正しい同人誌即売会の過ごし方(?)

18 一般客を装った関係者に気をつけてみましょう

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 行列に並びに行った美月を見届けてから、裕也は尋ねることにした。今の所、自分が向かっている目的地についての情報が全くない。
「で、お前はどこへ向かっているんだ」
「小説」
 待っていたと言わんばかりのタイミングで、光樹は即答した。ただ、それだけでは不足だと思ったのか、すぐにつけ加える。しかしその間に、彼は裕也の目を見る以前に、そもそも首を動かそうとさえしていなかった。ただ前だけを見ている。
「市販の小説を素材にした同人誌の区画のようだ」
「ふうん。なら、お前の作品を素材にした本もあるって訳か」
 何ということもなく、とりあえずそう言ってみる。彼は嘲笑して、否定した。
「まさか」
 そもそも裕也は、光樹の本がどの程度売れているのかすら知らない。ただ、逆に言えば、つまり光樹の本はその程度しか売れていないということだ。本当に有名な作家なら、小説に興味のない人間でも知っているはずである。特に裕也の趣味は映画鑑賞なのだから、その原作になる小説であれば知っていても不思議ではない。
 そんな状況を、光樹は嘲笑ったらしい。それならばそれは光樹の自嘲であると、少なくとも裕也は思う。それならば、自分がとやかく言う筋合いでもない。だから裕也は、怒らなかった。むしろ淡々と、話を進める。
「じゃあ、何?」
「同業者がどう見られているのか、その参考になる。私は少なくとも、同じ担当者が主に扱っている本には目を通している」
「ああ、なるほど。で、その同業者って、誰なんだ」
「須田閃(すだせん)」
「…って、おい! 今をときめく大作家じゃないか」
 一拍置いてから、愕然とする。光樹が口にしたのは、先日邦画の話題作として封切られた作品の、原作者の名前だ。あらかじめ美月が光樹は作家であるとの予備知識を与えてくれていなければ、裕也としては全くのヨタだとしか思わなかっただろう。
「別に何も、不思議なことではない。須田閃の担当者ともなれば、それだけでも極めて多忙だ。そんな人間が掛け持ちで担当できるのは、私のような締め切りを破れば即座に代替の作品や作家を確保できるし、その質に関しても大きな注意を払う必要がない、それからサイン会など執筆以外の活動もない、その程度の使い捨て作家だけだ」
 裕也の驚きの理由を完全に見透かしたらしく、光樹は淡々と答える。唖然とする裕也を見てから、「使い捨て作家」どのは軽く首をかしげた。
「まあ、少なくとも私は締め切りを破ったことはもちろん、そのおそれがあると注意されたことも一度としてないがな」
 確かにこの、見るからに精密機械のような男ならば、期限を守らないことなど絶対にないだろう。そのだいぶ前、何らかの事故を想定してもなお余裕のある時期に、仕上げておくに違いない。ただ、それがいわゆる「クリエイティブ」な仕事にふさわしいのかどうか、少なくとも裕也には分からなかった。
 そしてそれさえも、光樹は見通していたらしい。
「追い詰められれば追い詰められるほど、力を発揮する人間もいるものだ。私は例の先生がいつ、いわゆる缶詰になっているかは知っているし、その際に書かれた部分がどこであるのかもある程度推測がつく。しかしその部分を注意深く読んでみると、本人としても切迫した部分であればあるほど、描写に力がこもっていることもあるものだ。逆に私の場合は、自分で読んでいるのだから当然なのかもしれないが、自分でも起伏がないように思えることもある」
「火事場の馬鹿力、って奴か」
「さあ。少なくとも私はそんな力を出した覚えがないし、これからもそのつもりはない。さらに言えば、そうしろと言われた覚えもない。だからその面についていえることは『分からん』の、一言に尽きる」
「いや、まあ。そこまで言ってくれれば十分だよ」 
 と言うよりも、これ以上光樹に小説に関して語らせると、収拾がつかなくなりそうだ。だから社交辞令的に裕也としてはそう言ってみたのだが、相手はというとむしろ素直と形容したくなるほど簡単にうなずいた。
「そうか。さて、このあたりのはずだが」
 そしていきなり話を変える。さすがの彼が、少しきょろきょろとしていた。漫画やアニメのようにぱっと絵を見て分かるものではないし、またサークル自体もそれらに比べれば少ないらしい。そのためやや、探しにくいのだ。また、眼鏡が普段使っているものではないという不利が、ここへ来てようやく出ているのかもしれない。
「ええと、ああ、あの列じゃないか」
 視点が高いこともあり、裕也の方が早い発見になる。
「済まん」
 光樹はそうそっけなく礼を言ってから、その方向へと歩き出した。この男でも礼の言葉を知っていることに感心すれば良いのか、あるいは相変わらずの仏頂面に呆れれば良いのか。裕也はそんなことを考えながらも、大人しく後へついていった。
 近寄ってみて本や看板などを見てみると、確かに須田閃、あるいはその作品名などが書いてある。ただ、絵柄にはやはり統一性が見られなかった。
「挿絵とかはない本なんだっけ」
「いや、ある。ただあの先生の趣味で、かなり個性的な画風の持ち主を挿絵画家として採用している。だから一部では不評だそうだし、そうでなくてもこのような一般的な漫画調でまねるのは難しいだろう」
 ざっと見渡してから、光樹はふと一つのスペースに眼を留めた。
「ああ、しかしそれなどは比較的うまくデフォルメができているようだ」
「ふうん」
 元の絵を覚えていないので、そう言われても良く分からない。むしろ裕也としては、同じ本を見ている人間の方が気になった。例えば美月が並びに行ったような人気サークルでもなさそうなのだが、しかし手にとっている人間がいる。それもざっと目を通しているのではなく、かなり丁寧に読んでいるようだった。
「お前の他にもお目が高い人がいるみたいだな」
「ん?」
 視線を上げた光樹の動作が、一瞬止まる。そして二人分の視線に、熱心に本を読んでいる男も気がついた。
「…………」
 たっぷり五秒は、固まっていた。それから彼は持っていた本を買って、すすっと近づいてきた。光樹は軽く、頭を下げる。
「とりあえず少し、場所を変えませんか」
 男の低く抑えた第一声が、それだった。いきなりやばい話か、と裕也としては身構えてしまうが、しかし人相が悪いようにも見えない。むしろ人の良さそうな、三十代前半の男である。服装も、周囲にはどこか奇妙な人間が頻繁に見られる中、ある程度無難にまとめているようだ。
「そちらがそうおっしゃるなら」
 自分にもやましいところは全くないのだが。そんな顔をしながら光樹もうなずいて、その場を離れた。ことの成り行きにより、裕也も同行である。
「ちょうどさっき話をした私の担当、間宮さんだ。無論須田先生の担当、と言ったほうが世間では通用するが。こちらは長見、私と同じゼミに所属しています」
 とりあえず通行の妨げにならない所まで来て、光樹が端的に紹介する。裕也はすぐに頭を下げたのだが、しかし相手の方が早かったし、また深々としていた。さすがは社会人である。
「お初にお目にかかります。先生の担当を致しております、黒田出版の間宮と申します」
「あ、はじめまして。長見です」
 相手が自分を客として扱うような場面であればともかく、そうでないときにこうも丁寧だと、学生の裕也としては少し戸惑ってしまう。名刺でも渡されたらどうしようかと思ったが、しかしさすがにそれはなかった。名刺は交換するのが常識だが、裕也はそんなものなど持っているはずもない、それを配慮してくれたのかもしれない。
「しかしそれにしても、こんな所でお会いできるとは、思ってもみませんでした。しかもその格好は…」
 間宮は明らかに、笑いをこらえている。それでも光樹は、平然と答えた。
「我々をここへ連れてきた人間の悪ふざけですよ」
「でしょうね。もし先生ご自身がそうなさったとなれば、私は担当を辞めさせていただかなければなりません。理解があまりに足りなかったことになります」
「別に私は、理解してもらわなくても構いませんが」
「先生ならそうでしょう。しかし、私はサラリーマンですのでね。担当作家に対する理解にかけるなどと上司に知れたら、考課に大きく響きます」
「それは大変ですね」
 その内容に反して、口調はあくまで相変わらずだった。まあ、元来人づき合いが嫌いな上に、一般的なアルバイトの経験すらない学生に、勤め人の苦労を芯から理解させることなど土台不可能である。さすがに彼をそれなりに理解しているという自負があるだけに、間宮は逆らわなかった。
「まったく、大変です。それで、その方は今どちらに」
「男膜の向こうの列の中です」
「はは、なるほど。それで先生はこちらへ」
「はい。それより私としては、あなたがここにいらっしゃることが不思議です。確かあの方、今日も缶詰なのではありませんでしたか」
 具体的な名前は出なかったが、しかし裕也は光樹の話から状況を正確に理解した。間宮が担当しているもう一人、須田閃の原稿が、今は危険な状況なのだろう。担当編集者であるなら、出来上がり次第本にする作業をしなければならないはずだ。
「ええ、おっしゃる通り、缶詰ですよ。それもホテルではなく、別館にね」
 間宮はしれっとした顔で言う。しかし、あの、里中光樹が眉をひそめていた。詳しい状況を知らない裕也でも、その怖ろしさを察せざるを得ない。
 ちなみに光樹が知っている限りにおいて、黒田出版の「別館」とは、「本館」である本社ビル裏手の建物のことである。仕事で本館に用事があった際、歩きながら、また窓越しに見かけたことはある。それなりの規模の出版社の本社ビルに付属しているのだから、立地としては当然ながら都心の一等地だ。
 ただ、それ以外の条件が悪すぎる。それなりに高層建築になっている「本館」の北側に位置しており、日当たりが悪いことこの上ない。建造物としても古く、空調はないと考えた方が良い。特に締め切りを破る度の過ぎる作家が閉じ込められるのは、そんな中でもさらに状況の悪い部屋だ。
 それこそ光樹のような若手作家なら締め切りを破った時点で見捨てても良いのだが、大事な人気作家の場合そうも行かない。そしてそのような作家の場合他の出版社でも原稿依頼を受けていたりするので、その別の出版社から介入される危険のない環境に置かせる必要も、時としてあるのだ。結果、締め切りを破る、あるいはそれに近いことをする作家は、下手をすると窓もない部屋に押し込められることになる。
 もっとも、光樹自身には彼に言わせれば当然ながら、缶詰の経験はない。はじめからその危険のある仕事は引き受けない、そんな性格である。時折、それこそ別の作家が原稿を落とした際のフォローに回ることもあるのだが、その時にも十分な量の予備を用意しているのが常だ。だからその噂に聞く恐るべき部屋の現物を、目の当たりにしたことはなかった。しかしそれだけに、未知の恐怖がある。
「そんな状況下で、どうしてこちらにいらっしゃるのですか」
 あくまで、光樹の表情に変化はない。しかし彼にとってはこれが最大限の非難である可能性があると、裕也は察していた。怒り、あるいは不快感などが、必ずしも顔に表れない人間である。ただ、さすがは担当と言うべきか、それを間宮も理解しているようだ。
「これも仕事です。会社の予定表にはちゃんと、休日出勤で直行、直帰と書いてありますよ。むしろサービス残業やサービス休日出勤じゃない分、私としてはありがたいですね。缶詰の方はもちろん、別の人間をつけていますし」
 きちんと、状況を説明する。しかしそれによって、むしろ光樹の疑問は深まったようだった。裕也としても、ほぼ同感である。美月、あるいはリサのやっていることを見ている限り、ここで行われているのは誰がどう考えても趣味のイベントだ。
「仕事ですか」
「はい。同人誌が売れるほど人気のある作品、あるいは同人誌が作られるほどコアな人気のある作品、そして挿絵として好まれる絵柄などなど、顧客の動向がここへ来れば一目で分かります。まあ、少々マニアックな偏りがないではありませんが、しかしマニアがつかないようなものは、商品として前途が乏しいですから」
「なるほど」
 光樹は口に出して言うが、裕也としても文字通り、なるほどである。元々間宮の仕事は、娯楽小説に関するものだ。それならば、趣味に関する動向は仕事に関して大いに参考になる。
「それならば、なぜ人目をはばかるようなことを」
 そしてそれならば生じる当然の疑問を、光樹が指摘する。間宮はそれは微妙な問題だ、と、まず表情で示した。
「まず、相手が先生方ご本人や我々編集など、関係者だと分かってしまうと、同人誌を作っている側としては売りにくいんですよね。何しろ二次創作でも、百パーセント素材の本に好意的ではありませんし。むしろ好きだからこそ手厳しい意見があったりもします。しかし我々としては、手厳しかろうが理不尽だろうが、ともかくお客様のご意見はできる限りいただきたいのですよ」
「ほう」
 光樹はごく簡単にうなずく。それが続きを促す意図であると、間宮は理解していた。だからそのまま、話を続ける。
「それに、法律の面で微妙だったりもします。今申し上げたとおり貴重な参考資料になりますし、そもそもうちで売っている本を好きで同人誌を作っていらっしゃるわけですから、当然むげにはできません。ただ、出版社として公認しているような外形を作ってしまうと、著作権法上好ましくないのです」
「法学部に在籍しておいて不勉強で恐縮ですが、そのあたりの法規がどうなっているのか、教えていただけますでしょうか」
 うわー、耳が痛い。学生としてはごく真面目な部類に入る彼がそんなことを言うのを聞きながら、裕也はまずそう思っていた。
 ただし、裕也には裕也なり、というより法学部生には法学部生なりの、言い訳がある。日本にある法律だけでも、全て勉強しようと思ったら一生かかっても終わらないのだ。大学図書館には複数の棚を使って法律の条文だけをまとめた本が並んでいるし、判例、学説となるとそのさらに何倍にもなる。
 その中で、法曹志望なら憲法、刑法、民法など一般的な法律科目の勉強をするし、公務員志望なら行政法、あるいはその他興味のある法律…と、それぞれの専門を見つけるものだ。
 著作権法なら確か「知的財産法」と呼ばれる項目で、その授業もあるし、またそれに関連して特許権などの事務に当たる弁理士、という資格もある。ただ、授業で使われる教科書がとてつもなく分厚いのを見かけたことがあり、選択しなくて良かった、などと裕也としては思ったものだ。
 あるいは勉強熱心な光樹であればその辺も押さえているかもしれない、とも思えたが、どうやら違うようだった。本を書くための様々な知識は貪欲に吸収しているが、そこから得られる収益に関しては基本的に無頓着なのかもしれない。
 そして、間宮は肩をすくめた。
「何もありません。そう理解していただくのが、最良のようです。まあ、もちろん私の法律に関する勉強などは先生方の足元にも及びませんので、これは法務担当からの又聞きですけれどね。ある著作物に対して、ファンの人間がそれを素材にして二次的に著作物を作る、というここでは当然のように行われている行為自体が、そもそも著作権法の想定していないことなのだそうです」
「著作権法が規制しているのは単純な複写や模倣でしたね、確か」
「ええ。最近になってここでされているような二次創作に関する裁判も出てきたようですが、そこまでになったのは極端に性描写が多くて作品のイメージを壊したりして、私などに言わせれば訴えられて当然という事件だそうです。そうでもない、本当に微妙な事柄に関しては、まだまだ分からない点が多いと聞いています。ですから我々当事者としては、うかつにその行為を認めたと見られるような行動は控えるべきだと指示されているんです」
「確かに。法規や判例がない以上、明示あるいは黙示の承認と見える行為は、裁判にまで発展する場合を想定すれば避けた方が良いでしょう。それがその一件だけならまだしも、判例として確立でもされれば著作、出版業に対する損害は計り知れません」
 光樹が難しい顔をする。裕也としても、ことの重大性を理解できないではなかった。
 著作権、というのはそれを持っていない人間の無断使用を許さない権利である、とも考えられる。ただ、逆に言えば正当な権利を持った人間の許可があれば使えることになる。それは、先程光樹が話していた。そして許可を与えたということは、契約書が必要であるとは限らない。口頭でも構わないし、場合によっては何も行動を起こさないことが、要するに黙認であるととられることもある。裁判沙汰というのは法律上最悪のケースなので、行動は慎重でなければならない。
「という訳で、我々としてはあまりおおっぴらに同人誌を買い漁ったりはできないのですよ。その点、先生にもご承知置きいただければありがたいのですが」
 大きくうなずいてから、間宮は光樹の目を見据えた。それに対して光樹もうなずきかえす。
「承知しました」
「まあ、ご自分の著作に関する二次創作で、面白そうな本を見つけてそれをお買いになる程度なら問題はありません。ただ、内容があまりにひどいとお感じになるようでしたら、とりあえず私にご相談下さい。内容証明郵便で抗議文を送りつけるなり、後のことはこちらで済ませますから」
 さらっと、実は怖いことを言う人である。しかし場合によっては作家を缶詰にするなど、トラブルが起きれば強硬手段に訴えるのも仕事だから、本人としてはそれが普通だと思っているのかもしれない。とりあえず、光樹はそれを素で流す。
「少なくとも今のところはありえないと思いますが、何かありましたらよろしくお願いいたします」
「ええ、それが仕事ですから、お気になさらず。さて、それではそろそろ失礼させていただいてよろしいでしょうか。何しろ仕事ですので、ご挨拶程度は当然としても、あまり油を売っていると上司にばれたら大変です」
「はい。お引止めしてしまって、申し訳ありません」
「いえいえ。あ、最後に一つ。それを拝見してよろしいでしょうか」
「この地図ですか」
 美月に渡されたものである。それは彼女が自分のためにチェックを入れていたものに比べれば、ずっとしるしが少ない。間宮はややうやうやしくそれを受け取った。
「失礼します。ええと…ああ、さすがは先生ですね。いい所をチェックされています。もう現物をご覧になりましたか」
「いえ、それは私ではなく、私をここへ連れてきた知人が作ったものです。これから行く所ですが」
「ほう…」
 少し間が開く。彼としては、心底感心しているようだった。
「いいご友人ですね。プライベートだけでなく作家としての先生にとって、貴重な方だと思いますよ」
「そうですか」
 地図を返してもらいながら、光樹はやや不思議そうな顔をする。しかしその疑問には答えず、ただ笑ってから、間宮は立ち去った。
「仕事だって言ってるけど何か、歩き方が楽しそうだよな」
「まあ、仕事を楽しむのは悪いことではなかろう。作家を缶詰にしたりするのを楽しんでいるのならともかく」
 光樹はもう、彼に興味がないようだった。視線を美月にもらった地図に落としている。
「えらい褒めようだったな、しかし。基本的にあんな感じの人なのか」
「いや。必要ならいくらでも世辞が言えるが、さっき私に対してそうする必要はなかったはずだ。大体、編集におだてられても私の仕事の速さは変わらんと、一番良く知っている人間だぞ」
「そうだよなあ」
 それでなぜ創作活動が楽しいのだか、と思えるほど理知的で感情の起伏に乏しい、少なくともそう見える人間である。そもそもおだてに弱い、というタイプの人間なら、例えば人の感情を察して喜ばせるのがうまい、美月などにいいように使われてしまうはずだ。しかし実際の力関係はそこまで圧倒的ではない。美月が力で押し切れば押し切ってしまうのだが、その場合美月は美月で、それなりに労力を使っている。
「まあいい。行ってみれば分かる」
「そうだな」
 光樹の行動につきあうのは文字通りの「つきあい」だが、美月が絡んでいるとなると何となく興味がある。初めから決めていたことではあったが、裕也はとやかく言わずに歩き出す光樹についていった。


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