彼に色々話をして見ようと思ったが、まったく駄目なのだ。取り合ってくれない。達磨
の弟子、後に達磨の禅宗を受け継ぎニ祖になった彗可は達磨の弟子になる時、最初、弟子
になる事に取り合ってくれない事を見て、刀で自分の右手を切って差し出し、意志の固い
所を見せて弟子にしてもらったと言う。
右手を切って差し出すのはややオーバーと思われたので、私は、朝方、外でまだ吸って
ない煙草を路上でよく見掛けるので、それを拾っていつも彼にあげた。そんな事で、彼は
私に会うとやっと
「おはよう」
と言うようになった。ただそれだけだが、ここまでくるのに数年を要している。
ある朝、彼が何かを拾って、とてもしげしげと見ているものがあった。それをもとの所
に置いて、去って行った。私は何だろうと思い、拾って見た。それは女子高の学校案内の
パンフレットであった。健康そうな女の子が元気良く運動したり、勉強したり、遊んだり
しているショット写真が出ている。朝の早い時間はそこらへんに色々なものが落ちている。
本も落ちている。淫らなエロ雑誌もいくらでも落ちている。しかし、彼はそのようなもの
に目もくれない。しかし、この学校案内はとても熱心に見入っていた。エロ雑誌は表面的
なものだけをけばけばしくしていて内容がない。学校案内はエロ雑誌ではない。まったく
そんなものとは違う。しかし、元気が良い、溌剌とした女の子が屈託なく時を過ごすのを
見るのは、微笑ましい。彼女たちは何でもないことをしている。ごく普通に何かをしてい
る。そんな何でもない仕種に、ほのぼのとした女らしさを感じる。彼もこのような事を感
じたのだろうか。