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韓国旅行

一緒に働いている韓国の方が結婚をされるという事で、観光も兼ねて韓国に行きました。 今回は家族は置いてけぼりで、私だけ。

9月4日(木)

成田の集合は8時30分です。ダイヤを調べたら横浜から成田エクスプレスがよさそう。 それも6時26分横浜発の成田エクスプレス3号。 切符は事前に買ったけど、朝が早い!。 京急線も本数が少ない時間なので朝5時に家を出て、京急線で京急久里浜から横浜へ向かいました。 成田エキスプレスでは寝てしまいました。 成田近くで目が覚めて、空港第2ビル駅で降りました。 現地でも交換できるけど、言葉が不安で成田の両替所でウォンにお金を交換しました。 日本円からウォンへの交換レートは0.1145で現地よりは悪いと思います。 三万四千三百五十円が三十万ウォンになりました。 ウォン表示は大体ゼロを1つ消すと円になるので、頭の中での換算は楽ですが、なれないと混乱します。 最も大きいウォン札は10000ウォンなので、ちょっと大きい金を持つと財布がすぐぶ厚くなります。

行きの機内食 アシアナ航空OZ105便9時20分成田発仁川(インチョン)行きは、E70Bゲートからバスで移動しての搭乗になりました。 この日の天気は曇り時々雨で、バスで移動する際に強い雨が降ってきました。 所が機内で窓から外を見ると止んでいました。 最悪の時に外に出たみたいです。 飛行機はほぼ定刻どおりの出発しました。それにしても成田は滑走路が遠い!

機内で韓国の入国審査の紙が配られたので、ガイドブックを参考のに書きました。 書き方はみんなばらばら。 職業欄をどうか書こうかとか、ホテルは名前以外に住所を書く必要があるのかとか、 泊まるところが安そうなので著名なホテルの名前を書いたほうが信用されるんでないかとか、 いろいろ議論をしていました。 結局私はガイボブックを真似て職業はoffice workerと書き、ホテル名は正確に住所なしで書きました。 結果的に言えば入国検査で問題ありませんでした。

帰りの機内食 離陸した飛行機は雲の中に突っ込んで行って揺れていました。 それでも5000mぐらいの上空に出てれば揺れも治まりました。 成田から金沢の上辺りを飛んで、ソウル方向に飛びます。 アシアナ航空なので機内食は韓国風かと思ったら、和食みたいな感じでした。 ANAとの共同運航便だったからかもしれません。 2時間の間に食事はあわただしい気もします。 機内では特に映画上映などはなく、位置や速度などがディスプレイに出ていました。 最初ユーラシア大陸とヨーロッパ全域の地図が出て、次にアジア地域の地図が出て、 それから日本列島と朝鮮半島の地図が出て、最後に飛行場所の詳細地図が出ました。 前2つの地図は明らかに不要です。 どうやら国際線共通システムなようです(それぐらい設定換えできないのかなぁ)。 仁川国際空港に近づいたら、飛行機は南から回りこんで、西から着陸しました。 着陸前に外を見てると、島がいくつかあって、干潟の様な雰囲気の所が続いていました。

到着して、入国審査は顔だけ確認してあとは何も言われず。 もっとも、英語も韓国語もできないから、言われてもわからないだろうけど。 空港を出てバスで明洞(ミョンドン)に向かいました。 けっこういろいろなバスが出ているので迷いやすいのですが、よく見たら側面にハングル文字と漢字で主な行き先が書いてあります。 バスのチケット売り場で「ミョンドン」と言ったら、通じたみたいで、切符をくれました 。バスは空港から高速道路を走り、ソウル市内で何箇所か止まります。 韓国語と英語でアナウンスが流れるのですが、よく聞き取れません。 運転手が親切な方で、行き先を覚えていて、明洞駅に到着したら教えてくれました。 泊まるホテルはサボイホテル(Savoy Hotel)で、安いパックツアーで使うようなホテルです。 チェックインしたら3時ぐらいになってしまいました。

景福宮の中の門外国からの客をもてなした所

4時45分まで自由行動という事で、ソウル市内を景福宮(キョンボックン)まで歩きました。 もっと早く着いてれば、世界文化遺産に登録されている昌徳宮に行こうかと話していたのですが、 日本語ツアーの時間には間に合わなくて、自由には入れないそうなのであきらめました。 明洞から北方向に歩いていくと景福宮があります。 ソウルの通りは車線数が多く車が多いのですが、日本の都会並みで歩行者もけっこういます。 治安はよさそうです。 途中、アメリカ大使館らしき建物は回りに警官らしき人が百人以上いて、物々しい雰囲気でした。 景福宮にもかなり警官か軍人風の人がいました。 警備してるのでしょうか。 景福宮は昔、王様がいた所らしいです。 なんとなく中国を思わせる様式です。入り口の光化門はりっぱです。 中に入ると、王様の椅子の所は工事をしていました。 全般的に平屋で、空間が多く、屋根のあるところはあまり多くないようです。 政治を行う勤政殿や客をもてなす慶会楼は広くてりっぱな感じでしたが、王様が普段生活していたところも質素な感じでした。 時間がなかったので、あまりゆっくり見物もできず、景福宮駅から明洞駅まで地下鉄で戻りましたが、15分遅刻しました。

韓国の方の案内で、 コリアハウス(http://www.koreahouse.or.kr) と呼ばれる韓国の伝統的宮中料理と民族公演を見せてくれる所に行きました。 宮中料理は揚げ物や炒め物やご飯物など、いろいろなものが少しずつ出てきて、うれしい事に辛くないものがけっこう多いです。 お酒も美味しくて酔いました。印象に残ってるのは、生のクリで、剥いてそのままらしきものが置いてありました。 食べるとポリッとした感触でした。酒のつまみらしいです。 キムチはなくなるとどんどん補充していました。 韓国の多くの店で、キムチはいくらでも出すようです。 食事は箸で食べるのですが、韓国の店は全般的に金属製の箸を使います。 昔、毒を見分けるために銀の箸やスプーンを使った名残だそうです。 けっこう重いのと滑りやすいので、使いにくかったです。

食事の後で、民族公演を見せてもらいました。 楽器の紹介の後に、様々な出し物がありました。 立て板の穴に玉を入れ、入らないとバツとして顔に墨を付けられる踊り、3方向に置いた太鼓を打ち鳴らし、 一人芝居(言葉がわからなかったので何だか意味不明だけど)、大きな扇を開いて激しく踊る踊り、 仮面をつけた漫才の様な芝居、など、最後は帽子に付けた紐をぐるぐる回す、結構アクションの派手な踊りでした。 電光掲示板で韓国語・英語・日本語・中国語の解説がついていました。

コリアハウス前に書いてあった解説
ソウル南山(木兎山)北麓に位置するコリアハウスは、朝鮮時代には青鶴洞学者村と呼ばれ、 ハングル学者である元朴彭年の邸宅であったことで知られています。 また大韓民国政府樹立後には外国人を持て成した貴賓館として使われた所でもあります。
コリアハウスは朝鮮時代の伝統韓式で建てられ、ソウル大門(門脇の建物より少し高い表門)、 内舎(主に奥方が使用する建物)、舎廊の棟、行廊棟(門脇の両側についていて、主に男性下僕らが使用する建物と廊下)、 別堂、後園に分けられて各建物に海隣館、招華堂、環碧楼、喜栄堂、聞香楼、緑吟亭、青雨亭という、 意味のある名前がついています。 またここでは韓国伝統の食べ物や民族公演、伝統文化商品などを展示し、また伝統結婚などを再現する事で、 唯一の韓国伝統文化の総合的な体験場としての役割を果たしています。
コリアハウスへお越しになれたお客様は大韓民国の貴賓として心を込めてお迎え致します。
韓国の伝統文化は直接体験し、また感じる文化であります。

結構楽しかったけど、旅の疲れで眠かった。終わってホテルに戻ったら9時で、寝てしまいました。

9月5日(金)

板門店24時 夜、ホテルの周りは騒がしかったけど、朝になると静かになっていました。 すでに屋台が出ていたので、買い食いしました。 板門店ツアーが10時集合だったので、9時半ごろ集合場所に向かいました。 このときすごい雨で、ホテルの傘を借りていきましたが、結構ぬれました。 ツアーデスクはロッテホテルの2階だけど、わかりにくくて迷いました。 ツアーデスクにはけっこういろいろ売っていて『板門店24時』と書かれたCDにはびっくり。 簡単なガイドブックを買いました。 雨はますますひどくなりましたが、バスに乗ったとたん雨は止み、徐々に晴れてきました。

ツアーデスクで売っていた 値段(ウォン)
板門店CD 10,000
板門店VIDEO TAPE 15,000
板門店ガイドブック(小) 10,000
板門店ガイドブック(大) 20,000
南侵用トンネルブック 10,000

ソウルから板門店までは直線で40kmぐらいで、バスでも1時間半かからないぐらいです。 ソウルから川沿いに進むと、やがて川岸が鉄条網で区切られ、監視小屋が建っています。 このあたりは潮の満ち引きがあり、干潟も出来ています。 川の支流のいくつかは北朝鮮から流れて来ていて、過去に潮の流れに乗って北朝鮮のスパイが川から侵入してきた事件があり、 そのために川を監視してるそうです。 こういうのを見ると戦争状態なんだなとも思いますが、その川のすぐ近くに結構家が立ち並び、 新しいアパートなども作られているので、平和でもあります。

板門店に入っていく橋あたりから警備が厳しく、何箇所かのゲートは、 いざとなったら爆破して北が侵入するのをしばらく足止めするようになっています。 1箇所で10分ぐらい時間をかせげるそうです。 バスが入る時間は厳密に決まってるそうで、直前で時間調整をしていました。 時間調整の場に自由の橋(の跡?)や、南北をつなぐ鉄道があります。 鉄道は戦争で切れたままでしたが、南北対話の進展でいまつなぐ工事中でした。 南側は工事が終わっていて、北の工事待ちだそうです。 川の岸には柵があり、警備兵が立っていおり、戦争の雰囲気を強く残しながらも遊具があったりして、 かなり観光地化しています。 鉄道の駅は新しいけど、簡単なつくりで、警戒が厳しい感じはしません。

橋の前でパスポートをチェックされ、川を渡りました。 片側2斜線なのに、障害物がいっぱい置いてあり、実質1車線でを、左右にくねりながらわたりました。 この先に徴兵と納税を免除された農民の村=大成洞=自由の村と、いくつかの監視・警備所、 そしてキャンプ・ボニファスがあります。 極めて危険な地域だけど、このあたりで稲作や朝鮮人参の栽培などが行われています。 キャンプ・ボニファスで、服装を検査され(きちんとした格好でないとだめ)、 国連のバスに乗換えます。 キャンプ・ボニファスの将校クラブで昼食を取り(ガイドの方が美味しいのは、ピザとキムチとコーヒーだと言ってました)、 それから説明を受けます。その際、宣誓書に署名を求められます。

説明を受けたあとに国連バスで板門店に向かいます。 韓国と北朝鮮の間は軍事境界線(MDL)とその両側2kmの非武装地帯(DMZ)で分離されています。 南側のDMZの境界線は2重の鉄条網付きの金網は延びており、さらにその南(DMZの外)に地雷を埋めて、 攻撃に備えているそうです。 DMZは板門店付近を除き、人の立ち入りが禁じられています。 そして板門店の軍事境界線の所に、南北の交渉を行う小屋(会議場)が建っています。 地図がないのでよくわからないですが、板門店にはキャンプ・ボニファスを通らないと行けないようになってるみたいです。 キャンプ・ボニファスからバスに国連兵1人が警備のため実弾をつめた拳銃を持って同乗していきました。 国連バスはキャンプ・ボニファスを出て、DMZに入っていき、少し行くと板門店です。

北朝鮮兵士と国連兵士奥は北朝鮮側の建物国連側の庭、遠くに北朝鮮の宣伝村

板門店でバスを降りて、軍事境界線の上に建つ会議上の中を見学しました。 明確に区別するための様ですが、青く塗ってあるのは国連軍の管理の建物の様です。 会議場は国連管理下にあるため、中の見学が出来るようです。 南側には国連兵が、北側には北朝鮮兵士が、何人か立って監視をしていました。 国連兵は腕に力を入れたポーズで、ピクリとも動かずにいました。 特に外で監視をしてる兵士は、北朝鮮側に右か左の半身だけが見える形で立っていました。 いつでも武器が使える姿勢だそうです。 建物この会議場の北側が自由に出入りできる唯一の北朝鮮領域だということだそうです。 ここでは、兵士や窓の外を含めて、自由に写真撮影が出来ました。 板門店にはいくつかの建物があり、国連側のFreedom HouseやPeace Houseはコンクリート製のりっぱな建物なのですが、 会議場は木造平屋の古い建物の様です。

帰らざる橋と手前の監視所北朝鮮側のはげ山

その後Freedom Houseの展望台に登りました。この上でも自由に写真撮影ができました。 晴れてきていたので遠くまで見えました。その後バスに乗りました。 バスの中からは写真を撮ってもいいけど、窓をあけるなとの指示です。 UNCP3という監視所でバスを降りました。ここはかなり眺めがいいところで、北朝鮮側がよく見えます。 北朝鮮側の山は軍事施設を隠す場所を除き、木が伐採されていました。燃料不足のためらしいです。 夏だったので少し緑でしたが、冬に行ったら茶色になってるそうです。 軍事境界線は200m間隔の看板で示されていて、いくつか見えましたが、錆びていました。 北朝鮮は板門店に村を1つ作っていて、立派な建物と、高さが160mにもなる世界最大の国旗掲揚台があります。 国旗は30mの大きさがあるそうです。 しかしこの村で洗濯物も煙も見かけないので、宣伝用の無人村、らしいです。 遠目には、田畑はきちんと管理されてるようでした。 聞いた説明では、遠くから労働者を連れてきて収穫をしてるとの事です。

またバスに乗って軍事境界線をまたぐ帰らざる橋(現在はほとんど使われていない)を見ました。 終戦後どちらに行くか決める事ができたけど、二度と帰ってこれなかったからこの名前になったらしいです。 ここは危険すぎるということで、下車はせずバスの中からの見学です。 昔は監視所に兵士がいたそうですが、今は危険すぎるという事で監視カメラがあるだけです。 このあとバスは自由の村をぬけてキャンプ・ボニファスに戻りました。 自由の村は撮影禁止です。 自由の村に韓国側の国旗掲揚台があります。こちらは高さ100mです。 最近の雷で国旗の上部が燃えてしまっていました。 これから修理するとの事でした。

板門店は休戦中とはいえ戦争の前線であり、緊張感にあふれていましたが、一方で観光地かもしていました。 北朝鮮側にも観光客が来ているそうです。板門店の詳細はこちらをご覧下さい。

ソウルに戻って、お土産を買って、夜は『日本のNHKで放送されているお店 韓風土俗の練炭カルビ店』と書かれた 焼肉屋で焼肉を食べました。 テーブル2つ使ったけど、一方の練炭はなかなか火力が上がらずなかなか焼けなくて、 もう一方は最初はよく焼けていたけど、最後のほうでは火力が弱まっていました。 炭は結構扱いにくいですね。 豚肉は油が落ちないような鉄板の上で焼いていましたが、豚肉の油が炭にたれるとかなり煙が立ち、 ヒンシュクを買ってしまいました。 野菜類はとり放題で、一緒に食べるとけっこういいです。

9月6日(土)

朝、韓国のお粥を食べました。中国のお粥と少し似た感じでした。

結婚式のために地下鉄で高速バスターミナルに向かいました。 韓国の地下鉄は車両によってちがうみたいですが、けっこうディスプレイが付いています。 日本の山手線をみて負けずに付けたと聞いたことがあります。 野球の放送などをしていたりします。 映像はがきれいに写っていました。 高速バスターミナルまで行くときに乗った電車で、 ディスプレイにWindowsらしきダイアログボックス(バッテリーエラーの様だった)が出ていました。 どうやらWindows上のアプリで制御してるみたいです。 高速バスターミナルでは大韓航空やアシアナ航空のチェックインや出国審査ができ、しかも空港使用料が割引になります。

結婚式場正面生演奏

ターミナルの上が式場になっていました。 2時半から式は始まりました。 韓国の結婚式は出欠を確認をしていないそうで、何人来るかわからないんだそうです。 名前を書いて帰っちゃう人もいたりして、かなり出入り自由です。 出席者の服装も日本より簡単で、男性は礼服ではなくほとんどがスーツでした。 ノーネクタイの人もちらほら。 テーブル配置は日本の披露宴と配置は似ていて、前にひな壇があり、中央の通路をはさんで両側に丸テーブルが並んでいました。 親族席らしきテーブルには札が立っていましたが、他は自由席らしいです。 式のメインはあっさりしていていました。 新郎新婦が入場すると、仲人か牧師か偉い人かわからないけど、人の前に立ちます。 そしてなにやら話があります。韓国語なので何を言ってるかわかりません。 その後、歌が1曲歌われ、両親に挨拶して、出て行きました。これで終わり。 そのあとは、食事が運ばれてきて我々は食べていましたが、新郎新婦は戻ってきて、立ちっぱなしで写真撮影になっていました。 2人で撮ったり、ご両親と撮ったり、親戚と撮ったり、同僚と撮ったり、等々。 飛行機の時間が迫っていたので途中退席で飛行場に向かいました。

メニュー
Smoked Salmon with Lemon
Cream Soup of the Day
Seasonal Fresh Vegetable Salad
Pan-Fried Ground Beef Steak W/Onion Sauce
Korean Vermiceffi Soup
Today's Special Desserts
Coffee

費用

項目 費用
ツアー料金(航空運賃+ホテル素泊まり2泊) 54,000円
海外旅行保険料 4,900円
成田までの片道運賃 4,590円
バス(仁川=インチョン国際空港→ソウル) 7,000ウォン
景福宮のチケット 1,000ウォン
地下鉄 700ウォン
水(500ml) 600ウォン
髭剃り 400ウォン
サンドイッチ 1,800ウォン
ジュース(500ml) 1,700ウォン
屋台の鳥唐揚の串 2,000ウォン
板門店ツアー 66,000ウォン
板門店のガイドブック 3,000ウォン
板門店の本 11,000ウォン
板門店での記念写真 24,000ウォン
お土産の韓国海苔 10,000ウォン
屋台の串 2,000ウォン
焼肉 22,500ウォン
屋台のフルーツ 1,000ウォン
子供服 5,900ウォン
子供服 10,500ウォン
お茶(500ml) 1,300ウォン
おかゆ 8,000ウォン
地下鉄 700ウォン
バス(高速バスターミナル→仁川国際空港)-空港利用税の割引 6,900ウォン
石焼ビビンバ 7,500ウォン
お土産代 2,500ウォン
結婚式のご祝儀 100,000ウォン
水(500ml) 1,500ウォン
成田から家まで(車に乗せてもらった) 1,000円
合計 64,490円
299,500ウォン

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