3  散々どうしようか迷った挙句、士郎の家のチャイムを鳴らした。くぐもった足音が響い て、間もなく入り口が開いた。  わたしの姿を確認して、士郎が呆けた顔を見せる。大した時間も経っていないのに、な んだか胸が落ち着かない。もやもやする。 「……こんばんは」  少し他人行儀な挨拶。でも、まるっきり他人なら、こんな時間にここに来ない。それく らい知っていて、けれども。 「ど、どうしたんだ? こんな時間に」 「取り敢えず、上げてもらえる?」 「あ、ああ、入れよ。今皆帰ったところだしさ」  頷き一つで靴を脱ぐ。ちらちらとこちらを窺いながら、士郎は先に立って進んでいく。 微かな居心地の悪さを覚えた。  居間について、二人とも無言のまま座布団に腰を下ろす。何を言うべきか解らない。だ から気まずい時間が流れる。  耐えかねたのか、士郎はそっとお茶を淹れてくれた。こんな時でも気を配っている。或 いは、それくらいしかやることが浮かばないのかもしれない。いずれにせよ、わたしより は活発だろう。  どう切り出せば良いのだろう。それ以前に、何を切り出せば良いのだろう。  お茶を受け取る。目礼してから口に含む。ぎこちない空気が、体にまとわりついて離れ ない。縛られて身動きが取れない。何か言いたいのに、言わなければならないのに、相手 からの反応を望んでいる。  目が合わせられない。向かい合った士郎の、膝辺りを眺めている。ジーンズの生地に皺 が寄っている。解るのはそれくらいだった。  行き詰っている。  スカートの裾を意味も無く正した拍子に、士郎がおずおずと口を開いた。 「なあ……こんな時間にどうしたんだ? 明日学校もあるのに、何か急なことでもあるの か?」  普通なら女が男の家に一人で、それもこんな夜更けに来るなんて、理由は限られそうな ものである。けれど、そうしたロジックに聡いなら、士郎とはこんな仲になっていない。 もう少し察してくれても良いのに、学校の心配をしている彼が恨めしい。  まるで逆しまな心理。今更ながら、変な付き合いだな、と思った。 「急って言ったら急なのかしらね。セイバーに追い出されちゃった」 「はあ?」  素っ頓狂な声が上がる。まあ、解らないのも無理はない。わたしだって、セイバーがこ う出るとは予想していなかった。巧い手ではあるのかもしれないけれど。 「だから、ついさっき家を追い出されたのよ」  士郎はぽかんとした顔を見せた。状況についてこれないのだろう。ただ、それを説明す るのは、出来るならば避けたかった。でもきっと、彼の次の科白は決まっている。 「え、ちょっと待て。何でセイバーがそんなことするんだ?」  ほら。  士郎はいつだって、わたしの弱みを突く。  事前に解っていたはずの展開。なのに、わたしは釈然としないものを感じている。士郎 は変な所で的確すぎるのだ。振り回されるのは、スタイルじゃないのに。 「今日、セイバー来たんでしょ?」 「確かに来たけど。……もしかして、その件で揉めたのか?」  揉めたには揉めたが、それは士郎が心配するような形ではない。心配すべきなのは、も っと別の問題だ。  無意識に言葉を選んでしまう。素直になれという、セイバーの言葉は意識したまま。  下らない意地だとは自覚している。でも、格好悪いのはどうしても厭なのだ。それが士 郎の前なら尚更。  だから、わたしは結局何も言えずに、ただ軽く首肯した。厳密には、何となく違う気が したが、巧く説明は出来そうになかった。 「ああでも、別に士郎がどうこうではないからね」 「……今日の件で揉めたんなら、俺にも責任はあるはずだろ」 「違うってば。ああもう……どうしろってのよ」  巧く回ってくれない頭を、両手で抱える。どう進もうとしても、そこには士郎がいて、 わたしはみっともない姿にしかなってくれない。素直になるのは、こんなに難しいことだ ったんだろうか。  言いたいことは確かにある。悪いのはわたしだから。  言いたいことは山ほどある。ちゃんと謝りたいから。  でも方法が解らない。 「取り敢えず落ち着け。何があったのか、まずは教えてくれよ。……俺は、遠坂とセイバ ーが喧嘩してるのは厭なんだ」  おかしな話。わたしと喧嘩しているはずの士郎が、わたしとセイバーを仲直りさせよう としている。  これはおかしな話。だから、正しい通り道じゃない。  もどかしい。どうすれば良い。 「……ええと、その」  頭どころか、舌まで回らなくなっている。取り繕うからミスをする。素直にならないか らこうなる。  そうだ、きっとそれは正しい。だったら正しいことをしなければならない。でも、まだ 何かを見逃している。  失敗したのは誰の所為? 今わたしがここにいるのは?  士郎の所為じゃない。セイバーの所為じゃない。 「だからあの、さっき家で、」  揉めた理由は、ここに来たのは、 「セイバーが――」 「セイバーがどうした?」  違う。  言いかけて、口を噤んだ。今多分、足を踏み外しかけた。答えはそうじゃない。もっと 手近にあるはずだ。  しこりがある。本当に単純なもの。気付くものではない、認めるためのもの。  スカートの裾を掴んだ。癖になってしまったのかもしれない。でも、掴むものがあると、 少しだけ安心する。 「遠坂? おい、大丈夫か?」  大丈夫。だって本当は知っている。  つまり鍵は、何故ということ。  士郎と喧嘩したのは何故なのか。セイバーと揉めたのは何故なのか。わたしがここにい るのは何故なのか。  理由を認めることは格好悪い。でも、セイバーの警句が何度もリフレインする。葛藤で 潰れそうになる。  でもこれは――これだけは、誤魔化せない。  家を追い出された時、頼れる人が他にいなかったのかと言うと、そうではない。なのに わたしはここに来た。ここしか行こうとは思わなかった。  もう我慢は出来そうにない。  何故の理由は、つまりそういうこと。 「ねえ士郎」 「疲れてるのか? だったら無理しなくても……」  気遣わしげな声が、ちょっとだけ笑えた。全然そんなことじゃないのに。 「……ううん。わたしね、セイバーに怒られたのよ。だからって訳じゃないけど……昨日 はごめんなさい」  今度は澱まなかった。口にしただけなのに、ふっと体が楽になる。 「わたしは士郎と喧嘩したままでいたくないの。今日ここに来たのは、仲直りしたかった から」  頬が熱い。今の表情は、あんまり見られたくない。  でも、視線がこんなに嬉しいのは何故だろう? 「わたしが悪いのは解ってるの。意地張ってるってことも。でも」  士郎は、何も言わずに聞いてくれている。だからそう、素直に言えそうな気がした。 「……でも、士郎のことが好きすぎて、やっぱりダメみたい」 「遠坂――」  お互いそうだということは、解っている。それでも、好きだと告げることは、勇気が要 ると知った。  体がふわふわして頼りない。スカートでは支えにならない。  真っ赤な顔をした士郎が、腰を浮かせる。わたしも多分、顔は真っ赤なのだろう。流石 に恥ずかしかったから。  手が差し伸べられる。わたしもそれに手を伸ばす。 「俺も、遠坂のことが好きだよ」  指が絡まり合って、距離が近づいて。そうして強く抱き締め合う。ぎゅっとされると、 顔はすぐ間近にあった。 「ん――」 「ぁ……」  いつものように、軽く唇を重ねる。士郎の体温が、ようやく感じられた。  /  耳元に熱い吐息がかけられている。緩やかに抑えられてはいるけれど、今にも加速しそ うな危うさ。それは多分、わたしも同じことなのだろう。  抱き合っていると、自然と胸元がくっついてしまう。薄いシャツ越しに、逞しさが感じ られる。段々と忙しなくなる鼓動。 「遠坂、顔上げて……」  そっと寄せられた声に従う。目を閉じて、顔を上に向けた。乾いた唇が触れる。少しか さかさしていて、それが何だか勿体無くて、舌先をちょんと突き出す。唇の皺に合わせて 舌を上下させると、士郎は段々と潤いを帯びていった。 「は……あっ」  薄く開いた花弁を割り開くように、士郎がわたしの中に入ってくる。前歯を軽く扱かれ て、鼻から酸素が抜けていった。やがて、その動きに応えるように、わたしも舌を絡めて いく。さっきまで二人ともお茶を飲んでいたから、キスはお茶の味がした。それでも、溶 け合った唾液が彼のものだと解る。  覆い被さるようにして、士郎は口付けを続ける。舌を懸命に動かして、それを受け止め る。涎が零れそうになって、時折わたしは喉を鳴らす。彼が顎をそっと持ち上げて、助け てくれた。  抱き寄せ、背中を撫でる士郎の手が、ブラの辺りを何度も往復するのが気にかかる。こ のまま、下着を下ろされたらどうしようか。不安になる。そもそも、流れでこうはなった ものの、彼の部屋ではなく居間でしてしまう……のだろうか。  それは、想像するととても落ち着かない。ここは外から見られているような気分になる。 戸は閉められていないし、あまりに開放的過ぎる。  ここでしたら、きっと声が漏れてしまう。声が漏れたら聞こえてしまう。聞かれたら見 られてしまう。 「んぅ、む――し、士郎」 「ふ……ぁ、何だよ?」 「あの、ここでこのまま……?」  口付けを止められて、士郎は僅かに不満げな顔を見せる。こんな時にそういう顔をされ ると、弱い。いつだってわたしは弱点を突かれる側だ。だから。  何となく、自分が厭らしい連想をした気がした。二の句が継げなくなって、そこでまた 唇を塞がれる。  さりげなく、手は下へと移動している。段々と腰に近づいている。背筋を人差し指がつ っとなぞって、知らず姿勢を正してしまう。くすぐったくて、気持ち良くて、解らなくな ってくる。  このままでも良いかな、なんて。 「触るよ……」  そして、返事をする前に、お尻に手が落ちてきた。 「んっ、コラ――」  上辺だけのお叱りは、やっぱり流されてしまう。士郎はわたしのお尻をやわやわと擦る。 強くはないけれど、それは充分にわたしをぞくぞくさせる。頭の奥の方で、スカートが皺 になっちゃうな、と誰かが言っていた。  重ねあう唇の間で、ぬるく湿った吐息が溢れている。手つきはより大胆になっていき、 捏ね回すくらいの強さになる。  反射的に逃げたくなるような、けれど絶対に逃げたくないような。もっと欲しいような、 これくらいを楽しみたいような。  我ながら、ちょろい女になってしまった気がする。 「ふぅ、く」  と、舌先を噛まれた。歯を前後されたので、力を抜いてされるがままにした。  スカートが捲り上げられる。 「んぁ、や、ひょっほ」  噛まれているので、まともに音になってくれない。知らない間に、士郎は変なことに慣 れてしまっている。置いていかれたみたいで――いや、煙に巻かれてるみたいで、悔しい。  ショーツの上からお尻を掴まれる。それはちょっと強すぎるくらいで、痛みもあるのだ けれど、こちらに訴えさせてはくれない。力の入った指が肉に埋まると、体が強張ってし まう。士郎の背中に手を回して、体重を預ける。  体が自然と前に行ってしまう。胸を押し付けるような格好は、期待していると勘違いさ れても、まるでおかしくはない。でも、触れていないと不安になる。抱き締めていないと、 逃げてしまいそうな気がした。  半端に腰を浮かせているので、膝が痛くなってくる。  次第に倒れていく。 「士郎、テーブルの脚、気をつけて……」 「解ってる……」  先に士郎が上になったので、今度はわたしが上になる形。軽く互いを啄ばみながら、ゆ っくりと体を横たえていく。不安定な体勢で口付けているので、士郎の鼻先から唇までは、 唾液でべたべたになってしまった。口の周りが光っていると、何だかみっともない。だか ら段々と、吸うようなキスに変わっていく。 「ん――ふぁ、遠坂の唇、気持ち良いよ……」 「はぁん、むっ……バカ――」  面と向かって言われると、面映い。頬の辺りがかっかして、頭がぼんやりする。触られ ている所にも、熱が飛び火していく。  体が、熱い。  おかしくなりそうで、必死で士郎に齧りつく。唇を唇で挟んで、ちゅっと音を立てる。 また唾液が垂れて、士郎の口元が汚れていく。わざとやっている訳ではなくて、変に体が 緩んでしまっている。自分ではどうにも出来ない。  士郎の指が、ショーツの脇から入り込んでくる。割れ目に向かってじわじわと進んでい く。手があんまり熱くて吃驚する。鳥肌が立つ暇も無かった。それなのに、お尻から体の 全体に、痺れみたいなものが抜けていく。彼の手が、やわやわとわたしを広げている。 「は……ぅ、ん!」 「柔らかい……」 「固い訳、ないでしょっ、あぁ……」  揉みしだかれる度に、筋肉がひくつく。わたしをわたしが無視してしまったみたいに、 体がわなないてしまう。閉じていた両脚をくつろげるように、士郎の脚が股間に割り込ん でくる。  その拍子に、はしたなく濡れた秘所を太股が擦って、きつく目を閉じた。布越しに掠っ ただけなのに、脚でされると不躾で、とても強い。自分が敏感な方かは解らないけれど、 思わず腰が震えてしまう。それに気付いたのか、士郎がちょっと笑って、脚を何度か上下 させた。癪に障ったので、背中に爪を立ててやる。 「つっ、ちょっと痛いって、遠坂」 「知らないわよ、このバカぁ」  そして息を吸って、前歯と前歯をぶつけ合わせた。硬い音と軽い衝撃。一瞬だけの眩暈 は、酔った感覚と似ている。ふわふわ。 「怒るなって……」 「んっ……別に、怒っちゃいないわよっ」  ただ――こういうことをすると、いつだって恥ずかしいだけだ。体を重ねるのは初めて でもないのに、どうしても慣れない所がある。  セックス自体は、嫌いではないのだけれど。  とまれ反省してくれたので、ちゃんと唇にキスをする。それで満足げな微笑みに逢えた ので、わたしの方も少し笑った。  さて。  これはこれで良いのだが、やっていないことというか、やらないといけないことがある。 いや、別に義務ではないはずなのだけれど、あれだけ議論した手前、やらなければ気が済 まなくもあると言うか。  セイバーに嵌められて、三唱してしまった言葉は、まだ頭の中に残っている。だから多 分、躊躇わなければ出来るはず。  吸う、舐める、転がす。……間抜けな記憶だ。あんまり思い出したくない。別の意味で 体が熱くなる。  取り敢えず問題は、どう切り出せば良いのだろうか、ということだけだ。  適切な言葉――しゃぶらせて下さい。  いやいや。  違う。全然違う。引く。士郎より先にわたしが。 「どうかしたか?」  間の悪い質問。みっともなく慌ててしまう。馬鹿げた想像に耽っている場合じゃない。 でも、何を言えば良いのか解らない。 「ね、ねえ」 「ん?」  どもってしまう。巧く言えない。でも、ここで退けない。これは今回の原因だし、それ 以上に、士郎がしてほしいのなら応えたいと言えるから。  僅かに逡巡してから、口火を切る。 「その……」 「どうした?」 「前に言ってたこと、あるじゃない」 「前に……?」  勇気を出して、一歩前に。でも、士郎はまるで知らない顔のままでいる。空回りしてる 気配、だったらきちんと回さないと。  息がかかるくらいの距離で、士郎はきょとんとしている。頬は朱に染まっているのに、 目だけがいつもと同じく惚けた色を保っている。わたしは落ち着かないまま。酷い不公平 を感じる。変な時には敏感なのに、こういう時には鈍感なのは納得がいかない。  でも、はっきりさせないと、士郎は絶対に気付いてはくれないのだ。だから、思い切っ て息を吸い、ちゃんと訊かないといけない。 「前に、口でして……って言ったでしょ?」 「う、あ。確かに言ったけど、いや、別に無理には――」  しどろもどろになっている。その反応がおかしくて、微かに緊張が緩む。緩んだ隙に、 もう少しだけ、大胆になる。  大胆にならないと、下がってしまう。 「それは今でも? だったらもう、こっちは無理じゃないんだけど……」  語尾が消えていく、みっともない。しかし、ここまで訊けたのだし、わたしにとっては 大きすぎるくらいの進歩なんだ、そう思わないと。  士郎と目を合わせていられない。ひとまず、やるべきことはやった。後は反応を待つだ け。……ああでも、口でなんて、女から訊くべきじゃなかったかもしれない。また先走り すぎただろうか。その可能性を忘れていた。  もう、口にしてしまっている。今更遅い。  どうしようがぐるぐる回る。  知らない間に追い詰められていて、身動きが取れなくなっている。混乱がピークに達し て、何でもないと打ち消すのはアリだろうかと考えた時、士郎が硬直から抜け出した。  見た感じ、妙に浮ついているような。未だ無かったほど、興奮しているような。 「遠坂。いい、のか?」 「ば……っ、何度も言わせないでよっ!」  わたしがどうこうではない。あくまでも、士郎がしてほしいなら、だ。だから――そう 言ってくれないなら、わたしからは出来ない。別に意地や強情では無くて、ただ、とても 恥ずかしいから。  士郎がどう出るのかを待つ。わたしに手札は無い。行き先を決められるのは、もう彼だ けしかいない。  掛け時計の秒針が刻むリズムを、きっちり五回数えた。いつもより、ずっと遅く感じら れた。士郎の喉が微かに動く。 「……じゃあ、お願いします」 「……はい、こちらこそ」  頭を軽く下げられる。士郎らしからぬ律儀な返事に、余裕も無いのに吹き出してしまい そうになった。でも、変なのはわたしも同じだったろう。  色々と考えてみる。取り敢えず、口ですることにはなったけれど、これは期待していた 結果なのだろうか。それとも、避けたい結果だったのだろうか。やってもいないのに、ま だ結論は早いか。  すっと息を吸い込んで、緊張するなと自分に言い聞かせる。密着しているこの体勢を手 放すのが惜しくて、わたしはくっ付いたまま体を下げていく。と、士郎に止められた。 「あのさ、遠坂。お尻こっちに向けてくれない?」 「は?」 「いや、だからこう、互い違いになるというか」  互い違いというと……わたしがああなって、士郎がこうなって。  言わんとしていることは理解出来た。けれど、それは予想していたのとは、一致しない 格好だった。話が違うような気がする。 「ちょっと待ってっ、それはまだ……」 「遠坂が俺のを口でするのは初めてだけど、俺がするのは別に初めてって訳じゃないだろ?」 「そんなの詭弁よ!」 「え、そうか?」  実際、言い包めるだけの説得力を、わたしは持ち合わせていなかった。そういえば、口 でするのも初めてだし、士郎に口で負けるのも初めてだった。初めて尽くしではあるが、 嬉しいとかいう感慨には、この状況は縁が遠い。  否定出来ないなら、頷かなければならない。どうしてか、拒否はしたくなかった。なの でわたしは、ぎこちなくも頷くしかなかった。 「ん、ありがとう」  お礼を言われるだけのことはしていない。なのに、士郎はそう言った。報われている、 という文字が頭に浮かんだ。全身が火照る。名残惜しさを置いて、羞恥心が行動力に勝つ 前に、体を翻した。  また隙を突かれている。悪い気分がしないことに、眩暈を覚える。問題はこれからなの に。  士郎の頭の方に足を投げ出して、早くも膨らんでいる股間の辺りに、そっと顔を近づけ た。知ってはいるけれど、その……シックスナインとかいう行為は、相手の顔が見えなく て不安になる。そこまで浮かべて、彼の表情にわたしは安心するのか、と強く意識してし まった。  ドキドキしている。太股に熱っぽい吐息を感じて、ますます心臓が跳ねる。下から押し 上げられている所為で、ジッパーは歪んで見える。そこでようやく、お互い普段着なんだ と気付いた。  何もかもが後手に回っている。と、ショーツ越しに何かがちょんと触れた。振り向かな くても解る、士郎の舌先だろう。 「ふぅっ、あ、ちょっと、下着汚れちゃう……ンッ!」 「大丈夫だから、ほら、遠坂も――」  巧く丸め込まれている。でも、わたしもしなければならないのは、間違っていない。震 える指で、ジッパーをどうにか下ろす。ボタンも同様に外す。もうだいぶ固くなっている 陰茎が、トランクスの下で自己主張をしていた。  まだ何もしていないのに、いつもより大きくなっている。 「見てないで、ほら……」  急かすように、士郎の舌先がわたしの太股を刷いていく。少し固くて芯のある、ぬるぬ るした感触。ぬるぬるしているのは――いや、まだ認めない。下半身の自由が、一瞬効か なくなった。  トランクスを下ろさないまま、指先でちょんと突付いてみる。それだけで、陰茎が僅か に震える。息を飲んだ。恐る恐るジーンズとトランクスをずらした。途端、跳ねるように 陰茎が姿を現す。  鼻をつく、むっとするにおい。見慣れているはずなのに、こうして見ると知らないもの のように感じる。張り詰めた血管の中で、血が流れている様さえ解りそうだった。  大事なことは、吸う、舐める、転がすということらしい。コレを相手に。 「ほら……」  腰を軽く浮かされたので、士郎の膨らんだ先端が顎の所にやって来た。舌を伸ばせば届 く位置。  緊張で汗が滲み出す。巧く出来るだろうか。やってみなければ解らない。まだ結果は出 ていない。  今更退けない。 「ん――」  まずは小さく口付けてみた。ちゅ、と吸い上げると、唇にハリのある感触が触れる。 「く、ぅ」  敏感なのか、キスだけで士郎は呻きを上げる。全体が震えている辺り、間違ってはいな いらしい。  それどころか、何だかいつもよりも元気。 「そのまま……」 「う、うん」  雁首に吸い付き、少しして離れる。何度か囀っている内に、唾液で亀頭がてらてらと濡 れてきた。厭らしいな、と思いながら、今度は思い切って舌を突き出す。勢い余って、く びれた部分に舌が滑り込んでしまう。 「うあ……っ」 「ゴメン、痛い?」 「いや、良いよ。大丈夫だから……そのまま続けてくれ」 「解った……」  くびれの辺りをこそぐようにして、舌を前後させる。出しっぱなしだと舌が疲れてくる けれど、まだ止めたりはしない。顔を懸命に動かして、雁首の周りに円を描く。途中、継 ぎ目じみた場所で突っかかったりする。  荒ぶった息が太股に絡み付いてくる。脚の間が温くなる感覚に、来るかな、と予感した。 案の定、舌が割れ目を上下になぞり上げる。 「ひゃぅ、んッ」 「……遠坂、下着に染み出来てるよ」 「アンタが舐めるから、唾ついて――んぁ!」  素知らぬフリで、士郎はわたしの太股を掴む。付け根の近くに宛がった指に、ぐっと力 を込める。敏感な場所が、左右に引っ張られる。下着は脱いでいないのに、秘部を剥きだ しにされている感じ。あそこが痺れて落ち着かない。  そっちがそう来るなら。  首を伸ばして、士郎の先端を口に含んでしまう。鈴口が舌に触れて、変な味がした。で も我慢する、これも彼だから。  舐めると吸うは解るけれど、転がすというのはよく解らない。だから口に含んだまま、 頬を窄めて吸い上げた。必至で吸い付いていると、唇と陰茎の隙間から間の抜けた音がす る。水気のある響きが、鼓膜の間近で鳴っている。 「っ……遠、坂ッ」 「んむ、ちゅ……ふぁ?」 「気持ち良い、よ」  その声に、体の奥が疼いた。思わず口を止めてしまう。唾液が漏れて、幹を伝っていく のも構わなかった。失敗するかも、と半ば怯えていた。だから、それはとても――嬉しい 言葉。  もっと頑張ってあげたい。喜ばせてあげたい。  ただまあ、一つ文句があるとするなら、変な味だってことはあるけれど。 「ひぅ、やっ、ああ――」  下着の脇から、ぬるぬるしたものが入り込んでくる。敏感な場所の近くを、舌がくすぐ っている。指で広げられている割れ目の脇に、唾液が張り付く。でも、決して触れようと はせず、周りをちろちろと動くだけ。  倦怠に似た快楽。徐々に頭に上り詰めてくる。そして感覚は胸に落ちて行き、内側にじ わりと染みていく。  溶ける。蕩ける。 「んぅ、は……あぁッ」  喘ぎながら、縋るように、求めるように陰茎に手を添えた。力は込められない。だから 頼りない。でも、掌に伝わる脈動と体温が、わたしを中から支えてくれる。  また、しゃぶりつく。全体を飲み込むくらい、奥まで口腔に入れてしまう。間違って喉 元まで行ってしまい、嘔吐感が込み上げても、懸命に抑え込んだ。  これは士郎の。  これは士郎の。  言葉一つで、マイナスをプラスに変える。まるで、魔法のよう。 「ふ……くぁ……」  唾液を一杯に含んだまま、顔を上下させる。汗ばんだ頬に、髪の毛がくっついて鬱陶し い。でも、それを厭うことすらせずに続ける。固くなっている幹を唇で包んで、何度も何 度も往復する。わたしの通った後は、唾液の所為で妖しい光を湛えている。  士郎は男で、エッチで、逞しいんだな、と思った。  馬鹿みたいだ。  口の中で、舌を動かしてみる。鈴口の辺りに触れると、士郎が腰をびくつかせた。それ が面白くて、苛めるみたいにそこを執拗に突付いてみる。臆病な動物が震えてるみたいだ けど、実はそうでもなくて、むしろソイツは凶暴だったりする。  だから、今のうち。わたしの危うい主導権が、手元にある時間。  今は、わたしの時間。 「ンッ!?」  いきなり、わたしの割れ目に舌が滑り込んでくる。余裕が無くなったのか、忙しない調 子で、潤んだ場所を攻め立てる。下半身が勝手に暴れた。それを無理矢理に押さえ込んで、 士郎は媚肉をしつこく舐め上げる。  腰ががくがくする。掴まれている場所が、食い込んで痛い。  キモチイイ。 「ん、ん――ッ!」  咥えたままなので、下手に身動きが取れない。唾液の水溜りで、士郎のものがちゃぽち ゃぽ揺れているような錯覚。  体が前のめりになる。 「ん、は――ぁっ」  切迫した呼気。鼓膜を叩いたものは、どちらのものかはっきりしなかった。同時、士郎 がいきなり腰を押し付けてくる。既に深く咥えていた陰茎が、より奥の方に滑り込んでく る。唇が内側に巻き込まれていく感覚に、驚く。  喉が塞がれて、呼吸が出来ない。咳き込みそうになる。堪えきれずに唾液を飲み込もう とすると、亀頭が擦れてそれも巧くいかない。酸素がどんどん使われていって、意識が朦 朧としてくる。涙が出てくる直前で、士郎が腰を引いた。けれど、まだ口の中に固いもの が入ったままなので、鼻で荒く息をすることになる。  腰の方では士郎の舌が暴れている。秘密を暴かれているような気分。酸欠でぼやけた頭 を、快楽が強引に連れ戻す。苦しいのか気持ち良いのか、だんだん境界線が薄れていく。 滅茶苦茶にされていく。 「とお、さかっ」  名前、わたしの名前は遠坂だったっけ。こんな時くらい、凛と呼んでくれれば良いのに。 わたしをこんなにしておいて。  不満と満足が、自分を悪いオンナにしていく。何が出来るでもないから、何だってして やろうと思う。  また腰がせり上がってくる。厭がったりせず、そのまま受け止める。呼吸器がだんだん と閉じていき、息が細くなっていく。口の中に生臭さが溜まっている。不思議と悪い気は しなかった。生々しいから、リアルだから逆に好ましかった。 「んむっ、んーっ!」  声なんて出せない。唸っているだけ。ぎりぎりまで挿し込まれているので、舌を伸ばす と幹全体が覆われる。右に左にとデタラメに舐め回して、液体をなすりつけていく。力を 込めて、太い血管を押し潰したりする。  士郎の吐息が、わたしの敏感な所を直接くすぐっている。濡らされた肌が、緩い風を浴 びて妙な心地になる。わたしも彼も小刻みに震えているのが解った。 「く、はぁ……ッ」  腰が上下する。わたしのも、士郎のも。  愛液でぬかるんだ秘所に、舌が張り付く度に腰を浮かせてしまう。  唾液でどろどろの口腔に、刺激を求めようと腰を浮かされてしまう。  似たようなことをしている。だから何となく、これで良いのだろうと思う。同じことを しているなら、初めてでも心細くはない。  自分から顔を下ろすと、士郎が腰を上げるのとタイミングが噛み合った。飲み込んでい るのか、貫かれているのか。体温は疑問を誤魔化すからずるい。 「うぁ、遠坂……出る、っ」  告げられてびくりとするわたし。注げるためびくりとする士郎。  唐突に陰茎が跳ねる。舌の付け根の所に、唾液とは全然違うものが滴る。それはあっと いう間に溢れて、口の中をどろどろにしていく。酸素、呼吸、ああ息が出来ない。慌てて 飲み下そうとしたけれど、喉を鳴らすだけの余裕は無くて、わたしは首を曲げて陰茎から 離れようとした。  ――と、どこかに歯が当たった。それも、かなり強く擦れてしまった。 「は――づ、ぐ、いってぇっ!」 「ん……ぁ、ゴメン……っ!」  焦りつつも唇を離す。唾液が士郎の股間に垂れ落ちて、陰毛をべたつかせた。冷静に見 ている場合ではない。顔を上げて、どこを傷つけてしまったか確かめる。 「ゴメンね……」  視線を巡らせると、ぶつかった所はすぐに解った。幹の上辺りが、真っ赤になっている。 あんまりそれが痛そうで、わたしはそこに息を吹きかける。 「ふーっ、ふーっ」  手で触れるともっと痛いかもしれないし、どうしたら良いだろう。そんなつもりではな かったのだけれど。  ああ、肝心な時に、またミスをしてしまった。自分に厄介なだけならまだしも、相手に まで被害が。  昂ぶっているのに加え、後悔と焦慮で体はちっとも落ち着いてくれない。溜まった熱が 逃げていくようで、怖くて、必死になる。 「ふーっ、ふーっ」  唇を尖らせて、息を吹いて、患部を冷やす。出来ることが見当たらなくて、ただそれだ けを繰り返している。 「と、遠坂……」  呼び声。切れ切れの声が、苦しそうに聞こえる。 「ちょっと、遠坂、マズイって」 「そんなに、痛い……?」 「いや、そうじゃなくて。その、逆の意味でさ」  首だけで振り返る。眉を寄せた面持ちは、苦痛をありありと映している。逆の意味と言 われても、それこそ意味が解らない。あまりに刺激が強くて、おかしくなってしまったん だろうか。アレはその、とても固いのだけれど、そんなに強くはないらしいし。  ――と、そこで違和感に気付いた。 「士郎」 「……何だよ」 「元気に、なってない?」  改めて確認してみると、さっきよりも、ちょっと大きくなっているような。 「だからマズイって言ってるのに――」  心底情けないといった調子で、士郎は天井を仰ぐ。でも普通、齧られて感じたりはしな いように思う。この場合、流石にダメージの方が大きいはずだ。けれど、普通じゃないん だとしたら。 「ねえ、間違ってたら悪いんだけど……アンタって、マゾ?」 「違うっ! 何でそうなる!」 「いやだって、ねえ……」  痛くて元気になる人というのは、そういうものなんじゃないだろうか。 「そうじゃなくて、オマエが」 「わたしが何よ」 「慌てるだけならまだしも、息を――」  そのまま、尻すぼみに文句は消えていった。そこではたと、自分の行為を意識する。  恋人の性器を齧ってしまった挙句、相手に跨ったまま焦り、患部にふーふーする自分を 想像する。それは――かなりの変人ではないのか。  考えを進めれば進めるほど、自分が変な人になっていく。崩れるように、体から力が抜 けていった。 「おーい、何がどうしたか知らないけど、項垂れるなよ。髪の毛当たって、くすぐったい んだけど」  すぐに頭を上げた。物凄く恥ずかしい、士郎の顔が見れない。裏目裏目で巧く行かない。 どうしてミスばかりしてしまう。  士郎の溜息が聞こえた。脚に湿り気がかかって、姿勢を思い出す。こうなったら降りた 方が良いな、と浮かべた瞬間、腰を抱かれて逃げられなくなった。決して強く抱かれた訳 ではないのに、金縛りにあったみたいだった。 「はぁ……なあ、遠坂」 「……何よ」  もっと力を込めてほしい。安心するけど、まだ足りないかな、とも思うから。士郎はい つも優しく人を抱くけれど、別に折れたりはしないのに。  ああ、頭の中が散漫になっている。でも、士郎のことしか考えられない。 「別に失敗したって良いんだぞ? 失敗しないヤツなんかいないんだし」 「でも、肝心な時に失敗ばっかりしてる」 「まあ、もう一度噛まれるのはきついけどさ。でも俺は、そういう遠坂も好きだから」 「え――」  時間が止まる。たった一言で、息の根を止められる。  心臓の音がうるさい。耳が熱くて、血が流れているのが聞こえる。  黙り込んでしまう。開きっぱなしの唇から、酸素が空しく漏れていく。  何も言えなくて、  早く何か言わないと、  わたしも――士郎が好きだって。 「し、士郎……っ」  甘やかすように、宥めるように、士郎はわたしの脚に口付けをしていく。首を動かして、 唇が触れた先から肌を吸っていく。それがあまりに優しくて、わたしは声を奪われてしま う。言いたくて仕方が無いのに、喉はただ震えるばかり。  色んな所に、湿った感触が当たる。最初は浮かせていた腰が、士郎の温度を求めて下が っていく。 「うっん!」  秘所にキスが来た。不意に金縛りが解ける。やられっぱなしなのが悔しくて、士郎の頭 を軽く蹴った。 「む、何だよ」 「キスなら、唇にして」  ぽかんと呆気に取られた顔が、目に飛び込んでくる。一瞬後に、凄い勢いで士郎は赤面 した。言ってるこっちだって、かなり恥ずかしいものはある。でも、恥ずかしいと逃げて いるだけでは、物語は進まないと知った。  腕の力が抜けるのを見計らって、士郎から降りる。そしてまた、最初の姿勢に戻ってき つく抱き合う。抱かれていると、体温が沁みてくるようで参ってしまう。姿勢を変えるた め、ほんの少し離れただけなのに、こんなにも弱くなってしまう。  お願いの印象は強かったのか、口付けはすぐさまやってきた。 「ん――ぅ」 「ふ……ぁ」  唇をぴったりとくっ付けて、深く息を合わせていく。鼓動を整えて、体を湧き立たせて、 奥から感情を汲み上げていく。セックスするから好きなんじゃなくて、好きだからセック スする。だったら、好きを伝えていないわたしは、手順を間違えている。  そこはちゃんと。 「ねえ、士郎」 「ん……?」 「わたしも、士郎のこと好きよ」  不思議と素直な言葉を出せる。今日がおかしいのかもしれないし、今日までがおかしか ったのかもしれない。けれど、そんなことは関係が無い。今はわたしたちの大好きな時間 だから。  相手がいて、自分がいて、それで二人になる。一人ではないと確かめて、好き合ってい ると教え合う。心が温かい、体が熱い。火照った自分をそのままに。  顔を滑らせて、そっと耳に囁きかける。どくんと一際高くなる鼓動を、声にする。 「そろそろ……抱いて――」  士郎が頷いたので、頬と頬が擦れ合う格好になった。髭がかすかに生えているのだと気 付いた。  首筋に舌が触れる。これも多分返事。なので、わたしも士郎の首筋を舐め上げる。ちろ ちろと唾液を塗りつけて、しばしじゃれ合う。こそばゆくて、ちょっと笑いが漏れてしま う。  士郎の手がショーツにかかった。臍の下辺りに、固いものが当たっている。一瞬だけ体 が緊張したが、すぐにそれも抜けていった。相手が彼なら、澱まなくたって良い。  ショーツを脱がされる。下半身をスカートが覆っているものの、風通しの関係で違和感 がある。いっそ全部脱がせてくれれば、とも考えたが、それはそれで間がもどかしそうで はある。  埒もないことばかり、浮かんでは消えていく。スカートが捲られて、肌が直に触れる。 熱を持った陰茎は、さっき咥えた所為でたっぷり濡れていた。先端がくっつくと、粘液で 滑る。  焦れる。厭らしい。 「……どうする? 俺が入れる? 自分で入れる?」  何てことを、訊くのか。  多分、どっちも我慢は限界で、だというのに士郎はわたしに委ねようとしている。ぐち ゃぐちゃになった頭では、どっちにするべきかなんて判断出来ない。欲しくて、恥ずかし くて、どうしよう。  士郎は意地悪だ。どっちにしたって、こっちから口にしなければならない。迷った挙句 ――恐らくは数秒――わたしは観念して呟く。 「士郎から、して……」 「ん……解った」  悪戯な笑みを浮かべ、士郎は軽く腰を浮かせる。位置を微妙にずらして、わたしも入れ られるように協力する。脚を広げた自分の姿は、彼にはどう映っているのだろう。わたし は、魅力的に見えるのだろうか。  潤いを帯びた秘所に、先端がそっと触れる。ああ、士郎だな、と思った。変な所で堅物、 という連想は無かったことにする。  亀裂の上を、幹が何度か前後する。甘ったるい痺れは悪くないが、中途半端に食んでい るような状態は、やっぱりよろしくない。欲求が爆発しそうで、士郎の肩に顔を埋めて噛 み付いた。歯型で訴えると、ちょっとだけ声が聞けた。  ずるりと雁首が、愛液の膜を滑っていく。  あ、来るなと予感した。そしたら来た。 「ン――ああぁっ!」 「う、はぁっ」  すっかり準備が出来ていた場所を、押し開くように士郎が進んでいく。媚肉が水音を微 かに立てた。敏感な肉と肉が擦れて、一瞬何も考えられなくなる。待ち焦がれていたから、 最初から感じすぎる。  必死で首に縋りつく。入る瞬間の、緊張と期待が好き。入った直後の、白くフラッシュ する視界が好き。士郎が好き。  色んなものがいっぱいで、パンクしそうだった。 「うん、ぁ、は、しろう……ッ」  ゆっくりと、狂いそうな速度で士郎が奥に行き着く。衝撃は弱いのに快楽はもう強い。 これは異物のはずなのに、それを自然なものとしている体がある。慣れ親しんだ自分の一 部のように、ぴったりと嵌まる。  それほどセックスに慣れてもいないのに、わたしは現金だ。 「遠坂、とおさか――」  名を呼ぶ響きが、肢体を熱していく。男らしくて低い声が、脳の中で反響してわたしを 昂ぶらせる。好きな男に抱かれているのだ、という自覚。今はきっと酔っている、素面で はこんなことは考えない。  貴方に酔っている。ふわふわ。触れた先から蕩けていく。そうして一緒になって、区別 がつかなくなって。  わたしの中を、陰茎が往復する。入り口に亀頭が引っ掛かっているような気がする。こ のまま抜けなければ良いのに。そうすれば、いつまでも繋がっていられるのに。  奥を突かれるたびに、視界が揺れる。気持ち良さだけが、絶え間無く寄せては返す波の ように、緩急をつけている。息を吸う余裕があるか、無いか。それだけの緩急。 「ぅん、ああ」  身をよじったら当たる場所が変わって、背筋に電気が走った。知らず四肢を固める。す ると、士郎にあっさり気付かれる。スイッチを点滅させるみたいに、執拗に鈴口がそこを 摩擦する。 「あっ、あっ、あ」  喉からは勝手に何かが漏れていて、もう自分ではどうにも出来ない。スイッチ一つで点 いたり消えたり。ひっきりなしに切り替わる意識。気持ち良いとキモチイイの間を行った り来たり。  同じ言葉だったろうか。もう覚えていない。  爪が士郎の皮膚に食い込んだけれど、怪我を心配したりはしなかった。彼の手も、しっ かりわたしに食い込んでいた。服の上から染み透ってきそうな、指の感触。痛みというに は弱くて、けれど僅かに我に返る。 「んんっ、むぅ!」  声を抑えようとして、士郎の首に吸い付いた途端、抑えようとした理由が見えなくなっ た。溜まった涎が肌に残って、瑞々しく照り返す。でも、そんな柔らかい光は、わたしに 遮られて時折影に沈む。  揺蕩っている。  くん、と士郎の腰が跳ねて、わたしは快楽に身を躍らせてしまう。交合の場所からは、 猥雑な音が続いている。知らず加速していたのだと気付く。にちゃりと糸を引く残響に、 また自分を見失う。  体に入る力の加減がおかしくて、姿勢が定まらない。時折腰骨がぶつかって、内側に衝 撃が徹る。眩暈に似ている。けれど感覚は官能して、どこまでも鋭い。頭に針が刺さった みたいな刺激、油断させない。  膣を広げながら、太く固い肉がわたしの中の汁気を拭っていく。出て行く時にはもっと 濡れてしまっていて、結局それは意味が無くなる。キリが無い。無くたって良い。 「ふ、はぁッ」  がちん。撃鉄じみた音に、ふと顔を上げる。真正面に古い時計、十一時。ああ、もうそ んな時間なんだ、とぼんやり思う。出し入れでぶれる視界の中、明日のことはどうでもい いと打ち消す。  今、今、今。  頭に並べたリズムより、打ち合わされる肉のリズムの方が早かった。士郎の荒っぽい、 呼吸だけの喘ぎが、子宮を疼かせる。胎内が歓喜している。今日は大丈夫な日だったろう か。知らない、解らない、覚えていない、記憶に無い。  言葉は浪費されず、二人ともただ喉が何かを漏らすに任せている。でも、静けさなんて まるで縁遠く、快感は騒がしいくらい。指揮者不在のデュオ、高らかに。 「ん――くぅん、あぁ! い、いっ」  肺が悲鳴を上げる。食い縛った歯の隙間から、本音が軋る。下から貫かれて、最奥をノ ックされて、気持ち良いと白状しそうになる。士郎は顔を赤くして、太い眉を顰めていた。 眉間の皺を指でなぞってみると、少し弛緩したようだ。  士郎もわたしと同じなんだな、と不意打ちで理解する。一瞬で全身がぽかぽかする。熱 さではなく温かさ、安堵でわたしも緩みだす。  溜まった感情が、止めきれなくなっていく。壁に穴が空いて、少しずつ穴が広がって、 徐々に徐々に勢いは増していく。  溢れて。  膣内が、わざとでも何でもなく、勝手にぎゅっと収縮する。手が届く前はいつもこんな 感じだと、遅れて認識する。 「うぁ、とおさか、きつい、締ま、る……」  絶え絶えで何を言っているのか、一瞬判然としなかったが、気恥ずかしさは強烈だった。 でも、気持ち良くさせてあげられているのなら――嬉しい。頭がふやけている。多分、み っともない顔をわたしはしている。  色々なものが混ざり合って、ちぐはぐな顔。それはきっと、素直さとは遠くない。  こうなれるのは、士郎の前だけなのだと、教えてあげたい。でも多分、教えてあげない。  咽びながら笑った。士郎は虚を突かれた顔をしていた。  綻んだ。唇が、体が、意識が。  そして、入れられた瞬間のフラッシュバック。白い明滅の反射が好き。こうしてくれる 貴方が好き。  ああ、愛おしいなあ。悔しいくらい。 「――ああっ、士郎、わたし、わた、し――!」 「俺、も――!」  ペースが速くなる。叩きつけるように、お腹とお腹が打ち合わされる。密着感に酔い痴 れて、段々気分が浮かされて、上へと昇り詰めていく。限界が近くて、昂ぶりを持て余す。 一体感が、止まってくれない。  勢い良く突き入れられて、空気の塊を零した。入り口から行き止まりまで、逞しい肉の 棒がわたしを摩擦する。火で焼かれたみたいな快楽に、焦がされる。  お尻を掴んだ手が、わたしを士郎のより近くへと引き寄せる。膣の中で、軽く振動を感 じる。焦燥と切迫に、彼の指に力が篭る。敏感な場所を覚えられていて、一際強烈な電気 が来る。 「ん……あ、ああっ――ダメ、きちゃ、う――ッ!」 「く、遠坂……ああっ!!」  待ち焦がれていたもの。  指がかかる。  手が、届く。  一番深くまで絡み合ったまま、陰茎が暴れる。煮立った体感が弾けて飛ぶ。上り詰める だけ上り詰めた温度が、こちらの胎内に溢れ返った。  吐き出される精液、射精に恍惚としながら、わたしも等しく甲高い声を発した。胎内で 乱暴されて、壁が決壊した。手足の指をぐっと折り曲げて、何かを掴むように達する。  ああ、まだ出てる……。  しばらくは全身を固く強張らせていたが、時とともに、自然と力みも抜けていく。そし て顔を上げれば、息の上がった好きな人の顔が見える。 「士郎……」  不思議な響きを紡いで、手を差し出す。そっと手が繋がれて、穏やかな体温にくるまれ る。何も言わなかったのに、一番してほしかった口付けをくれた。 「ぁ――」 「ん、む」  繋がったまま士郎の上に寝転がって、鼓動を感じながらキスをしている。やがて唇を離 すと、それでも唾液の糸で結ばれたままだった。 「……気持ち良かったよ、遠坂」  それは、頑張ったね、と同義だったのだろうか。判断出来なかったけれど、どうであれ とてもそれは嬉しくて、顔がにやけてしまう。  悪戯な気持ちが込み上げて、そのまま実行してやろうと決めた。  わたしは士郎の耳元に、そっと擦り寄る。さて、これを告げてあげたら、彼は一体どん な顔を見せてくれるだろう。 「ねえ、実はね」 「ん、どうした?」  声に笑いが混じってしまう。とっておきの手札を、相手に突きつける時の楽しみ。 「制服、持って来てないの」  士郎がいきなり黙り込む。けれど、繋がったままの方の彼が、ちょっとだけ反応した。 体は正直なんて、誰が言ったのだろうか。何となく結果が予測出来て、たまにはおふざけ もしないと、とようやく余裕が戻ってくる。 「遠坂……もう一回、って言ったら怒る?」  やっぱり。 「どうしよう、かな」 「ダメ?」 「――ひりひりしてるんだけどなあ……」  なんて苛めつつも、今度はわたしから深く口付けた。  4  一日が経ち、学校も終わる時間となったで、衛宮家を訪れることにした。予想通りなら、 凛はシロウの所できちんと仲直りしているはずである。制服は置きっ放しだったので、恐 らく学校には行っていないのだと思うが、たまにはそれも愛嬌だろうと思う。  玄関を開き、二人に呼びかける。 「シロウ、凛、いますか?」  靴を脱ぎ、居間へ向かう。シロウと凛は台所で料理をしており、二人とも妙に集中して いた。無言のまま、ひたすらに海老を剥いているらしい。あんまり会話が無いので、失敗 を意識した。私はでしゃばり過ぎてしまっただろうか。 「あれ、セイバー? いつ来たの?」 「つい先程ですけれど。二人とも料理に夢中のようですし、声をかけるタイミングを逃し ました」 「別にいいのに。ねえ?」 「ん、ああ、そうだな。セイバー、戸棚に入ってるカステラでも食べて、ちょっと待って てくれ。もうじき出来るから」 「はい。解りました」  何事も無い会話を見て、ようやく安堵が込み上げる。どうなったのかははっきりしない が、別に悪い方に転がった訳ではないらしい。単に、お互い料理に没頭していただけと判 断する。  と、凛が手を止めて、私にお茶とカステラを持って来てくれた。少しだけはにかんだ 表情に、事後報告かな、と予想する。  手招きをして、そっと内緒話に入る。 「どうなりました?」 「ええ、ちゃんと仲直りはしたわよ。ごめんね、手間かけちゃって」 「別に、謝るようなことではありません。私は私で、色々失礼をしたでしょうから」  深入りをしすぎた感がある。踏み込んではいけない所まで、無遠慮に触れてしまったよ うな感覚。そこは私が謝るべきだと、ずっと考えていた。  しかし、頭を下げようとした時、凛が私を手で止めた。 「ストップ。解決したんだから、お互い細かいことは無しにしない?」 「え――」  そう告げる凛の顔は、昨日よりもずっと綺麗で、はっとした。一瞬遅れて、解決を手伝 えて良かったと思った。  湯呑みに滑り込んでいくお茶を眺めながら、私はちょっとだけ微笑んで、凛に首肯を返 した。見詰め合っている内に、お互い何となく笑いを漏らしてしまう。女同士で内緒話と いうのも、なかなか面白い。 「もうちょっとで桜たちも帰って来るし、適当にゆっくりしてて。詳しい話はまた後でね」 「はい。楽しみにしていますね」  顔を上げると、短針が四と五の間でうろうろしている。長針がそれを追い越しかけてい た。噂の二人も、こんな風に慌しく帰って来るかもしれない。  ウィンクを一つ寄越しながら、凛は盃を傾けるジェスチャーをした。台所へと戻ってい く。続きは次の飲み会で。 「士郎、下拵え終わった?」 「ある程度はな。後は仕上げちゃっても大丈夫だろ」  仲良さげに並んで、あれこれと食材に手を加えている。味付けを一緒に悩んだり、味見 に満足そうな顔を浮かべたり。本当に、仲直りは成功したのだな、と改めて実感させられ た。  こうなると、私はここにいて良いのかと疑問になるが、本人らは気にしないのだろう。 変に気を使われるのも合わないし、まして二人の世界に入り込んでいるのなら、私よりも 相手というくらいで相応しい。  二人が巧く行っていないと、私としてもしっくり来ない。だから、こういう日々はゆっ たりしていて、安心出来る。こうでなければダメなのだ。  嘆息してお茶を啜った。  と、廊下の方から騒々しい気配がする。 「ただいまー。ご飯出来てるー?」 「すいません、遅れました……っ」  並んで駆けて来る足音は二つ。桜と大河が、学校から戻ってきたようだ。シロウが首だ けで振り向いて、カステラを切るようにと頼んでくる。私は目を細めて、そんな彼の気遣 いを請け負った。 「おかえりさない、二人とも」 「あ、セイバーちゃんも来てたんだ。ただいま」 「はい、ただいま。ああ、やっぱり先にやられてましたか」  空腹そうな大河と、支度を取られてがっかりしている桜に、座布団を勧める。腰を下ろ したのを見計らって、食事までの穴埋めを差し出す。甘味を口に含むと、二人とも幸せそ うな表情になった。 「これ美味しいわね」 「そうですね」  何となくぼんやりした時間が流れる。少しして、お腹にモノを入れたら一心地ついたの か、大河が小さく疑問を漏らした。 「……そういえば、学校休んで何してたのかしら、アイツ」 「今日は、遠坂先輩も見ませんでしたね」  首を傾げる。一体、どういう誤魔化し方をしたのだろうか。シロウは場を濁せるほど、 器用ではなかったはずなのだが。  かといって、今日のあの雰囲気を邪魔させるほど、私も無粋ではない。この件に多少協 力するのも、悪くはないはずだ。 「まあ、二人とも」  各々思うところはあるのだろうけど、今日ばかりは仕方が無い。色々あった、で済ませ てあげるのが一番良い。  ……今日は許しても、明日はどうなるかは知らないけれど。 「その辺りは、後でシロウに訊けば解るでしょう。今は、ちょっとゆっくりしませんか?  学校も終わって、疲れているでしょうし」 「そうねー、わたしもそう思うわ。セイバーちゃんもだいぶ解ってきたみたいね。ささ、 ということでカステラを」 「あ、わたしもお願いします」 「はい」  二人の催促に応えて、私はナイフを手に取る。柔らかいスポンジを切り分けながら、少 し先のことを考えてみる。  大河と桜に詰め寄られた時、シロウは一体どんな顔をするだろうか。無邪気な二人の顔 からして、訊くとしたら夕食後かな、などと予想を立てる。いずれにせよ、後々は興味深 い。  私は忍び笑いを漏らした。  /  現在時刻、六時半前。  少し早めに夕食を終えて、私と凛は家に戻ることとした。昨日が昨日だったので、彼女 はやるべきことが溜まっているらしい。その辺りは私の所為なので、自分だけくつろごう とはしなかった。  玄関先で靴を履いていると、シロウが追いかけてくる。 「ちょっと待ってくれ、送ってく」 「片付けはいいの?」 「ああ、桜がやってくれるって」  ……桜も損な役回りを受け持ったものだ。シロウは鈍感だから、まず気付かないだろう に。  悪いとは言わないが、少々微妙な心地になった。隣を見ると、凛も似たような表情をし ていた。シロウが訝しげに私たちを見比べる。 「……どうかしたか?」 「いえ、何でもありません。凛、鍵を貸してください。先に帰ってますから」 「ん? 一緒に行けば――って、ひゃんにゃよっ」  凛が問答無用でシロウの頬を引っ張る。気持ちはよく解る。  シロウがこれ以上何かを言う前に、私は凛から鍵を受取った。正直な所、付き合ってい られないというか、付き合っちゃいけないというか。気を利かせ過ぎるくらいじゃないと、 シロウはダメらしい。 「では、お先に。お風呂の準備はしておきます」 「お願いね」  玄関に背を向けて、一足先に家路を辿る。さして帰宅に差は出ないだろうが、それだっ て別に構わない。私も凛も、それくらいは承知しているのだから。 「さてと」  まだ陽が出ているので、電灯はついていない。この時間帯に、衛宮家から帰るというの も久し振りだった。適当に散歩してから戻るのも良いかもしれない。  そうと決めて、行き先も考えず歩き出す。凛の方が先に家に着くかもしれない、と思っ た。  見慣れた光景を一つ一つ確かめていると、終わったなあ、と実感する。別に大騒動とい う訳ではなかったが、気分的には長かったように感じられた。単に、真面目に取り組み過 ぎただけなのかもしれない。何にせよ一安心、といった所か。  ――ふと。  こうしてあの二人のことを考えていたからか、一つ解決していないことがあると思い出 した。仲直りといえば、仲良きことは、の続きは結局何なのだろう。未だに聞きそびれて いる。  続きは、何だったろう。  それが気にかかって、坂を降り切った辺りで足を止めた。後ろを振り返ると、坂の上に 大きな夕陽が浮かんでいる。強い橙色の光が周りを照らし出して、濃い影を生んでいた。 まだ距離が出ていなかったのだろう、坂の上にはシロウと凛の姿がある。  手を繋いで歩く姿を捉えて、反射的に身を隠す。何か考えがあっての行動ではない。幸 か不幸か、曲がり角はすぐ近くだった。隠れてから、通りに出る時はどうしようかと悩ん だ。  あんまり見るものではないと、知りつつも視線を向ける。逆光で二人はシルエットでし か解らない。胸の辺りが落ち着かない。どうして、こんなことをしているのだろう。覗き 見なんて、趣味ではないのに。  会話は聞こえない。風がそよいで、街路樹がさわさわと鳴る。少しずつ距離が詰まって いく。緊張感が高まっていく。  不意に、長い影と少し短い影が向き合った。私は息を飲む。眩しいくらいの視界の中で、 二つの黒は非常に際立っていた。長い影が腰を曲げる。短い影がちょっと背伸びをする。  橙色が溢れる世界で、影と影が溶け合うようにくっつく。 「ああ――」  力が抜けていく。こんなにも間近なメルヒェン。吐息が漏れた。  そうだ、思い出した。  仲良きことは、美しき哉。  呼吸さえ忘れて、その美しい光景に魅入られる。幻想の中にいるようだった。  いつものデートなら、もう家に帰っている頃だ。今まで、六時半はもう家に帰っている 時間だった。もうきっと、そんな時間は過ぎてしまっている。けれどそんなことは置き去 りで、今は進んでいく。より深まった二人は、きっとこれから時間を忘れていく。  タイムリミットは、少しずつ伸びていく。  答えを手に入れて、私は上機嫌で背を向ける。これ以上の野暮は無しだ。  踵を返す瞬間、他愛無い想像が浮かんだ。目に焼きついた眩しい世界を思い出して、な るほどと一人頷いた。  時間――時計。  夕陽。左に背の高いシロウ、右にそれよりも低い凛。二人は仲良く隣り合っている。眩 い橙色を文字盤に見立てれば、二人の影は長針と短針のようで――。  どうしようもなく、頬が緩んだ。  ――時計の針だとするのなら。  今の二人はきっと、六時三十二分の恋人たちだ。                                   (了)


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