「どうした、気持ち良くないのか?」
「いえ」

 そんな事は言える訳が無い。
 でも、いくら子供の姿で小さなペニスであったとは言っても、これは……。

「なんだ、素直に言えばいいのに。
 こんなのじゃぜんぜん感じないって」
「え?」

 橙子は楽しそうに笑っている。

「入れた途端にいきなりでは、たまらないからな。
 ほら、これでどうかな」
「えっ? うああ、何これ、あああああ!!」

 ペニスは橙子の膣内に鎮座したままだった。
 橙子は淫らに笑っている。
 変化はそれだけ。
 体をわずからに揺する真似すらしていない。
 
 それなのに、突然志貴のペニスは認識しきれぬほどの、感覚の嵐に晒された。
 
 収縮。
 揺れ。
 震え。
 うねり。
 包み込む感触。
 絞り上げ、こねまわす感覚。
 無数の指で触れられ擦り上げられたような感覚。

 志貴は橙子の手で直接握り締められたのかと思った。
 しかしそれは違っていた。
 志貴のペニスは橙子の膣内に確かに入ったままだった。
 ゆるゆるだと思っていた膣壁がしっかりと志貴を挟み、襞の一つ一つが志貴
を迎え、動き、絡み付いているのだと、快感に悶絶しつつ志貴は悟った。

「少しはお気に召したかな?」

 自分が与えている効果を完全に把握している顔をして、橙子が志貴の顔を覗
き込む。
 志貴はがくがくと頷くのがやっとだった。

「では、始めようか?」
「始める?」
「ああ」

 にやりと橙子が笑ったように見えた。
 何を、と発火するような股間の熱さに頭を痺れさせながら、志貴は呟いた。
 すぐに答えは返ってきた。

 圧倒的な、今味わっていた快感と次元の違う快感。
 橙子がゆっくりと腰を動かし始めていた。
 膣内のじっとしていても生じる快感が、抽送によって何倍にも膨れ上がる。
 きつい膣道を貫く時の抵抗感。
 放そうとしない無数の襞に逆らって抜くときの擦れ引きつる快感。
 どちらも志貴をどろどろに溶かしてしまう。

 こんな快感の荒波に翻弄されるのは初めてだった。
 この姿になってからだけでも、シエルを始め、秋葉や琥珀・翡翠の姉妹と志
貴は関係を持ってきていた。
 しかし、その誰もがどこか性技の巧緻さよりも志貴への想いを正面に出して
いて、こうまで純粋な技巧に触れたのは、志貴は初めてだった。
 充分に興奮し心から少年の体を弄り愛する事を楽しんではいたが、橙子はあ
くまでいつもの冷静さを失っていなかった。
 志貴の反応を見て、そして自分自身の高ぶりですら他人事のように判断して
志貴の体に指を這わせ、舌を走らせている。
 その熱く同時に冷たいという相反した態度は、志貴により『年上のお姉さん
に弄ばれている』感覚をもたらした。

 それに、橙子の出自。
 言われても似ているとは思えない。
 いや、仮に瓜二つと言っていいほど似ていたとしても、ほとんど神聖視して
いる先生とは同じとは見なかったであろう。
 それでも。
 それでも同じ蒼崎の血を受けた、青子先生の実の姉である人と交わっている。
 その事実は、頭がおかしくりそうなほどの異様な興奮を、志貴に与えていた。
 
 肉体の快感と、精神の興奮、別々の尋常でないレベルの刺激によって起こさ
れる波に飲まれ、志貴は翻弄された。
 
 さっき出したばかりだと言うのに、また強烈な射精感覚が迫っていた。
 何とか抑えようとする。
 体を強張らせ、圧倒的な快美感に耐える。

 それに気づいたのかも橙子が声を掛ける。

「いいぞ、我慢しなくて」
「でも、俺だけ……」
「ああ、私を悦ばせずに自分が先に、と気にしているのか。
 いいんだよ、快楽に耐え切れずに達してしまう少年なんてのは、堪らない愉
悦なんだから、ほら、志貴、イッていいよ」
「ふぁ、ああ―――」

 尋常でない締め付け、舌でもあるかのように絡みつき嬲る橙子の襞。
 溜まらず志貴は体を震わせ、棒のようになって、幼いペニスから精液を迸ら
せた。
 橙子が上半身を倒し、ぎゅっと志貴を抱き締めた。
 胸の膨らみに志貴の顔は当たる。
 残りも搾り取ろうと蠢く橙子の動きに、ペニスは快感をまだ得ている。
 柔らかい胸の感触、甘い橙子の匂いに溜息を洩らしながら、志貴は余韻に浸
っていた。 

 橙子も、しばらくそうして志貴に甘えさせていたが、やがてゆっくりと身を
離した。
 志貴は、自分にこの世ならぬ快感を与えてくれた橙子の秘処を見つめた。
 しかし、そこにはほとんど今の様子は留めていなかった。
 さっきより濡れ光っている。
 さっきより赤みを増している。
 だが、まだほとんど手も触れられていないように、そこは乱れてはいなかっ
たし、志貴があれほど大量に放った精液もこぼれ落ちてはいなかった。

「座って」

 志貴はのろのろと身を動かした。
 まだ余韻がある。
 疲れはまったく無いが、どこかふわふわとして体を動かすのに意思の力が必
要になっていた。

「まだ、元気だな」

 志貴のペニスはまだ硬く勃ったままだった。
 抽送の動き故か、包皮は剥けたままで、亀頭のくびれの部分に畳まれて輪の
ようになっていた。
 今の交合の名残で、二人分の淫液でどろどろとなり、ツンとする性臭を放っ
ていた。

 しかし、それをむしろ好ましげにして鼻を動かし、そのまま橙子は口に含ん
でしまった。

「んん……」

 鼻に抜ける吐息が志貴に淫らに聞こえる。
 精液放ったばかりで、少しの刺激でもむしろ苦痛であったが、柔らかく暖か
い口の感触は、蕩けるように気持ち良かった。
 志貴は、わずかに身を捩ったが、そのまま橙子に身を委ねた。

 しばらくは志貴の状態を判断するように、橙子はほとんど動かなかった。
 ただ、唇で志貴を挟み、口の中の粘膜に志貴のペニスを当てたままで、うっ
とりとしたようになってただそのペニスの感触と熱さのみを味わっていた。
 当たっている舌が意識せずに動いてわずかに亀頭を擦るのと、そうしていて
も次第に唾液が溜まってくるのか、志貴のペニスに付着していた残液と一緒に
啜り込むのだけが僅かな動きだった。

 しかし、やがて志貴のペニスは復調を見せた。
 ずっと大きくしていたままではあったが、射精直後よりも硬く反り、橙子の
口を中から押すかのようになる。
 舌が触れた鈴口から、ツンとする匂いが溢れる。

 橙子は舌を絡めて、顔を動かし始めた。
 ぬめぬめとした唇が志貴のペニスの幹を締め付け、根本からくびれの部分ま
でゆっくりと上下する。
 
 志貴は抗わず、橙子の口戯にペニスを素直に委ねた。
 驚くほどの絶妙な動きだったが、さすがに二回出していたので、少し余裕が
生まれていた。
 跪いてこんな少年の股間に顔を埋めて奉仕している、年上の女性を息を弾ま
せながら熱く見つめる。
 下半身は裸のままなので、小振りで形の良いお尻が志貴の視点から丸見えだ
った。
 白い肌のうっとりするような丸み。
 橙子が顔を動かすたびに僅かに動き、その曲線、割れ目の絶妙なラインと陰
の部分が形を変化させる。
 それも見ものでは合ったが、それよりも橙子の顔に志貴の目は奪われていた。
 自分のものをしゃぶっている橙子の美しい唇。
 そんなに歪み淫猥でありながら、あくまでその品のよさを喪失していない。
 いや、唇だけではない。
 口一杯に頬張っている為に膨らみ歪に形を変える頬も、僅かにとろんと熱を
帯びた瞳も、口が塞がれたが故に呼吸のために動く鼻も決して蒼崎橙子の美し
さを損なってはいなかった。
 むしろ欲情し貪る姿よりも、ほとんど平然として知的な美貌の主が、年端も
いかぬ少年に悪戯しているという図式が、興奮を誘う。

 似ているだろうか。
 目は。
 耳は。
 口元は。
 その表情は。
 僅かにでも血の繋がりを示すものはあるだろうか。

 知らず、志貴は橙子の中に、青子を探していた。
 しかし、わからない。
 先生の姿を志貴は克明に覚えていた。
 どんな人ごみの中にあろうと、どんなに小さな姿であろうと、視界の中にも
し先生がいれば見つけ出せる、志貴はそう信じていた。
 しかし、先生の姉の姿と記憶の中の面影、志貴にはその相違の判断がまった
く出来なかった。
 いや、その自分と性的な行為を行っている女性の中に、蒼崎青子を見出す事
を志貴の心が無意識に拒否していたのかもしれない。

 しかし、矛盾する事に、先生と血の繋がりがある女性にとこんな事をしてい
るという事は、明らかに志貴を高ぶらせてもいた。
 
 深く橙子は志貴を呑み込み、強く橙子は志貴を吸上げた。

「ああ、もう……、橙子さん、出ちゃう」

 橙子はそれを聞いてさらに動きを加えた。
 口での抽送の邪魔にならぬようにしていた下を志貴のペニスのくびれに走ら
せ、誘い出すようにペニスの先を舌先で撫ぜる。

 強く幹を締め付けてしごく唇と、的確に急所を責める舌、そして唾液と先走
りと共に、尿管を通してまだ姿を見せぬ白濁液を啜り上げる口技。

 志貴はどくどくと、橙子の中に精液を迸らせた。

 全部、橙子は志貴の出したものを呑み込んだ。
 目に愉悦の色を浮かべて。
 喉を鳴らして、少年の吐き出した精液を呑み込む。

「はぁはぁ、あッッ……、やだ、もう……、わあああ」

 悲鳴。
 橙子は自分の唾液と志貴の精液とをずるずると啜り込み、そのまま休もうと
もせず、萎えかけたペニスを吸い、舌を絡ませていた。
 射精したばかりの敏感なままのペニスは、その刺激に痛みすら感じて、脳へ
悲鳴を伝えた。

 「ああぁッッ」

 ぴくぴくと志貴の体が弾み、悲鳴と呻き声を洩らし、涙すら流して志貴は身
を振り解き、その「苦痛」から逃れようとする。
 立ち上がり、身を捻じ曲げようとする。
 そこまでは動けた。
 しかし橙子は離さない。
 外観からは思いもよらぬ腕力で、志貴を縛る。
 床に体が崩れ、しかし橙子は志貴の下半身を支配し、ディープスロートを続
けた。
 甘美な音楽を聴いているかのように、志貴の声にもっと動きを速める。

「と…う、こさ……、ひッ」

 いつの間にか、橙子は眼鏡を外していた。
 刺すような目つきは、愉悦に歪んでおり、よりいっそうの恐怖を志貴に与え
た。
 しかし、橙子はゆっくりとペニスを口から抜いた。
 反り返った姿で、ペニスが現れる。
 橙子の唾液でてらてらと光った姿で。

「すまんな。
 さっきの可愛い声を聴いていたら堪らなくなった。
 もっとぞくぞくするような泣き顔と、泣き声を堪能したくなってな」

 橙子はそう声を掛けると、荒く息を吐く志貴を誘った。
 ソファーに仰向けに寝転び、手招きをする。

「最後だ。
 もう一回くらいは大丈夫だろう?」

 志貴は泣きながらも、従い、橙子の体に身を重ねる。

「もう、苛めないから」

 ペニスの先を指ではさみ、誘導する。
 志貴のペニスが橙子の膣口に呑み込まれていく。
 
 今度は最初からねっとりと絡み締め付ける感触を志貴は感じていた。
 それでも弱めにしているのか、動きは容易だった。
 強引な快感の押し付けで悲鳴を上げたのも忘れたように、今度は自らその気
持ちの良い穴により深くペニスを埋めようと、志貴は動いた。

「全部、入りました」
「動いて、ゆっくりでもいい」

 志貴はその外観からは不釣合いなほど、リズミカルに慣れた調子で腰を動か
していた。
 一見、上に乗った志貴が橙子を攻めているようにも見える。
 小学生程度の少年が、成熟した大人の女と交わっている、ある種の背徳感す
ら感じさせる構図。
 ショートカットの秘書めいた風貌、あるいは教師にも見えなくも無い。
 そう見ると、二人はさらに怪しく見える。

 橙子の中は先ほどとは違い、最初からきつく締め付けていた。
 蠢くような膣内の動きは今は止まっているが、それでも抽送の度に性感が強
く刺激される。
 すぐに臨界点を超えて、快楽の源泉へと激しく射精してもおかしくない。

 だが、何度か呻き声を上げて志貴は深く突いたが、終わりを迎えない。
 いや、迎えられない。

「もう出すものも無く、むしろ苦しいのに、体は快楽に踊っている。
 その苦痛と悦楽の表情。
 それは……、私には快美だ」

 志貴の状態を見抜いて橙子は呟いた。
 そう、軽い射精衝動はあれど、ほとんど弾切れな状態。
 それ故に軽い絶頂はあっても、完全な終わりには至らない。  

「このまま精が補填されるまで交わりつづけるのも楽しそうだが……。
 まあ、それもきつかろうから、手伝ってやる。
 ちゃんと快楽と共に果てるがいい」

 志貴の背に回されていた橙子の手が滑る。
 平たい臀部を探り、その谷間へ。

「え、なに……」

 迷う事無く指先は志貴の肛門に辿り着く。

「何を、橙子……、ひゃん」
「うふふ、初めてでもなかろう? わかるぞ体の反応で」

 ずぶずぶと橙子の細い指が潜る。
 第一関節、第二関節と潜り抜ける度に志貴の悲鳴は大きくなる。

「きついな。
 ん……、ほら、全部潜ったぞ。
 声も無いか」
「やだ、なに、これ……、あああッッッ」
「どうだ、中で曲げるとなかなかに楽しいだろう。もっと捻ってあげる」
「……!!!」
「ふふ、嫌がっているようで、こちらはずっと硬くなって……、
 私の中でびくびくしているぞ」

 確かに、その異様な感覚に志貴は戸惑っているものの、体はそれを快感と判
断していた。
 橙子の指が腸壁を弄る度に、押し殺した声が呼気となって洩れる。

「そら」

 志貴のペニスの根元を直接刺激する指の動き。
 深く己を貫く志貴の動きに合わせてのものだった。
 志貴のペニスが脈動し、ありったけの精液を子宮口に浴びせ掛けたのを、橙
子は感じた。
 その熱さ、その量、その激しさ。 

「ああ、こんなに……」

 息を荒くすることも無く、高潮した顔で叫び声を上げるでもなく。
 強いて言えば、温泉にでもつかったような僅かに緩んだ顔。
 しかし、外面がどうであれ、志貴と共に橙子も絶頂を迎えていた。

 僅かな陶然だけを露わにして。

 





 二人で寝転がるには少々狭い空間。
 それだけが理由ではないだろうが、重なり抱き合うようにして、橙子と志貴
は物憂げに性交の余韻に浸っていた。
 志貴は疲れ果てて声も出ない様子で。
 橙子ははや平然として、うまそうに煙草を吸っていた。

「どうした」
「なんだか、その……」
「ああ、若さに任せて何度も体を求めてしまった自分を恥じているのか?
 気にするな、私は許してやるよ」

 抗議しかけて、無駄と悟り志貴は黙った。
 その代わり、ひょっと思い出した事を呟く。

「何をしても消えない心の澱が、煙草を吸っていると少し灰になる気がする」
「ん?」

 妙なものを見る目で橙子は志貴を見つめる。

「なかなかに至言だが、その年で喫煙を嗜むのか、……ああ、元々の年齢はも
っと上だったか」
「それでも未成年ですよ。何故、煙草を吸うのかって聞いた時に知り合いが答
えた事の一つなんです」
「ふうん、女だろう、それは」
「ええ、なんでわかるんですか?」
「ふふん。男なら男にそんな答え方はしない。
 それと、理由があって吸うようじゃ煙草の味なぞわからん、とか言っていな
かったか、その御仁は?」
「なんで……。一子さんの知り合いって訳はないだろうし」
「そういうものでな。この件に関しては気が合いそうだ、一子さんとやらと」 

 煙草を吸い終わり、灰皿に放る。
 そして橙子はさっさと後始末と着替えをすませた。
 志貴が眺めているのをさして気にする事無く。
 元のこざっぱりしたした姿に戻り向き直る。

「どうした、なんで裸のままなんだ?
 まだ足りないというなら、サービスしないでもないが」
「違います。あの、採取はもうすませたんですか?」
「何の?」
「その、精液とか」
「ん? なんでそんなものを?
 経験した男の精液を集めて瓶詰にでもして、後から眺めて楽しむような変質
的な趣味は、私にはないぞ」
「いえ、そうではなくて、俺の体を作るのに使うんじゃないんですか?」

 訝しげな表情で志貴は訊ね、橙子はあっさり首を横に振る。

「ああ、それならとっくの昔に送って貰っているから」
「へ?」
「だから、琥珀さんとか言ったか、髪の毛やら精液、血液、爪や皮膚、その他
諸々はとっくの昔に用意して貰っている」
「じゃあ、なんで、今俺のこと抱いたんですか?」
「罪の意識なく少年を喰べてしまえる機会なんて珍しいしな、私の楽しみだが、
何か文句あるのか?」
「いえ」

 憮然として自分も服を着ようとする志貴を眺め、橙子は声も無く笑った。

「まあ、これくらいサービスしても罰は当たるまい。
 それとも、私とこういう行為をするのは嫌だったかね?」
「……気持ち良かったです」
「素直で可愛いな、君は。
 やっぱりそのままの姿でいないか?」
「戻してください」

 そうか、と残念そうに頷く橙子。
 はぁと志貴は溜息をつく。
 ここに来た事を後悔したくなっていた。

「しかしな、あと一年ほど精神と肉体の隔離の融合検証をしてみるのも決して
無駄な行為ではないのだが」
「どういう事ですか?」

 どことなく変わった橙子の物言いに、釣り込まれるように志貴は訊ねた。
 彼女をよく知るものなら、長くなるから止めておこうと思う表情を橙子はし
ていたのだが、当然志貴はそんな事は知らない。

「一つ聞こう、本来の遠野志貴の年齢は十七、八と聞いているが、今私の前に
いるのはせいぜい十歳程度だ。
 では、遠野志貴は本当は何歳だと思うかね?」
「それは……、中身が同じなんだから、肉体年齢は子供であっても、元の、あ
れ、でも治療で眠っていたりこの姿でいた姿は……、いえ秋葉の兄で高校に通
っていた遠野志貴が本物です」
「別に偽物と本物を問うた訳では無いが、まあ、そうだな。
 精神が主であり、肉体が従であるという考え方には同意しよう。
 しかしだな、一方で肉体こそがキャラクターを作り出すという概念もある。
 環境が人を作り、対人関係が社会的人格を作り上げるように、肉体と言う器
が、魂と言う中身を作り出すという訳だ。
 人相占いなどもさも根拠ありげに語られるが、つまるところ骨格と筋肉の組
み合わせが、人間の行動様式を規定するという考え方に基づいている。
 既に否定され消え去ったが、犯罪者の肉体的特質をパターン化する事によっ
てある種の定理を生み出そうとした試みなども存在していた。
 まあ、そんな話はともかくとして、君自身の話だ。
 普段の生活に於いて思考し判断するのは、本来の年齢の遠野志貴だろう。当
然だな、記憶も意識も十歳のそれでは無いのだから。それ故に自意識でも子供
の体にいる高校生の自分となっている。つまり、精神と肉体の隔離を意識して
いる訳だ。
 ところが、子供である肉体の束縛を受けねばならない事も存在する。当たり
前だが、肉体的能力だ。
 背も小さく、軽い体。
 変声期をまだ迎えず、力も無い。
 これまで持っていた、高さ、速さ、耐久力、それらを全て失うんだ。
 これが精神に与える影響と言うのは大きい。
 性的なものもそうだ。未成熟なつるりとした性器になり、本来合った性的能
力を喪失する。これは特に男には、影響が大きい。
 幸い、君はこうして女性を悦ばせる能力を手放しはしなかったが、もっと幼
い体だったら、どうだったろう。身は快楽を覚えていても精通はなく、ああ、
もっとも射精出来ない年齢でもエクスタシーは感じられるがやはり物足りない
だろう……、女性と交わろうにも相手にされぬか、そもそも成立しない。
 そうして本来持っていた肉体的な能力を奪われた状態でいるとどうなるだろ
うか……、精神・認識が肉体に従うのだよ、上手く折り合いをつけてね。
 自分は速く走れない、重い物は持てない、性交なんて出来ない、子供の体な
んだとね。何も珍しい事ではない。事故や病気で運動能力を喪失した人間は、
そうしている。また、急に変わる訳ではないが、老いるというのもそれに近い。
 そして、精神が本来の自分を忘れて今の自分を認めると、例え本来の姿に戻
ったとて、逆にそれを受け入れられなくなる。
 直った筈の怪我人が、元のように歩けない。若返った筈の人間が、結局は若
さを活かせない、それらの事象の根本は全部同じだ」

 あっけにとられて志貴は橙子が止め処なく話すのを聞いていた。
 いや、口を挟めなかった。

「あの、つまりどういう事でしょうか?」
「物わかりの悪いのだな。つまり、このまま君がその体に留まっていれば肉体
年齢相応に、退行したかもしれないのに、惜しいなと言っているんだよ」
「何が惜しいんです」
「君の周りの者で、その姿の方を望む者も多いと思うがね。どうせ放っておけ
ばそのうち成長するのだし」

 私もその姿の方がいいと思うのだが、と真顔で呟く橙子に、志貴は再度深く
溜息をついた。
 どっと疲れを感じた。

「志貴」

 しかし、その自分を呼ぶ声に志貴ははっとして顔を上げた。
 変わっていた。
 得体の知れない、自分を弄んで楽しんでいた顔が消えていた。
 表情は幾分生真面目なものになったが、ことさらに変化した訳では無い。
 だが、明らかに変わっていた。

 ここに来て、恐らくは初めて見る顔。
 志貴は緊張し、次の言葉を待った。

「これまでの説明は前段だと理解して欲しい。君は元の姿になる、それは良い。
 ただ、一つ決めてもらわねばならぬ事がある」
「はい」
「直死の魔眼についてだ」
「……」

 忌み名を聞かされた者のように、少年の微かに表情が固まるのを橙子は興味
深く見つめる。
 しかし、そのまま言葉を続ける。

「あれは、君にとっては望まぬモノ、ある種の呪いですらあった……。
 その姿になるまでは、そうだったな?」
「はい」
「では、あれに未練は無いのだな?」
「未練……、直死の魔眼への未練?」

 志貴は薄く笑った。
 決して少年の笑みではない。
 本来の志貴の年齢の少年期を抜けかかった男の浮かべる笑みでもない。
 強いて言えば、齢を重ねた老人の笑み。
 他人には理解できぬ時の刻みを一人で抱えたあらゆる希望を喪失した者だけ
が浮かべられるまったく笑みとなっていない笑み。

 橙子ですら、息を呑むような志貴の表情。
 何の気なしに傍らに目をやると、底知れぬ深い穴が開いていたかのような寒
気を誘う驚きがあった。

「あれへの未練、どうでしょう、俺にはわからない。
 でも、少なくとも喪失している今を悔いた事はありません」

 そこだけ暗く淀んだようだった志貴の雰囲気が元に戻り、橙子は軽く溜息を
ついてた。
 それでも動揺を志貴には感じさせない処は、さすがと言うべきだったろう。

「ふむ、勿体無いことだが、わからぬではない」

 いったん言葉を切り黙ってしまう。
 じっと考えるように。
 今度は志貴が、その居心地の悪い沈黙に耐え切れず、不安そうな顔をした。
 数秒、そして志貴の顔が恐怖すら含んだものに変わる。

「もしかして、本来の姿になったら、あれも元に戻ってしまうんですか?」

 橙子は表情を変えない。
 しかし、言葉が幾分柔らかくなる。

「……いや、安心していい。
 先天的に魔眼の力が活きていたのであれば別だが、君はそうではあるまい?」
「一度死にかけて、それから死の線が見えるように……」
「そうだったな。ならば仮にその体が齢を重ねようと、それをスキップした体
を得ようと、魔眼の力が現れる事はあるまい」

 志貴の安堵の顔を確かめて橙子は続ける。

「普通にすればだが」
「えっ?」
「望むなら、直死の魔眼の力、目覚めさせる事は可能だ」
「……」
「直死の魔眼の力、これは先天的なものだ。後天的に顕在化したにせよ、遠野
志貴、君の中に元々あった資質である事は確かだ。
 その力は、これは君の中に眠っている。
 ならば、それを目覚めさせる事は可能だ。
 何故なら、君の脳は、意識は、直死の魔眼という存在を憶えているのだから」

 志貴が言葉を消化するのを待ち、続ける。
 
「ただ、放っておけば死ぬまで発現する事はあるまい。
 死に接して目覚めたそうだが、もしも同じような目に合ったとて、同じ事象
が再度繰り返されるかは疑問だ。
 放っておけば、君は直死の魔眼を失ったままだ。
 だがね。
 それでいいかね。
 ここからが本題だ。
 いらぬならいらぬでいい。だが、再度その眼を魔眼封じの力を借りねば普通
に暮らす事すら出来ぬモノに変えたいなら、今のうちだ。
 多分、一度馴染んでしまえば、その体で発動させるのは困難になる。
 本当に、神をも殺す魔眼をあっさり手放すかね?」

 いったん橙子は言葉を切り、志貴の反応を待つ。
 即座の肯定の言葉は無いとみて、促しの言葉を続けた。

「さあ、魔眼持ちの体になるかね、それとも普通の体になるかね」

 初めて志貴の顔に迷いが現れた。
 喪失感が無い訳ではない。
 絶望し呪ってなお、直死の魔眼は彼と共に合ったものである。
 時には彼を、彼の愛する者を守る為の力となった。
 もしもこの先……。

 橙子は急かさなかった。
 新たな煙草を取り出すと火をつけた。
 ゆっくりと紫煙をくゆらす。
 2本めに移ろうかという時間が流れ、下を向いていた志貴の顔が橙子を見た。
 迷いの消えた、意思ある瞳。

「決めたのか?」
「はい」

 志貴ははっきりした口調で橙子に伝えた。
 どちらを望むのかを。
 橙子は頷いた。
 それでいいのか、等と言う無駄な言葉は吐かない。

「では、始めよう。
 心配しなくていい、腕は確かだ」
「お願いします、橙子先生」

 ちょっと意表を突かれたように、眉がぴくんと上がる。
 しかし、すぐに橙子の顔は魔術師のそれに変わった。

 普段は他の者には開ける事はおろか、存在すら認識できぬ扉を開ける。
 志貴を連れ、その昏いねっとりとした闇を湛えた部屋へと入った。

 
 扉は再び、消え、中で橙子の仕事が始まった。


 《END》









 

―――あとがき

 と言う事で、阿羅本さんの傑作シリーズ「ショタ志貴」物の完結編の更に後
を書いてみました。
 実言うと、前にご好意で見せて頂いたときに、この続きをとか悪魔の囁きを
されていて、ひそかに考えていたので、いい機会だなと。
 続きとは言っても、肝心な志貴の復活までは書いていませんが。
 さすがにそれは書けません

 蛇足ながら、ショタ志貴に興味おありなら、ついでに“こちら”もどうぞ。
 阿羅本さんの本伝があるのであれですが、個人的には愛着ありまして。

 少しでも、他の方がショタ志貴もの書いてくれる事を祈ります。
 他にいるでしょう、もっと凄い書き手の方は。


 それから、これは『月姫』SSであって、青子先生のお姉さんが出てきます
が『空の境界』SSではございません(誰に対しての言い訳なんだか……)
 でも、このタイプは月姫に出てこないので楽しかったなあ。予定の二倍の量
になるほど……。

 お読みいただき、ありがとうございました。

   by しにを(2002/9/21)




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