「式はきみが消えたと言っていた」
「間違いではないな。少なくともあの頃の両儀織はもういない」

 和服の少女は、どこか少年じみた表情で言う。
 女の子……じゃないのか?
 それに、よくわからない会話。
 とりあえず、二人の会話を聞くともなしに聞いた。

「じゃあ、君は何?」
「残滓かな。幽霊と言ってもいい。未練があって束の間現れたんだ、そう言っ
たらどうする?」
「僕の出来る事なら喜んで力を貸すよ」

 ふっと、織が笑う。

「ありがとう。でも本当は違う。正確に言うと、おまえと同級生だった両儀織
も、そして両儀式も既にいない」
「え? でも式は」
「代わりにほぼ式に等しい両儀式になったんだ。かつての式と織を取り込んで」
「つまり、ほとんど式だけど、君も含まれているって事かな?」
「そう。だからそう言う意味では完全に両儀織が消え去った訳では無い。
 だからこそ、仮初めとは言え、ここに両儀織がいる」

 幹也はしばらく、織の言葉を消化するように考えていた。

「ならば、君は君でやっぱり、織じゃないかな」
「かもな」
「僕は織に会えて嬉しいよ」
「そうか。でも、式と楽しくやっているじゃないか」

 普通の言葉。
 だが、何故か幹也にはその台詞が重く感じられた。
 
「ええと」
「当然ながら、知っているぞ、式と何をしているかは」

 幹也は目に見えて動揺していた。
 それを織は僅かな笑いを浮かべて見ている。
 そんな時なのに、式とは違う顔だな、と幹也の頭の片隅が感じていた。

「別に咎めている訳では無いぞ。
 恋人同士なのだろう。いや、なんだから私たちは……、と言うべきかな」
「……」
「どうして欲しいんだい、式?
 言わないとわからない。
 いつもの事ってだけじゃ、言葉が足りない」

 呆然と幹也が織を見つめている。
 その言葉は、非常に記憶に新しいもので。
 あまりに頭が真っ白になって、止めようとする事すら思い浮かばない。

「……気持ちいい、事して、幹也」

 完全な式の声。
 式の口調。
 幹也しか知らないそれが再現される。
 ただし、表情は織のままで。

 幹也は突っ伏した。
 頭を抱えてしまっている。

「いや、そんな恥ずかしがるとこっちが、困る」
「……」

 沈黙。

 そして再び語り始めたのは織だった。

「そんな様を心の何処かで織の欠片が眺めていて、嫉妬したらしい」
「嫉妬?」

 幹也が頭を上げた。
 織の言葉の響きに、どこか心揺さぶられるような何かを感じて。
 さっきとはうって変わって、どこか思いに耽るような、迷うような顔の織が
幹也を見つめている。 

「ああ、嫉妬だ。ただし、どちらに対してなのかわからなくて困っている」
「どういうこと?」
「式に対してか。それとも、幹也、おまえに対してか」

 苦悩であったのだろうか、その奇妙な表情は。

「幹也の心を捉えている式に嫉妬しているのか。
 それとも式に愛されている幹也に嫉妬しているのか」

 織は目を閉じた。
 そのまま続ける。 

「この場合、俺が幹也に何かをすれば満たされるのかな?
 それとも幹也に式でなくて織を……、そうすれば満足できるのかな?」

 目が開いた。

「どう思う、幹也?」

 そして―――――
  

     1.織が、動いた。

     2.幹也が、動いた。

 

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