リョーマだって、そうでしょ?」 だから迎えに行くのだろうと、母親は笑っている。 「こいつのは、独占欲強いだけだな」 他人に預ける感情など知らなかった筈の息子は、いつの間にかそんなものも知っていて、辿り着く相手を見付けている。 誰かの為の変化ではないそれは、成長なのだろう。 南次郎は、少しだけらしくない感傷で苦笑した。
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