王都猫狩始末記
 エピローグ


エピローグ

 
…こうして、この一件は落着を迎えた。結果として表面的にはごく些末なものに終わったが、一歩間違えば王都全体を巻き込む騒乱に発展した可能性もあり、またこれが残した傷痕は深い。忘れ去ってはならない事件であり、ゆえにここに記録を残すものとする。                                               王都猫狩始末記 おわ…
 不意に肩をたたかれて、ファルラスはペンを止めざるを得なかった。

「あ、何ですかタンジェスさん」
「何をまとめているんですか、何を」
 タンジェスが顔を引きつらせている。ファルラスは身の危険を感じた。しかし下手に逃げるのはかえって危ない。
「日誌ですよ。商売をやって行く上ではこういうのも必要ですからね」
「俺が言いたいのはそんなに大袈裟に書くものじゃないって事ですよ。何が王都全体を巻き込む騒乱ですか。あの馬鹿にそんなだいそれたことができるはずが無いでしょう。ただの誇大妄想人間だったんですから。奴に最初に襲われた時に若旦那が何かおおごとのように言うものだから、こっちはえらく神経を使いましたよ。後で調べてみたら、あの男戦争とは全く関係がないって話じゃないですか」
「だってしょうがないでしょう。魔術師なんてものが出てきたら誰だって大事だと思いますよ」
「それに傷痕は深いって一体なんです? 結局何もなかったじゃありませんか」
「結局、いなくなった猫達は戻ってこなかったでしょう。あなたが公園で出会ったっていう女の人とか、悲しんでいる人は少なくないですよ」
「そりゃあ、そうですけど…」
 荒っぽく息をついて、タンジェスは立ち去った。その背中を見ながらファルラスは苦笑する。機嫌が悪くなるのも無理はない。いなくなったと思われていたサームが本来の目的である猫を見つけてきた、つまりタンジェスの行動はほとんど全て徒労だったのである。魔術師を倒した事で停学処分が解ければ良かったのだが、例の犯人がいまだ捕縛されていないこともあり、それもなかった。しかも剣を折ってしまっている。

「旦那様、タンジェス様は奥でしょうか」
 表にいたエレーナが長い包みを抱えて入ってきた。
「ええ、それは何ですか」
「ノーマ卿の使いの方が、これをタンジェス様にとお届けにいらっしゃいました。剣のようですね」
「なるほど、さすがにする事が細かい。それではさっそく渡してあげてきてください」
「かしこまりました」
 一礼して奥に入って行くエレーナを見ながら、ファルラスはつぶやいた。
「ああいう風にして、戦う人間は絶えないんだろうな。若い世代を守るっていいながら」
 そうして彼は再び日誌に向かった。
 
ノーマから贈られた剣は、魔剣でこそないものの非常に高名な鍛治士の手によるものだった。官級品とは比較にならない銘品である。その刃は鏡のように磨かれ、そして研ぎ澄まされている。
「タンジェスさん、新しい剣ですか?」
 ふっとそこに、サームの顔が映った。タンジェスはやや慌ててそれを鞘に収める。
「ああ、まあね」
 サームの他にマリーズと、それに何人かの同年代の少女達が興味津々の体でタンジェスを覗き込んでいた。少女達はサームの「おともだち」である。顔は良い方で、それ以上に男気があるので小さいなりにもてるらしい。それに猫が一匹、寝ている。例の事件の発端となった猫である。やはりわれ関せずという猫らしい態度だ。それからエレーナがそれとなく目を配っている。サームが家を無断で抜け出して以来、誰かしらの監視がついているのだ。サームの方もそれを知っているらしく、あまり出かけていない。
「タンジェスさん、僕、タンジェスさんみたいな戦士になりたいです」
 サームが大きな瞳を輝かせている。タンジェスは初めやや目を丸くして、それから苦笑した。
「その必要はないね。そうあってはいけないんだ。俺達は君たちが戦ったりする必要がないように、軍人になるんだから。って、入学式の時に陛下がおっしゃってたよ。君は若旦那の後を継いだ方がいい」
 タンジェスは立ち上がった。王都の空は高く高く広がっている。
「平和だからね」
「?」
 不思議そうなサーム達をよそに、タンジェスは歩いていった。
「…あれ、何か忘れているような気がするな、俺」
 ふと立ち止まる。そしてこうつぶやいてまた当ても無く歩き出した。
「ま、いいや。平和だし」
 
 
士官学校生バイア・レームは学校の付近で不意打ちを受けて昏倒するとの失態を演じて五日間の停学処分を受けていた。その犯人も、タンジェスの件同様捕縛されていない。

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