「風のレクイエム」〜ウィンダリアによせて〜

  竜胆の咲く 小徑を抜けると

  見知らぬ景色が 広がる。


  影すら落とさぬ 赤い煉瓦の塔

  清涼な音を嗄らした 水車小屋

  剥き出しの 折れた梁に 透けた窓…

  秋陽の降り注ぐ世界樹には 鳥が囀り

  傷跡を覆う 緑の息吹は 鮮やかなのに


  何も聞こえず 

  誰もいない 荒廖たる景色に

  巡りくる季節だけが

  変わらぬ年月を 告げていく。


  音もなく飛ぶ 紅い鳥達が

  胸の隙間を 通り抜ける

  
  天に還る迄の 仮初の姿は

  風のレクイエムに導かれ
  
と わ
  永久の船へと 消えていく…


  救いのない 鳥達の想いを乗せて

  船は何処へと 向かうのか?
 
  童話めいた夢のように

  懐かしい情景は あまりに切なすぎて…


  何も聞こえず

  誰もいない 孤独な場所に

  風の奏でる シタールだけが

  いつまでも 物悲しく 響いていた。



   
「幻想封花」

  濡れそぼる 沈丁花の芳香が

  無彩色の空に 立ち込め、
        
かんらんせき
  敷き詰めた 橄欖石の回廊を

  春雨が 波紋を描く。


  突然に映えた 異界の緋色は

  単調なる 雨滴の調べを 遮り
           
かんばせ
  涼やかなる 秀美の顔を 染めてゐた―


  深山の社にて あやかしの如く浮かび

  沈黙の祈りを捧ぐ 花一つ。


  いつしか消えた 波紋の後、
  
せんしょうせき
  尖晶石の露を灯し 幽かなる枝を 去り往くならば

  鮮やかなる 血の滴は はらはらと

  霞深き せせらぎに消え 銀の河へと昇る―


  一際艶やかな 紅玉の骸を残し
  
りんけいせき
  鱗珪石の湖にて 詠う 憂いの花は

  何時しか 薄れゆく 幻想封花―


  其は 山の気に当てられし 我が魂へ
             
しゅゆ
  花精の 垣間見せたる 須臾の戯れなれば。



   
「彼と私」

  溢れる想いを 容れるものはなく
                   
すべ
  止め処なく湧き上がる感情を 抑える術も知らず

  衝き動かされる 原始の声と共に
  
  彼は 混沌の中の私に出会う。

  
  自分足りえる 確かさは瓦解し

  秩序と安寧をもたらす 優しき場所は崩れ去り

  無重力の中 真の自由を得たる者

  彼は 囚われた私に出会う。

                 
  覚えのないフレーズ 書き違えた詩

  今では消え失せた 在りし日のノート。

  夢を閉ざして 夢を演じ 別の夢を詩う…


  それでも 長き旅路の果てに 見つけるだろう

  いつでも共にあり 偽らざる心を。

  いつか出会う私に―



   「幻獣」


  哭く聲は 朔の器に 冴え冴えと
          
ほむら
  見る夢は 紅蓮の焔に ちりちりと


  銀色の鬱をよぎる 流星雨

  金色の孤独を熟む 静闇夜―


  唯 彼しか見えぬ存在

  唯 彼しか知り得ぬ獣


  煮沸された 鉛色の空間に
      
こ こ ろ
  穢れ無き細胞を 放逐し

  終焉の檻にて蠢く「彼」の欠片―


  唯 一片の痕跡も残らぬように 曝されて

  唯 一条の憐憫も残さぬように 打ち捨てて。


  更けゆく 世界の果てで

  秘めたる双眸は 炯々と浮かび

  混迷する思考は 相応しき太古にて帰納する


  圧搾される 原子核の悲鳴は
         
し る し
  滅び往くものの象徴。

  ―それは 彼以外の言葉。

       
ディアナ
  いつしか 月の照らす 地上にて

  幻獣は 大きな欠伸を一つ

  小さな溜め息を一つ

  うざったそうに 吐くのみ。



   
「萌」
  
しゅうう
  愁雨けぶる木立に 何を想い

  風ざわめく草原に 一人静か


  彼方から去来する 実態の無い肖像、
              
 セラフィム
  重なる影は 俯きかげんの織天使。

  
  限りなく広がる 緑の海に

  白磁の如き 爪先が触れ

  幾重にも広がる 波紋の先、

  押し込めていた 想いは

  何時しか 時を刻み始める。


  茜に染まる草原に 身を沈め

  風ざわめく地にて 一人静か

  震える肩を 愛しく 抱いて…



   
「白妙の残照」

  朽ちることなく溶けぬ 夢より無残に

  眩い 白の皮膜は 全てを拒む

  狂おしいほどの 色を散らして―

           
ぎょくせつ
  薄く引かれた紅は 玉屑に映えて

  どこまでも 深い漆黒の瞳は 全てを呑み込み

  無彩色の景色を 射すくめる

           
ひ と
  同じ聲 同じ顔の 女性は

  ただ一色の キャンパスの上で

  燻ることなく 息づく…


  雪に潜む 古き結晶

  深き 奈落の闇を従え

  永遠の冬を さすらう…


  冠に抱く 深雪の名は

  触れることの叶わぬ

  白妙の残照 故に。