TRIP
11月24日 木曜日 はれ (その1) やはり、熟睡することなく 朝が来てしまった。 旅に出る前日はいつもそうなのだが、 荷造りにバタバタしてしまって ゆっくりと過ごすことができず、 熟睡することのないまま 旅の当日を迎えてしまう。 今回の旅行は余裕をもって早めに準備に 取り掛かっていたのだが、 長期の休暇を取るため ギリギリまで仕事を入れていたので なかなか準備もはかどらず、 昨夜は千秋も巻き込んで なんとか荷造りが終わった頃には すでに10時を回っていた。 それから風呂に入り、ようやく夕食だ。 今夜のおかずは餃子だった。 |
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旅の前は緊張して眠れなかったらいけないと思い、 千秋に買っておいてもらったビールで 旅の前途を祝し乾杯! 「忘れ物無い?」 「う〜ん、全部入れたつもりだけど、 どうかな〜? あっ、ロウソク入れてない。」 「いくらアフリカだっていっても、 今の時代ホテルには電気くらいあるでしょ。」 「そうかもしれんけど、まあ一応ね。 そっちは準備できたん?」 千秋はネイル関係の仕事をしているのだが、 俺がアフリカに行っている間に 東京でネイル・コンテストが開催され、 それに出場するために 上京することになっている。 いや、千秋が東京に行っている日程に併せて 俺がアフリカに行く日にちを 決めたと言ったほうが正しいかもしれない。 「まあ、こっちは出発まであと二日あるしね、 なんとかなるよ。 ご飯、しっかり食べときんさいよ。」 「ほんまよ〜、アフリカにはさすがに 餃子なんか無いじゃろ〜ね。」 「明日、車で広島駅まで送るよ。 新幹線、何時だっけ?」 「9:00発が広島発じゃけ〜、 これなら自由席でも座れると思うんじゃ。」 「新幹線のホームまでお見送りしようかな。」 「いいよ、なんか恥ずかしいじゃん。 それに、インドの時みたいに、 ホームでワンワン泣いてしも〜たらヤバイし・・・ 2週間寂しくない?」 「だいじょ〜ぶ! 私のことは気にせずに 行っておいで!」 千秋は大して寂しそうではなかったが、 俺は不安と寂しさでついつい涙が出そうになるのを 我慢するのが大変だった。 複雑な気持ちで食べた餃子の味は、 なんとも言えず複雑だった。 |
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結局布団に入ったのは深夜12時を過ぎていた。 ビールを飲んでいたからか、 すんなり眠むりについたのだが、 何度もトイレに行きたくなり 4:30にトイレに起きてからは すっかり眠れなくなってしまった。 布団に入ったままいろんなことを考えた。 アフリカのことももちろんだが、 試合前日のボクサーは 明日ブッ倒されるかも知れないと思うと、 俺と同じような気持ちで 眠れないのかもしれないな〜。 明日をも知れぬ病気の人も やはりそうなのかな〜、 などとぼんやり考えていたら、 千秋が俺が眠れないことを察してか 半分眠ったままで手を握ってくれた。 暖かかった。 それだけで、すごく幸せだった。 人の温もりがこんなに うれしいものだとは思わなかった。 涙がこぼれた。 もうこれを最後に一人旅はやめようと思った。 当初は自分が行きたくて行くんだから、 アフリカで死んでも本望だと思っていたけど、 ぜったい、ぜ〜ったい無事に帰ってくる!!! 心の中で叫んでいた。 |
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千秋はそのまま少し眠ったみたいだけど、 俺は眠ることができず 6:30少し前には起き上がって、 少しでも現地の情報を手に入れようと インターネットを見ていると、 急に千秋が起き上がり、 目に涙をいっぱいに溜めて 布団の上に座り込んだ。 「やっぱり、ホームまでいかん!」 「どうしたんや? 急に寂しくなったんか? 寂しがったら俺も寂しくなるじゃんか。」 千秋の目から涙があふれ出ていた。 「だって、遠くに行くんじゃろ、 すごく遠くに行くんじゃろ・・・」 その言葉を聞いて俺も涙が止まらなくなった。 「2週間離れることによって、 お互いがもっともっと強くなるんよ! じゃけ〜二人とも元気でおらんといけんのよ。 わかった? 帰ってきたら、 千秋のこともっともっと大切にするけ〜ね! 俺は大丈夫じゃけ〜、俺は、大丈夫じゃけ〜!」 何度もそう言って千秋の手を握り締めた。 俺は本当にすばらしい奥さんをもらったね。 旦那の身勝手な一人旅を認めてくれ、 許してくれる。 寂しい思いをさせて申し訳ないし、 心から感謝してます。 ありがとう、千秋! |
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車の中にて |
コーヒーを入れ、朝食を摂る頃には 涙も少し収まっていたけど、 油断するとすぐにでも 涙がこぼれそうだった。 今回の旅行は本当に大まかにしか 日程が決まっておらず、 マリを約10日間、帰りにセネガルに 2日間滞在して帰国の予定なのだが、 いざという時のために セネガルの日本大使館と、 マリで最初に宿泊する予定の “ホテル・ラフィア”の連絡先を 調べて千秋に渡しておいた。 マリには日本大使館は無く、 在セネガル日本大使館が 兼轄しているのだそうだ。 そうか〜、マリには 日本大使館も無いのか〜・・・ アフリカに行きたいという 想いばかり先にたって、 日本大使館も無いようなところに 行こうとしている自分に、 ここまで来て少し戸惑いを感じた。 |
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時間はアッという間に過ぎ、 渋滞することも考慮に入れて 8:00には家を出発したのだが、 バイパスに出ると思っていた以上に ものすごい渋滞! 車はほとんど進まずかなりイライラした。 「ねぇ、間に合うかねぇ?」 「大丈夫よ!!!」 俺はひどくあせっていたのに、 千秋はやけにゆっくり構えているのが 不思議だった。 今回の旅行は関西空港から 飛行機に乗るので新大阪まで 新幹線で行くことにしている。 飛行機のチケットは、11:55までに 空港のJTBカウンターで もらうことになっており、 9時の新幹線に乗らないと遅れてしまう。 「ねぇ、マジでやばくない?!」 横川を過ぎる頃には さすがに千秋もあせってきた。 もうだめじゃ、間に合わん!!! 広島駅の新幹線口コンコースに 着いたところで9:00になってしまい、 俺の乗るはずだった新幹線が 走り出すのが見えた。 あ〜〜〜ぁ・・・ |
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出鼻をくじかれたようでガッカリした。 千秋は何度もごめん、ごめんと しょげていたけど、 行ってしまったもんはしょうがない! 気を取り直して千秋に言った。 「イライラしとったぶん、 寂しくならんかったけ〜良かったじゃん。 余裕を持って着いたらたぶん、 ワァンワン泣いとったで。」 「ごめんね、関空に着いたら電話して。」 「おぅ、わかった。 じゃあ、行ってくるぜ!!!」 「うん、気をつけてね・・・」 「ありがとう、そっちも気をつけて!」 そう言って、何度か振り返りながら ホームを目指した。 『がんばって行ってくるから・・・』 最後にもう一度振り返ると、 千秋の姿はもうそこには無かった。 |
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