TRIP



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CDの背景はニジェール河だと思う
サリフ・ケイタのCD



























11月25日 金曜日 はれ   (その7)

外からすぐのところに階段があり、ソーリーに付いて
3階まで上がっていくと少し広くなった廊下があり、
そこで四人の女の人が話をしていた。
「トム、彼女たちは俺の兄弟と親戚なんだ。
 バンバラ語の“こんばんは”は
 “アニウラ”って言うんだよ。」
「わかった! アニウラ!!!」
少し大きな声で四人の女性に声を掛けると、
とても明るい笑顔を向けてくれた。
そこを通り過ぎ、ソーリーの部屋に案内される。
「ようこそ、俺の家へ!!! 
 まあ、座って座って!」
イスに腰掛け部屋の様子を見ると
ベッドといくつかの整理ダンスがあるだけで、
シンプルな部屋だった。
しかし、驚くことにベッドの横には

CD
プレイヤーが置いてある。
CDが聴けるん?」
「うん、俺は音楽が大好きなんだ!」
「マリにはどんなミュージシャンがおるん?」
「有名なのは、サリフ・ケイタかな!」
「えっ、サリフ・ケイタってマリの出身なんじゃ?
 俺、
CD持っとるよ!」
「本当かい?どの
CD?」
「え〜っと〜、“モフー”だ!」
「おぉ、モフ〜!」
当時何も知らずに買って気に入っていた
アフリカ人の
CDが、
まさかマリ出身のミュージシャンで、
しかもその出身地を訪れることになるだなんて、
その時には思ってもみなかった。















「じゃあ、俺はお茶の準備をしに行ってくるから、
 ここで待っててね!」
そう言ってソーリーは部屋を出て行った。
キョロキョロ部屋の様子を見回していると、
まだ3歳にもならないくらいの
小さな女の子が部屋に入ってきた。
その子は全く人見知りすることもなく
ヨチヨチと歩いてきて
俺の顔をジーっと見つめたまま黙っている。
かわい〜い!
まだこんなに幼いのに、
耳には金色のピアスが付いている。
その子の目を見ていると、
こちらにすごく興味を示しているのは解るし、
俺がその子にすごく興味を示しているのも
その子には解っているようで、
何も言葉を交わさなくても
お互い解りあえているような気がしていた。















かわいいね〜!!!
女の子登場
















金のピアスがかわいい!
ソーリー&マミー









よし、鶴を折ってあげよう。
カバンから千代紙を取り出し、
折り始めるとその子は手元をジーっと見つめている。
ようやく完成する頃にソーリーが帰ってきた。
「お〜ぉ、マミー! 
 この子は俺の親戚の子で、
 マミーという名前なんだ。
 マミー、この人はトムだよ!」
「マミー、アニウラ!」
黒人の子供は本当にかわいいと思う。















「トム、お茶の用意ができたから
 屋上で夕日を見ながら飲もうよ!」
「いいね〜!!!」
部屋を出ると、ふと向かい側の部屋が気になり
覗き込んでみると、
小さな台の上に鍋のようなものが数個置かれている。
「ここは台所だよ!」
「えー、ここが〜?」
小さな台は炭をおこすためのもののようだ。
この辺りは、ガスや水道はまだ無いのかもしれない。
本当にガスや水道が無いところが
今でもあるんだという事実に
少し驚いてしまった。















炭で料理するから美味しいのかもね!
アフリカの台所














優しい風が吹いています・・・
屋上の風景













階段を上がり屋上に出ると、
今にも沈みそうな太陽が空をオレンジ色に染めていた。
おぉ〜、気持ちえぇ!!!
「そこのイスに座って!」
屋上にはお茶を入れる道具と
プラスチック製のイスが置かれている。
「どう?きれいな夕日だろ?!」
「うん、今ここにいることが信じられんよ。」
こんな廃墟のようなところでも
辺りからは子供たちの遊ぶ声が聞こえ、
人々は幸せそうに暮らしているように思えた。
アフリカの風に吹かれ、沈む太陽を眺めているうちに、
はるばる日本からやって来て、
あるアフリカ人の家の屋上でくつろいでいる自分が
信じられなかった。
自分の存在がとても小さなものに感じられて仕方なかった。














「トム、これをプレゼントするよ!」
そう言って、ソーリーは自分の腕に巻いていた
ブレスレットをはずして俺に差し出した。
「このブレスレットには7個のコヤス貝が付いていて、
 一つは空を、一つは大地を・・・といったように
 それぞれに意味があるんだ。」
「いやいやソーリー、そりゃ貰えんよ。」
「なんで? 
 俺たちは今日すばらしい出会いができたんだ。
 その記念に受け取ってくれよ。」
ソーリーは確かにいい奴のように思えたが、
そうは言っても今日会ったばかりだ。
そう簡単に信用していいのだろうか?
しかし、ソーリーの気持ちは強く
ブレスレットを俺の腕に巻いてくれる。
「あ、ありがとう・・・」
「これで俺たちは親友だ!じゃあお茶を入れるかな。」
そう言うとソーリーはお茶の準備に取り掛かった。
















マリのお茶セット


















チャパチャパチャパ・・・♪
マリ式お茶の入れ方












まず、手の平に包みこめるくらい小さなヤカンに水を入れ、
これまた小さな台に炭をおこし沸騰させると、
ビニール袋に入ったお茶の葉を入れて煮込む。
しばらくすると今度はミントのような葉っぱを入れて、
再びグツグツと煮込む。
頃合を見てヤカンを火からはずし、
たか〜い位置から小さなガラスコップに
チャパチャパと音を立てて注ぐと、
再びヤカンに戻す。
注いでは戻し、注いでは戻し・・・
そのような作業を数回繰り返し、
最後にたっぷりの砂糖を入れて出来上がりだ。















「ようこそ、マリへ! どうぞ!」
差し出されたガラスコップを受け取り、
少し口に含んでみる。
うわっ!
この味をどう表現したらいいのだろうか?
すごく苦い抹茶に砂糖をたくさん入れて、
ミントの葉っぱをかじりながら飲んでいる、
そんな感じだ。
「トム、俺は今のうちに
シャワーを浴びておきたいんだけど、いいかな?」
「うん、もちろん!」
「じゃあ、ゆっくりくつろいでくれよな!」
そう言ってソーリーは階段を降りていった。















屋上にただ一人取り残されると
急に不安が押し寄せてきた。
ソーリーを素直に信じてもいいのだろうか?
まだ会って数時間しか経っていないのに、
親友だといってブレスレットをくれるし、
あまりにも優しすぎる。
いや、マリの人はみんな優しいのだろうか?
でも・・・
考え始めると妄想が止まらなくなってきた。
実はこのお茶には
眠り薬が入っていて俺を眠らせて、
金品を盗み、そのまま殺してアフリカの大地に
捨てるつもりなんじゃないだろうか?
これだけ広大な地だから、
日本人のひとりやふたり殺して
どこかに埋めたとしても、
ぜっっっっったいに、みつかりっこないと思う。
ソーリーとの会話を思い出してみると、
マリの人は平和主義で
たくさんの部族、言語、宗教があっても
決して戦わない、その象徴として
“カバ”と名付けられたとか、
日本人は賢い民族だとか、そんなことを言って
油断させられているのかもしれない。
ソーリーだってアフリカ人だし・・・
どうしよう、本当に怖くなってきて、
隅にある溝のようなところに
残っているお茶を流した。
ものすごい恐怖と罪悪感で、
なんとも後味が悪かった。















しばらくすると、
ソーリーが友達を連れて戻ってきたが、
この人もグルになって
俺を殺そうとしているんじゃないかという妄想が
まだ残っていた。
イスに座り三人で話をする。
彼はソーリーのドイツ語の先生なのだそうだ。
「はじめまして、日本から来たのかい?」
「そうです。」
「日本というと“スモウ(相撲)”“カラテ”
 “ヒロシマ・ナガザキ(長崎)”・・・」
「僕は広島の出身なんですよ!」
どこの国に行っても広島=原爆で
よく知られているのだが、
アフリカの人も広島のことを
知っているというのには少し驚いた。
「何でそんなに日本のことを知ってるんですか?」
「テレビで見たからね。」
ほ〜っ、バマコにもテレビがあるんだね!















会話をしていると辺りはすっかり暗くなってきた。
空にはたくさんの星が出ている。
「ジェンネやドゴンに行くと、
 もっと星がきれいだよ!」
ソーリーは言うけど、俺はこの星でも
十分すぎるくらいきれいだと思った。
ほのかに吹く風に乗って、どこかのモスク
(イスラム教徒のお寺のようなもの)から
コーランが聞こえてくる。
晩御飯の支度をしているのか、
どこかから肉を焼くいい匂いがしている。
ソーリーへの疑いさえ無ければ、
どんなに気持ちよかったことか・・・




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