正しい同人誌即売会の過ごし方(?)

7 友人をネタにするのはほどほどにしましょう

※そのくらい減るもんじゃないしいいじゃないか、とか言ってると、友達が減ります

              

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 それにしても、コスプレの話が片付いても、まだ不思議に思うことがある。それをふと、口に出してみた。リサを見た瞬間から湧き上がり、そして彼女の流暢な日本語を聞いた後から極めて強固なものとなったことだ。


「それにしても、アメリカ人でも日本のアニメやゲームに興味のある人とかいるんだな」
「それは違うわ」
 美月がきっぱりと、そしてごく簡単に否定する。その勢いに押されて、裕也は黙った。
「まあ、あたしもその傾向を否定できはしないけれど、日本人の欧米に対する劣等感は本当に強いものがあるわね。でも、漫画、アニメとゲームの本場はこの日本よ」
 美月は力説するが、裕也は首をかしげるばかりだ。映画のことなら詳しいのだが、その他欧米のサブカルチャー事情は良く分からない。ここで何故か、光樹が助け舟を出してきた。
「向こうで漫画といえば風刺か子供向けのようだし、家庭用ゲームについてはハードウェアもソフトウェアも日本に由来するものの市場占有率が高いそうだ。一つの文化および産業として成立しているという観点からすれば、日本をその分野での最先進国とみなしても間違いではなかろう」
「ああ、なるほどね」
 家庭用ゲーム機なら裕也も一つ持っている。各国事情に合わせて仕様は異なるようだが、輸出品になっているという話を思い出した。逆にアメリカから鳴り物入りで参入してきたハードウェアもあるが、その後あまり売れているという話を聞いたことがない。
 一方アニメーションに関しては、その原点となったのはまず間違いなくアメリカだし、現在でも一大産業ではある。熱心なファンが日本にも数多い。ただ、確かに光樹の言う通りその主なターゲットは低年齢層で、映画が好きな裕也でも、最近のアメリカ製アニメ作品などには興味がなかった。その点日本の作品には最近著名な映画賞を取ったものもあったりして、認知度が高まっている。
「日本人はもっと、自分たちがエンターテイメント産業に関して極めて高い能力を持っていることを自覚すべきだわ。グローバルかつブロードバンドの時代にあっては魅力的かつ多様なコンテンツの供給こそがビッグビジネスを生むというのに、旧態依然とした政府や産業界にはその認識が極めて乏しいのよ。知的財産分野では最近になってようやく特許権とかの保護が注目されつつあるけれど、エンターテイメント産業に対する保護育成、法整備はお寒いもいい所。まあ、仕事一筋で趣味もなく偉くなった人たちにとって、それがお金になるなんて想像もつかないのかもしれないけれど」
 美月の能書きをさも聞いているようなふりをして、裕也は適宜うなずいていた。しかし一方の光樹は、素晴らしい勢いで聞き流していたらしい。
「所で菱乃木、この本だが、見せてもらっていいかな」
 話の方向性をいきなり約五百四十度(一回転半)ほど変えてくる。彼が指差しているのは、美月自身が作った本だった。彼女ははっとしてうなずく。
「あ、ごめんごめん。見ていいって言うか、あげるわよ。裕也にも」
「いいのか、一応は売り物だろう」
「そう『一応は』ね。所詮素人仕事だって誰よりあたし自身が分かってるつもりだから、そうもったいぶるような代物じゃないのよ」
「じゃあ遠慮なく」
 そんな会話の間に、土台遠慮のないもう一人は既にその本を手に取っていた。裕也としても好奇心から、受け取って早速中を見てみる。
「へえ、やっぱり結構うまいな」
 それは今三人が扮しているキャラクターを題材にしたギャグ漫画だった。そのゲームのことは良く知らないのだが、先ほど簡単にプロフィールを見せてもらったこともあり、また美月自身にも才能があるためか中々面白い。
 画力も、さすがにいわゆるプロ並みとまでは行かず、また背景も簡単だが、しかし決して見られないものではなかった。少なくとも最近ときおり見かけるような、面白みを優先して絵の方には問題がある、そんな作品などよりはよほどうまい。むしろ綺麗にまとまっている分プロのものに比べてインパクトは弱い、そんな所だ。
「んー、昔から絵を描くのは好きだったんだ。服飾デザインとかにも興味があったから、デッサンの勉強もしてみたし」
 彼女にしては珍しいことに、美月は少しはにかんで笑った。
「へえ。じゃあ何でまたそういう方面の学校にしなかったんだ」
「まあ色々」
 そしてこれも珍しいことに、下手なごまかし方をする。本来はもっと口の達者な人間のはずだ。例えば裕也などが口げんかをしても絶対に勝てない。まあ、裕也としても本気でやりあったことはないのだが。そして光樹と議論をしても美月の方が勝つ。実の所理路整然という面では光樹が有利なのだが、それだけでは美月の勢いに抵抗しきれないのだ。後で内容を検証してみると彼が正しかったとも感じられるのだが、その場では明らかに彼女の勝ちだと思える。
「ふうん」
 だから裕也も、曖昧な返事でこの話題を終えることにした。土台裕也自身、そう真面目な考えがあって今の大学、学部学科に決めたわけではない。受験してみて合格した中では最も偏差値が高く、また就職の実績も良かった。それだけのことである。第一志望は別の大学だった。
「しかしよく、こういう話を思いつくよな」
 裕也にとって、漫画は物心ついて以来、ごく当たり前にそこらじゅうで売っているものである。だからそれがどうやって描かれているのか、不思議に思ったことさえこれまでなかった。しかし良く知っていた、あるいは少なくともそのつもりだった人間が創作活動をしているとなると、にわかに好奇心が沸いてくる。
「基本は人間観察よ。身近な所で面白い人って意外といるじゃない。それをただ単に『ああ面白かった』で済ませるんじゃなくて、覚えておいて、応用できないかって考えてみるの。才能のある人になるとその先があるみたいだけど、あたしはそこまでね」
「なるほど」
 そこでふと、気がついた。美月の漫画の中の眼鏡の男、その傍若無人っぷりがどこか光樹に似ている気がする。光樹は平板なローテンション人間、そのキャラクターは一貫したハイテンション人間のようだが、それぞれ自分のペースを絶対に崩さない所は共通しているように思えた。裕也の頬が、そうすまいという彼自身の努力を失敗に終わらせながら緩む。
「あ、これって、もしかして」
「んふふふふ」
 含み笑いを漏らす美月を、それまでむしろ真剣な眼差しで彼女の本に目を通していた光樹が見咎めた。やはり微妙なところでサイズが合っていないのか、すっと例の眼鏡に手をやって位置を直してから問いかける。
「何だ」
「ただの思い出し笑いよ。何でもないわ」
「そうか」
 その適当な言い訳に納得したわけでもないだろうが、追及しても言い逃れが続くだけであることはまず間違いない。口では勝てないと彼自身も承知しているのか、それ以上とやかくは言わなかった。少なくとも自分自身が、そのキャラクターと似ているとは思ってもいないのだろう。人間とは中々自分のことには気がつきにくいものであるし、また十分に脚色がされているので簡単には分からないようにできている。
「所で菱乃木。このキャラクターだが、言動の一部が長見をもとにしていないか」
 そして彼は、主人公キャラクターを指差しながらにわかにそんなことを言い出す。裕也は今度、吹き出しかけた。その主人公は登場人物たちの中では比較的穏当な性格だが、その分破天荒であくの強い周囲の人間に振り回される、そんな役回りになっていた。
「俺かよ。馬鹿言え」
「いや、思いつきを言ってみただけだ。気にするな」
「ぷっ…」
 瞬間、こらえきれずに美月が口を押さえる。裕也と光樹は二人仲良く、一斉に彼女を見やった。
「何だよ」
「何か」
「な、何でもないわよ、何でも。ただの思い出し笑い、ただの、ね。くくくくく」
 その笑いで、男二人は真相を悟った。この女、周りから手当たり次第にネタを拾っている。しかしそれを認めるとなると自分が着想を与えたのだと認めることにもなるので、結局追求ができなかった。むっつりと黙っているしかない。 
「あ、と。ケン先生だ」
 気まずい雰囲気から逃れるべく、美月は視線を泳がせていた。そこへちょうど良く、一人の男が近づいてくる。いや、あるいは話に入ってくるタイミングをうかがっていたのかもしれない。確かにあの状態では、声をかけるのをためらわざるを得なかっただろう。
 ちらりとではあるが、その名前は先ほど聞いたばかりなので覚えている。リサの連れのはずだ。だからてっきり外国人かと思ったのだが、どうもそうではないように見えた。
 身長は裕也とほぼ同程度で肩幅は一回り上、胸板もそのくらいだろうか。つまり体格は良い。ただ、黒髪、黒目で顔の彫りは深くない。つまり日本人であるように感じられるのだ。「ケン」というのは、「健」か何かかもしれない。
「お久しぶりです、先生」
「ハイ、お久しぶりデス」
 美月が頭を下げると、「ケン」も丁寧に頭を下げる。その声に少し、裕也は違和感を覚えた。しかし何がおかしいのか、とっさには良く分からない。
「はじめまシテ。ワタクシは、ケン=シャーと申しマス。先程こちらにお伺いシタ、リサの友人デス。ナガミさんと、サトナカさんでいらっしゃいマスか?」
 ああ、そうか。イントネーションが普段聞いている日本語と違うのか。裕也はようやく、それに気がついた。「ケン」の台詞は、内容的には完璧に日本語として正しい。少なくとも彼の知識の範囲内で言えば、尊敬語、謙譲語、さらに丁寧語まで、正確に使っている。
 しかし、発音が明らかにネイティブな日本語を体得している人間ではない。裕也としては形容に困るのだが、少なくとも「外人っぽい」と言われれば確かにその通りだと納得する、そんな発音だ。
 つまりこの人は、東アジア系ではあるが、日本人ではないのだろう。姓から判断して、日系だが二世や三世で日本語はできない、という人間でもなさそうだ。響きは中国のように思える。そしてリサの友人ということは、アメリカ国籍である可能性が高い。グローバリズムなんて嫌いだ、ややこしいから。先程から驚いてばかりの裕也はそんな、後ろ向きなことを考えていた。

続く


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