2006年3月18日。 移転間近の交通博物館に行ってきました。 子供の頃から変わっていない外観を見るのも、これが最後かもしれません。 博物館の顔である0系新幹線やD51汽車の前で記念写真するのも昔と変わらずです。 交通博物館の中は、これまた子供の頃から変わっていない、模型鉄道、機関車、といった展示がありました。
模型の展示物を見ていたら、昔のロマンスカーや、ひっくり返った冷凍車に並んで、
JALマークのコンコルドの模型がありました。
コンコルドは2003年に全機引退していますが、
なんでも昭和43年に日本航空は3機を仮発注していたそうです。
結局オイルショックの影響で導入には至らなかったそうです。
実現していたら、超音速飛行機が、世界の主力になっていたかもしれませんね。
交通博物館は弁慶号機関車や、善光号機関車や、明治天皇の御料車や、国鉄バス第1号車など
国指定重要文化財を含む、鉄道記念物がいくつも保管されています。
その中で御料車は特に厳重保管の様で、ガラス張りの部屋の中に収められていて、触ることができないようになっていました。
1号御料車は現存する最古の木製客車だそうです。
中を覗くと、アンティークの高級家具が並んでいました。
鉄道記念物は重要物ですが、あまり子供には人気がなく、子供は鉄道シュミレータをするか、
信号機をガチャガチャ動かすほうが面白いようです。
ボタンを押しまくっていました。
大正11年に開館した交通博物館が現在の地に移ってきたのは昭和11年で、建物もその当時のままです。
交通博物館のある場所は旧万世橋駅になります。
万世橋駅は明治45年の開業当初は中央線のターミナル駅で交通の要所になっていました。
大正3年に東京駅が開業後し、大正12年の関東大震災で消失して、機能を縮小した2代目万世橋駅が建てられました。
昭和11年に博物館と併設になりますが、昭和18年に軍により不要駅とされ駅は廃止になりました。
博物館の移転ということで旧万世橋駅遺構特別公開が行われていました。
遺構といっても大きなものではなく、博物館のデッドスペースで残っていた様な感じでした。
しかし、裏側から見てみると、現在のJR線がいまだに明治時代のレンガ製の柱の上を走っているのがよくわかります。
中央線が交通博物館を通り過ぎるあたりで、古いホーム跡が残っていますが、
これは旧万世橋駅のホームです。
ホームに出ることはできませんでしたが、ホームへの階段の一番上までは行くことができました。
階段の金属の滑り止めは第二次世界大戦中に供出されたそうで、剥がされていました。
ホームは草ぼうぼうでした。
Presented by Ishida So |