正しい同人誌即売会の過ごし方(?)
8 想像力を働かせながら行動しましょう
姓名はケン=シャー。日本語を話す、中国系アメリカ人と思われる。そんな相手に出くわして何となく対処に困っている裕也をよそに、光樹はさっさと挨拶をしていた。
「里中光樹と申します。以後よろしくお願いいたします」
誰もが認める傍若無人人間であるのだが、しかし彼は日本語を良く知っている。
少なくとも初対面の人間に対しては丁寧に応対する、それが日本の常識というものである。「はじめまして」の挨拶からいきなり親しげになる、そんな会話は、少なくとも一般的であるとされる日本語にはない。
そしてまた、ケンは少なくとも里中よりは年長のように見える。年長者に対して丁寧さを失するなど、それを覆すほど明確な身分における上下がない限り、きちんとした日本語としてありえない。
他人とのコミュニケーションに関して普通の人間よりかなり大きな距離をとっているはずの彼が、その面に関して何故か詳しいのは、裕也にとってちょっとした謎だった。
しかも彼は、頭を下げた後ごく自然にケンが差し出した手に対して握手をしている。日本人で握手の習慣を持っている人間は、ごく珍しいはずだ。少なくとも裕也に、自然な挨拶として握手をした経験はない
「ハイ、こちらこそよろしくお願い致しマス。ナガミさんも」
「は、はあ。どうも」
だから裕也は、握手を求められるとあまりうまく応対ができない。少なくともそんな日本人の反応に慣れてはいるのか、ケンは彼の動揺を意に介さないか、あるいは黙殺して光樹に向き直った。
「所で、不躾なことをお尋ね致しマスが」
「何でしょう」
「これがワタクシの勘違いであればお許し下サイ。もしや、里村先生でいらっしゃいマスか?」
彼は「里中」であって「里村」ではないはずだ。そして学生であって、「先生」などと言われる身分ではない。裕也はきょとん、としていたが、しかしそんな顔をしているのは、この場では彼だけだった。美月はにやり、と笑い、里村、こと里中は感情の動きを敢えて殺して表していないようだ。むしろいつもより口を引き結んで、彼を全く知らない人間からすれば極めて不機嫌に見えるだろう。
「先生、などとおっしゃられると恐縮の至りではありますが、確かにわたくしは里村との筆名を使っております」
こいつは筆名を使って一体何をしているんだろう、それも外人にまで知られるようなことを…。そんな長見の思考をよそに、二人の会話は進んでゆく。
「アァ、やはり。お会いできて嬉しいデス。先生の作品はいつも拝見しておりマス」
「それはお目汚しでした。拙作で恐縮ですが、よろしければ特にどれを気に入っていらっしゃるのか教えていただけますでしょうか」
「魔聖春秋デスね。風景としては原点に戻し、それとの対比で主人公たちの成長を描く、あの結末が素晴らしいと思いマス」
「ほう、今のものよりもあれですか。私としてはあの頃よりは多少なりとも成長したつもりなのですが」
「エエ、今のものの方が読んでいて引き込まれマスし、現にセールスもイイ。ただ、今お書きになっているものはシリーズが完結してイマセンから、評価を下すにはマダ早いかと」
「なるほど。ごもっともです」
しかも本屋で売っているものらしい。そこまで分かってようやく、長見には思い当たるものがあった。
「まさか?」
そう言えば聞いたことがある。自分たちが通っている大学には、現役の学生の中に小説家がいると。また、その学生作家が書いたという本が生協書籍部、要するに大学内の書店で平積みになって売ってもいた。興味本位でためしにそれを手にとったこともあるのだが、著者近影はおろかプロフィールも書かれていなかったので、話として眉唾だと思っていた。当然その本を買って読んだりはしていない。
その筆名が確か、「里村」だった。にやにやと笑うだけだった美月が、ようやく口を開く。
「やあねえ、今気づいたの? 我らが母校の誇る現役学生作家里村先生とは、誰あろう里中光樹君、その人よ」
「嘘だろ、おい」
確かに言われてみれば、本でも書いていそうな雰囲気はある。しかしそれは法学か、さもなければ純文学の話だ。裕也が記憶している限り、あの平積みになっていた本は娯楽作品だったはずである。このとてつもなく無愛想な男が、エンターテイメント産業に関わっているとはとても思えない。
裕也が驚く訳を察したらしく、美月はやや苦笑した。
「ははは。まあ、あたしも初めて知った時はびっくりしたけどね。でも本当にそうなのよ。光樹くんが書いた文章をちらっとみたんだけど、それがそのまま本になっているんだから」
「そう言われてもまだ信じられないな。それにだったら何で、文学部じゃなくて法学部にしたんだか。こういっちゃ何だがうちの大学は文学部の方が入りやすいんだぞ」
就職や資格試験に強いと思われている学部、要するに「役に立つ」と思われている学部の方が、概して人気は高い。もっとも大学で教えられている法学や経済学などが、実際に役に立つかどうかは、また別の問題である。
「あ、それはあたし聞いた。文学部っていうのは創作された文章の研究を教えても、創作を教える場所じゃないからだって。土台小説を書く才能は教えられて身につくものでもない、とも言っていたけれどね」
「ふうん」
そう言われてみれば、納得である。小説家だから大学で文学をやっていた、とも限らない。裕也でも簡単に名前を思い出すことができるビッグネームを例にとるなら、森鴎外は医者だった。それも軍医のトップにまでなったと日本史か国語で習った覚えがある。同時代のもう一人の巨頭、夏目漱石は大学から文学一筋であるが、イギリスに留学して、その後東京帝國大学で英文学を教えてもいる。つまり学究としての専門は日本語以外である。
光樹は熱心に、ケンから感想や意見を聞いている。珍しく他人に積極的に話しかける彼を、裕也は不思議そうに眺めていた。それが一段落した所で、光樹が話を変える。
「それにしても、良く私だとお分かりになりましたね。本には本名も写真も載せていないのですが」
少なくとも裕也は気がついていなかった。その話を聞いた経験がないところを見ると、美月を除くその他ゼミ員も同様らしい。そして光樹自身も、同様であるようだ。だから裕也は、本人が呈した疑問に聞き耳を立てていた。
「オヤ、私はリサから先生のことを伺ったのデスが」
「いえ、あの方は特に何も。ですからその線はないと思ったのですが」
「フム…? あ、アァ、分かりマシタ。 私は以前リサから、美月サンのご友人に里村センセイがいらっしゃるとうかがいマシタ。しかしリサ自身は、里村センセイにあまり興味がなかったのでショウ。彼女は漢字の多い本が苦手なので、日本の小説はアマリ読みマセン。彼女の場合日本の作品はアニメや漫画、そしてゲームが主デスので」
「なるほど」
ケンの説明は、裕也にとっても「なるほど」だった。リサの声が体格の割に高かったのは、日本のアニメの影響なのだろう。声優やその役柄にもよるが、概して平均的な日本人よりも音質はさらに高い。そう言えば、口調もそんな感じだった気がする。
話が一段楽したのを見計らって、ケンは時計に視線をやった。
「サテ、それではそろそろ失礼してよろしいでショウか。スコシすることがありマシテ」
「長々とお引止めしてしまって、申し訳ありませんでした。貴重なご意見は参考になります。ありがとうございました」
「イエ、とんでもない。ワタクシ個人としてはこれからの用事にあまり乗り気ではナイのですが、リサがどうしても、と言うモノデ。滅多にない機会を与えていただいたことに、コチラこそお礼を申し上げマス。ソレデハ」
丁寧に頭を下げてから、彼は立ち去った。光樹も同様に、頭を下げている。顔を上げてから、彼は裕也と美月を眺め渡した。少しだけ、その視線には皮肉な成分が込められているようだ。ただ、自分たちに対して悪意があるというのも違う気がする。どうやら自嘲しているようだ。
「正直な所驚いている、か?」
「まあね」
彼の敬語そのものは、それほど珍しいとは思っていない。例えば教授と話すときなどはそうだ。ただ、彼の場合には敬して遠ざける、的なニュアンスがある。普通の学生であれば、いくら相手が教授でも打ち解けるに連れて多少言葉遣いが崩れるものなのだが、光樹にその兆候は見られない。礼儀というものは人間関係を円滑にする反面、一定の距離を保つ手段ともなりえる、その良い例だ。
しかし先程の彼は、明らかに普段とは違っていた。読者である以上小説家にとっては客だからか、とも思ったのだが、それは美月が否定する。
「うん。あたしが光樹くんの本買ってみて面白かったって言った時は、あんなに丁寧じゃなかったし」
「社交辞令ではなく『貴重なご意見』だったからな。機会を逃すことができなかった」
「えー? あたしのは『貴重』じゃなかったの?」
むくれる彼女に対して、彼はかすかに笑った。
「君のは『意見』ではなく『感想』だ。純粋に楽しんでくれるから一読者としては実にありがたいが、それはこちらの誘導に全面的に乗っているという意味でもあるから、参考としての価値は落ちる」
「なーんか、ムカつく言い方ね。でもさ、折角楽しむために本を買ってるのに、そうしなかったら損じゃない?」
人生は楽しむためにあると確信している美月らしい意見だが、それだけにまだ機嫌が直っていない。笑ったのがまずかったと反省したのか、あるいは単に地に戻っただけか、ともかく光樹は真顔になった。
「無論そうだ。楽しむという背景を全く欠く意見も、あまり参考にはならない。論文の講評ならともかく、小説の存在意義そのものから乖離しているからな。要するに楽しみつつ冷静な観察もする、その両立が難しい」
「そりゃあ、奇特な人間よ」
美月が斬って捨てる。自分自身奇特だという自覚のある光樹はうなずいて済ませたが、裕也は反論した。
「そうかなあ。俺は映画を見て楽しんでるけど、同時にこれはどうだとか考えたりもするぜ」
「君は自分で思っているよりもずっと、論理的な思考力に優れている。珍しい人間の一人だ」
「うーん、って、おい、ちょっとは美月をフォローしろよ」
聞きようによっては一人だけ扱いが下である。自分がほめられたことよりも、美月の機嫌の方が気にかかる裕也だった。土台光樹にほめられても大して嬉しくはないのだ。
「誰も能力的に劣るとは言っていない。その意欲さえあれば君以上に論理を組み立てられる可能性は十分にある。ただ、菱乃木は本質的に感じることに重きを置いている、それだけのことだ」
「ほら、あたしって感受性が豊かだからさ」
美月はそれなりに、相手が光樹であってもほめられると嬉しいらしい。裕也に言わせれば、そもそもあの言い方でほめているつもりがあるかどうかも怪しいのだが。しかしそれでも、彼女にとっては考えることより感じることのほうが大事、と、感じているのだろう。それを認められることが心地よいらしい。機嫌はすっかり直っている。裕也は肩をすくめた。
「はいはい。まあ、それは分かったとして、そもそもお前が小説家だったっていう時点で驚きだよ。言われてみればその通りかもしれない、って思う部分もあるけどな」
「私のような偏屈で人間嫌いの人間には似合いの職業、か?」
そこには自虐的な響きも、逆に怒りの感情もない。あくまで淡々とした、いつもの彼だ。だからとっさにどう答えるべきか、迷ってしまう。その顔を見て、美月が吹きだした。
「この際イエスと言ってあげなさいよ。どうせ何を言ったって、傷つきはしないんだから」
「あのな、おい」
正直な所そうだと思ったが、しかし光樹自身ならともかく、裕也は取り立てて覚悟もないまま面と向かって相手を厳しく批判できるような人間ではない。口ごもってしまった彼に構わず、光樹は話し始めた。
「確かに長見のように、孤独を嫌う人間には向かないだろう。基本的に引き篭もった作業が中心の仕事だからな」
この男、何故こうもそう付き合いが深くもない他人の本質をずばりと突けるのだろう。それが小説家の小説家たるゆえんなのだろうか。そんなことを考えながら、裕也はうなずいた。
自分に指摘された通りの傾向がある、とは裕也自身も承知している。孤独に耐えられないというほど弱くもないつもりだが、独りで何かをすることが面白いとは思わない、そういう人間なのだ。
社交性が高いという面のみを見れば、美月も同様ではある。しかし本質面で自分とは違う、と裕也は思う。彼女は自分大好き人間なので、仲間と騒ぎたいときには徹底的に騒ぐが、逆に独りを楽しむこともある。
「しかし徹頭徹尾人間嫌いの人間も、物書きには向かない。表現するという行為も、相手があって初めて成立するからだ。不可欠の要素を嫌いながら行為を成立させるのは、不可能とは言わないまでも極めて難しい」
そして裕也が孤独を愛していると見ていた男が、今はそうでない一面をのぞかせていた。
「人間嫌いで物書きを目指す者が少なくないが、それは多くの場合間違いだ。少なくとも生計を立てるすべにはまずならない」
何やら自分の後進に対するアドバイスのようでもある。裕也は首をかしげた。
「何かあったのか」
「私個人としては、話すほど大層なこともない。しかし仕事に関連して人づてに聞くことは色々とある」
苦笑、と言うより失笑してから、彼は語り始めた。
「例えばある日、心当たりのない差出人から正体不明の包みが送られてくる。危険物でないことを確認してから中身を確かめて、ようやく小説の原稿であるらしいことが分かる。他には挨拶状も何もない。そんなもの、読む気になるか?」
何かと物騒なご時世である。正直な所差出人に心当たりがない時点で気持ち悪がるだろうな、と裕也は思った。
特に送付先が出版社であるなら、言論の自由に対するテロという深刻な事態も考えられる。新人賞など作品の公募を行っている会社であればむやみに疑ってかかるわけにも行かないが、その場合には何々在中と封筒の表面に朱書きするように、などと応募要綱に指定されるものである
また、基本的に住所が公開されない作家の自宅に、本名ではなく筆名宛で荷物が送られてくるとしたら、それはそれで怖い。
そして書店に並んでいるプロの小説家の作品であっても、手にとって読もうと思うものは限られる。ましてどこの誰ともつかない人間のものとなれば、裕也自身としての答えは決まりだ。
「俺だったら読まないけど、小説家なら職業柄読むってことはないのか?」
「確かに、普通の人間よりはまだ可能性がある。作家なら、ファンレターの類には必ず目を通す者が多い。しかしまず悪い印象を持ってしまった作品を、少なくともある程度客観的に、まして好意的に評価することは極めて難しいぞ。作家であっても所詮は、感情の動物である人間なのだから」
「要は単純な想像力ってわけか。そんなことをされたらどう思うか、ちょっとでもそれを、客観的な視点で考えられればいい。まあ、人間関係って奴は意外とそれが難しいんだけどな」
人間関係とは、そういうものだ。彼にとってはそれもごく当たり前であるかと思われたのだが、しかし光樹は二度もうなずいた。
「そして小説家にとって不可欠な能力は、想像力だ」
「ああ、なるほど」
作品を少しだけ離れてそれに接する人間のことも考える、その程度のことさえできない人間の創作したものが、果たして面白いだろうか? 趣味の問題と言ってしまえばそれまでだが、しかし裕也としてはその種の作品は敬遠したい所だ。
つかみ所のない世界観の中、独りよがりのストーリーに沿って、ご都合主義で動く現実味のないキャラクター、想像力がない人間が作った物語とは、そんなものではないかという気がする。別に小説に限った話ではない。漫画でも脚本でも、物語であるならば全てそうだ。面白い物語というものは、多くの場合そこで展開される人間関係が面白いのだから。
あるいは『ロビンソン・クルーソー』のような孤独な人間を題材にした名作もあるが、そのような作品であれば特殊な状況に置かれた人間の心情について、相当に具体的な想像ができなければならない。そうでなければ物語としての説得力など、ないに等しいだろう。
他人の心情を考えるという意味での想像力を必要としない、作者自身の日常的な感情を表現するような文学もある。ただ、それは詩や随筆などと呼ばれるべきものである。少なくとも小説でないことは確かだ。
そこまで、裕也には分かった。教えられればそれほど難しいこともない。小説家と、そして読者の身になって考えるという、それこそ少しの想像力さえあればいい。だからこそ、光樹の心情が少しだけ分かった気がした。あるいは勘違いかもしれないとも思うが、しかし他人の内面を全て把握できるなどと確信するとしたら、それは独りよがりに他ならない。その慎重さも、想像力だと思う。
「複雑だよな、なんか」
人間との直接的なコミュニケーションは必要としていないくせに、本質的には人間が嫌いではない。むしろ好きでなければ、それについて考えることも、またそれを別の人間に表現してゆくこともできないだろう。光樹の言う小説家像、つまり少なくとも彼自身に当てはまる存在とは、そんな人間なのだ。
「屈折しているのさ。ほかの物書きがどうかは知らないが、少なくとも私はそうだ」
光樹はそれだけ言って、笑った。それが彼なりの、しかし裕也にとっては笑えない、冗談だったのかもしれない。
そんな二人の学友の肩を、美月が同時にぽんと叩く。
「若いってなあ、いいやねえ」
そしてそのまま手を置いて、しみじみとした動作で首を振る。
二人の肩の位置は、彼女のそれよりもかなり高い。だからそんな動作はどうにも似合わない。どこか「連行される宇宙人」を連想させる。しかしそれでも、敢えてそうしているようだった。
「何だよ、そりゃ」
その肩をすくめて、裕也は美月の手を振り落とす。光樹の反応も好意的とは言いがたいものだった。
「私がか?」
こちらは首から上しか動かしていない。しかしその失笑は、先程彼が話した「想像力もないくせに小説を書こうとしている人間」に対して向けられたのと、同程度の悪意が込められているように見えた。
「うん。だって、二人ともすごく真面目に、人生考えてるじゃない」
「馬鹿いえ」
「人生を考えていると言うのなら否定はしないが、しかしそれと若いこととの間に何の関係がある」
二者二様の反応であるが、集中砲火であることは確かだ。攻撃してくる方向が違うのだから、十字砲火と形容しても良い。しかし彼女は、ひるまない。
「世の中には想像力とか思いやりとか、そんな尺度で測れない人間がいくらでもいるってことよ」
ただ、ひるんでいない割には、言っていることが月並みだ。本来彼女はもっと鋭い感性と表現力の持ち主なのだが、と裕也は警戒した。どうも何か隠し玉を持っている、そんな気がする。しかし押し負けても仕方がないので、自分としてもある程度無難な反論で様子を見ることにした。
「そりゃまあ、全員が全員そうなら、世の中から犯罪者はいなくなるだろうさ。まさか俺を、そんなことも分からないガキだと思ってる訳でもないだろう」
無条件に他人を信用するのは、少年を通り越して乳幼児のすることだ。思春期には逆にやたらと他人を信用できなくなったりもするが、やがてはそれを乗り越えて信用できる存在を自分で見つけるようになる。それが大人になることだ、と裕也は思う。
もっとも、そこまで自分が大人になったかどうかと、正面から問われれば自信のない彼ではある。成人式はもう済ませたのだが、大学生というのはどうもまだ、大人になった気がしない。
「そりゃそうよ。でも裕也も光樹くんも、凶暴な犯罪現場とかは、現に見たことないでしょ」
「まあな。じゃあ美月はあるっていうのかよ」
「いや、別に犯罪ってわけじゃないんだけど、何と言うか、ね。まあ、そのうち嫌でも見られるから」
「おいおい」
裕也は肩をすくめたが、光樹は平静そうだった。
「まあ良かろう。話からしてどうやら、我々に実害が加わることはないようだ。珍しい機会だから、ゆっくり見物するとしよう」
「…お前、意外と人生楽しんでるんだな」
趣味であり、また創作活動の基礎だともいう人間観察をするつもりらしい。考えようによってはひどい言い草である。言外に「呆れた」というニュアンスを込めたのは伝わったはずだが、やはり彼は意に介さなかった。
「ああ」
むしろ普段より強い調子で、全面的に肯定するのだった。美月はむしろそれを、面白そうに、眺めていた。
続く