浮浪者の一人に、動物の目に最も近い老人がいる。
彼は他の浮浪者と別格なのだ。他の浮浪者がいる所からまったく離れた所に一人でい
る。それも、夜寝る時間だけ一か所にいて、夜が明けるとどこかにいなくなってしまう。
彼は他の浮浪者のようにダンボールで自分のねぐらを作って、足をのばして、楽々と寝る
ようなことはしない。新聞紙を一、二枚コンクリートの上に敷き、その上に足をのばして
座り、その膝の上に上半身を折り曲げるようにする。体を二つに折った状態でそのまま寝
る。場所的には畳み半畳もあれば充分である。一応雨風は防げる所を選んで座る。夏でも
冬でもこのかっこうである。
冬など、とても寒い時でもジャンパーなどやや厚手の物を着ているだけで、布団とか毛
布の類はまったくない。誰かが毛布などをくれてもそれを使用する事はない。多分、この
ような物を持って歩く事が大変と言うこともあるのだろう。極寒の時、雪だとか氷が辺り
をうめつくしている時でも、いつも同じように体を二つ折りにして寝ている。身動きしな
いで寝ているので、死んでしまったかと思われる時がある。しかし、しばらくすると動き
だし、立って身づくろいをする。長い髪の毛を櫛ですいて整え、服を下着からすっかり整
える。そして、又、座り、拾ったタバコに火をつけ、うまそうに吸って、落ちている新聞
をちらちら読んだあと、自分の身の回りをきれいに、小さな袋にしまいこんで、いずれと
なく消え去る。彼のジャンパーとかズボンはやはりさすがである。私が着ているようなも
のではなく、本物である。外の汚れとか何かがどんどん重なって付いていく、それが黒光
りしているのである。非常に年季の入った物だ。
彼の歩く姿は、上半身がない人間が歩いているようで、これを初めて見た人は、アッと
驚くだろう。こんな生き物が存在していたのか、まさか、と思う。しかし、よく見ると、
頭を完全に垂れ、足にくっつくような姿勢だ。彼が寝ているのと変わらないスタイルで歩
いている。手にはわずかな袋を持っているだけである。