落日・第二章 前編
テロ勃発−2回
12月中旬の深夜、川崎に有る石油精製基地で突然爆発音が響き、3基の石油タン クから火の手が上がった。続いて横浜中区の石油基地でも爆発が起き、石油タンク から火の手が上がった。東京や横浜の消防車、石油基地の消防隊が駆けつけ、化学 消化剤を撒いているが火の手は中々治まらず、延焼を食い止めるのが精一杯だ。 翌朝、警察庁長官が狙撃されるという事件が起きたが、幸い銃弾は頬をかすめただ けの未遂に終わった。警視庁を始め、新聞テレビのマスコミは十数年前に起きた地 下鉄サリン事件、警察庁長官狙撃事件と類似している事から、またもカルト教団の 仕業かと騒いだが、昼前、マスコミ各社に『イスラム同胞団・自由の戦士』という 組織から犯行声明が送られてきた。警視庁や国家公安委員会、マスコミ各社も初め て聞く名前に資料を調べたが、そういう名前は過去にも現在も見当たらなかった。
石油基地の火災は3日後に鎮火したが、幸いな事に爆発による犠牲者は無く、化学 消防隊員が3名軽い火傷を負っただけだ。 瑞希は英建設(はなぶさけんせつ)の社長室の続きの部屋で新聞を読み、テレビのニ ュースを見ていた。瑞希と浩貴が会社に戻る事が決まった時、社長室の続きの部屋 を改装し、浩貴が社長、瑞希は取締役顧問という形でこの部屋に居た。アイリーン とナターシャも顧問という身分で在籍している。 ミズキ、ナターシャがテレビのニュースを見ながら声をかけた。 「イスラム同胞団・自由の戦士なんて名乗っているところから日本人やないかもな。 石油基地を狙った事を考えると、どうやら中東の過激派が絡んでいそうな感じやけ どな」瑞希はアイリーンとナターシャに言いながら、何故中東の過激派組織が日本 を狙うのか分からなかった。
瑞希は野村康介に電話をして詳しく聞きたかったが、対応に追われて忙しいだろう と思って電話は控えた。 「コーヒーをお入れしました」ドアがノックされて秘書の小島香名子が声を掛けた。 小島香名子は瑞希の秘書で今年の8月に途中入社した。26歳で秘書の経験は有る が、瑞希の場合通常の役員の仕事とは異なるため清水が瑞希の立場と仕事の内容を 教えている。アイリーンとナターシャの事も詳しく教えている。3人が社長室に入 ると浩貴と石田、清水が迎えた。応接セットにコーヒーが用意されている。 「浩貴も貫禄が出てきて社長らしくなってきたな」瑞希が笑うとアイリーンとナタ ーシャも笑った。 「姉さん、冷やかさんといてや。まだまだ分からん事が多くて、清水に聞きながら 必死なんやで」浩貴が笑うと石田も一緒に笑っている。
「でも、社長は考え方が先代と良く似ておられますよ。話していると時々先代と話 している錯覚に陥る時がありますから。もっと勉強してもらわなければいけません が、きっと先代以上の経営者になられると思います」石田は嬉しそうに浩貴を見つ めた。 「ところで清水、伊丹に大原とかいう工務店が有るらしいけどどういう人物か調べ てくれ。奥さんの方は美容院をしているんやけどな」瑞希は奈緒子に聞いていた美 容院の住所を渡した。 「姉さん、工務店やったら下請けになんぼでも有るやん。何でわざわざ伊丹の工務 店なんかを探すんや」浩貴が不思議そうな顔で聞いた。 「浩貴、離れの方をそろそろ建て直そうかと思ってるんや。先日、奈緒子と一緒に 美容院に行ったんやけど、近くに喫茶店が無くてお茶を飲むのに住居の方に上がら せてもらったんや。外壁はコンクリート仕様やったけど、内装は木をふんだんに使 って良い感じやってん。
もし、その人物が信用のおける人やったら頼もうかと思ってな。その人に小学生の 女の子が居て、奥さんとその子を見たら大丈夫と思うけどな。その女の子が不思議 な子で、無性に話しがしてみたくなったんや。その子の笑顔に吸い込まれそうな錯 覚になってん。確か希とかいって、子供服のモデルをしてるらしいけど不思議な子 やったわ」瑞希が奈緒子と行った美容院の事を話した。 「姉さんがそんな錯覚に陥るってよっぽど可愛い女の子なんやな」と浩貴が笑った。 「お嬢さん、その子供服のモデルをしている女の子って、ひょっとして大原希って 子じゃありませんか?」清水が驚いたように聞いた。 「清水、何で知ってるんや」と瑞希の方がもっと驚いた。
「実はうちの下の娘が、その子がモデルになっている子供服を買っているんです。 確か・・・キャットハウスとかいうのとロコっていうのを買っているけど、他にも 何社かのモデルをしているらしいですよ。その子のお母さんという人は理容業界で は有名人らしくて写真集も出したと聞いています。その人にカットをしてもらうの に中々予約が取れないそうですよ。これは嫁に聞いた話ですけど、その希ちゃんっ て女の子、不思議な能力が有るみたいですよ。なんでも阪神淡路大震災で奥さんの 母親とお姉さんが亡くなって、ご主人の大原さんは当時、お姉さんの婚約者で春に 結婚する予定だったそうです。それで妹だった今の奥さんを助けて、暫くして一緒 になったそうです。地震の後にお姉さんと新婚旅行で行くはずだったエジプトにお 姉さんの遺骨のカケラを持って行きはったそうです。それで今の奥さんと結婚して、 奥さんをお姉さんの遺骨のカケラが沈んでいるエジプトに連れて行ったそうです。
希ちゃんって女の子はその時に授かったらしくて、お姉さんの生まれ変わりじゃな いかって話しです。この話は奥さんが勤めていた桜橋に有る藤岡サロンという美容 院では有名な話らしくて、北新地のママやお姉さんたちはみんな知っている話らし いですよ」清水が話すとみんなは驚いた顔で清水を見つめた。 「そういう経緯(いきさつ)があったんか。それなら信用しても良さそうやな。まっ、 念には念を入れてっていうからな。良く調べて工務店の住所と電話も調べてくれ。 美容院は自宅と一緒やったけど事務所は別みたいやったしな」瑞希が言うと、清水 は分かりましたと言って部屋を出た。 「姉さん、清水の話が本当で信用出来る人物やったら、うちの下請けとして契約し て伊丹や川西、西宮方面の仕事を回しても良いな」浩貴が言うと瑞希は顔を横に振 った。 「いや、そういう人やったらどんなに大手の会社でも下請けなんて受けんやろ。も し、仕事を頼むんやったら、下請けやなくてその都度契約する方がいいやろ。
一応こちらでも見積もりを出しといて、向こうにも見積もりしてもらって、多少の 差は仕方ないけどそんなに差が無いんやったら頼んでも良いけどな。それよりも希 ちゃんといってた女の子、もう一度会ってゆっくり話しがしてみたいわ」瑞希は浩 貴に言いながら、あの日見た女の子の吸い込まれそうな感覚に陥った笑顔を思い出 していた。 夕方、清水が戻って来て話し始めた。 「大原工務店は今年の夏に開業したばかりで、まだこれといった実績はありません。 それまでは太田工務店に居たそうです。太田工務店は息子が後を継いで、今の社長 の奥さんは大原さんの妹だそうです。大工としての腕の評判は良いようですよ。ビ ルなどは扱わず戸建ての注文建築が多いらしく、上物だけじゃなく基礎工事の方も するようです。お嬢さんの言われていた住居兼美容院の方は、大原さんと太田工務 店のみんなで建てたらしいです。
基礎はかなり堀下げてグリ石と生コンで固めて耐震強度を図ったらしいですよ。あ の地震で婚約者だった奥さんのお姉さんとお母さんが亡くなっているから家族の事 を考えはったようですね。土地は古いアパートが建っていたらしいけど、安く買っ て解体から基礎工事、上物まで全て自分たちで建てたらしいです。 解体の重機はリースで残土処理は知れてるし、材料費と大工の人件費くらいだから かなり安く出来たそうです。奥さんの美容院の方も、大原さんのお友達の主人が理 容機器のメーカーに勤めていて安く買えたらしいですね。こうしてみるとお金だけ じゃなく、その人の人柄と人脈が生きたみたいです。話を聞いてみたけど信用して も良さそうな人ですよ」清水の話を聞くと浩貴が瑞希に頷いた。 「分かった。一度会って話をしてみたいから段取りを付けてや。出来れば日曜の方 が良いな」瑞希は清水に言いながら希という女の子の顔を思い浮かべた。
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