これを若き人びと聞きて、「いみじくさかしたまへど、心地こそまどへ、この御遊び
ものは。いかなる人、蝶めづる姫君につかまつらむ」とて、兵衛(ひやうゑ)といふ人、
「いかでわれとかむかたないくしかなるかは虫ながら見るわざはせし」
と言へば、小大輔(こだいふ)といふ人笑ひて、
「うらやまし花や蝶やといふめれどかは虫くさき世をも見るかな」
など言ひて笑へば、「からしや。眉はしもかは虫だちためり。さて歯ぐきは、皮のむけ
たるにやあらむ」とて、左近(さこん)といふ人、
「冬くれば衣たのもし寒くともかは虫多く見ゆるあたりは
衣など着ずともあらなむかし」など言ひあへるを、とがとがしき女聞きて、「若人たち
は、何ごと言ひおはさうずるぞ。蝶めでたまふなる人も、もはらめでたうもおぼえず。
けしからずこそおぼゆれ。さてまた、かは虫ならべ、蝶といふ人ありなむやは。ただそ
れがもぬくるぞかし。そのほどをたづねてしたまふぞかし。それこそ心ふかけれ。蝶は
とらふれば、手にきりつきていとむつかしきものぞかし。また蝶はとらふれば、わらは
やみせさすなり。あな、ゆゆしともゆゆし」と言ふに、いとど憎さまさりて言ひあへり。
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