オマケ其の壱









「桃先輩、集中してよ」
 ゆっくりと下肢を開き、桃城を挟み込み、耳朶から首筋の愛撫に急速に煽られていく快楽の深さ。けれど今は事情が違っていた。
「ってもなぁ」
 指先に馴染んだ肌。テニスなんていうスポーツをしているのだから、その姿態がどれ程華奢でも脆弱である筈はなく、リョーマの姿態は骨格に沿い、薄い筋肉が綺麗に付いている。
 きめ細かい肌の感触は、普段なら多いに堪能する処だけれど、廊下で鳴き続けている存在には、些か煽られる快楽も熱の上がりようが低くなるのは、仕方ないのかもしれない。
「甲斐性なし」 
 決しておざなりではない愛撫。けれど其処には確かに気が散る要素が有るから、結果、集中できないと言う事になる。
「だからお前、著しく日本語違うぞ」
 リョーマの憮然とした声に、桃城は微苦笑する。
意図的に使い回されている文法だと、知らない桃城ではなかったから、これはピロトークでしかないのだろう。
「同じ」
「あんな鳴いてられたら、気ぃ散るだろ、普通」
 思い出したように鳴く声。扉に爪を立て、せがむ鳴き声。
「子供の前でのセックスは教育上よくないって、廊下出したの桃先輩じゃん」
 それも、睦んで目蕩みに目蕩んだ後の時間だ。どれだけの時間、愛猫を廊下に待たせていただろうか?ベッドサイドの時計に視線を移しても、そもそもカルピンを廊下に出した時刻を覚えてはいないから、意味はなかった。
「だったら、鳴いてる子供放り出したままってのは、もっと不味いだろ」
「だったら、桃先輩、遊ばれてくれば?」
 どーせ可愛い我が子、みたいなもんでしょ?
リョーマは拗ねた表情とは相反し、悪戯する子供のような口調で、そう告げる。
「お前が産んでくれれば、問題ないんだぜ?」
「………あんたの脳味噌、今沸騰中?」
 慎重な距離を計るくせに、こうした科白がサラリと言えてしまうのだから、タラシで悪党で、何より詐欺師だとリョーマは思う。
「真実」
「どっかの探偵みたいに言わないでよ」
 胸を張って言う科白かと、呆れるリョーマに罪はないだろう。
「別に、嘘は言ってないんだぞ」
「俺の何処探したって、海なんて存在しないよ」
 這う程ゆっくりとした仕草で、伸びる細い腕が、首筋に埋まる桃城の髪に埋もれて行く。
 探して探して探して。それでも、決して次に繋ぐ生命の出会いはないのだ。受精は行われず、残骸と成り果てる生命の欠片は、体外に流されて行くだけだ。永久に、出会いなど存在しない。
「でもまぁ、あんたが俺妊娠させられたら、産んでみてもいいけどね。何が産まれるか、判ったもんじゃないけど」
「そしたらアレだな。お前に似た女の子がいいな」
「桃先輩みたいな、男でいいよ」
「俺は子供と、お前取り合いしたくないぞ」
「何言ってるんだか」
 クスクスとリョーマは笑った。
今夜は何処か狂っている。夢に浸食されて、いつもなら保たれている距離が、不明瞭になっている。けれど、それも時には心地好いのかもしれないと、思えた。
 そんな時だ。
閉ざされた扉がノックされ、
「オーイ、新婚夫婦。外で子供が鳴いてるぞ」
 南次郎の多大に哄笑を滲ませた声が、響いていた。
「だったら、その新婚夫婦の為に、孫くらい一晩面倒見たって、罰あたらないだろう?クソ親父」
 南次郎の哄笑に、リョーマは手早くパジャマを羽織ると、リョーマは不機嫌も露に、バタンと扉を開き、廊下で愛猫を抱き、ニヤついた笑みを浮かべ立っている父親に、仁王立ちになって睥睨する。
「溺れてんな、お前も」
 慌てて羽織ったパジャマ。見え隠れする白い肌に、青学の曲者が目立つ跡など残されている筈もないが、情交を重ねた後の肌は薄く色付いて見えた。
 これが、この親子独特のコミュニケーションの仕方だとしたら、些か異質すぎる嫌いはあるが、それでも、これが彼等親子の会話なのだ。部屋で聞いている桃城としては、頭を抱えるしかない状況だ。
「ホレ。大事な子供、鳴かせてんじゃないぞ」
 リョーマの睥睨を全く気にせず、ホレッと、南次郎は軽い動作で愛猫を差し出した。リョーマの眼前で、カルピンは当然状況など判る筈もなく、ユラユラと尻尾を揺らし、リョーマに甘えた鳴き声を上げている。
「クソ親父」
 父親から、愛猫をひったくるように受け取ると、リョーマは悪態を吐き垂れる。
「今夜はもうおとなしく寝ろよ、青少年」
「エロ親父ッ!」
「ハハハハ」
 リョーマの悪口雑言に南次郎は笑うと、足音を立てない飄々さで、部屋へと戻って行った。








「まぁ今夜は、タヌキと一緒に寝るのも悪くないだろう?」
 憮然とするリョーマに、桃城はもう苦笑する事しか出来ず、リョーマの腕の中にいるカルピンの喉を撫でてやると、カルピンはご機嫌で尻尾を揺らしている。
「あんた、今夜本気で、脳味噌沸騰してるでしょ」
 桃城の科白に、リョーマは益々憮然とした表情を深めて行く。けれど次には、呆れと諦めを同居させた溜め息を盛大に吐き出した。
「シングルで二人と1匹じゃ狭すぎるから、あんた床の上で布団敷いて一人寝して下さい」
「オイオイ」
「当然っしょ?」
「何処がだ」
 何が悲しくて、恋人の部屋で、一人寝をしなくてはいけないのか?
「フン」
「越前〜〜」
 ついつい、情けない声を上げてしまう桃城は、やはり何処か情けない。
「だったら、俺の機嫌とってよ」
「お前なぁ」
 愉快気に笑っている綺麗な貌を眺め、桃城はやはり情けなく肩を落として脱力する。
どうせこういう局面で、桃城がリョーマに口で勝てる筈はないのだ。
「ったく、こんな時ばっか、素直だなお前も」
 深々溜め息を吐き出すと、
「ゴメンな」
 リョーマの腕からカルピンを抱き上げる。結局先刻のパターンの繰り返しだ。但し、今回は流石に廊下に出す事もできないから、ベッドの上。足許の位置に下ろした。途端。
「ホァラ〜〜〜」
 抗議の声が、途端に上がった。
「鳴いてるよ」
「仕方ねぇだろ」
「鳴く子供放っとくのは、教育上、良くないんじゃないの?」
 クスクス、リョーマは笑った。
笑いながら、細い腕が桃城の首に腕を絡めた。
「ったくお前は」
 結局、どう言い繕っても、リョーマに桃城が勝てる筈はない。惚れたら負けと言うのは、定説なだけに事実なのだと、こんな時に実感する桃城だった。



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