気がつくと、一人遠野の屋敷の庭にいた。
 周囲は暗い。
 夜の闇に包まれている。
 空を見ると、蒼を溶かした黒。
 星が見える。

 あれ、確か琥珀さんとレンが……。
 なんだったろう。

 どうにも記憶が定かで無い。
 しかし、何をやっているのだろう。
 こんな平たい庭石に胡座をかいて。
 ぼんやりと天を仰いで月を眺めて。

 ふと視線を落とすと、漆塗りの大きめの杯が置いてあった。
 正月のお屠蘇か結婚式の三々九度ででも使用するようなやつ。
 なみなみと透き通った液体で満たされている。

 杯のみで、徳利とか酒瓶とかはなし。
 まさか、杯に酒を満たして持ってきたのだろうか。
 訳がわからない。
 アルコールは普段呑まないだけで嫌いではないけれど、少なくともこんな月
を肴に杯を傾けてなどという、粋人の真似をする趣味は無い。

 でもまあ、気分はいいかな。
 暖かくもなく、寒くもなし。
 時折頬をなでる風が心地よい。
 こんな宵を、一人静かに過ごすというのも風流かな。
 およそ高校生らしい発想ではないけれど……。

 こぼさぬように杯を手にして、唇に運んだ。
 上善水の如しなんて言葉があったっけ。

 本当に濁りの無い水のように唇を滑り…・・・。
 ?
 ほんの少し舌に触れた処で止まった。
 口に入った分はそのまま飲み下し、まだほとんど残っているそれの匂いを嗅
いだ。
 それは水の如しどころではなくて……。

「ただの水じゃないか」

 まじりけなしの水だった。

「なんだ、これは……」

 中途半端に下ろしかけた、杯の水面に眼をやると、月が映っていた。
 まあ、いいか。
 なんだか興が乗った。


 俺は、その杯を―――――


     1.そのまま置いて、月をもう一度眺めた。
     
     2.改めて口に運んで、月ごと飲み干した。

 

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