落日・第二章  前編




未遂事件−2回



事務所の電話が鳴って若い男が受話器を取り、何やら話している。
「お嬢さん、悟からです」若い男が瑞希に受話器を渡した。
「お嬢さんでっか、悟です。先ほどの2人連れ、新町にある山本金融という店に入
りましたわ。中の社員と笑いながら話していたから客じゃなさそうですね。山本金
融の関係者みたいな感じでしたよ」悟は電話に出た瑞希に得意そうに話した
ありがとう、悟に礼を言って電話を切ると小池に山本金融の事を知っているか聞い
てみた。
「山本金融でっか。詳しくは知りまへんが最近看板を出した店らしいですわ。どう
せ性質(たち)の悪い裏金融でっしゃろ。今んとこ大人しいみたいですけど、それが
どないかしはったんですか ?」小池は瑞希に言いながら、瑞希が山本金融の事を知
りたがっている理由が分からなかった。
「いや、大した事やないんやけど、さっき橋の上で関東弁を喋っている変な2人連
れを見かけたからな。関東連合会の事もあるし、未だに伊能組の居所も分からんの
やろ?。兄(あん)ちゃん、間違ってたらごめんやけど、山本金融の裏、調べてみて
も損はないかも」瑞希が言うと小池を始め靖夫、孝二、他のみんなも驚いた顔で瑞
希を見た。

「お嬢はん、知ってはったんでっか。親父に口止めされてさかい、クリスマスの時
にお嬢はんに聞かれた時、もう少しで喋りそうになって困りましたんや」小池が笑
うと、正月に香田のおじちゃんと靖彦兄ちゃんに聞いた事を話した。同時に山脇興
業の山脇幸三と会った事も話した。
「そうでっか、山脇にも会いはったんでっか。それじゃぁもう何も隠す必要もおま
へんな。ご存知のように関東連合会との事がおますさかい、お嬢はんには係わって
ほしくなかったんですわ。これは極道同士の戦争やさかいに、お嬢はんとボンには
秀英はんの築きはった会社をしっかり守ってほしいんですわ」小池は瑞希を見つめ
2人の外国人を見ながら言った。
「兄(あん)ちゃん、その気持ちはありがたく貰います。けど、父の親友やった香田
のおじちゃんが困っている時に、うちと浩貴が何にもせんで会社を守っていたら父
は喜ぶやろか。父は常々、恩義には恩義で報いらんと人の道を外したんと一緒やで
ってよく言ってたやん。英建設という会社である以上表立った手伝いは出来んけど、
それなりの事はさせてもらうつもりやから。うちだって役に立つと思うよ」瑞希が
小池に笑い、孝二や靖夫、他のみんなに笑いかけると、孝二も靖夫も嬉しそうな顔
をした。
         
          ☆

2月中旬の深夜、伊勢湾自動車道路名港潮見ICの料金所を抜けた2台の車が、中
部電力新名古屋火力発電所に向かっていた。昨年末の川崎、横浜の石油基地爆破事
件以来、石油基地はもとより原子力発電所、火力発電所、水力発電所のあるダムな
ど、エネルギー関連施設は厳重な警戒が敷かれていた。午後6時から翌朝5時まで
は戒厳令が敷かれ、半径1キロ以内には一般の車輌は近づく事も許されなかった。
施設の人間も施設に立ち入るまでには車輌ナンバーやIDカードの提示と、二重、
三重のチェックが行われた。料金所を抜けた2台の車は一般道路と合流した。道路
の横には名古屋臨海鉄道が走っている。2台の車は一般道路に合流した所で検問に
掛かった。警察官の誘導で道路脇に停車を命じられ、IDカードの提示を求められ
た。2台の車はいきなり急発進して警察官を跳ね飛ばし、道路を猛スピード走り出
した。

検問所からの連絡を受けた前方の検問所はサイレンを鳴らし、車止めの鉄製ガード
で道路を塞ぎ、タイヤ破壊用鉄板を敷いた。港区潮見町の各施設はサイレンを聞い
て施設の入り口を閉じ、警備員、ガードマン、職員が警戒態勢を敷いた。車止めを
見た2台の車はUターンをして戻ろうとしたが、先ほどの検問所にも車止めが設置
されて行き場が無かった。前後の車止めの間を猛スピードで行ったり来たりしてい
たが、駆けつけた数十台のパトカーに範囲を狭まれ、1台の車はパトカーに体当た
りして逃げようとしたが、警察官の威嚇射撃がタイヤに当たり、ハンドル操作を誤
って横転して停止した。もう1台の車は逃げる事を諦めて停車すると、手を上げて
3人の男が出て来た。横転した車にも3人の男が乗っていたが、運転手はフロント
ガラスに頭を打ちつけて即死、後部座席の2人も頭から血を流し、腕を骨折してい
るのか妙な方向に歪んでいる。

死んだ運転手以外の5人は即座に逮捕、連行された。2台の車からは大量の爆薬と
タイマー装置が見つかった。年末の川崎、横浜の爆破事件と同一犯と思われ厳しい
取調べが始まった。
死亡した運転手と逮捕された5人はいずれも外国人で、中国からの密航者である事
が判明し、金で雇われた事を自供した。だが、雇い主が誰で有るのかは誰も知らず、
死亡した運転手だけが雇い主との交渉係りだった事が判明した。爆破事件は未然に
防ぐ事は出来たが、肝心の首謀者が誰であるのか皆目見当が付かなかった。

          *

「野村さん、名古屋です。犯人の5人は逮捕しましたが1人が死亡。死亡した1人
が首謀者を知っていたらしいけど今となっては・・・・」警察庁外事課主査の野村
康介は小林真二からの電話を受けて顔が曇った。川崎、横浜の次は名古屋か大阪と
思っていたが、名古屋が狙われたとなると次は大阪か、それとも再度名古屋を狙う
のだろうか。野村は川崎、横浜の爆破事件の後、石油基地ではなく核の施設が狙わ
れる事を想定し、原子力発電所や六ヶ所村の使用済み核燃料貯蔵施設などは、警察
と自衛隊に共同で警戒させる事を提案し実行された。それだけに原子力施設を狙う
事は難しく、民間の石油基地を狙うと思っていたが野村の思いが的中した事になる。

次は大阪か・・・・・。大阪には青木圭三、一之宮瑞希が居る。野村は早く首謀者
を見つけなければもっと大惨事になりそうな気がした。野村は小林に連絡して内閣
調査室室長の黒部に会い自治大臣の神坂に会い、首相官邸で総理大臣に会って対策
を協議した。一国の総理大臣が警察庁長官や警視総監ではなく、一介の主査や主幹
と会うなんて常識では考えられない事だが、内閣調査室室長の黒部の計らいで実現
していた。総理の大山は野村の提案に難色を示したが、小林と黒部は野村の提案を
支持して総理を説得した。協議は深夜まで続いたが、大山は野村の提案で原子力施
設の警備を警察と自衛隊で共同で警備させるという案には賛成していが、今回の野
村の途方もないと思われる提案に苦慮していた。

自治大臣の神坂も、そんな事をすれば国の指揮系統が崩壊すると言って反対したが、
内閣調査室室長の黒部は、今は指揮系統云々より日本をテロから守る事が最優先課
題だと力説した。協議は明け方まで続いたが結論は出ず、総理の大山が今日、幕僚
長、警察庁長官らと会談して結論を出す事で協議は終わった。
「室長、ご配慮感謝いたします」野村と小林は内閣調査室室長の黒部に頭を下げた。
「野村君、個人的には君の提案は面白いと思う。だが一国の総理ともなれば慎重の
上にも慎重を重ね、あらゆる情勢を分析してからでないと判断は下せないんだよ。
我々はある程度自由に動けるが、総理を見ていると時々気の毒に思える時があるよ。
総理の一言一言が国を左右するんだからね。総理になんてなるもんじゃないよ。今
夜か明け方には結論が出るはずだから連絡するよ」黒部は野村の肩を叩いて頷いた
が、黒部の顔には心配するな、総理は分かってくれるよ。という思いが読み取れた。

「小林さん、ちょっといいかな」首相官邸で黒部と分かれ、都内に戻ってくると野
村が声をかけた。小林が頷くと2人は日比谷公園で車を降り、歩きながら野村が話
を切り出した。小林は時々頷き、周りに人の気配が無いのを確認していた。野村が
話し終わると今度は小林が話し始めた。野村は小林の話を聞きながら、時には笑い、
時には頷き、自信有りそうな表情で小林に頷いている。2人はコートの襟を立て、
冬枯れの公園で長い時間話していた。
夕方、外事課に戻った野村のデスクの上に1通の報告書が届いていた。イスラエル
政府からの回答書のコピーで、問い合わせのパレスチナ過激派の幹部で、行方が確
認されていない3名の名前が書いてあった。パレスチナで行方が確認されていない
3名のうち1人はイラクで確認され、もう1人はシリアで確認されている。

最後の1人は半年前にインドで見かけられたらしいが、その後の足取りは途絶えて
いるというものだった。野村はコピーを読みながら、インドから中国に入り、中国
から日本に密入国したであろう人物を思い描いた。過激派の幹部が1人で行動した
とは思えず、あまり大勢だと逆に目に付くからイラン人の証言どおり部下は1人だ
けだろう思っていた。だが、名古屋で捕まった5人は密入国の中国人だし、あれだ
けの量の爆発物を何処で調達したのだろうか。火薬を扱う花火製造工場、ダイナマ
イトを使うダムの工事現場やトンネル工事現場では紛失したとの届けは出ていない。
まさか北が・・・・野村の頭に突然、北朝鮮という言葉が浮かんだ。



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