落日・第二章 前編
テロ勃発−3回
東京の新宿にあるビルの一室にそうそうたる顔ぶれが揃っていた。関東連合会に属 する暴力団の組長が12名、それぞれの傘下の組長が連合会会長、伊瀬利満(いせと しみつ)の話を聞いていた。 「伊能、失敗は許されんぞ。上手く行けばそこを足掛かりに関西を牛耳れる筈だか らな。関西のヤクザは例の事件の後、おとなしくなっているから今が絶好の機会だ ぞ。警察は石油基地の爆破や警察庁長官の狙撃事件の方が忙しくて暴力団にまで手 が回らんようだしな。とにかく関西に繋がりが有るのはお前だけだからな」伊瀬は 横の男に顔を振ると横の男がカバンを差し出した。 「5000万入っている。しっかり頼むぞ」伊勢が言うと伊能はカバンを開けて中 を確認し、一礼して部屋を出た。
伊瀬利満。東京や横浜など首都圏の暴力団で結成する関東連合会の会長だ。連合会 を組織してからは関西を傘下に入れるのが長年の夢だ。神戸には関東連合会に匹敵 するかそれ以上の広域暴力団があるが、大阪にはそれほどの組織力のある暴力団は 無い。単独か小さな組が集まって組織を作っているようだが、神戸ほどの結束力は 無く、お互い相手のシマを侵さないという約束事を取り決めている程度の組織だ。 せいぜい自分のシマを守っているというのが現状で、ひとつずつ潰すか吸収してい けると思っていた。 伊能忠久(いのうただひさ)は関東連合会に属する暴力団の下部組織で、組員は少な いが武闘派として名を売っていた。上部組織の山高組ではなく関東連合会会長直々 の指令で大阪進出の拠点を作るため、10月下旬、警視庁に解散届けを出すと部下 14人と共に地下に潜り東京から姿を消した。
山形玄三(やまがたげんぞう)は大阪の本町にある「高麗社」の社長室で電話を受け た。電話の相手は東京にある高麗社の外部団体の人物で、東京のヤクザが大阪進出 のため姿を消した事を連絡してきた。 「くそっ、こんな時に関東のヤクザが出て来るとは・・・・・」山形は舌打ちする と社員の村田を呼び、情報屋を使って何処に事務所を構えるか調べるように指示し た。山形玄三は12年前、東京で「憂国の会」という政治結社を設立した。表向き は政治結社だかやっている事は暴力団並みで、あらゆる業界に業界紙と称して小冊 子を高値で買わせていた。小冊子といっても中身は企業名と業種や住所、電話番号 に社長の名前が載っているくらいの紙くず同然の冊子で、タダでも要らないような ものだ。だが、断れば日雇い労働者を雇って会社の前を幟を立てて行進し、大型ト ラックを数台、終日停車させるなど営業妨害ギリギリの嫌がらせをしていた。
ほとんどの会社が嫌々買っていたが、会社によっては月数万円から数十万円と法外 な値段で売っていた。当然そういう話は暴力団に目を付けられて上納金を要求され た。上納金の金額も半端じゃなく、利益の半分近い金を吸い上げられた。山形は4 年前に憂国の会の看板を降ろすとひそかに大阪に逃れて来た。2年前に「高麗社」 の看板を揚げ、東京にいた時と同じような商売を始めた矢先だった。小冊子はすで に刷り上っていて、あとはそれを売りつける会社をリストアップし、会社に乗り込 むところまで来ていた。東京での苦い経験から表立った動きは止めてじっくり攻め 落とすつもりでいたが、関東の暴力団が乗り込んで来るという事になればゆっくり もしていられない。関東の暴力団に山形の素性がばれれば命の保障はない。関東の 暴力団が進出して来る前に荒稼ぎしようと腹を括った。
同じ頃、山脇幸三(やまわきこうぞう)も東京からの電話を受けていた。関東連合会 でも武闘派として知られる伊能組が姿を消したとなると、前から噂されていた関西 進出の先鋒隊に違いないと察した。神戸には全国に組織力を誇る広域暴力団神港組 の本家があるから、いくら関東連合会でも本家の足元を狙う事はしないだろう。と なると、結束力の弱い大阪か京都辺りを狙うのが本筋だと思っていた。大阪の暴力 団は例の摩耶埠頭の事件後おとなしくなっているから、狙うのなら大阪だろうと推 測した。山脇興業は表向きは右翼団体だが当然裏の顔もある。東京と大阪の戦争が 始まれば黙って静観している訳にもいくまい。どちらかに加担しなければ生き残れ ない。大阪と東京の力関係をみれば、東京の方が二枚も三枚も上である事は誰が見 ても明らかだ。だが、東京の暴力団が大阪に進出して来ることを、神戸の組織が黙 っているとは思えなかった。 山脇は遠縁である京都の暴力団錦興業に頼み、錦興業とは兄弟分である、ミナミを 仕切っている香田興業の組長、香田荘一郎と会えるように手筈を頼んだ。
2日後、山脇は幹部の宮本を連れてミナミの料亭に向かった。料亭で名前を告げる と奥の離れに案内され、部屋の前にいた香田興業の組員に身体検査をされて部屋に 通された。部屋には組長の香田荘一郎、幹部の田畑靖彦、組員の崎田孝二の3人が 待っていた。 「初めてお目にかかります。私は天満(てんま)に事務所を構える山脇幸三といいま す。この度は錦の親分さんの計らいでこういう場を設けていただき恐縮です」山脇 と宮本は香田の前に進み出ると神妙に挨拶した。 「山脇さんとか言いはったな。錦の兄弟の頼みじゃ断れんやろ。それにしても右翼 団体であるあんたがなんでヤクザみたいなもんと繋がっているんや。まっ、固い事 は抜きにして一杯どうや」香田荘一郎が言うと2人は安堵の表情を見せ、膳の前に 進み出てグラスを取ると孝二がビールを注いだ。
「香田さんにお会いしたかった訳は、どう言えばいいのか・・・実は関東連合会と いう関東の暴力団組織の中でも武闘派といわれる伊能組が組員共々姿を消したよう で。で、どうやら大阪進出を狙った先鋒隊のようでして、東西戦争が起こりそうな 気配で・・・」山脇の言う事を黙って聞いていた香田が口を開いた。 「その事は知っている。それであんたはどちらに付いた方が得策か迷っているんや な。それにしても伊瀬はどういうつもりなんや。大阪で戦争が始まれば神戸は黙っ ていないやろうし、兵隊も名古屋をすんなり通れるとは思われへんけどな。わしは わしのやり方で対抗するだけやけどあんたはどうするんや。右翼団体という看板を 掲げている以上表立った戦争は出来んやろ。まっ、裏の顔も持っているんやからそ れなりの事は出来るやろうけど」香田がビールを飲みながら笑うと、山脇も笑いな がらビールを口に運んだ。
「親分さんは立売堀(いたちぼり)に有る英建設の亡くなった社長さんとは親友だっ たとお聞きしていますが、当然今の若い社長とのお付き合いも有ると思いますが」 山脇は含みのある言い方をして香田の顔色を伺った。 「今の社長は先代の息子で子供の頃から可愛がっていた子でな。もし英建設にちょ っかいを出すような輩がいたら、わしが叩き潰してやるわ」香田は山脇を牽制する つもりで言ったが、山脇の言葉は逆の事だった。 「実はその事でお耳に入れておきたい事がありまして・・・・」山脇は前に進み出 ると香田の耳元で何やら囁いた。山脇の言う事を聞いていた香田の顔が険しくなっ た。田畑にも孝二にも山脇の話の内容は分からなかったが、香田の顔つきから英建 設に何かよくない事が起こりそうな気配を感じていた。
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