こねるねこ

作:しにを

Ver.2    .
 
 

 廊下。
 階段。
 
 寒い。
 静か。

 台所。

 火。
 お鍋。
 いろんな匂い。

 棚。
 お皿。
 コップ。
 冷蔵庫。
 湯気が立った鉄の扉。
 
「あら、レンちゃん」

 琥珀。
 優しい人。
 生クリームを舐めさせてくれたり。
 リボンを結んでくれたり。
 
 いつもにこにとしている。
 でも、マスターは時々怖がっている。
 マスターよりも強い人?
 
「うん? ミルクかな」

 注がれるミルク。
 嬉しい。
 美味しそう。
 顔を近づける。
 
 ?
 遠ざかるお皿。
 届かない……。
 
「意地悪してるんじゃないから、そんな目で見ないでね、レンちゃん。
 少し温めるだけだから待っててね」

 ぱたぱた。
 白い小さな平たいお皿。
 わたしのお皿。

 湯気。
 ぺろっ。
 そんなに熱くない。
 ぬるい。
 美味しい。

 ぴちゃ、ぴちゃ。
 ぴちゃ、ぴちゃ。
 ぴちゃ、ぴちゃ。
 ぺろぺろ。

 美味しかった。 

 ふぅ
 甘い匂い。
 ケーキかな?
 でもまだ全然形がない。

 琥珀は忙しそう。
 帰る。
 マスターを待つの。










 夜。
 お散歩。
 
 静か。
 でも遠くで音。

 なんだろう?
 
 洩れる明かり。
 誰?
 琥珀?
 違う。

 台所。
 焦げ臭い匂い。
 なんだか煙。
 床に染み。
 音。
 匂い。
 変。
 凄く変。
 
「なんで上手くいかないんだろう……。
 姉さんのやる通りに同じにしているのに」

 溜息。
 マスターを起こしに来る人。
 翡翠。
 ときどきマスターを叱るけど、優しい人。
 お布団を暖かいふかふかにしてくれる人。 
 
「すみません、ちょっとどいていて下さいね」

 そう言って持ち上げられてしまう。
 そして窓辺に。
 取られてしまう布団。
 
 しばらくして日向の匂い。
 ふわーっ。
 舞い上がるシーツ。
 暖かいお布団。
 好き。

 いろんな処で見かける。
 玄関。
 居間。
 廊下。
 物置。
 
 でも、ここでは見ない。
 台所は琥珀。
 珍しい。

「翡翠ちゃんも、わたしがいる時にお料理にチャレンジしてくれるとフォロー
できるのだけど」

 いつもの琥珀の言葉。
 今はいない。
 琥珀がいないと台所は大変。
 
 洗われるお鍋。
 黒い変なもの。
 片付けられる。
 水の音。
 ちゃぽちゃぽ

 お部屋に戻る。
 マスターのところ。
 ここは良くない匂い。
 いちゃダメ。


 
 



 


 お昼。
 ぽかぽか。

 夜は好き。
 暗い夜。
 月の光。
 静かな空気。

 でもお日様も好き。
 木漏れ日。
 風。
 流れる白い雲。

 歩き回る。
 お庭と屋敷。
 何かの音。
 小さく聞こえる歌声。
 甘い香り。
 
 台所。
 ハミング。
 琥珀。
 なんだか機嫌が良い。

「あれ、姿が見えないと思ったら、いきなり出現ですねえ。
 レンちゃんは神出鬼没な猫さん……じゃないわね、今は」
 ミルク飲む?」

 ぷるぷる。
 お腹空いていない。

「そう。うーん? どうかしたのかな?」

 お鍋。
 ボウル。
 スプーン。
 お皿。
 小さな袋。
 
「わたしが何してるのか、知りたいのかな?」

 こくこく。

「手作りチョコレート。
 今日は二月十四日だから」

 二月十四日?

「と言ってもレンちゃんにはわからないよね。
 昨日と今日は、女の子の大変な日なの。
 大忙しで、好きな人の為ににチョコレートを作る日なのよ」

 ?
 よくわからない。

「まあ、お祭りに近いのかなあ。
 でも、秋葉さまはそわそわしているし、翡翠ちゃんは……」

 溜息?
 
「そう言えばレンちゃんも女の子だから、他人事じゃないわね。
 好きな人にね、チョコレートを贈るの日なのよ、今日は。
 レンちゃん、好きな男の人いる?」

 好きな男の人?
 いる。
 マスター。

「……って訊くまでもないわね。
 まあ、志貴さんたら、大層な人気だこと。
 わたしも人の事言えませんけどねー」

 じいーーッ

「レンちゃんも、チョコレートあげたい…よね」
 
 こくこく。

「なら一緒に……、と言っても火とか使うのは危ないし。
 それにちょっとお料理するには背が足りないわね。
 全部やってあげたんじゃつまらないし……」

 困った顔の琥珀。
 ダメなの?
 わたしはダメ?

「ああ、そんな悲しそうな顔しちゃダメ。
 小さな女の子は笑っていないと……」

 頭を撫でる手。
 やわらかい手。

 琥珀の顔。
 困り顔。 

「あ、そうだ。
 これなら何とか」

 笑顔。

「そうね、これなら出来るかな。
 レンちゃん、よく手を洗ってきて。石鹸を使ってね」

 こくり。
 ぱしゃぱしゃぱしゃ。
 石鹸
 泡。
 綺麗。
 ぱしゃぱしゃ。

「はい、綺麗にしましたね」

 手招き?
 テーブル。
 椅子。 

 ボウル。
 なんだか柔らかそうなもの。
 黒いぶつぶつ。
 ざーって黒い粉。
 これ、知ってる。
 ココア。

「チョコクッキーにしましょう。
 ちゃんと中にはチョコチップも練りこんで。
 生地は用意したから、このくらいの大きさでレンちゃんの好きな形にして」

 クッキー?
 クッキーは硬くてさくさく。
 これは柔らかい。
 違うよ?
 ?

「これを焼くとね、こうなるの」

 バターの香りのクッキー。
 リボンの形。

「こういう風に、犬の形にすれば犬のクッキー、猫なら猫になるわよ」

 わあ。 
 面白い。
 やりたい、やりたい。
 
「型で抜くより楽しいし、志貴さんも喜ぶでしょうから」

 志貴?
 マスター喜ぶ?
 本当?

 頑張る。
 マスターに喜んでもらう。

 ぺたん。
 こねこね。
 のばしのばし。
 ひっぱり。
 ねじり。
 きってぺたん。
 ちぎってぺたん。
 こねこねこねる。

 おもしろい。
 おもしろい。

「うーん、これは猫さんで、これは……、もしかして志貴さんかな?
 そうなんだ、だったら、ここをこうしたら……、あ、ダメ。止めときましょう。
 レンちゃんの好きでいいんだから」

 こねこね。
 じーっ。
 ちょん。

「うん? あら、それは……、わたし?
 ふふふ。じゃあ、ひとつだけお返し。ほら、レンちゃんですよ」

 わあ。
 わたし?
 嬉しい。

「不思議……。
 わたしが小さな女の子と一緒にこんな事してるなんて。
 うん、不思議。でも……。こんなのも……」

 視線。
 柔らかい目。
 遠くを見ている目。
 ?

「あ、ぼんやりしちゃった。ごめんなさい、レンちゃん。
 うん、もういいのね。はい、よく出来ました。
 じゃあ、美味しく焼きあげておくわね。
 志貴さんは夕方まで戻らないでしょうから、充分間に合うわ。
 レンちゃんの手作りですよって渡したら、きっと喜ぶわよ」

 嬉しい。
 頭を下げる。

「こうやってお辞儀すると、ありがとうとか、こんにちはとかになるから」

 マスターの言葉。
 ありがとうの印。

「いえいえ、どーいたしまして。
 可愛いラッピングも用意しておくから、後でまたいらっしゃいね」

 こくり。
 さよなら。

 とてとてとて。

 階段。
 廊下。
 部屋。
 ベッド。

 マスターの匂い。

 マスター。
 喜ぶかな?
 喜んでくれるといいな。
 
 少しお昼寝。
 疲れちゃった。
 お休み。
 マスターが戻るまで。



 早く帰ってこないかな。
 マスター……。


  Fin
  




 

―――あとがき

 バレンタインデーもの。
 きちんとした文章ではなく、ぶつぎれの言葉で綴ってSSが出来るか実験。
 あるいはレン視点で物が書けるか否か。
 ……。
 やっぱり無理。
 で、琥珀さんの台詞とか、最低限の補助入れました。
  
 それと最近、18禁方向にばかり針が振られているので少し揺り戻し。
 どっちも好きで書いているんですけどね。

 まあ、中身が無いお話ですけど、お楽しみ頂ければ幸いであります。

   by しにを(2003/2/14)

 いろいろご意見頂いてちょっぴり改訂(2/15)
 ちなみに旧版は《こちら》に残しています。僅差を比べるのも一興かと。


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