蝶めづる姫君のすみたまふかたはらに、按察使(あぜち)の大納言の御(おほむ)むすめ、
心にくくなべてならぬさまに、親たちかしづきたまふことかぎりなし。
この姫君ののたまふこと、「人びとの、花、蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。
人はまことあり。本地(ほんぢ)たづねたるこそ、心ばへをかしけれ」とて、よろづの虫
のおそろしげなるをとりあつめて、「これが成らむさまを見む」とて、さまざまなる籠
箱(こばこ)どもに入れさせたまふ。「中にも、かは虫の心ふかきさましたるこそ心にく
けれ」とて、明け暮れは、耳はさみをして、手のうらにそへふせてまぼりたまふ。
若き人びとはおぢまどひければ、男(を)の童(わらは)のものおぢせずいふかひなきを
召し寄せては、この虫どもをとらせ、名を問ひ聞き、いまあたらしきには名をつけて興
(きよう)じたまふ。「人はすべて、つくろふところあるはわろし」とて、眉さらにぬき
たまはず。歯黒めさらに、「うるさし、きたなし」とて、つけたまはず。いと白らかに
笑みつつ、この虫どもを朝夕に愛したまふ。
人びとおぢわびて逃ぐれば、その御方(おほむかた)はいとあやしくなむののしりける。
かくおづる人をば「けしからず、ばうぞくなり」とて、いと眉黒にてなむにらみたまひ
けるに、いとど心地なむまどひける。
|