落日・第二章  前編




未遂事件−3回



2月の中頃に私立探偵の大岩から連絡が入った。瑞希は午後から北堀江にある喫茶
店で待ち合わせ、瑞希が行くと大岩はすでに来ていてコーヒーを飲んでいた。
「色々面白い事が分かりましたよ」大岩は笑いながら1通の茶色い封筒を瑞希の前
に差し出した。コーヒーを注文して煙草を取り出すと大岩が火を点け、一服吸い込
んでから封筒を開いた。
『山形玄三。昭和30年6月に埼玉県で生まれる。高校卒業後繊維メーカーに就職
したが長続きせず、職を転々と変えながら暴力団に入り、26歳の時に傷害事件を
起して2年間懲役に服する。出所後も仕事はせず、愛国同盟という右翼団体に入る
とメキメキ頭角を現し、40歳で憂国の会の前身である旭憂会(きょくゆうかい)の
会長、小井出宗八に弟子入り。旭憂会でも頭角を現し小井出の片腕と言われるまで
になった。

小井出の死後山形が跡を継いで二代目になるが、12年前に憂国の会と改め、政治
結社とは名ばかりの暴力団まがいの行動に出て荒稼ぎを始める。山形の悪どいやり
方に関東の暴力団が目を付け、稼いだ金の半分以上を吸い取られるようになった。
4年前に突然憂国の会の看板を下ろして姿を消す。2年前に高麗社という政治結社
の看板を揚げたが、実情は憂国の会と同じで、弱そうな企業を食い物する暴力団ま
がいの組織だ。山形玄三以下4人の社員はいずれも元暴力団員。高麗社は関東連合
会と大阪の暴力団との戦争の噂に再び地下に潜る計画をしている。今度、関東の暴
力団に見つかれば殺されるのは確実だから、その前に最後の荒稼ぎをしようと計画
していて、リストアップされているのが英建設』

「どうです、面白いでしょう。それにしても調査対象の会社が調査を依頼した会社
を狙っているとは、こんな事は初めてですわ」大岩は瑞希が読み終わったのを見て
声を掛け、瑞希の反応を伺っているようだ。瑞希は読み終わるとコーヒーカップを
口に運び、ひと口飲むと再度煙草に火を点けた。瑞希の微動だにしない反応を見て
再び大岩が口を開いた。
「これは付録みたいなもんですが、去年の暮れに東大阪の方で暴力団の抗争事件が
新聞やテレビで騒いでたでしょう。あれは抗争やなくて伊能の仕業でっせ。ご存知
ですか?最近新町の方に看板を出している山本金融。裏金融ですけど実態は伊能の
隠れ蓑ですわ。最初は東大阪の方で荒稼ぎして新町に出てきましたんや。関東連合
会の前進基地にするつもりですやろ。この事はまだ香田さんと山脇さんには話して
いませんのや。お嬢さんの依頼で山形を調べていたら、とんだ付録が付いていたっ
ちゅう事ですわ」大岩は面白そうに笑いながら瑞希を見ている。

「大岩さん、この事を香田興業や山脇さんに話すか話さんかはあんたの自由やけど、
それとは別にして山本金融の事をもう少し詳しく調べてくれへんか。分かった事は
逐次連絡して欲しいんや」瑞希がバックから茶封筒を大岩に差し出すと、大岩は封
筒の中を見て驚いた顔をした。
「お嬢さん、3つは多すぎですわ。精々1つか1つ半で・・」大岩が言い掛けると
「今言った事の分や。ただ、ヤバくなったら深入りせんときや」瑞希が笑うと大岩
も笑いながら頷いて封筒をポケットに入れた。瑞希が携帯の番号を書いた名刺を出
すと、大岩は暫く見ていたが破いて灰皿で火をつけた。
「こういう物を持ってると、何処で依頼主に迷惑が掛かるか分かりませんからね。
番号はここに叩き込みましたから」と笑って頭を指差した。瑞希も笑うと、大岩は
じゃぁと言って出て行った。

瑞希は煙草に火を点け、冷めたコーヒーを飲みながら再度調査書に目を落とした。
夕方会社に戻ると石田が部屋に来た。
「お嬢様、大変な事になりました。若社長は清水と出かけておられて、私も商談中
で会えなかったのですが、受付で社長も留守でお嬢様も留守だと言ったら、名刺だ
け置いてまた来ると帰ったそうです」石田が差し出した名刺には『政治結社高麗社
山形玄三』と有った。
「その高麗社、政治結社となっていますが暴力団まがいの性質の悪い会社で、目を
付けられた会社は対処に苦労しているそうです」石田はどうしたら良いものか、と
瑞希を見ている。瑞希は石田を落ち着かせると、大岩の調査通りいよいよ乗り込ん
で来たか、と名刺を見つめた。
「石田、今度来たらこちらから会いに行くからと言っときや」石田に言いながら名
刺に書いてある本町の住所を見つめた。

3日後、宝塚の屋敷に野村康介と小林真二が工藤健治を伴って訪れた。瑞希は会社
に居たが、圭爺からの電話を受けるとアイリーン、ナターシャと一緒に直ぐに帰宅
した。
「瑞希様、お久しぶりです」リビングに入ると野村と小林が声を掛けた。リビング
には圭爺、野村と小林、工藤が居て奈緒子と芳江、瑠美の姿はなかった。佐伯優子
がコーヒーを持って来ると少し離れて椅子に座った。
「あなた方が来るとは余程の事件が起きたんですね」瑞希がコーヒーを飲みながら
聞いた。
「昨年末、川崎と横浜で起きた石油基地爆破事件はご存知だと思います。犯行後、
イスラム同胞団・自由の戦士という組織、組織と言えるかどうか分かりませんが、
マスコミに犯行声明が送られて来ました。実は先週、名古屋で同じく石油基地を狙
った事件が起こりまして、何とか未然に防ぐ事は出来たけど逮捕した犯人グループ
は中国からの密入国した連中で、肝心の首謀者が断定出来ていません。

実は、パレスチナの過激派組織の幹部で行方の分からなくなっている人物がいない
かイスラエルに照会していて、その返事が先日届きました。パレスチナを出ている
のが3人で、そのうちの2人は所在が確認されています。残りの1人がインドで確
認されて以後消息が分かりません。年末に渋谷で逮捕された麻薬密売人のイラン人
の証言で、中国の福建省から密入国した時上客と思われるアラブ人風の男が乗って
いたそうです。多分その男がテロの首謀者と思われ、全力を挙げて捜査しているの
ですが、何処に潜り込んでいるのか行方が掴めていません。彼らの次の狙いは大阪
か神戸だろうと推測しています。堺の臨海工業地帯には無数の石油基地が有り神戸
にも浜側にはガス会社などいろんな施設が有りますからね。

実は私が大阪に入り、小林と共に大阪府警、兵庫県警を統括して全権で指揮を執る
事になり、防衛省、海上保安庁とも連携出来るようになっています。万一に備えて
工藤にこのお屋敷を警備させます。佐伯も木曽福島から同居させてもらっています
が、1人より2人の方が安心でしょう。そこで瑞希様たちお3方にも協力をお願い
したいのです」野村が今までの経緯を詳しく話して3人を見つめた。
瑞希、アイリーンとナターシャに異存はなく、こういう時のために存在する陰の協
力者だから当然という顔で頷いた。野村がバッグから警察手帳のような物を取り出
して3人の前に1つずつ置いた。3人が手に取って見ると、表紙は警察庁のマーク
を模(かたど)った徽章(きしょう)が填め込まれ、開くと内閣総理大臣大山辰徳の名
前と紋章が押してあり、自治大臣の署名と紋章も押してある。瑞希が口を開く前に
野村が口を開いた。

「それはあなた方の身分証です。今回私が全権で指揮を執るといっても何時も一緒
に居るわけにはいかんでしょう。末端の警察官まで周知徹底するつもりですが、中
には知らなかった、という警察官が居るかも知れません。その証明書はあなた方の
身分を内閣総理大臣が証明しているものですから、何かの時に役に立つと思います」
野村の話を聞いて3人は驚いたが、これが今回の任務の難しさを証明した事になる。
「今回の仕事は難しいみたいやね。しかし、アラブ系の人間やったら目に付きそう
やけど、未だに所在が掴めていないって事は国内に協力者が居るんやろね。名古屋
で捕まった連中が中国からの密航者って事は、ひょっとして蛇頭が絡んでいるかも
知れんね。パレスチナ過激派の幹部が消えたらイスラエルは追跡している筈やけど
ね。もしかしたら彼なら把握しているかも・・・」瑞希は最後のひと言は独り言の
ように口の中で呟いた。

「ところで来週になったら離れを改築する予定やねん。業者が何人か入って来るけ
どかまへんやろ ? 信用出来る人物やから心配要らんし最初に紹介するから」瑞希
が工藤に言うと黙って頷いた。
「それと、関係ないかも知れんけど、東京に関東連合会っていう暴力団の組織が有
るやろ。これが大阪進出を狙ってすでに先鋒隊が入ってるみたいやねん。東京大阪
の戦争になったらテロの犯人探しどころじゃなくなるで。警視庁の方ではその辺は
把握してるん?」瑞希が野村に聞くと、野村は笑いながら頷いた。
「瑞希様、その事はとうに把握しています。警察もそこまでノロマじゃありません
よ。今は動きがないからこちらも動けませんが、奴らが西下を始めれば一網打尽で
検挙の手筈は整っています。関東連合会の西下が無ければ先鋒隊も動けないでしょ
う。後の事は瑞希様にお任せします」野村が意味有りげに笑うと、瑞希も心の中を
見透かされた感じで苦笑いした。

翌日、瑞希はナターシャ、アイリーンと一緒に朝一番の新幹線で東京に向かった。
浜松町の貿易会社を訪ねると、社長のアブドールは嬉しそうな顔で3人を迎えた。
社員の入れてくれたコーヒーを飲みながらしばし雑談をして話を切り出した。瑞希
が野村に聞いたパレスチナの過激派幹部で、姿を消した1人の行方を追っている事
を話した。中国経由で日本に密入国してすでに川崎と横浜の石油基地を爆破し、名
古屋でも未遂に終わったが石油基地が狙われた事を話した。次は大阪か神戸か警察
でも把握出来ていない実情を話し、日本に潜伏しているモサドの組織力で探せない
かと頼んだ。瑞希の話を聞いてアブドールは笑いながらハーブティを口に運んだ。

「ミズキ、アイリーン、ナターシャ、君たちはモサドの外部組織で訓練を受けた、
れっきとしたモサドの仲間だよ。君たちも知っての通りモサドの情報収集力はアメ
リカのCIA 、旧ソ連の KGB以上だという事は世界中が認めているんだよ。今
回の石油基地テロの事は知っているしすでに情報も集めている。ただ我々から日本
政府に教える事は出来ない。モサドの存在がばれてしまうからね。だが、ミズキ、
君たちはモサドの仲間だ。仲間が困っている時は助けてやるのが筋だし、我々も日
本に住んでいる以上日本が平和である事を願っているからね。ミズキ、前にも話し
たと思うがアブドールに不可能は無いんだよ」アブドールは陽気に笑いながら机か
ら1枚のメモ用紙を取り出して瑞希の前に差し出した。瑞希が手に取るとアイリー
ンとナターシャも横から覗きこんだ。

メモ用紙には川崎、横浜のテロ以降のアハマドという男の所在が書いてあった。し
かしこの2ヶ月の間に6回も潜伏先を変えている。
「ミズキ、君の電話番号を教えてくれ。潜伏先が変わった時には連絡を入れるから」
アブドールの言う事に頷き、瑞希は携帯電話の番号を書いて渡した。瑞希がお礼を
言ってバックからお金の入った封筒を出すとアブドールが遮って首を振った。
「ミズキ、さっきも言ったように君たちはモサドの仲間だ。それに我々も日本で生
活している。前回の時のような特殊な物を手に入れる場合にはお金が掛かるから遠
慮なく頂くが、今回は情報だけなのでお金を頂く事は出来ない。ミズキ、もし、我
々が困った時には助けを求めるから、その時まで貸しにしておくよ」アブドールは
笑いながら立ち上がると3人の手を握りしめた。



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