目の前で困った顔をしている。
 不安な顔をしている。
 心細そうな顔をしている。
 無理も無い。
 俺は目の前の遠野志貴の顔を見て、心から共感した。

 きっと、遠野志貴の目の前にいる翡翠も同じ顔をしていると思う。

「困ったね、翡翠」

 翡翠が遠野志貴に言う。
 そして遠野志貴が翡翠に答える。

「はい、志貴さま」

 そう、今俺の前にいる遠野志貴の中身は翡翠。
 その翡翠が見つめている翡翠は実は遠野志貴。
 心と体が入れ替わっている。

 何でこんな事態に。
 はぁと溜息を漏らす。
 
「やっぱり今のが原因と言うか、きっかけになったのかな」
「……」

 俺の顔が羞恥の表情を浮かべて、ちょっと横に視線を逸らす。
 中身が翡翠とは言え、そんな女の子女の子した仕草は、なんだか嫌だなあ。

「気持ちが合って、シンクロして、まったく同時に……、だったから」
「……」
「つながったんだろうなあ、体だけでなくて精神も」
「……」
「翡翠もあの時、真っ白になってたろ」
「……」
「ねえ、翡翠はどう思う?」
「……わたしも、そう思います」

 そうだよな、他に原因なんか考えられない。

 今まで俺と翡翠は抱き合い、互いの体に溺れ、そして絶頂を迎えた。
 まったく同時に。
 翡翠が達してあげた声と俺の呻き声が重なり、
 俺が翡翠の中で迸らせたのと同時に、翡翠は全身を弛緩させた。
 
 それが、まったく同期して頭を空にして全身の力が抜けた事がきっと……。

 今しがたの恥ずかしい有り様を思い出すのが嫌なのか俯いて黙ったままの
翡翠から同意の返事を無理やり引き出して、ささやかな満足感を覚えつつ、
事態の改善策について検討する。
 そうだな、理由付けはともかく事象の原因を捉えるなら……。
 
「だとすれば、解決の手段は簡単だ」
「簡単なんですか?」

 翡翠が顔を上げる。
 わずかに顔色に希望の光が。
 この事態を何とか出来ると言われたのだから、当然だろう。

「同じ事をして、再現させればいいんだ」

 俺はあっさりと、でも重々しく答えた。

「再現……、ですか?」
「ああ、そうすれば今度は俺が今の翡翠の体に移って、翡翠がその逆。
 元通りになれると思う」
「でも、再現って……」
「翡翠の考えている通り。もう一度、してみるんだ」
「でも……」
「試してみて損はないよ。何もしなければ変化はないんだし。それに少なく
とも事態の悪化は無いだろうと思う」
「……」

 翡翠の戸惑う気持ちもわかる。
 正直、俺だってそうなんだから。
 でも、やれる事は試してみないと。
 元気づけるように翡翠の手を取って目を見つめる。

 翡翠も頷いた。
 わかってくれたか。

「じゃあ、始めよう」
「はい、志貴さま」

 と、ここで少し止まってしまう。
 ええと、この場合は……。

「どうすればよいのでしょうか」
「やっぱり翡翠から、するべきじゃないかな。さっきは俺がしたんだし」
「そんな……、できません」
「だよなあ」

 なんだか深刻なんだけど、冷静に考えたら馬鹿馬鹿しい状況だ。

「ほら、翡翠、ここだよ」
「志貴さま、そんなに脚を開いて……」
「いいから、立て膝になって、上から、ね?
 翡翠が上に乗る時の感じを思い出せばいいからさ」
「……はい、志貴さま」

 どこか機械的に翡翠が動く。
 自分自身の体ににじり寄り、俺の肉棒をあてがった。
 熱い。
 花弁を探るように擦るのが何とも気持ちいい。

 入れたらどうなるんだろう。
 僅かな恐怖と大きな期待。
 
 翡翠がぐいと腰を動かす。
 さあ……、あれ。
 にゅるん、て感じで。
 外に……。
 ぬめぬめと男根が絡まり擦る様は良かったけど。
 これは?

「ああッッ」

 翡翠がすがりついた。
 え?

 あ、翡翠の体ががくがくと痙攣している。
 下腹に白濁液が散った。
 ええと、翡翠が射精してしまったと言う事だな。

「翡翠?」
「あの……」
「まだ挿入もしていないけど」
「すみません」

 顔を真っ赤にしている。
 ぼそぼそと言葉を噛み殺すようにして話している。

「あの……、気持ちがよくて」
「そうなの?」
「あんなに急に……、気がついたら、申し訳ありません」
「いや、いいよ。そうだな、初めてと同じだもんな」

 女と男では全然勝手が違うだろうし。
 でも、これじゃ少し時間を置かないと……って、そうか平気なのか。
 早くもと言うか、ほとんど角度が変わっていない。
 自分の体ながら、こういう時は元気だな。
 異常事態で興奮しているから、だと思おう。

「ええと……」
「今度は心の準備が出来ましたから、平気だと思います」

 少し手順を細かく教えた。
 神妙に翡翠は『男』になる方法に耳を傾けた。
 こっちが恥ずかしがっちゃいけないな、と思ってなるべくきびきびと指示を
出すと、翡翠はかなり抵抗感を薄めて従ってくれた。
 今度はこちらから翡翠の男性に手を添えて、俺の谷間へ導いた。

「この辺かな?」

 微妙に角度が自分でもよくわからない。
 翡翠自身も事ここに到ると、協力的に俺の肉棒を自分の膣口に合わせようと
してくれた。
 それで何とか、翡翠と体を合わせられた。

「うん、いいみたい……、入れて、翡翠」
「志貴さまの中に入れます……、んん、きつい」

 先端は姿を消すが、そこで足踏み。
 どうも抵抗感の大きさに翡翠は躊躇しているようだ。

「体重を掛けて。
 平気だから、一気に翡翠のを入れてよ」
「いきます」

 ずぶずぶ……、そんな感じで翡翠が侵入した。
 痛みは無い。
 でも強烈な異物感と、それに伴うささやかな恐怖。
 大きい。
 いや、翡翠の秘裂が、膣口が小さすぎる。
 呼吸器にはまったく関係ないのに、息が詰まる。
 痛くはないけれど、体中を貫かれるような圧迫感。

 でも、この感触、決して嫌ではない。
 むしろ……。

 翡翠はと見ると、半分ほど肉棒を埋めた状態で止まり、喘いでいる。
 体を震わせ、もっと動こうとしては止まってしまう。

「志貴さま、ダメ、こんな、気持ちよすぎます」
「もっとゆっくりでいいから、落ち着いて」
「ああ、中がぴくぴく動いて、ぎゅっと締め付けてきて……、志貴さま、お許
し下さい。そんなにされては、もう我慢が……、ああっ」
 
 唇を噛み締めて耐えている。
 けど、こちらは何もしていないんだけど。
 翡翠が名器という事なんだろうなあ。
 いつもの感触を思い出す。

 ぎゅっと締め付ける膣内。
 うねるような襞。
 あたたかくて濡れていて、何もしなくても射精を誘う翡翠の……。
 そうだよな、気を抜くとすぐに終わっちゃいそうになるものなあ。

「ああ、ダメ、志貴さま。イっちゃ……」

 翡翠がしがみ付く。
 強い力で抱き締められ、ずんと腰が打ちつけられた。

 体の中に何かが広がる、未経験の感触。
 翡翠が俺の中で達して、放出をした。
 そう思うとじんわりと痺れるような快感が……。

 でも、さすがにこれだけでは達する事が出来ない。
 歯がゆさと、僅かな快美感を胸に、翡翠を抱いて、翡翠に抱き締められて、
しばしじっとしていた。



「少し考えよう。
 まあ、チャンスはいくらでもあるかもしれないけど、とりあえず今何とかし
ようと思ったら、あと一回か二回で限界だと思う。
 もう、無駄に洩らす訳にはいかない」
「はい」
「翡翠は比較的簡単に射精までいけるから、問題は俺の方だな。
 どうすればイケるんだろう?
 ……そうだ。
 翡翠に任せてじっとしている訳にはいかないし、あらかじめイク準備をして
おけばいんだな」
「はい?」

 やや戸惑っている。
 そんな翡翠に説明した。

「先に俺がイク寸前まで高まっていればいいんだ。一人でね。いや、翡翠にも
手伝って貰おう」
「一人でと言うと、その……。」
「ああ、自慰をするから、そのいつもやっている方法を指導したり、横から胸
とか、こことかを弄ってくれたりして欲しい。
 そうして、イク寸前まで高めてから、翡翠に挿入して貰って一緒に絶頂を迎
えよう」
「そんな、志貴さま」

 翡翠が抗議の声をあげるが、唇を指で押さえる。

「うん、恥ずかしいのはわかる。でも、あえてそうする。
 恥ずかしいと思うけど、方法は他にないし。正直、こんな事するの俺も抵抗
あるけど、のままじゃダメだろう?
 それに恥ずかしい事するのは俺だから、まあ翡翠の体だけど」
「わかりました。お手伝いいたします」
「ごめんね、翡翠」
「いえ、志貴さまのなさる事でしたら、わたし平気です」

 では……、うんん、緊張するな。
 ぺたんと座った格好で、こわごわと手を動かした。
 胸に触れる。
 掌にすっぽりとおさまる胸を包み込むようにして、ゆっくりと揉んでみた。
 柔らかくて、それでいてまだ熟れきらない果実のように芯に硬いものがある
翡翠の胸。
 いつも手で触れている時のすべすべした肌の感触と悦びは今も感じる。
 でも、同時に体の中もじんわりと熱をもって、快感を生み出し俺に伝える。
 だから、強く出来ない。

 もう一方の手を恐る恐る下腹へと動かす。
 開いた腿の間へ。
 未知の領域へ。

 よく知っていると言えば知っているし、ある意味翡翠自身よりも詳しいと言
えるのだけど、当然ながらそこに触れる事がどういうものなのかはわからない。
 翡翠の反応を見ると相当に敏感なところだとは思うけど。

 薄いほわほわとした恥毛をかすめ、さっきので開いた秘裂の外の唇に触れる。
 その柔らかい感触は馴染みのものの筈だが、どうも違う。
 指で開いてみた。
 
 「んんーーッッ」

 思わず声が洩れた。
 なんだ、これ?
 こんなにぴりぴりと来るものなのか。
 指がぬるぬると濡れる。
 俺の中から溢れた愛液と、翡翠の精液。
 
 喘ぎつつ、指を動かしてみた。
 気持ちいいと言うより、痛みのような強い刺激。

「志貴さま、もっと軽くしないとダメです」
「ああ、そうだね」

 触れるか触れないかの強さで粘膜を擦ってみた。

「ふぁぁっ」

 いい。
 これは、気持ちいい。
 ッッ!!

 もっともっとと指を滑らせると途端に呻き声になる。

「敏感なんだな、翡翠のは」
「……」

 しかし、こんなに強く感じるのだとすると……。

「翡翠、もしかして、いつもは強すぎたかな、俺が触ったり舐めたりするの?」
「少し、辛い事があります」
「そうだよな。こんなに敏感だとは思わなかった。感じているからいいかなと
か思い込んでいたけど、もっと優しくしてやらないといけなかったな」
「体の刺激についていけない事もありますけど、私は志貴さまに可愛がって頂
くのとても嬉しくて、それに気持ちよい……です」

 少し俯き気味にぼそぼそと喋る翡翠。
 あくまで外観は俺なんだけど、それでも翡翠への愛しさがあふれ出た。
 これは早く体を元に戻して、とびきり優しく甘く可愛がってやらないと。

「翡翠も触ってみて。普段しているみたいに」
「はい……」

 翡翠の手が意外と躊躇い無く伸びた。
 自分の体だからかな。

「ああ……ッッ、んんふっ」

 翡翠は俺の手の上、秘裂の上をそっと撫ぜた。
 凄く繊細な感触。
 そのむず痒い感じが次の瞬間に、蕩けるような快感になる。
 翡翠は指を膣口に動かし、愛液で濡らすとねばつく粘液を淫核に塗った。
 そしてまたこねるように淫核を包皮ごと指でそっと刺激する。

「翡翠、気持ちいいよ、凄い……」

 翡翠に合わせるように、優しく軽く自分の秘裂を撫で摩る。
 あせらずにゆっくりと。
 
 いつの間にか、翡翠の体が間近にあった。
 ベッドの上に座す俺の背後から抱くようにして翡翠が胸を合わせている。
 背後から手が伸びて俺を愛撫している。

 なんだろうどきどきとしている。
 オトコの匂い。
 汗ばんだ肌の匂い。
 大きくなった肉棒から漂うオスの匂い。
 青臭い、本来は不快ですらある筈の精液の匂い。
 それに、心惹かれている。
 自分のものなのに。
 
 翡翠の体だからだろうか。
 意識は遠野志貴だけど、体はオンナである翡翠のものだから、それでこんな
にオトコの遠野志貴の匂いに惹かれるのだろうか。
 いつも翡翠のいい匂いに蕩けそうになるように。

 見ると翡翠もさっきとは違う目つきをしている。
 明らかに欲情した目で俺を、翡翠の体を見ている。
 オンナの体に惹かれるオトコの目だった。

「志貴さま」

 翡翠が俺の顔を背後に向けさせる。
 俺は抗わず、その後の翡翠の情熱的な口づけをうっとりと迎えた。
 翡翠が入れた舌を受け入れ、口中を舐めまわすのを喜んで受け入れた。

 どちらともなく、体を動かした。
 俺は身を横たえ、翡翠はその上に乗った。

 翡翠が、俺を、貫いた。
 信じられない歓喜に体が跳ねる。
 
「翡翠、抱いて、思いっきり」
「志貴さま。ああ、凄い。締め付けて、きゅうきゅうって締め付けています」
「翡翠の凄い、こんな体が、奥まで、おかしくなる」
「志貴さま、ああ、志貴様の体、気持ちいい」

 何も、考えられなくなる。
 体中が翡翠を受け止め、翡翠を感じている。

「翡翠、もっと、いっぱいして」
「志貴さま、志貴さま……」

 後は意味ある言葉はなくなった。
 荒く息を吐き、喘いで。
 何度もキスをして。
 ただ、何とか愛しい相手の名前を呼ぶ。

「ひ、す…い、ひすいぃぃーーッッ」
「し、きさま、し…き……」

 ぐんと翡翠が腰を打ち付けた。
 頭まで響くような強い一撃。
 火花が散った。

 体がぎゅっと収縮したのがわかった。
 そして絶頂を迎えた。
 女の絶頂を。

 いつもの、男の体での絶頂と全然違う。
 叫んでいた。
 何かにすがっていないとどうにかなりそうで、翡翠の背に手を回してぎゅっ
と抱きついたまま、その快感に耐えた。
 翡翠の手もこちらの背中に回った。
 どこかに飛んでいきそうなるのを止めるように、抱き返してくれた。
 あ、白くなる。
 快感の波の果てで、翡翠の名前を叫びながら。
 完全に真っ白になった。

 翡翠が俺の中に溢れたのを感じた。
 
 ナンテシアワセ……。
 


 

 
 

「まあ、面白い体験だった……、と思おう」
「……」

 翡翠は真っ赤になっている。
 まあ、無理もない。
 あんな事までさっき俺にしたんだもんなあ。

 もじもじとして、下を向いてしまう様がとても可愛い。
 その小さい顎に手をやって、蕾のような唇に軽くキスをした。
 軽く翡翠の口から抑えきれぬ吐息が洩れる。

 そう、戻った。
 元に戻ったのだ。

 俺は翡翠の体から遠野志貴の体へ。
 翡翠は遠野志貴の体から翡翠の体へ。

 元通り。
 やはり思った通り、同時に絶頂を迎えた事が二人の意識を互いの肉体の交換
につながったようで、状況を再現する事で元に戻れたのだった。
 本当のところはよくわからないけど。
 とりあえずは、無事に自分の体を取り戻した事を喜ぼう。

「はぁ。でも、また今みたいなこと起こるのかな」
「……あの、志貴さま」
「ん?」

 なにか言い難そうな顔。
 
「もしかすると、今の原因ですが、心当たりがなくもないのですが……」
「えっ?」
「その……、姉さんに貰ったお薬が、その……」
「なんの薬?」
「それが……」

 どうしたんだろう。
 なんだか恥ずかしがっている。
 視線も落としてしまって。

 うーん?
 そして何の気なしに翡翠の頭に手を乗せた。
 別に何するでもなく。
 ……え?
 あれ?

 ―――翡翠ちゃん、志貴さんとは上手く出来ている?
 ―――ただ、志貴さんに可愛がられているだけじゃ、志貴さんも飽きちゃうし。
 ―――やっぱり二人の愛の営みなんだから、お返ししないとね。

 なに、この琥珀さんの声と姿は?
 頭の中に浮かんできて……。

 ―――別にね、すぐに志貴さんをめろめろにする技巧を持てとは言わない。
 ―――それはかえって翡翠ちゃんの魅力を減らしちゃうから。
 ―――志貴さんのしてくれる事に素直に感じられるだけでもいいの。 
 ―――男の人は自分が達する他に、女性を気持ち良くする事に喜びがあるの。
 ―――志貴さんと一緒に、翡翠ちゃんはイク事が出来てる?

 翡翠の記憶か、これ。
 シンクロしてた余波だろうか。

 ―――だったらね、いいお薬があるの。
 ―――少し感じやすくなるお薬。それとね、これを男の人と一緒に呑むの。
 ―――波長が合ってね、翡翠ちゃんも志貴さんについていけるから。
 ―――志貴さんに置き去りにされちゃうのって、もどかしいでしょう?


「って、琥珀さんの仕業か」

 にこにこと笑う琥珀さんの顔が見えるようだ。
 まあ、悪気はなかったんだろうけど、翡翠がらみだし。
 でも、琥珀さんに何かされるのは今が初めてじゃないしなあ。

 俺は思った――――

 
     1.少し琥珀さんにはびしっとした態度を示さないと

     2.せめて一度くらい仕掛ける側になりたいな



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